兎来栄寿
兎来栄寿
2024/06/30
緻密に美麗に描かれる宇宙のディストピア #1巻応援
『テヅコミ』にも『メトロポリス』の二次創作を寄稿していたマチュー・バブレ氏が2016年に出版したディストピアSFです。先月に邦訳版が発売され、その電子版もこの度配信され始めました。 太陽が超新星爆発を観測しようとする青年からスタートするプロローグ。そこから100万年後のお話としてストーリーが始まるスケールの壮大さにまず惹かれます。 広大無辺の宇宙空間における、ちっぽけな人間にとってはあまりにも巨大すぎる現象も含めて、美しいヴィジュアルで物語られていきます。 バンドデシネらしい緻密な画風で、ほとんどのコマが背景までみっちり描き込まれているので物語への没入感を強く高めてくれます。コロニーの中の小さなユニットでの生活が見てとれるような描写など、好きです。 「音楽は? 文学 芸術…学問は? それは無から心の奥底から立ち現れる恩寵の輝き 人間は消費のみの存在ではない」 といったセリフに見て取れる言葉選びも好きです。 とある衝撃的なシーンと、そこで爆発する感情には大きく心を動かされました。どんな遥かな未来となりテクノロジーが進歩しようとも、人の人たる所以ら変わらないのはSFらしいテーゼを感じられるところです。 反物質、ホモ・ステラリス、アニマロイドなどさまざまなSF的単語が飛び交いながら、ドラスティックに進んでいくドラマに、気付くと夢中になってページを捲っていました。 ハードで骨太なSFを楽しみたい方にお薦めです。
兎来栄寿
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2024/06/30
仄暗い底で剥がされる心と魂の瘡蓋 #1巻応援
小骨トモさんの2冊目となる短編集です。 それぞれ発表時に話題になった「リカ先輩の夢をみる」、「それでも天使のままで」、「あの嫌いなバンドはネットのおもちゃ」の短編3作に加え、今回の単行本で先行収録となる「先生のクモのイト」の4篇が収められています。 「先生のクモのイト」は、「あの嫌いなバンドはネットのおもちゃ」に連なる作品となっています。 全体的な読み味としては、1作目の『神様お願い』と同様です。表紙絵のようにベースの絵柄は丸っこくてかわいらしいのに対して、剥き出しの″人間″が顕にされる中身の鋭利さたるや。 最初の「リカ先輩の夢を見る」からして、精神的に余裕があるときでないと食らいすぎるので読む時分とコンディションは選びたい作品です。果てしなく深い共感と、そこに隣接する絶望的な感情。読みながら魂が汗をかき血涙を零します。 1篇だけでも抉られるのに、1冊を通読したときの痛痒感といったら。 心の瘡蓋をガシガシと剥ぎ取られ、傷口をグリグリと穿られるような、そしてそれが痛みだけではなく何か他の感情をも催してくるような。 同じ経験をした訳ではないのに、どこか記憶の奥底にある罪悪感を喚起され撫ぜられるような部分もあります。 鋭敏なセンスが昏い輝きをもって溢れている短編集で、ダウナーな気分に浸りたい方やそうした作品が好きな方にお薦めです。
兎来栄寿
兎来栄寿
2024/06/28
52枚の札が見せる虚実 #1巻応援
現在ラスベガスで世界最大のポーカー大会であるWorld Series of Poker(WSOP)が開催中です。毎年開かれているこの大会ですが、昨今は世界的なポーカー人気も高まっておりメインイベントの参加者も年々増加し、優勝賞金は今のレートだとおよそ16億円にもなります。 かくいう私もポーカーは好きで国内最大の大会でも好成績を残しており、その内WSOPにも挑戦しに行きたいと思っています。 そんなわけで、今までに描かれたポーカーマンガはほぼすべてチェックしており、新しいポーカーマンガが出たと知って喜び勇んで1話から楽しみに読んでいました。 山本神話さんは、前作の『グレイテストアンダードッグ』にもボクシングマンガでありながら数話にわたるテキサスホールデム回があり、またそれが面白かったので、今回新たにポーカーマンガを描くと聞いてとても納得感がありました。 何しろ、山本神話さんの描くキャラには色気があり、カッコいいし、美しいし、かわいいのです。鉄火場でのアツい駆け引きを描く際にも、クールなキャラたちが興奮を高めてくれます。 ポーカーはルールを知らなくても一瞬で覚えられる上に世界共通なのが長所で麻雀と違うところですが、本作もルールは解らなくてもまったく問題ないように作られています。 極端に言えば、ポーカーの駆け引きは「嘘」か「本当」かの二択。その緊張溢れるドキドキ感を読んでいてたっぷり味わえます。 解りやすく描かれているが故に、玄人からするとプレイラインなどは物足りなく感じる部分もあるかもしれませんが、それは現役の医師が医療マンガを読んで重箱のすみをつつくようなもので、大半の読者には問題ないでしょう。 個人的には、こうした作品がどんどん増えて行って、ポーカー文化が隆盛していくことで玄人も満足できる麻雀マンガにおける『ノーマーク爆牌党』のような作品もいずれ出てくることを期待しています。 この作品でポーカーに興味を持って始めてみようという方もきっといると思いますので、将来そういう方と楽しく卓を囲めたら良いなと思います。 なお、この作品に登場するCasino Live Tokyoは実在するお店で私も行ったことがあり、手軽に聖地巡礼もできるようになっています。興味があれば足を運んでみるのも良いでしょう。
兎来栄寿
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2021/02/24
ネタバレ
『幽★遊★白書』のベストバウトはどれだろう
「真剣勝負は  技量にかかわらず  いいものだ  決する瞬間  互いの道程が  花火のように  咲いて散る」 これは『幽★遊★白書』18巻冒頭での軀のセリフですが、この度 #マンバ読書会 を「少年マンガの名バトル」というテーマで行うにあたって思い出したのがこちらです。 技量が拮抗している者同士の白熱した闘いはもちろん、弱き者が強き者に想いや気迫、権謀術数を用いて挑むのもまた堪りません。 『幽白』の中でのベストバウトはどれだろう、と考えながらふと読み返すと、止まれず最終巻まで読まずにはいられない恐るべき吸引力。大人になってから読み返すと、少年の頃には感じ取れなかった細やかな機微をより堪能できるようになっていて、改めて名作中の名作だなと思わされます。 冒頭のセリフが出たシーンである、飛影VS魔界整体師時雨のバトルも僅か1話にも満たない尺でありながらそんな味わい深さを様々に兼ね揃えた非常に優れたバトルのひとつです。飛影に邪眼を授けた医師であり、剣術を施した師でもあるという奇妙な関係性。 時雨は、数百年もの間、雷禅・軀・黄泉の副官であった者たちより圧倒的に強い妖狐蔵馬をして、魔界統一トーナメントで闘った際には「勝てたのが不思議」と言わしめたほどの強さも見せています。飛影と闘った瞬間には軀の77人の戦士の中でも最下位だったということで、飛影と並んで伸び代が大きかったということでしょう。患者の人生の一部を報酬として貰い、飛影には「妹を見付けても兄と名乗らない」という条件を取り付けて兄妹の運命を狂わせる悪趣味さこそ見せ付けましたが、作中でも格を保ったキャラのひとりと言えます。 隣火円礫刀という特徴的な武器を使うところも外連味たっぷりで魅力的です。そして、それに対して飛影がわざと炎殺剣を用いずにかつて時雨から施された剣術の純粋な腕での勝負による勝ちにこだわる、そして相討ちという結果に「悪くない」という感慨を抱くという、それまでの飛影というキャラクターからは考えにくかった人間味ある変化を見せてくれたという意味でも意義深い闘いでした。もちろん、剣豪同士の静と動が研ぎ澄まされた戦闘描写それ自体も秀逸です。 さて、そんな『幽白』におけるベストバウトは一体どれでしょう。 当時の読者による人気投票では蔵馬VS鴉、飛影VS武威、幽助VS飛影がベスト3に挙げられていました(鴉のせいで私はトリートメントを使うようになりました)。 他に王道で行くならば幽助VS戸愚呂弟は筆頭に挙がるでしょう。絶望的な強さで圧倒してくる戸愚呂に、守りたいものを抱えた主人公が受け継いだ力で挑む熱さは王道中の王道。 戸愚呂弟VS玄海の因縁対決も良さみが深いです。玄海VS死々若丸で老獪な技巧を見せ付けながら若返るシーンも無論大好きです。 幽助VS酎や幽助VS陣の気持ちいいケンカバカ対決も好きです。ナイフエッジデスマッチという言葉の語感、良いですよね。 桑原が絡むバトルも、大体単純な強さで圧倒することはできないが故に泥臭い工夫が必要になって面白いものが多いです。 あるいは、単純な強さだけではない頭脳戦という軸を見せてくれた闘いとして蔵馬VS海藤や海藤・蔵馬VS天沼も名バトルです。答えはBのトーチタス。 そんな感じで『幽白』だけでも丸一日考えても結論は出せませんでした。 皆さんはどのバトルが好きでしょうか。 そんなお話をして盛り上がりたいです。