ネタバレ
美術界の表でも裏でも、己の器量とルールで疾走する男・フジタ。

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贋作専門の画廊「ギャラリー・フェイク」の
オーナー・藤田玲司。
ブラックマーケットと繋がっている等と噂され、
美術界では異端・鼻ツマミ者扱い。
しかしかつてはNYのMETでキュレーターを勤め、
美術品の審美眼・鑑定眼は確かで知識も豊富。
修復や洗浄技術も超一流。お宝を嗅ぎ付ける臭覚も。
しかも実際にはブラックマーケットと付き合いが
あるどころか、
直接に贋作作りもする、窃盗団への協力もする。
己の信条に沿ったことなら躊躇無く抜群の腕前で執り行う。
藤田の信条、それは「美への奉仕」
その意識は社会正義や金儲けより優先される。
なので、騙すことも騙されることも、
ぼったくることも、ぼったくられることもある。
出し抜き、つまづき、時に寄り道もしながら、
藤田は己の信じる美の追求の道を
ワリとお金に困りながら今日も歩いている。

世界的に不景気な世の中とはいえ、
未だにやれピカソの絵が何十億円で落札されたの、
ナンチャラの壷が何千万円で売れただのニュースになる。
高級美術品の世界は浮世離れした金額が動く
庶民とは無縁の夢の世界であり続けている。
その世界に参加するには財力と見る目がいる。
どちらも無い庶民には無縁の世界。
なので憧れの世界であるけれど同時に
「ホントにあんな絵に価値があるのかよ」
とやっかむ気持ちになるのも当然。
そんな世界を確かな眼と揺るがぬ信念で、
権威や財力や法律やらのシガラミを乗り越えて
美を理解せずに利用だけしている連中に一泡吹かせ、
己の思いに忠実に駆け巡る藤田は本当にカッコウカッコウ良い。
ときどき拘りゆえに貧乏くじを引いたりするところも(笑)。

テーマが美術芸術骨董などなので
「果たしてこの作品の真贋はいかに?」
という話も多い。
私も所詮は真の美などワカラン男なので、
じつはギャラリーフェイクギャラリーフェイクの話でも
美がどうとかより、この手の
「で、これって本物なの偽物なの?
 本物だったら幾らするのよ!」
「詐欺なんじゃねーの、騙されちゃうんじゃないの?」
という感じの話が好き。
他の漫画や小説、ドラマなどでも真贋が肝になる
話は多いけれど、自分の今までの見聞きした作品では
「結局は偽物」だったり
「真贋は結局不明のまま」で終わるものが
ワリと多かったように思う。
おそらくは現実に存在しえないものを
「ありました」
と登場させるのはフィクションであっても
色々と問題が生じるからなのだろうかと推測するが。
ギャラリーフェイクはワリと
「これは・・本物だ」
みたいな話があるのでその辺が好き。
安直に本物にしました、という感じでもないし。
偽物でした、みたいな話も、偽物を作る過程や
ソレをダレがなんの目的で利用したのか、とか
面白く描かれていることが多いし。
美術漫画としてだけではなく
コンゲーム漫画として面白い漫画だとも思う。

ギャラリー・フェイクは脇役も個性的で魅力的。

「サラ・ハリファ」
中近東Q国の王族の娘。
隣国の侵略で国を追われ、縁あって藤田の助手的存在に。
メチャクチャ金持ち。美術的な潜在センスあり。
藤田に恋心を抱きつつも直接的な行動には出れないでいる。

「三田村館長」
才色兼備な女性・美術館館長。
何事にも信念に基づいた行動をし、少々融通は利かない。
藤田のSッ気、Mッ気、ともにくすぐる存在?。

どちらも恋愛感情には初心というか奥手というか。
ともに藤田と接することで少しづつ変化も出てくるが。

「ラモス」
隻眼のトレジャー・HUNTER×HUNTER カラー版ハンター。
刺激のない普通の生活はおくれないことを自覚している。
藤田とは互いに認め合い利用しあう腐れ縁関係。

「吉岡助教授」
考古学者。タレント活動で研究費を捻出しているので
軽い感じもあるが、根っこは死んでも治らないレベルの
真性の考古学中毒者。

ともにマトモな死に方はしないであろう、
実は金よりも刺激の非・常識人。
第6巻の黄金郷譚は藤田、ラモス、吉岡が登場する
ロマン溢れる名作。

「知念」
文化庁委託の国宝GメンGメン
価値ある美術品を重要文化財に指定し国に保護させることを
大義名分にして、現実的な無理矛盾を民間人に押し付けがち。
藤田の敵役になることが多いが、根が美術愛好家であるので
時により共闘したり微妙な関係になることもある。

「地蔵」
料亭の主人で経済的にも社会的にも上流階級の人。
しかし美術的な鑑識眼や認識力は二流と、藤田にも言われ、
本人も自覚気味。だが藤田という人間を高評価し、
地蔵なりに藤田を「正当な評価と立場にすべく」
おせっかいともいえる干渉をしてくる。

ギャラリー・フェイクには他にも
フェイツイ(美女怪盗)
メノウ(フェイツイの部下でドM)
千手(時計職人)
木戸(自称・日本一の偽造品製作者)
ジャンポール香本(香道の家元)
など、個性豊かなキャラが豊富。
一度限りの登場のキャラも入れれば多士済々。
それらのキャラが入り乱れて万華鏡のように
色々なドラマを魅せてくれる。

美と価格の極致みたいな話もあれば、
ブリキブリキのオモチャ
(第10巻第3話 TIN TOY刑事)
ミニカー
(第21巻第6話 43分の1営業所)
といった、オジサン趣味の世界の話も描いている。
この辺は藤田の美に対する面とは違う
子供っぽい面を描いている感じでこれも面白い。
また、ミニカー収集家がコレクションを手放す
決心をしたときの、せめてもの?希望には
藤田じゃないが、まあそう思うだろうなあ、
とリアリティを感じた。
もっともこういう人は手放した後にも
色々と口出ししたりウザクなりそうだけれど。

コミックスは連載終了により第32巻で完結
けれどその後に発表された新作を纏めて
10年以上たってから新たに第33巻発売。
その後に増刊スピリッツで連載が再開され
現時点で第34巻も発行されている。

第33巻発売の直後、
某全国チェーンの古本屋さんの
100円本の棚で第33巻を発見。
え、ウソッ、と思いつつ即購入。
恐らくは連載終了から10年以上たってから
続刊が新刊で出るなんて店長さんには予想外で
価格設定を間違えたのだろう。
滅多にないケースだと思うが、
ギャラリーフェイクギャラリーフェイクみたいな内容の漫画を
古本屋で格安に入手できたことに
チョットしたドラマとお得感を感じたのとともに
古本屋での数百円分のメリットを喜ぶとか
藤田からみたらお笑い草だよな、とか
でも今後も新刊を安く買えたらいいな、とか、
そもそも新刊を古本屋で買う事自体が
好きな作家さんにたいしてどうなのよ、とか
色々と考えてしまった。

世間一般では
「騙されたほうも悪い」
という言葉が使われることがある。
だが美術芸術骨董界で売買に関わる人の間では
「騙されたほうが悪い」と言われるらしい。
目利きが全てで目利きこそが善で正義らしい。

「騙されたほうも」という言葉は通常では、
詐欺的な犯罪を世間に蔓延らせるのは、
無教養や安易さゆえに犯罪をまねき許容し
成立させてしまう人がいるからであり、
それに対する戒めの意味で使われる。
または犯罪者側からの自己弁護・言い訳の言葉として。
「騙されたほうが」という言葉は美術界で
目利きが出来なければ生き残れない世界なのだから、
という意味で使われているらしい。

それでなくても商売であるなら
「安く仕入れて高く売る」
ことが出来なければ利益が出ない。
そのためには商品に付加価値をつけるか
価値観の差がある人の間を取り持つしかない。
その商品があるところからないところへ
運んで行くなど、なにか付加価値を加えるか、
価値が低いと思う人から安く仕入れて
価値が高いと思う人に高く販売する。
これにより商売が成立し利益が発生する。

フェイクの藤田は、最初から贋作専門を標榜する。
通常の商売では非常に成立しがたいはずだ。
安くは仕入れられるかもしれないが、
高く販売するのは難しい。
そこをブラックマーケットでの商売に
うまく活用したり、税金対策とか、
「見る目の無い金持ちにボッタクリ価格で
 売りつけて、それでも満足させている」
などすることで食べているみたいだ。

だが殆どの場合で、相手が善人のときは
相手が価値感がわからない人でも藤田は
安く買い叩いたり、高く売りつけたりはしないようだ。
わりと金策に苦労したりしているのに。
善悪の基準が世間一般と多少異なり
「目利きが全て」の美術界で、
目利きでありながら世間とも美術界とも
微妙に違う価値感で商売をする男・藤田。

その辺とかにギャラリーフェイクギャラリーフェイク
シビアだけれどファンタジーな魅力を感じる。

藤田は間違いなく目利きとしては一流だが、
商売人としては一流ではないかもしれない。
だが、それが藤田の魅力でもあると思う。

どの業界にもそれで飯を食っているプロ・商売人の間には
特有のルールやしきたりがある模様。
美術品とか骨董品を扱う業界では
「互いに商売の邪魔をしない」
「度の過ぎる抜けがけはしない」
という暗黙の了解はあるみたいだ。
例えば、
偽物だと知りながら本物だと思うと言って
ボッタクリ価格で売りつけている商売人がいたとして、
同業他者がそれを知っても、そのことを購入者に
告げ口はしないらしい。
まあそういうことを繰り返している商売人は自然と
信用をなくして自滅するだけだろうし、
そこを指摘しあうようになれば、
儲けることが難しい業界になるだけだし。
また、お宝の山を発見した場合など、
全てを一人で独占するのではなく、
関係先にも何かしら少しかませてあげて
儲けを分かち合うものらしい。
これも商売人同士の防衛行動・助け合いとしてありえるだろう。

本当にそれが商売人間のルールであるならば、
藤田はたびたびルールを破っている。
漫画の主人公としては痛快だが、
美術骨董業界の現実がそうであるならば
漫画であるとはいえ非リアルリアルな行動ということになる。
また逆の意味で、藤田はギャラリーフェイクギャラリーフェイクの経営に、
というか資金繰りに結構苦労して妥協していたりする。
その辺はリアルかもしれないし、
ギャグ・エピソードとしてもありだと思う。
だが、漫画的にはゴージャスゴージャスだとかドリームな面を
薄くしてしまい、主人公の魅力や個性を薄くする
デメリットはあると思う。

そのあたりは漫画を読んだ方々それぞれに
様々な印象を受けるだろう。
私自身は、経営に四苦八苦する藤田も見たいし、
見ればリアリティ云々抜きに楽しめる(笑)。

また、添付画像の下半分は第10巻第5話の1シーンで、
実は自分にメリットはない立場なのに、藤田自身の意思で
ダーティな交渉術を駆使するシーンだ。
悪徳画商と言われる男の、悪徳な交渉シーンだが
藤田が求めているのは画商としての利益ではない。
美の奉仕者としての得だ。
このへんも藤田とギャラリーフェイクならではの
味わいだと思う。

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