シンデレラ クロゼット

もしシンデレラの魔女が超美人で面倒見が良過ぎてその上◯◯だったら

シンデレラ クロゼット 柳井わかな
兎来栄寿
兎来栄寿

地方から上京してきた女子大生の主人公・春香は元バスケ部で今は居酒屋のバイト。汗臭い世界を渡り歩く彼女は何のオシャレもせず、メイクの知識も道具もなければまともな服すら持ってない女子力皆無の女の子。 しかし、彼女だって本当は「女の子」がしたい。自分に自信がないし、そもそもやり方が解らないからできない。でもできることなら彼氏も欲しいし、何ならバイト先に憧れの人もいる。 そんな冴えない女の子だからこそ、正にタイトル通りシンデレラのように変身した時のカタルシスもあろうというもの。シンデレラを着飾ってくれた魔女のように、春香を綺麗にする魔法を掛けてくれる美女が現れて物語は動き始めます。 柳井わかなさんの絵が綺麗で、光の美人さに説得力があります。その上で春香の意外と少し厚かましいものの憎めない性格、光の思い掛けない行動、スペックが高過ぎて裏があるのではと疑ってしまうもののどうやら純粋に良いやつっぽい黒滝、中心となる人物たちが内面的にも魅力的です。 そうして生じる不思議な三角関係。この後どっちに転がって行くのかはまったく解らず、楽しみです。 Twitterでは #シンデレラクロゼット投票 でどっち派か投稿するキャンペーンもやっているので、読んだら参加してみて下さい。

アコロコタン

30年以上の積み重ねが生んだ精緻なアイヌ漫画にイヤイライケレ

アコロコタン 成田英敏
兎来栄寿
兎来栄寿

アイヌというと皆さんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。近年ではゴールデンカムイやうたわれるもの、咲-Saki-といった作品で興味を持つ方も増えていると思います。 そうして少しでもアイヌに興味がある方にぜひ読んで欲しいのがこの一冊。筆者は30年以上前からアイヌの漫画を描きたいという想いを持っており、それが遂に結実したのが本書です。 1話10ページ前後の短編で、様々なアイヌの風習や文化、日々の営みが紹介されていきます。アイヌ式の求婚や犯してはならないタブーなど、今まで知ることのなかったアイヌにまつわる知識が得られます。特に丁寧に数多くルビが振られたアイヌ語は沢山学ぶことができます。 アイヌの歴史は悲劇の歴史でもあり、アイヌへの差別などについても意志を持って触れられています。元々、アイヌではなく知識も全然無かったという筆者が、それを自覚して真摯にアイヌについて長年調べて学び、蓄積していった膨大な知識が漫画という形に昇華されています。 私はかつて阿寒湖に行った時にアイヌコタンに入りカルチャーショックを受けましたが、この本を読んだ後に行くとまた違った視点から見ることができそうです。 これだけ高純度でかつ読み易いアイヌの本もなかなかないのではないでしょう。読んでおいて損はない一冊です。

ごきげんよう、小春さん

この美人配信者、魅力的につき

ごきげんよう、小春さん 葉月かなえ
兎来栄寿
兎来栄寿

『好きっていいなよ。』の葉月かなえさん新作は、そこそこ人気のある19歳の美人ネット配信者が主人公のラブコメ。 普段はメイドカフェで働きながら疲れていても毎日頑張って動画配信を行う生活をしている主人公・小春。多少の心無いコメント程度では全く動じない強さも持ち、そこでファンもできている彼女がまず魅力的です。 小春の配信を日々の活力にする視聴者、そして自身も視聴者とのコミュニケーションを楽しみとしている小春。その一方で、ネット配信している女の子に入れ込み月10万課金して彼女と別れる事になった青年のエピソードや小春に降り掛かる災難など、実際に配信絡みで起こり得る良い面も悪い面も等しく描かれていきます。 その上で描かれる恋模様。ネット上ではかわいいかわいいと言われ慣れていても、リアルで向けられる素直な好意には割とあっさり絆されてしまう小春がまたかわいいです。一見クールでしたたかに見えながら、そうではない面も適宜出してくる凄く良いヒロインだなと。 こういう出逢いや馴れ初めも現実に起こっているだろうなと思わされる、令和感たっぷりのラブコメ。1巻最後の破壊力に悶えつつ、今後の配信への影響などを無駄に心配してしまいます。

今度の恋は勝ちましょう

この恋で人生を差し切れるか? 異端の一口馬主ラブコメ

今度の恋は勝ちましょう 七島佳那
兎来栄寿
兎来栄寿

直近では高飛び込みの『ノースプラッシュ』、高級マンションのコンシェルジュの『シンデレラコンシェルジュ』など特徴的なテーマを描いている七鳥佳那さん。その最新作は、「競馬×婚活」。それも一口馬主というこれまたニッチな所を突いたラブコメとなっています。 サラブレッドが大好きで、少コミ時代から担当編集さんに「競馬マンガが描きたいです!」と力説していたという筆者。しかし、その時は「馬券が出ないなら良いですよ」と言われ、「馬券が出ない競馬マンガとは……?(哲学)」となってしまい描けなかったそうですが、その溜まった想いがこの作品では見事に噴き出しているかのように生き生きとした筆致です。 とは言えヒロインも最初は競馬のことなんて全く知らず、推し俳優目的で初めて競馬場に向かうというスタートなので競馬を全く知らない方でもヒロインと同じ目線で楽しめます。馬主になるのは無理でも一口馬主なら比較的気楽になれるということが解り、若干興味を持ちました。 婚活をしても上手くいかない焦燥感、要領よく定時退社して遊ぶ同期に対するモヤモヤ……。等身大で好感の持てるヒロインですが何となく閉塞感のある所から始まりながら、新しい趣味や気になる相手ができたことで日常のすべてが新鮮な彩りを得ていく様も読んでいて爽快な作品です。

カゼキル GREAT TRAIL RUNNERS

読むと駆け出したくなる!「トレイルランニング」という世界

カゼキル GREAT TRAIL RUNNERS 本橋ユウコ YAMAP
兎来栄寿
兎来栄寿

名前は知ってるけれど、詳しいことは知らない。そんな世界を描いた作品というのは興味深く読めるものです。 本作が描くのは「トレイルランニング」。舗装されていない山野を駆け抜けるスポーツです。元々中学で陸上を頑張っていたものの最後にしてしまった大失敗により競技から離れてしまった主人公が、高校生になりトレイルランニングに出逢う所から物語は始まります。 私の地元である奈良県の吉野山でも、「弘法大師の道」として空海の歩んだと言われる吉野山〜高野山までの道を駆けるトレランが開催されています。山上からの美しい景色を見るために普段から数時間程度の山歩きは楽しみでしかない私は、多少の興味も持っていました。 作中でも、過酷な競技ではあるものの自然の中で得られる安らぎや綺麗な景色、そしてその環境で走ることで走る自体の楽しさを改めて主人公が見出していくシーンに爽快感があります。体を動かすのが好きな人なら、トレイルランニングをしてみたくなるかもしれません。 また、同じ高校生男子のトレイルランナーとして癖のあるキャラも多数登場。群像劇的な側面でも今後もより楽しみです。

ざつ旅-That’s Journey-

人生に疲れたら旅に出よう

ざつ旅-That’s Journey- 石坂ケンタ
兎来栄寿
兎来栄寿

架空の漫画家・鈴ヶ森ちかとしてTwitterに実際にアカウントを持ち(@suzugamori2)、そこでアンケート機能を使って読者に決めてもらった場所にゆるい旅行に行ってそれを漫画化するという、SNSと融合し一部参加型コンテンツとなっている現代的で新鮮な作品です。 実際に福島、富山、香川など全国の色々な場所に行って旅行をするシーンで、逐一SNSへの投稿を行うカットが挟まれますが、それによって実際に旅行をしてSNSに投稿する時の感覚が思い起こされて面白いです。温泉や宿の料理を食べて至福になる瞬間は勿論、夜の露天風呂でもう外が真っ暗で何も見えなかったり、折角行ったけど営業期間から外れていたりといった旅にありがちなちょっと残念な瞬間も併せて描かれ共感するポイント多々です。 行ったことがある場所は「あ〜、あったあった!」と頷きながら読み、行ったことのない場所は「こんな場所があるんだ」「これ食べてみたいな」といずれも興味深く楽しく読めました。 日本酒大好きな私としては、主人公が旅先で出逢い「ああいう大人にならないようにしよう」と言われる日本酒大好きお姉さんの今後のますますの活躍を期待しています。食は旅の大きな楽しみであり、地酒はその一部ですからね。 読むと温泉に浸かって美味しいものを食べてゆっくりする日を作りたくなります。仕事や人間関係に疲れた方は、少し旅に出てみてはいかがでしょうか。

花と頬

小説が好きな女の子と、音楽が好きな男の子の物語

花と頬 イトイ圭
兎来栄寿
兎来栄寿

どちらかと言えば大人しい性格の二人を軸に静かに描かれる、夏の終わりにあるような物言えぬ寂寥感漂うガールミーツボーイ。 帯で柴田ヨクサルさんが述べている通り、純文学的な作品です(なぜ柴田ヨクサルさんが帯文を寄稿したかは本文を読むと解り、ファンはニヤリとできます)。音も無く動き出す電気自動車のように物語は始まり、丁寧に丁寧に心情の揺れ動く様が描かれていきます。 心地良い時間、新しい扉を開いていく様、生じる葛藤、苦い後悔……。決して派手さはありませんが、しっとりと沁みる物語です。好きなものを媒介に繋がりを深めていくのですが、お互いに同じ物を最初に好きだった訳ではなく相手の好きなものに触れて理解しようとする、その素朴な普遍性に共感と愛着を覚えました。 しかし、あとがきによると複数の出版社の編集者から「商品として成り立っていない」と言われてしまったそうです。キャッチーさが無ければ売れ難い。事実として理解できることではありますが、それによってこういった作品が消えていき世界の物語から豊かさが喪失していくことを考えると寂しさが募りました。楽園の懐の深さに感謝です。

永世乙女の戦い方

将棋で殺り合う女たちが見たいあなたへ

永世乙女の戦い方 くずしろ 香川愛生女流三段
兎来栄寿
兎来栄寿

最近また一気に将棋マンガが増えてきていて、小学生の頃に囲碁・将棋クラブに入ってNHK将棋講座を日曜午前の楽しみにしていた身としては嬉しいです(とはいえ、カバー下おまけの詰将棋を5分考えて解けなかったレベルです)。 作中で詳しく解説されますが、棋士と女流棋士には大きな違いがあり、それでも敢えてとある理由から女流棋士として強くなろうとする女子高生・香を中心に物語は展開していきます。 様々な百合マンガを手掛けてきたくずしろさんらしい人物造形と関係性が随所で見られ、エクストリーム百合痴話喧嘩マンガの『ラブデス。』を将棋でやっているかのような対局は特に見所です。 将棋指しは常軌を逸した人が多いので、そういう意味ではくずしろさんが描く女性として意外と相性が良い題材だなと感じました。 将棋が全く解らない人でも問題なく楽しめるであろう演出の派手さと構成となっています。個人的に、香の母親が「将棋のことなら止めない」と全力で(基本ルールも解らないのに娘の全棋譜を取るくらいに)応援してくれているというエピソードが好きです。 ちなみに、推しは勿論塔子さんです。

線は、僕を描く

水墨画×琴線に触れる再生の物語

線は、僕を描く 堀内厚徳 砥上裕將
兎来栄寿
兎来栄寿

『ヒカルの碁』の序盤、空間に星を置き宇宙の創造に見立てて囲碁を表現したシーンにとても感銘を受けました。この『線は、僕を描く』の帯にある「それは、 “白”と“黒”で“宇宙”を描く芸術」というキャッチコピーはそれを想起させた、水墨画という物のイメージを大きく変える素敵なフレーズです。 メフィスト賞小説を原作とした本作は、水墨画をテーマに据えた上で一人の人間の悲しみの淵からの再生を描いていきます。恐らく水墨画に造詣が深いという読者もあまりいないでしょうから、面白い所を攻めたなと思います。 マンガとしては1話目を読んだ瞬間からとても惹かれました。まず、堀内厚徳さんの絵がスタイリッシュで素晴らしい。その上で、原作小説の面白さであるドラマも面白く、水墨画にまつわる知識も興味深く、総合してとても上質な読書体験を生み出してくれます。 メンターとなる湖山先生の言葉も深く沁みますし、着実に成長していく主人公の姿を心地良く見守ることができます。 実際に作中で描かれる水墨画を逐一ビジュアルで堪能できるのは、小説版にはないマンガ版の強みでしょう。姉弟子である千瑛には勿論一目惚れ。今後も推して行きます。

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