オリオン明滅す

対人ゲームの根底にある最も強い感情 #1巻応援

オリオン明滅す 西倉新久
兎来栄寿
兎来栄寿

『HOTEL R.I.P.』の西倉新久さんの新作は、eスポーツ、より正確に言えばバトルロワイヤル系FPSマンガです。 FPSといえば『PUBG』、『Apex Legends』、『フォートナイト』、『荒野行動』、『VALORANT』などが有名です。 先日、とある付き合いで行ったお店で若い子に「L'Arc〜en〜Cielって何ですか?」と聞かれて衝撃を受けました。その子は、「ファイナルファンタジー、やったことないです。ゲームはエペ(Apex Legends)とかヴァロ(VALORANT)ならやります」とも。今はそういう時代なんですよね。 ともあれ、本作はまさにそれらバトロワ系FPSに類した作中作「PULSATE(パルセイト)」で最強を目指す27歳のプロゲーマー南条優人が主人公の物語です。 年齢的に周囲に引退者も出始め、家族にも自分の仕事を理解されない。チームメイトももっと強いチームへ行くと揉めて辞めてしまった。しかし、ゲームで負けた時の悔しさはずっと変わらない。 ″FPSは怒りだ″ の文言が表紙に、何ならタイトルよりも目立つくらいに印字されているのが好きです。 私は元々、対人だと長らく格闘ゲームを嗜んできましたが、周りにいた強いプレイヤーのモチベーションの源泉には純粋に上手くなりたいという想いももちろんありつつ、「あいつ絶対殺す!」という他プレイヤーに対する怒りや殺意が一番強い感情として存在したのは否定できません。「e殺し合い」とはよく言ったものです。 ギリシャ神話のオリオンは、「地上に住む全ての獣を殺す」と言い放ちました。その結果ガイアの怒りを買って殺されてしまうのですが、それにも似た猛々しい瞋恚がこめられています。 現代社会において本気で誰かと闘争するということを日常的に行なっているのはごく一部の体に恵まれたアスリート・格闘競技者くらいですが、ゲームの世界でも物理的なスポーツと同じくらいの熱狂が生まれ真剣勝負が日々繰り広げられています。 この『オリオン明滅す』には、その熱量が確かに宿っています。 ″このクソ田舎でオレだけが知っている一番熱い舞台を 冷やかし気分で汚すんじゃねえ″ という富山が地元の優人の言葉に滾ります。 本作は、優人が天才的なプレイスキルを持つダイヤと出会い新たなチームメンバーへと加えようとすることで物語が展開していきますが、ダイヤの天才性による気持ち良さと、一方でひとりの天才がいてもそれだけでは勝てないチームプレイの難しさや面白さも上手く表現されています。 eスポーツ好きの方はもちろん、そうでない方も読んでみると今非常に熱い世界の様子を垣間見ることができるでしょう。

勇者カタストロフ!!

ドラクエ4コマの雄「牧野博幸」のオリジナル作品

勇者カタストロフ!! 牧野博幸
六文銭
六文銭

少年時代、ドラクエ4コマが好きだった私にとって、その作家さんたちがオリジナルを描いていた「ギャグ王」というマンガは宝物みたいな雑誌でした。 (残念ながら雑誌自体、短命に終わったのですが・・) ドラクエ4コマの中でも、牧野博幸という漫画家はグンを抜いて面白かったので、そのオリジナルである本作も大好きでした。 カルト的な人気で絶版されたギャグ王版の単行本が高値取引されており、そこから見事復巻されたと記憶してます。 (なぜか、仙台のブックオフで4巻4000円くらいで全巻買った思い出がある。) ギャグのセンスというか、笑いのツボが同じなのか、とにかく読んでて面白い。 会話の流れや、セリフのチョイスが的確なんだと思う。 ただ、あらためて読み返してみると、長編のストーリー向き(しかも、後半にかけてやたらとシリアスな展開になるので、そのジャンル向き)の漫画家ではないのかなと感じる部分もあります。 子どもの頃は感じなかったのですが、場当たり的な展開や後出しの設定が出てきて「?」ってなる部分が、本作には多い。 ストーリー漫画がうまい人は4コマもうまいと聞いたことがありますが、逆もまた然り、というわけではないのかな? それでも、瞬間最大風速のギャグは顕在なので牧野博幸という漫画家の価値が損なわれることはないし、むしろドラクエ4コマなどで作家のファンになった人にとってのファンアイテムとして一度読んでみてほしいと思います。

ナビレラ

70歳からの夢への向き合い方 #完結応援

ナビレラ JIMMY HUN
兎来栄寿
兎来栄寿

『ナビレラ』は、私がこれまでに触れてきたWebtoonの中でも最高の作品です。 語弊を恐れずに言えば、現在のWebtoonは若者に向けたライトな作品や似通った人気のあるテーマの作品が非常に多いです。それ故に、既存のマンガのように深く重いテーマを扱っていて読んで考えさせられるような作品の割合は非常に少ないのが実情です。 従来のマンガ好きの方の中には「Webtoonはあんまり……」という方も一定数いると思います。しかし、そんな方にこそお薦めしたいのがこの『ナビレラ』です。 『ナビレラ -それでも蝶は舞う-』として日本ではドラマ版がNetflixで配信され、5月からは三浦宏規さん、川平慈英さんが主演のミュージカルも上映され、それらにあわせて紙の単行本も今月完結巻の5巻が発売されました。 この機会に再度ラストまで通読して、私は再び熱い涙を溢してしまいました。 人生の残り時間が少なくなってからの生き方。 夢やそれに伴う困難との向き合い方。 躓いてしまった時の立ち上がり方。 家族との関わり方。 人が生きていく上で大切なこと、これから先で行く道に待っているであろう物事が、たくさん盛り込まれた作品です。 「ナビレラ(나빌레라)」は「蝶のように美しく羽ばたく」という意味だそうで、まさに夢に向かって羽ばたいていく「70歳のおじいちゃんがバレエに挑戦する物語」とシンプル表せる内容ですが、その挑戦は本当に険しいもの。 一番身近な人を含めあらゆる周囲の反対を押し除けながら、満足に動けない老体に鞭を打ち、ボロボロになりながらそれでも叶えたい夢に向かって真っ直ぐ進む姿には胸を打たれます。 主人公のみならずさまざまな人物のエピソードが描かれていかますが、そこで人生の先達から送られる時に優しく時に厳しい厳しいメッセージの数々も箴言が豊富。 作中で、20代の夢破れた若者を「自分がもし20代の時からバレエをやれていたらどんなに良かったか」と諭し再び夢に立ち向かわせるシーンがあります。よく言われるように「今この瞬間が人生で一番若い」。人生においてやっておかないと後悔するであろうことをやり始めるなら、いつだって今この瞬間からが良いとエールを送ってくれます。 それは何も夢の話だけではなく、家族や友人知人との関わり方においてもそうです。人にはいつ何が起こるか分かりません。最後の瞬間に悔いを残さず幸せに生きていくためには、今日という1日1日を大事に生きていかねばならないと強く思わせられます。 また、物語の中で見舞われるある大きな困難は、私の祖父にも同様のことが起こり何年も一緒に辛い思いをしながら戦い続けた経験があるため、周囲の人間の気持ちも含めて非常に強く共感するところでした。誰にとっても起き得ることで、もしも自分がそうなったらと考えずにはいられません。 それでも挑戦して、挑戦し続けて、苦境に遭っても立ち上がって、見果てぬ夢を追い続けて、血と汗と涙に塗れたその先で彼らが辿り着く場所。そこには人間の素晴らしさ、人生の素晴らしさが溢れています。 今後、今以上に高齢化が進んでいく社会においてますます価値が高まるテーマを真摯に描ききっている作品です。 普段あまりWebtoonを読み慣れていないという方も、書籍版でぜひ5巻の最後まで読んでみてください。読む前より読んだ後の人生をより良いものにしてくれることでしょう。

メイドスケーター【電子特典付き】

愛しか感じない「メイド」×「スケボー」マンガ #1巻応援

メイドスケーター【電子特典付き】 すずしろ
兎来栄寿
兎来栄寿

多様性の時代である令和。最近はメイドも多種多様です。 ひたすら食べるだけの子もいれば、アキバで抗争するメイドもおり、ゴミ捨て場で拾われるヒゲ面メイドもいます。 そんな中、こちらはスケボーで空中を舞うメイドのお話です。 世の中、掛け算が大事で。単体ではありきたりであっても、掛け合わせることによって独自の組み合わせとなりそこに魅力が生じてくるのは人間でも作品でも同様です。 「スケートボード」×「メイド」。 通常では交わることがほとんどないであろうふたつの要素をどちらもこよなく愛する筆者によって、唯一無二の作品が誕生しています。レースを振り乱しながら、激しく華麗なトリックを決める姿が新感覚です。 すずしろさんの画力がとにかく高く、女の子はそのままラブコメにしても問題がないくらいかわいいのですが、そのかわいさを保ったまま少年マンガのアクションのように格好良く迫力のあるスケボー捌きを見せてくれます。表紙絵だけでも伝わるであろう、躍動感と疾走感がたまりません。大胆に見開きや大ゴマを駆使して目だけで楽しませてくれます。 個性豊かで魅力的なメイドたちのみならず背景も美しいのですが、西洋風の街並みの中に現代的なスケボー専門店が存在しており、細部の部品まで精緻に描かれているのに愛を感じずにはいられません。 「好き」は最強ですが、この作品には確かな「好き」が溢れています。 描きおろしでも見られる、スケボーから離れた日常の部分だけでも彼女たちの息遣いが感じられて好(ハオ)です。 マンガでも十分面白い作品ですが、アクションが非常に動画映えするであろう作品なのでアニメ化されたら海外などでも大ブレイクしそうで今後の展開が楽しみです。