現代のリアルなオトコとオンナの関係を抉る快作明日、私は誰かのカノジョ をのひなお兎来栄寿「レンタル彼女」を描いた作品も昨今増えてきていますが、その中でも特に女性の心理や言動が極めてリアルに描かれていると感じるのがこちらです。 別名義で活動されていた時の作品を読んだ時も非常に画力とマンガ力の高い方だという印象でしたが、一般向け作品でもその手腕が遺憾なく発揮されています。単行本の装丁が白背景でも映えてしまう、この美しさ。 女性の描写もさることながら、男性の絶妙なダメさ・気持ち悪さなども非常にリアル。読んでいて仄暗い気分になります。が、それが良い。 連載で追っているのですが、進むごとに胃を締め付けられるような展開、また共感はできないものの実際にいるいると思わされるキャラクターが登場して続きが常に気になる作品です。 単行本描き下ろしのおまけも「ああ……」となりました。近い将来、実写化されそうです。素朴で安心する手触りの短編集空飛ぶくじら スズキスズヒロ作品集 スズキスズヒロ兎来栄寿マトグロッソで連載していた物に、表題作の描き下ろしを1つ加えたスズキスズヒロさんの短編集。 とりわけ個人的に好きなのは、「銃声を削り出す」。ヤクザになり下手を打ってしまったかつての悪友のために、昔馴染みの友人たちがそれぞれの得意分野を生かして拳銃を拵える話なのですが、友情や人生を感じられる味わい深い物語となっています。銃を作る過程の工具の説明の専門性よ高さにも惹かれます。 また、全編を通してスズキさんのマンガは勿論、解説文にも惹かれます。後書きも含め、きっと長い文章を書いても面白いのだろうな、と。 仙台に住む高校生がカメラのオフ会で東京に行って、webで交流していた綺麗なお姉さん含む同好の士に逢う「TRAINSTOTTING」の後書きで、筆者自身が高校生の時に夜行バスで初めて東京に行った際に、あらゆる不安が新宿に着いた瞬間に「手塚治虫の人間昆虫記に出てきた所だ!」という興奮に変わる所など大きな共感を得ました。 絵柄も優しく、穏やかなハウスミュージックを聴いてコーヒーを飲んでいる午後のような気持ちになる一冊です。遂に現れた「クトゥルフ」の真骨頂クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集 田邊剛 H・P・ラヴクラフト兎来栄寿これまでも、『闇に這う者』や『狂気の山脈にて』など、クトゥルフ神話体系の様々な作品をコミカライズしてきた田辺剛さん。今回、満を持してクトゥルフの代表作である『クトゥルフの呼び声』が描かれました! 今までの作品も良かったですが、本作は集大成とも言える素晴らしいクオリティでした。以前よりも絵のクオリティも更に上がっており、邪神の禍々しき神々しさ、宇宙的恐怖のヴィジュアル化を見事に成し遂げていると言えるでしょう。 星を渡る邪神の一枚絵の美しさなどは堪りません。 純粋に一つのホラーマンガとしても楽しめますし、クトゥルフ神話に興味があるという方もこのマンガから入ってまったく問題ありません。 紙の本の重みとインクの匂いがまた世界観を補強してくれています。田辺剛さんには今後もクトゥルフをマンガ化して欲しいと願ってしまう一冊です。山田芳裕×ポストアポカリプス望郷太郎 山田芳裕兎来栄寿『へうげもの』が堂々完結した後、一体何を書くのか楽しみだった山田芳裕さんの新作は何とポストアポカリプス! でもそこは山田芳裕さん。世界的大寒波から逃れるためのコールドスリープから2525年に一人だけ目覚めたのは、イケメンでも美少女でもなく30代後半のおっさん。 そしてタイトルの通り目覚めたイラクから遥か彼方の故郷を望み、滅びて変わり果てた世界でおっさんは旅立ちます。 文明の失われた世界での旅。出会い。ポストアポカリプスの良さもありながらも、それ以上に人間の持つパワーと相対的な無力感、そしてお馴染みの顔芸など独自のテイストがもたらす面白味がブレンドされて流石の出来栄えとなっています。 突然テセラックとか出てこないかな、と山田芳裕ファンは妄想してしまいます。ドラえもんが好きなヤンキーとのピュアラブ自転車屋さんの高橋くん 松虫あられ兎来栄寿一見しただけで「あ、これ好きなやつ」と思わせてくれる良い表紙ですね。ヤンキー系男子との恋愛もの、好きな方は多いはず。 しかも単なるヤンキーではなく、ぶっきらぼうながら優しい。しかもオタクにも寛容。アニメ好きのヒロイン・パン子にアニメージュ読む?と言ってきたり、ドラえもんの劇場版を観に行っては 「オレはドラえもんバカにするやつと映画まともに観んやつ大っきれぇじゃ」 とブチ切れたりする高橋くん。推せる要素しかありません。 押しの弱いパン子がナチュラルに押しの強い高橋くんに翻弄されつつもまんざらでもない様子には、心の中の結婚相手を紹介して回る親戚のおばちゃんが手拍子しながら「付ーき合え、付ーき合え!!」とコールし始めました。 そのままの自分でいられないストレスと、逆にそのままの自分でいさせてもらえる相手の尊さ。読んでいて暖かい気持ちになれる良いラブコメです。 職場でも何かと苦労多きパン子には幸せになって貰いたいです。「人生」を描いた素朴だが力強い人間賛歌儚いくん SUBARASHIKI KANA JINSEI 柳内大樹兎来栄寿主人公が4歳の時から大人になるまで、そしてなってからの悲喜こもごもを丁寧に丁寧に一冊かけて描いた作品。 初めてのトラウマ、初めての父親との約束、初恋、いじめ、進学、就職、結婚、育児……そんな誰しもに訪れる人生の節目節目が描かれていく中で、誰しもには訪れない悲劇が主人公を襲います。 それでも、最終的に12話の最後で主人公がこれまでの人生を振り返りつつ今の自分は幸せでありこれまでの経験はすべて無駄ではなかったと回想するシーンに胸を打たれました。 自分の健康や命も含めて「儚い」ものは当たり前にあるものと思わず、奇跡の産物であると思って日々尊み大事にしていかねばと改めて思いました。 何故、何のために生きるのかは自分で決めることができる。素朴でありながら力強い人間賛歌がここにあります。「愛しのアニマリアは良き」愛しのアニマリア 岡田卓也兎来栄寿「『恋する乙女は握力500kg!!』とかやばたにえん」 「それな」 「とりまオランウータンのオラミの好きピが隣に住んでるイケオジって話なんだけどー、好きすぎてラリアットかますのジワる」 「それなー」 「でもまじでイケオジ格好よすぎ」 「まず顔が良い、しかも優しい。すこ」 「あと大親友(と書いてタカラと読む)フリルとの過去エピソードどちゃくそエモすぎ」 「あーね。泣けた〜沸いた〜」 「よさみ深いから人類読むべき」 「そーいえばバ先の先輩に秒で読めって渡したんだけど『お前オラミに似てるな』って言われて草」 「ガチションボリ沈殿ゴミ虫〜」 ってマックで女子高生が言ってました優しい世界の不思議な三角関係消えた初恋 アルコ ひねくれ渡兎来栄寿原作者こそ違いますが、『俺物語』のように悪人がいない世界で繰り広げられる心温まるラブコメです。 主人公には好きなクラスメイトの女の子が。しかし彼女には残念ながら恋している相手・イダくんがいました。そして、ひょんなことからイダくんは主人公が自分に好意を持っていると勘違いし、ちょっと不思議な三角関係が始まります。 男性からの告白にも真摯に対応しようとし、人の気持ちをとても大切にするイダくん。ルックスもさることながら中身がイケメンすぎるエピソードが続々と描かれ、主人公もまんざらではなくなっていく所に説得力があって良いです。 穏やか気持ちになりつつ笑いつつ、1巻の最後には驚きの展開もあり、様々な面で楽しめます。最終的に一体どう決着するのか……。 男性でも比較的読み易く楽しみ易い内容で、今年を代表する少女マンガの一冊と言っていいと思いますのでお薦めです。ワンオペ育児の大変さとその緩和策シェアファミ! 日下直子兎来栄寿『大正ガールズエクスプレス』など、男性でも読み易い少女/女性マンガの名手である日下直子さんの最新作。ワンオペ子育てに限界を感じている三人のシングルファザーが、ルームシェアして一つ屋根の下で助け合いながら育児をしていく物語です。 開始4ページで登場する、出産・育児に対する世間の無理解。嫌な「あるある」ですが、世の中にこういう人や臆見は多いよな、と思ってしまいます。 逆に、主人公がいが自分一人だけで双子の育児をせねばならぬとなった時の想像できなかった苦労、そして一杯一杯の時に自分以外の大人が家にただいてくれるだけで救われる心地など、子育てを経験した人にとって思わず共感してしまうであろう描写が多数。 誰にも頼れずに孤立してしまい一人で抱えて苦しむことがが子育てで最も辛い時であると思いますが、それを緩和するための一つのやり方として現実的にも有り得る選択肢だと感じます。勿論、条件は難しいですし赤の他人と突然暮らすことで生まれる問題なども生じます。その辺りにもしっかり手は入れられています。その中で出てくる「基本的に他人に期待するべきではない」「けれど他人はたまに期待を超えてくる」という件は正にその通りだなと。 読むと子供を育てることの大変さが解り、現在や未来のパートナーを労わる気持ちが生まれるかもしれません。その内実写化されそうな内容です。食べて、働いて、生きる。古来から変わらぬ人の営み堤鯛之進 包丁録 崗田屋愉一兎来栄寿歴史サスペンスハートフル疑似家族グルメマンガ。一冊の中に色々な要素が詰まっていますが、冒頭で梅干しと鰹節を煮て煎酒を作るシーンに象徴されるように江戸を舞台に非常にシズル感の高い食のシーンにフィーチャーした作品です。 実際に17,8世紀に記された『料理山海郷』等の本の記述にあるレシピを元に、服より食に財を注ぐ主人公が料理の腕を振るっていきます。鰯を煮詰めたり、柿の美味しい調理法を語ったりする時の生き生きとした雰囲気に、読んでいる方もワクワクしつつお腹が鳴ってきます。崗田屋愉一さんの高い画力と語り口のハイブリッドによりあまりにも美味しそうで、メシテロ的な意味で暴力的とすら思います。 そして何より 「ごちそうさまでした これで今日も生きられます」 と、主人公が味を隅々まで堪能した後に食べた命に手を合わせて感謝をする姿に心が洗われました。ああ、良いマンガだな、と。 中盤で事件が発生し子供を預かることになるのですが、躾の様子も微笑ましく、頷く所もあり、子を育てるという営為も加わってより「人が生きる」姿とその良さをありありと描いた作品であるなと感じられました。 『極楽長屋』と同じ舞台で同じキャラも登場しますが、こちらから単独で読み始めても一切問題ありません。癖はありながらも、皆気立ては良い長屋の人々も魅力的です。 全1巻なのが勿体なくもっと長く読んでいたくなる良いマンガです。耳の聞こえない親友に届けたい音色水晶の響 斉藤倫兎来栄寿実在の脳性麻痺のバイオリニスト、式町水晶さんをモデルにした物語です。 この単行本1巻に収録されている短編「水晶の音」から始まったこの作品ですが、「水晶の音」は母親視点から見ると非常に心が苦しくなります。何らかの障害を覚悟しての出産。何とか産まれた後も、度々医師から告げられる他の子たちにはない困難。動かせない体、見えなくなるかもしれない目、尽きるかもしれない命。それでも、懸命に我が子の生きる道を作ろうと尽力する姿に心を打たれます。と、同時に自分がもし同じ立場に置かれたら、と考え込まずにはいられませんでした。 少年がバイオリンや素晴らしい奏者と出逢いその天性の才能を花開かせることはそれ自体素晴らしいですが、そこに至るまでに精神的にも大変な疲弊をしたであろう彼の親の愛と努力も同様に素晴らしいと思いました。 そして、連載版。少年が出逢ったのは、腎臓が悪く透析が必要で耳が聞こえない親友。彼に自分のバイオリンを聞かせたい、という純粋で切なる願いの尊さがまた響きました。 しかし、異質な物を排除しようとする人間の醜さにより、少年は差別・いじめという試練も受けます。子供特有の残酷さに人よりも生きるのが大変な心身を更に傷つけられる様子は見ていて心が痛くなります。 それでも、親友のために頑張ろうとする水晶のように美しい心を持った気高い少年を応援せずにはいられません。良い舞台の上で、少年のバイオリンで親友がその音色を聞きながら得意のダンスを踊れる日が訪れることを待望します。歴史の暗部で蠢き轟く銃声極東事変 大上明久利兎来栄寿「七三一部隊を扱ったマンガとかってないですかねぇ」 トリガーの常連さんとそんな話をしていたことがありました。流石においそれとは着手できないテーマであろうなと思っていましたが、この作品が登場しました。 若干ファンタジー要素はあり、舞台は終戦直後とはなっていますが、七三一部隊の人間やそこで作られた生体兵器らが中心となって織り成される物語です。 アクションマンガとしての質が高く、一癖も二癖もあるキャラ達により繰り広げられるガンアクションにはとても迫力と臨場感があります。言動にキレがあり、躊躇いがなさ過ぎる所は読んでいて疾走感があります。また、銃器そのものにも拘りがあるのが見て取れる丁寧な作画です。 折角七三一部隊を扱っているので、戦時中の回想などでより重みのある所にも届いて深みを増してくれたら良いなと思います。 これで新人とは思えないレベルで、今後が楽しみです。 なお、紙の本の方は遊び紙も凝っていてお洒落です。 « First ‹ Prev … 92 93 94 95 96 97 98 99 100 … Next › Last » もっとみる
現代のリアルなオトコとオンナの関係を抉る快作明日、私は誰かのカノジョ をのひなお兎来栄寿「レンタル彼女」を描いた作品も昨今増えてきていますが、その中でも特に女性の心理や言動が極めてリアルに描かれていると感じるのがこちらです。 別名義で活動されていた時の作品を読んだ時も非常に画力とマンガ力の高い方だという印象でしたが、一般向け作品でもその手腕が遺憾なく発揮されています。単行本の装丁が白背景でも映えてしまう、この美しさ。 女性の描写もさることながら、男性の絶妙なダメさ・気持ち悪さなども非常にリアル。読んでいて仄暗い気分になります。が、それが良い。 連載で追っているのですが、進むごとに胃を締め付けられるような展開、また共感はできないものの実際にいるいると思わされるキャラクターが登場して続きが常に気になる作品です。 単行本描き下ろしのおまけも「ああ……」となりました。近い将来、実写化されそうです。素朴で安心する手触りの短編集空飛ぶくじら スズキスズヒロ作品集 スズキスズヒロ兎来栄寿マトグロッソで連載していた物に、表題作の描き下ろしを1つ加えたスズキスズヒロさんの短編集。 とりわけ個人的に好きなのは、「銃声を削り出す」。ヤクザになり下手を打ってしまったかつての悪友のために、昔馴染みの友人たちがそれぞれの得意分野を生かして拳銃を拵える話なのですが、友情や人生を感じられる味わい深い物語となっています。銃を作る過程の工具の説明の専門性よ高さにも惹かれます。 また、全編を通してスズキさんのマンガは勿論、解説文にも惹かれます。後書きも含め、きっと長い文章を書いても面白いのだろうな、と。 仙台に住む高校生がカメラのオフ会で東京に行って、webで交流していた綺麗なお姉さん含む同好の士に逢う「TRAINSTOTTING」の後書きで、筆者自身が高校生の時に夜行バスで初めて東京に行った際に、あらゆる不安が新宿に着いた瞬間に「手塚治虫の人間昆虫記に出てきた所だ!」という興奮に変わる所など大きな共感を得ました。 絵柄も優しく、穏やかなハウスミュージックを聴いてコーヒーを飲んでいる午後のような気持ちになる一冊です。遂に現れた「クトゥルフ」の真骨頂クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集 田邊剛 H・P・ラヴクラフト兎来栄寿これまでも、『闇に這う者』や『狂気の山脈にて』など、クトゥルフ神話体系の様々な作品をコミカライズしてきた田辺剛さん。今回、満を持してクトゥルフの代表作である『クトゥルフの呼び声』が描かれました! 今までの作品も良かったですが、本作は集大成とも言える素晴らしいクオリティでした。以前よりも絵のクオリティも更に上がっており、邪神の禍々しき神々しさ、宇宙的恐怖のヴィジュアル化を見事に成し遂げていると言えるでしょう。 星を渡る邪神の一枚絵の美しさなどは堪りません。 純粋に一つのホラーマンガとしても楽しめますし、クトゥルフ神話に興味があるという方もこのマンガから入ってまったく問題ありません。 紙の本の重みとインクの匂いがまた世界観を補強してくれています。田辺剛さんには今後もクトゥルフをマンガ化して欲しいと願ってしまう一冊です。山田芳裕×ポストアポカリプス望郷太郎 山田芳裕兎来栄寿『へうげもの』が堂々完結した後、一体何を書くのか楽しみだった山田芳裕さんの新作は何とポストアポカリプス! でもそこは山田芳裕さん。世界的大寒波から逃れるためのコールドスリープから2525年に一人だけ目覚めたのは、イケメンでも美少女でもなく30代後半のおっさん。 そしてタイトルの通り目覚めたイラクから遥か彼方の故郷を望み、滅びて変わり果てた世界でおっさんは旅立ちます。 文明の失われた世界での旅。出会い。ポストアポカリプスの良さもありながらも、それ以上に人間の持つパワーと相対的な無力感、そしてお馴染みの顔芸など独自のテイストがもたらす面白味がブレンドされて流石の出来栄えとなっています。 突然テセラックとか出てこないかな、と山田芳裕ファンは妄想してしまいます。ドラえもんが好きなヤンキーとのピュアラブ自転車屋さんの高橋くん 松虫あられ兎来栄寿一見しただけで「あ、これ好きなやつ」と思わせてくれる良い表紙ですね。ヤンキー系男子との恋愛もの、好きな方は多いはず。 しかも単なるヤンキーではなく、ぶっきらぼうながら優しい。しかもオタクにも寛容。アニメ好きのヒロイン・パン子にアニメージュ読む?と言ってきたり、ドラえもんの劇場版を観に行っては 「オレはドラえもんバカにするやつと映画まともに観んやつ大っきれぇじゃ」 とブチ切れたりする高橋くん。推せる要素しかありません。 押しの弱いパン子がナチュラルに押しの強い高橋くんに翻弄されつつもまんざらでもない様子には、心の中の結婚相手を紹介して回る親戚のおばちゃんが手拍子しながら「付ーき合え、付ーき合え!!」とコールし始めました。 そのままの自分でいられないストレスと、逆にそのままの自分でいさせてもらえる相手の尊さ。読んでいて暖かい気持ちになれる良いラブコメです。 職場でも何かと苦労多きパン子には幸せになって貰いたいです。「人生」を描いた素朴だが力強い人間賛歌儚いくん SUBARASHIKI KANA JINSEI 柳内大樹兎来栄寿主人公が4歳の時から大人になるまで、そしてなってからの悲喜こもごもを丁寧に丁寧に一冊かけて描いた作品。 初めてのトラウマ、初めての父親との約束、初恋、いじめ、進学、就職、結婚、育児……そんな誰しもに訪れる人生の節目節目が描かれていく中で、誰しもには訪れない悲劇が主人公を襲います。 それでも、最終的に12話の最後で主人公がこれまでの人生を振り返りつつ今の自分は幸せでありこれまでの経験はすべて無駄ではなかったと回想するシーンに胸を打たれました。 自分の健康や命も含めて「儚い」ものは当たり前にあるものと思わず、奇跡の産物であると思って日々尊み大事にしていかねばと改めて思いました。 何故、何のために生きるのかは自分で決めることができる。素朴でありながら力強い人間賛歌がここにあります。「愛しのアニマリアは良き」愛しのアニマリア 岡田卓也兎来栄寿「『恋する乙女は握力500kg!!』とかやばたにえん」 「それな」 「とりまオランウータンのオラミの好きピが隣に住んでるイケオジって話なんだけどー、好きすぎてラリアットかますのジワる」 「それなー」 「でもまじでイケオジ格好よすぎ」 「まず顔が良い、しかも優しい。すこ」 「あと大親友(と書いてタカラと読む)フリルとの過去エピソードどちゃくそエモすぎ」 「あーね。泣けた〜沸いた〜」 「よさみ深いから人類読むべき」 「そーいえばバ先の先輩に秒で読めって渡したんだけど『お前オラミに似てるな』って言われて草」 「ガチションボリ沈殿ゴミ虫〜」 ってマックで女子高生が言ってました優しい世界の不思議な三角関係消えた初恋 アルコ ひねくれ渡兎来栄寿原作者こそ違いますが、『俺物語』のように悪人がいない世界で繰り広げられる心温まるラブコメです。 主人公には好きなクラスメイトの女の子が。しかし彼女には残念ながら恋している相手・イダくんがいました。そして、ひょんなことからイダくんは主人公が自分に好意を持っていると勘違いし、ちょっと不思議な三角関係が始まります。 男性からの告白にも真摯に対応しようとし、人の気持ちをとても大切にするイダくん。ルックスもさることながら中身がイケメンすぎるエピソードが続々と描かれ、主人公もまんざらではなくなっていく所に説得力があって良いです。 穏やか気持ちになりつつ笑いつつ、1巻の最後には驚きの展開もあり、様々な面で楽しめます。最終的に一体どう決着するのか……。 男性でも比較的読み易く楽しみ易い内容で、今年を代表する少女マンガの一冊と言っていいと思いますのでお薦めです。ワンオペ育児の大変さとその緩和策シェアファミ! 日下直子兎来栄寿『大正ガールズエクスプレス』など、男性でも読み易い少女/女性マンガの名手である日下直子さんの最新作。ワンオペ子育てに限界を感じている三人のシングルファザーが、ルームシェアして一つ屋根の下で助け合いながら育児をしていく物語です。 開始4ページで登場する、出産・育児に対する世間の無理解。嫌な「あるある」ですが、世の中にこういう人や臆見は多いよな、と思ってしまいます。 逆に、主人公がいが自分一人だけで双子の育児をせねばならぬとなった時の想像できなかった苦労、そして一杯一杯の時に自分以外の大人が家にただいてくれるだけで救われる心地など、子育てを経験した人にとって思わず共感してしまうであろう描写が多数。 誰にも頼れずに孤立してしまい一人で抱えて苦しむことがが子育てで最も辛い時であると思いますが、それを緩和するための一つのやり方として現実的にも有り得る選択肢だと感じます。勿論、条件は難しいですし赤の他人と突然暮らすことで生まれる問題なども生じます。その辺りにもしっかり手は入れられています。その中で出てくる「基本的に他人に期待するべきではない」「けれど他人はたまに期待を超えてくる」という件は正にその通りだなと。 読むと子供を育てることの大変さが解り、現在や未来のパートナーを労わる気持ちが生まれるかもしれません。その内実写化されそうな内容です。食べて、働いて、生きる。古来から変わらぬ人の営み堤鯛之進 包丁録 崗田屋愉一兎来栄寿歴史サスペンスハートフル疑似家族グルメマンガ。一冊の中に色々な要素が詰まっていますが、冒頭で梅干しと鰹節を煮て煎酒を作るシーンに象徴されるように江戸を舞台に非常にシズル感の高い食のシーンにフィーチャーした作品です。 実際に17,8世紀に記された『料理山海郷』等の本の記述にあるレシピを元に、服より食に財を注ぐ主人公が料理の腕を振るっていきます。鰯を煮詰めたり、柿の美味しい調理法を語ったりする時の生き生きとした雰囲気に、読んでいる方もワクワクしつつお腹が鳴ってきます。崗田屋愉一さんの高い画力と語り口のハイブリッドによりあまりにも美味しそうで、メシテロ的な意味で暴力的とすら思います。 そして何より 「ごちそうさまでした これで今日も生きられます」 と、主人公が味を隅々まで堪能した後に食べた命に手を合わせて感謝をする姿に心が洗われました。ああ、良いマンガだな、と。 中盤で事件が発生し子供を預かることになるのですが、躾の様子も微笑ましく、頷く所もあり、子を育てるという営為も加わってより「人が生きる」姿とその良さをありありと描いた作品であるなと感じられました。 『極楽長屋』と同じ舞台で同じキャラも登場しますが、こちらから単独で読み始めても一切問題ありません。癖はありながらも、皆気立ては良い長屋の人々も魅力的です。 全1巻なのが勿体なくもっと長く読んでいたくなる良いマンガです。耳の聞こえない親友に届けたい音色水晶の響 斉藤倫兎来栄寿実在の脳性麻痺のバイオリニスト、式町水晶さんをモデルにした物語です。 この単行本1巻に収録されている短編「水晶の音」から始まったこの作品ですが、「水晶の音」は母親視点から見ると非常に心が苦しくなります。何らかの障害を覚悟しての出産。何とか産まれた後も、度々医師から告げられる他の子たちにはない困難。動かせない体、見えなくなるかもしれない目、尽きるかもしれない命。それでも、懸命に我が子の生きる道を作ろうと尽力する姿に心を打たれます。と、同時に自分がもし同じ立場に置かれたら、と考え込まずにはいられませんでした。 少年がバイオリンや素晴らしい奏者と出逢いその天性の才能を花開かせることはそれ自体素晴らしいですが、そこに至るまでに精神的にも大変な疲弊をしたであろう彼の親の愛と努力も同様に素晴らしいと思いました。 そして、連載版。少年が出逢ったのは、腎臓が悪く透析が必要で耳が聞こえない親友。彼に自分のバイオリンを聞かせたい、という純粋で切なる願いの尊さがまた響きました。 しかし、異質な物を排除しようとする人間の醜さにより、少年は差別・いじめという試練も受けます。子供特有の残酷さに人よりも生きるのが大変な心身を更に傷つけられる様子は見ていて心が痛くなります。 それでも、親友のために頑張ろうとする水晶のように美しい心を持った気高い少年を応援せずにはいられません。良い舞台の上で、少年のバイオリンで親友がその音色を聞きながら得意のダンスを踊れる日が訪れることを待望します。歴史の暗部で蠢き轟く銃声極東事変 大上明久利兎来栄寿「七三一部隊を扱ったマンガとかってないですかねぇ」 トリガーの常連さんとそんな話をしていたことがありました。流石においそれとは着手できないテーマであろうなと思っていましたが、この作品が登場しました。 若干ファンタジー要素はあり、舞台は終戦直後とはなっていますが、七三一部隊の人間やそこで作られた生体兵器らが中心となって織り成される物語です。 アクションマンガとしての質が高く、一癖も二癖もあるキャラ達により繰り広げられるガンアクションにはとても迫力と臨場感があります。言動にキレがあり、躊躇いがなさ過ぎる所は読んでいて疾走感があります。また、銃器そのものにも拘りがあるのが見て取れる丁寧な作画です。 折角七三一部隊を扱っているので、戦時中の回想などでより重みのある所にも届いて深みを増してくれたら良いなと思います。 これで新人とは思えないレベルで、今後が楽しみです。 なお、紙の本の方は遊び紙も凝っていてお洒落です。
「レンタル彼女」を描いた作品も昨今増えてきていますが、その中でも特に女性の心理や言動が極めてリアルに描かれていると感じるのがこちらです。 別名義で活動されていた時の作品を読んだ時も非常に画力とマンガ力の高い方だという印象でしたが、一般向け作品でもその手腕が遺憾なく発揮されています。単行本の装丁が白背景でも映えてしまう、この美しさ。 女性の描写もさることながら、男性の絶妙なダメさ・気持ち悪さなども非常にリアル。読んでいて仄暗い気分になります。が、それが良い。 連載で追っているのですが、進むごとに胃を締め付けられるような展開、また共感はできないものの実際にいるいると思わされるキャラクターが登場して続きが常に気になる作品です。 単行本描き下ろしのおまけも「ああ……」となりました。近い将来、実写化されそうです。