夢に落ちる少女

黒髪のベタが良いふたりの少女のお話 #1巻応援

夢に落ちる少女 しぐま
兎来栄寿
兎来栄寿

「共依存鬱百合コメディ」の響きだけで強くなれる気がしますね。ささやかな喜びを潰れるほど抱き締めるような物語が好きな皆さん、こんばんは。 しぐまさんがwebで連載していた本作が、まず昨年末に本として発刊されました(それは 同人誌と言うには あまりにも大きすぎた 大きく ぶ厚く 重く 大ボリュームだった)。そして、この度各ストアで電子版の配信も始まりました。264Pの同人ということで紙版は3000円を超えていましたが、電子版はかなりリーズナブルにお求めいただけるようになったと思います。 「ボク」と「オレ」のふたりの少女の掛け合いを中心に繰り広げられる物語ですが、とにかく先ずしぐまさんの絵が好(ハオ)ですね。黒髪に対して真っ黒にベタを塗る人は昨今逆に少なくなっており、吸い込まれそうな漆黒の髪と瞳に郷愁すら覚えます。本作以外のイラストなどでも、黒の使い方がとても良い作家さんです。 そして、そんなふたりのそれぞれのキャラクター性が話が進むにつれて細かく描かれていき、数々のエピソードと共に両者への愛着が高められていきます。「オレ」の方が背が低いけどカッコいいところとか、「ボク」のみならず読んでる方もときめいてしまいます。 序盤は「コメディ」部分が強めですが、徐々に出てくる「共依存鬱」パートがまた非常に良く、私が本作を推す理由となっています。 百合好きの方にはもちろん、そうでない方も読んでみて欲しい魅力のある作品です。

坂本太郎 名作劇場

令和5年「坂本太郎さんの単行本」が発売! #1巻応援

坂本太郎 名作劇場 坂本博義
兎来栄寿
兎来栄寿

坂本太郎さんのマンガに出会った日のことは今でも鮮明に覚えています。 『ドラゴンクエスト』が大好きで大好きで仕方がなかった小学生時代。毎巻楽しみにしていた『ドラゴンクエスト 4コママンガ劇場』の最新11巻を馴染みの書店でウキウキしながら買ってきて早速読み始めると、ひとつ異質な作品が載っていました。 「ピエール」というシンプルなタイトルと共に描かれていたのは、鋭い眼光で黒光りする「グレートスライムZ」。当時はパロディ元のマジンガーZのことも知らなかったにも関わらず30分くらい笑い続け、「抱腹絶倒」という言葉を身を持って体験をしました。従来の作家さんは「ふんどし!」などはありながらも、基本的に『ドラクエ』の世界観を忠実に守った作品を描いていました。しかし、それを清々しい程にガン無視した坂本太郎さんのマンガは、破壊的インパクトを与えてくれました。 その後も『スターオーシャン』や『ヴァルキリープロファイル』、『モンスターファーム』など私も死ぬほどやり込んだゲームの4コマ作品や、『ギャグ王』や『ヤングガンガン』等で連載していたオリジナル作品でもそのハイセンスぶりを遺憾なく発揮し続けた坂本太郎さん。徐々にかわいくなる女の子キャラに対して、濃すぎるおっさんたちの存在感は常に一定。「スポーティな視線」や「スペース朧ノエル」が解る方はソウルメイトです。 しかし、当時から一部でカルト的な人気を博していたにも関わらず、オリジナル作品の単行本化は一切されてきませんでした。一時期はwebで読めたものもありましたが、それでもファンとしては単行本で欲しいもの。やがてwebで読めた作品も閲覧できなくなり 「ああ、坂本太郎さんは今何をしているんだろう……」 と、ことあるごとに思い返しながら時は2015年。1994年から1999年まで発刊されていた雑誌『ギャグ王』がエイプリルフールで1日だけオンラインに復活するという椿事が起こり、そこに何と坂本太郎さんの新作マンガも掲載されたのです! これには狂喜乱舞でした。女の子の絵柄はまた少し可愛くなりながら、汚いおっさん入り乱れる狂気的作風は健在。坂本太郎さんが元気に生きてらっしゃるだけで、嬉しかったです。 そして更に時は流れ、2020年11月。『週刊少年ジャンプ』で同姓同名の「坂本太郎」を主人公とする『SAKAMOTO DAYS』が始まり、記憶を刺激されずにはいられませんでした。 「ああ、坂本太郎さんは今何をしているんだろう……」 と思いを馳せること幾星霜。すると、その1ヶ月後に奇跡が。 https://twitter.com/hiromoka_09/status/1341274354324127745?s=46&t=qkYMagUe7ZxV5G5YoVLrLA !?!?!?!?!? さ、坂本太郎さん御本人が…………!? Twitterを!! それから、日々コンスタントに過去作品やリメイクなどを発表してくださり、飢えに飢えていた坂本太郎さんのマンガからしか得られない栄養素を数十年分補給させてもらっています。 そして、権利関係などの整理が行われた結果、遂に遂に遂に世界が待ち望んだ坂本太郎さんの単行本が今日、令和5年1月27日に発売となりました!(スタンディングオベーション) 今夜は祝杯を傾けながら、細かすぎるドラクエネタから当時の時事ネタまでエロスとカオスの入り混じった世界を堪能しようと思います。今読んでもまだ時代の方が追い付けていない、この世界観が大好きです。 そして、嬉しいことに『坂本太郎 名作劇場 1』というタイトルなので、未収録作品を収めた続刊も心から楽しみに待ちたいと思います。 (なお、現在は坂本太郎改め「坂本博義」または「坂本ヒロヨシ」名義となっています。恐らく坂本太郎名義の方が通りが良いと思い、文中では坂本太郎名義での表記とさせていただきました)

変声

ままならない人生で彼らが見つけた息のできる場所

変声 はやしわか
兎来栄寿
兎来栄寿

はやしわかさんは、第80回ちばてつや賞準大賞に選ばれた【コミックDAYS読み切り】しかたなしの極楽を読んで手触りの良いマンガを描く方だなと思いました。 『変声』は、そのはやしわかさんが2022年9月に出した同人誌です。その後、11月には各電子書店でも販売が開始されました。 一応ジャンルとしては公式に創作BLとされていますが、性的な描写もなく普段BLを読まない方であっても読み易い部類でしょう。 変声は、思春期に著しく身体的な変化が起こるのに伴って精神的にも未成熟で不安定な時に起こるひとつの現象です。私自身、ソプラノで歌うのが好きだったので喉の違和感と共に声が変わっていくのは悲しかった覚えがあります。 変わって欲しくないのに変わるもの。 変わって欲しいのに変わらないもの。 矛盾に満ち溢れた世界ですが、それらの矛盾に向き合わなければならない時は誰にも否応なく訪れます。 しかし、矛盾に満ちていてすらも美しくあるのがこの世界。そんな美しさの一端を滲ませる感情が、この作品では印象的に描かれます。 その誰もが名を知りながらも、中身についてはよく解っていない不思議な感情。それを見開きで紐解くシーンがとても好きです。 ″息のできる場所を 見つけたよ″ というモノローグなども、心地よく響いてきます。 はやしわかさんの今後の活動も頗る楽しみです。

IMPACT 【合本版】

意地で全巻読んだぞ

IMPACT 【合本版】 坂田信弘 竜崎遼児
マンガトリツカレ男
マンガトリツカレ男

合本版だと全17巻、単行本だと85巻を全部読んだぞ。 自他ともに認める坂田信弘ファンなのでいつかは読みたいを思いつつ機会がなかったが今回、Kindle Unlimitedにあったので全部読んだ。 8日間で読んだせいかすごい疲れた。マンガを読んでここまで疲れたのは久しぶりだ。2022年9月現在おそらく最長のゴルフマンガで「風の大地」より長い。 これでおそらく坂田信弘原作の漫画で単行本になっているのは読んだかも。 前情報としては名作や面白いなど話は聞いていたが読んだ結果色々な疑問が浮かぶことになった。 一番大きな点としては、本当に全部を読んで名作や面白いと言っているのかというところだ。 確かに単行本で言うと20巻ぐらいまでは面白いがそれ以降になると、対戦相手が変わるたびに同じような繰り返し、例えば「見盗り(みとり)」「古刀の写し」「刀鍛冶」「古武術」「斬り合い」「四股」「ファントムボール」「眼をつむってパターを打つ」「歩き方」「風の身体に対する影響」「刀鍛冶からゴルファーへの変化」などの話が続いたり、数巻一度全く同じような説明が出るのであれページ間違えたかなと思ったりもした。あとゴルファーにしかわからない煽り合い?このホールでドライバーを使うのはこっちに対する挑戦か?みたいな高度な話も多かった。 主人公の鳴海一丸は元刀鍛冶師でとあるきっかけでゴルフを始めるまではいいが、ゴルフに対して前向きではなくしょうがなくやってるみたいな言動がかなり続く。途中からゴルフに対して前向きにはなるがスコアなどよりも対戦相手の技をどう真似するの話が多く、それで無茶苦茶強くなるかと言うとそうでもなくメンタル面で失敗したりもする。「風の大地」の沖田より面倒くさそうな性格だった。 正直、いろいろなことに恵まれすぎている鳴海一丸より初期からのライバルキャラの石塚一平の方がよっぽど好感度は高かった。自分にあるものを冷静に分析して弱点の克服やどうやったら恵まれた奴らに勝てるかを考え続ける姿勢は良かった。たまに主人公を助けたり自分を助けてくれたキャディに礼を欠かさなかったりと地味だがいいエピソードも多い。 まあ色々書いたが、前提条件として俺が全くゴルフをやったことがないのでマンガの中のゴルフのテクニック的な面の面白さを理解できなかったり、ゴルフ知識が少ないので、マンガの中で使用される用語の理解度が低かったりという面はあると思うしゴルフ専門誌での連載だったので「風の大地」にくらべてエンターテイメント性は低いのかもしれないと色々考えるところはある。 もしIMPACTを面白いと言う人間に出会ったら間違いなく、「全部読んだ?」「どの試合が面白かった?」としつこく聞きまくると思うので俺にIMPACTの話はふらないでほしい

ウエディング・ドレス

仕事に生きてきた30代女性の葛藤

ウエディング・ドレス 池田理代子
兎来栄寿
兎来栄寿

池田理代子さんと言えば『ベルサイユのばら』や『オルフェウスの窓』などが圧倒的に有名ですが、短編でも優れた作品がいくつもあります。 この『ウエディング・ドレス』も正にそのひとつ。 改めて今読み返すと、 「あんたのおにいさんも…30を2つすぎて独身なんてさ 変わってるわよ」 といった台詞には世の流れを痛切に感じずにはいられません。この時代に生まれていたらますます肩身の狭い思いをしただろう、と感じる独身貴族の方も少なくないのではないでしょうか。 一方で、主人公である30年以上も仕事に生きてきた女性の葛藤は今を生きる私たちにも強く響きます。彼女は周りの人々が次々に結婚をしていくことで、自分は仕事に生きているんだから良いんだと体裁を繕いながらも、実際には深く傷付いていきます。そのことを、無邪気な笑顔で幸せになることで無自覚に持たざる者に負わせる気持ちを「見えない刃による暴力」と的確に可視化していることが凄いです。30年以上一度だって男に「愛してる」と言われたこともない、と嘆く彼女の痛切な叫びは胸を抉ります。 しかし、当時は自分の周りの世界はまだ狭いものでしたが、今はSNS全盛の時代で、近くもない人の無邪気な幸福が無限に見えてしまう世界です。これは、自分から無限の刃に傷付けられにいくようなものかもしれないと考えると、そら恐ろしくなります。 なお、本作の主人公はある過ちを犯しながらも、最後に自分の支えになるのは自分がこれまで人生を賭して頑張ってきた仕事とその成果となります。これは非常に熱い部分であり、今仕事を必死で頑張っている人にとってエールになるかもしれません。 「女性の自立」を多様な作品で描いてきた池田理代子さんの、ある意味では真髄のような一作です。