兎来栄寿
兎来栄寿
8ヶ月前
文化人類学者であり漫画家でもある異色な経歴を持つ都留泰作の最新作です。『ナチュン』、『ムシヌユン』、『竜女戦記』ときて、この『ういちの島』。 海洋学。 謎が謎を呼ぶ展開。 咽せ返るような欲望の描き方。 冒頭のコンゴ・スーダン地域に実在するアザンデ族の妖術師の逸話から始まる辺りも含めて、純然たる都留泰作さんを感じられる作品です。 サバイバル・パニック・ホラーという人気ジャンルの中でも、少し変わった要素も取り入れつつ独自の持ち味をしっかりと出しています。 タイトルにもなっている「ういち」とは一体何なのか? 読み進めていくとそれも少しずつ解っていきますが、単なるファンタジーではなく学術的な裏付けや現代社会における批評性も伴ったものとして提示されていくのであろうという期待感が湧きます。 また、サスペンスとして見たときには主人公の立ち位置が面白く、引きが強いです。この辺りにも、さまざまなエンターテインメント作品を研究している都留泰作さんらしさが感じられます。 84ページから感じられるアーティスティックさなどは、絵の魅力もますます増しているなと思わされます。 果たして、どのような展開と結末が待ち受けるのか。都留泰作ファンとして純粋に楽しみです。
兎来栄寿
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8ヶ月前
『HOTEL R.I.P.』の西倉新久さんの新作は、eスポーツ、より正確に言えばバトルロワイヤル系FPSマンガです。 FPSといえば『PUBG』、『Apex Legends』、『フォートナイト』、『荒野行動』、『VALORANT』などが有名です。 先日、とある付き合いで行ったお店で若い子に「L'Arc〜en〜Cielって何ですか?」と聞かれて衝撃を受けました。その子は、「ファイナルファンタジー、やったことないです。ゲームはエペ(Apex Legends)とかヴァロ(VALORANT)ならやります」とも。今はそういう時代なんですよね。 ともあれ、本作はまさにそれらバトロワ系FPSに類した作中作「PULSATE(パルセイト)」で最強を目指す27歳のプロゲーマー南条優人が主人公の物語です。 年齢的に周囲に引退者も出始め、家族にも自分の仕事を理解されない。チームメイトももっと強いチームへ行くと揉めて辞めてしまった。しかし、ゲームで負けた時の悔しさはずっと変わらない。 ″FPSは怒りだ″ の文言が表紙に、何ならタイトルよりも目立つくらいに印字されているのが好きです。 私は元々、対人だと長らく格闘ゲームを嗜んできましたが、周りにいた強いプレイヤーのモチベーションの源泉には純粋に上手くなりたいという想いももちろんありつつ、「あいつ絶対殺す!」という他プレイヤーに対する怒りや殺意が一番強い感情として存在したのは否定できません。「e殺し合い」とはよく言ったものです。 ギリシャ神話のオリオンは、「地上に住む全ての獣を殺す」と言い放ちました。その結果ガイアの怒りを買って殺されてしまうのですが、それにも似た猛々しい瞋恚がこめられています。 現代社会において本気で誰かと闘争するということを日常的に行なっているのはごく一部の体に恵まれたアスリート・格闘競技者くらいですが、ゲームの世界でも物理的なスポーツと同じくらいの熱狂が生まれ真剣勝負が日々繰り広げられています。 この『オリオン明滅す』には、その熱量が確かに宿っています。 ″このクソ田舎でオレだけが知っている一番熱い舞台を 冷やかし気分で汚すんじゃねえ″ という富山が地元の優人の言葉に滾ります。 本作は、優人が天才的なプレイスキルを持つダイヤと出会い新たなチームメンバーへと加えようとすることで物語が展開していきますが、ダイヤの天才性による気持ち良さと、一方でひとりの天才がいてもそれだけでは勝てないチームプレイの難しさや面白さも上手く表現されています。 eスポーツ好きの方はもちろん、そうでない方も読んでみると今非常に熱い世界の様子を垣間見ることができるでしょう。
兎来栄寿
兎来栄寿
8ヶ月前
私は『天』が好きすぎて、このマンバでのクチコミなどを書く際にも何度名言やネタを引用したかわからないくらいです。 その『天』の東西決戦において、西代表の雀士として一際存在感を放っていた僧我三威を主人公に据えたスピンオフです。 『トネガワ』『ハンチョウ』『イチジョウ』などに連なる、コメディタッチを基調としながら部分的には感慨深いところもある内容となっています。 現代医療によって病から回復を果たし80歳を超えた僧我は老人ホームに入居して静かな余生を送ろうとするも、その老人ホームはボケ防止というお題目で麻雀やパチンコ・パチスロなどのギャンブルが横行し、「ペリカ」による経済活動が行われる安息とは程遠い場所でした。 赤木と僧我の最後の戦いを終えた後の余生がこうなることに若干複雑な想いはありますが、逆にあれだけ怪物然としていた人物が世俗に塗れる瞬間を描いているというところでの味があります。 老人ホームで暮らす主人公の作品もなかなかないので、そういう意味での面白さもあります。老人ホームに詳しくないですが、ジャージがゆるゆるなのは、あるあるなんでしょうか。 闘牌シーンもありますが、1回ツモって捨てるまでに何十秒もかかり、見せ牌のオンパレードな老人たちに、さまざまな玄人技を持つ僧我が負けるはずもなく。 ″僧我は深い森……… 漆黒の闇……… いないっ…! その闇を見通せるものなど… この老人ホームにはっ…!″ といった、原作を踏襲したナレーションには笑いを誘われます。 また、『ハンチョウ』でもコラボしていた雀魂を元にした雀天という麻雀ゲームアプリを遊び出すところでは、大槻や一条や利根川が美少女化されており笑います。 そうした笑える部分も良いのですが、余生という状況を振り返ったときや終わりの時を前にした人々の営みに、やがて誰にでも訪れる未来の一旦を垣間見れる瞬間もあり、何とも言えない感情に見舞われる部分があります。 『天』を読んでいない人でも楽しめるようになってはいると思いますが、読んどいたほうがいいですよ『天』は..!