私的漫画世界|ちばてつや|あしたのジョー
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ちばてつやは手塚治虫よりほぼ10年後の生まれであり,1938年生まれの石森章太郎,松本零士と同じ世代ということになります。漫画家としてデビューしてから10年ほどは少女マンガと少年マンガの両方の世界で活躍するという珍しい経歴をもっています。
ちばてつやはほぼ40年にわたり執筆活動を続けましたが,その間に発表した作品はwikipedia に掲載されている範囲では27作品に留まっています。人気漫画家の範疇では手塚治虫や石森章太郎を「多作の人」の代表とするならば,ちばてつやは「寡作の人」の代表ということになります。
その中で下記のような漫画賞を受賞しています。
第3回講談社児童まんが賞 |1・2・3と4・5・ロク,魚屋チャンピオン
第7回講談社出版文化賞児童まんが部門|おれは鉄兵
第23回小学館漫画賞青年一般部門|のたり松太郎
第6回日本漫画家協会賞特別賞|のたり松太郎
ちばてつやの代表作といえば「あしたのジョー」ということになりますが,なぜかこの作品は漫画賞を受賞していません。1960年代と70年代の「講談社まんが賞」の受賞履歴を下表にまとめてみました。
同時期の作品に比しても,社会的反響の大きさからも「あしたのジョー」が選定されてもまったくおかしくはありません。このことからこの時期の漫画賞の選考基準がどのようなものであったかを推測することができます。
やはり,ジョーが犯罪を犯し「特等少年院」に送致されるところから物語が始まったところが当時のマンガのあるべき姿から逸脱しているという評価をされたのではないでしょうか。
ちばてつやが少年誌あるいは一般誌に連載した作品の主人公は「ハリスの旋風の石田国松」,「あしたのジョーの矢吹丈」,「おれは鉄兵の上杉鉄兵」,「のたり松太郎の坂口松太郎」のように社会的な規格を大きく逸脱した人物となっています。このような社会の規範からはみ出した人物像がちばてつやの一つの理想像のようです。
「あしたのジョー」の場合はそのような行動が反社会的な犯罪にまで進んでしまったため漫画賞の選考委員の評価を下げたのでしょう。当時の漫画では「不良」を主人公にした反社会的な匂いのする作品などはほとんど先例がありませんでした。
この辺りの設定は先行する「巨人の星」の主人公である優等生の星飛雄馬の正反対のものです。それは原作者の「高森朝雄(梶原一騎)」の持ち味の一つであり,ちばてつやのテイストにも合致していたようです。
ジョーの少年院送致はこの物語の原点となっており,普通の感覚ではどん底ともいえる少年院やドヤ街の生活からボクシングを通してあしたを目指すことが物語の骨格となっています。それが原因で漫画賞を逃したのであればずいぶん気の毒なことだと考えます。
初期設定を少年院以外の環境に置くことも可能かもしれませんが,少年院を舞台においたとしても物語全体が反社会的だという評価にはならないと考えますが,1960年代末の少年誌の倫理的規範からすると仕方がないのかもしれません。
漫画賞を受賞しなくても,個人的には「あしたのジョー」はちばてつやの代表作であり,同時期のマンガ作品と比較しても燦然と輝く金字塔であると評価しています。