兎来栄寿
兎来栄寿
1年以上前
本当はなりたい自分像があるのに、さまざまな理由でそれを押し込めている人は世の中にたくさんいるでしょう。 恥ずかしいから。 変わる勇気が出ないから。 家族や友人に反対されるから。 理想はあっても自分には無理だから。 本作の主人公・彩も、そんな悩みを抱えて生きてきた30歳の地味なOL。本当は高校生の頃からギャルのきらきら感に憧れていたものの、さまざまな理由からそれを諦めてきて、30歳になろうという瞬間にも友達も恋人もおらず本当にやりたいことも見つからないという状況。そんな彼女が、平成にタイムスリップしてギャルとして人生をやり直していくという筋書きです。 少女マンガのキーワードのひとつが「変身」ですが、本作もまさに変身を望み遂げていく物語となっています。そして、その変身に際しての彩の等身大の葛藤がリアルで、読んでいて共感する人も多いだろうと感じる部分です。 「バカにされてると感じるのは 行動してこなかった自分が 悪いって知ってるからだ」 といっモノローグなど、とても鋭利です。 すんなり変われるわけではない。でも、自分より歳上でギャルを楽しんでいる人に出会うなど他のギャルに助けられ勇気をもらいながら、遂に変わることができた瞬間のカタルシスがしっかり描かれています。ギャルに限らず、本当はなりたい自分を押し込めている人に変わるための勇気を灯してくれる物語です。 そして特筆すべきは、ギャル周りの描写。 筆者自身も高騰している昔のギャル雑誌をフリマサイトで買うくらいギャルが大好きでショップ店員だった時代もあるそうで、実体験がふんだんに反映された内容となっています。読むと、いろいろなギャル文化やメイクテクニックも学ぶことができます。 「ギャルってすごいよな… 何も考えないでしゃべってそうなのに なんで空気がよくなるんだろう」 は本当に頷く部分で、ギャルの底抜けに明るくポジティブなところ、無限にフレンドリーなところ、中毒性のある不思議な語彙力、欲望に忠実で刹那的なところ、ざっくばらんだけど優しくて仲間想いなところ、ストレートな物言いなどは私も好きです。 「心にギャルを飼おう」という幕間のメンタルコントロールマンガも秀逸。ギャルの最強マインドがあれば何だって乗り切れますからね。現代社会の荒波をギャルで武装して乗り越えて行きましょう。
吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)
1年以上前
『ひゃくえむ。』で陸上を新しい角度から描くのに成功し、『チ。―地球の運動について―』で地動説、天動説に翻弄され意志を繋いだ人々のドラマを骨太に描いた魚豊先生の新作がついに! 始まりましたね! 今回、アプリ「マンガワン」での連載開始と同時に一挙4話分200pちかく公開というのが最高ですし、4話まで一気に読んでこそ、この話の本当のスタートを目撃できるかと思うのでぜひそこまで読んでみてください。 ▼裏サンデーでも1話が公開されてます。 https://urasunday.com/title/2484 【あらすじ】 レストランで英語話者の人物によりテロか虐殺か行われ死屍累々の現場から始まるという衝撃のスタート。 そしてそこには触れられず、主人公渡辺の物語が始まる。 小学校4年生での論理的思考を問う小テストでの優秀者というごくごく小さな勲章を胸に、人生上手くいかなくても少なくとも自分には「論理的思考」があると考えそれを支えに生きてきた渡辺19歳。 彼は非正規雇用でコンテナで荷運びをする日々の中で、始まっている気がしない人生に嫌気が差していたが、一つだけ希望があった。 彼の夢は、金銭的に成功し人生一発逆転することだったのだが…。 と、書いてみましたが正直一言で説明するのが難しい内容です。 ただ、これが面白い。 誤解を恐れずに言えば、「恋と陰謀」を魚豊先生らしく社会を斬ったラブストーリーになっていくんだと思います。 魚豊さんは、一旦全体のストーリーを結末まで考えて構成しているようなので、1話単位よりも1冊通して読んだとき、そして作品を一気に読んだときの読み心地を優先させているのかなと。 なので、まずは1巻相当にあたるページ数の4話までを読んでいただきたい。 そしてそこまで読んで「なるほどこれってこういう話になるのか、それでここからどうするつもりなんだ?」までが1セットで、早く続きが読みたいです! 言ってしまえば世に蔓延る様々な社会的格差をまともにくらって、明らかに社会的弱者である主人公が、そもそも社会的弱者である自覚もなく、さらに平等にチャンスが与えられていると信じて考えもなしに成功を夢見ているという痛烈な始まりです。 あえて言葉を選ばず書きますが、「自分のことを賢いと思ってる馬鹿」というのがどうしようもなく辛いです。 ここから知を備えた人物たちにより一つ一つ丁寧に世の中の仕組みが暴かれて彼の希望は繰り返し砕かれていき、恋に辿りつき、さらに陰謀論者に行き当たります。 何も知らずにぼんやりとそれなりに身近な幸せを噛み締めていく人生もあったかもしれないけど、彼は大きな幸せを夢見て無様にも何度も挑戦し何度も敗れた。 何度も希望を打ち砕かれ、自分では手に出来ない仕組みを説明され、格差を見せつけられ疲弊し絶望した先で出会ってしまった恋と陰謀論。 「恋」は全ての論理を凌駕し幸せに至る道であり、「陰謀論」は持たざる者がどうにもできない格差を全てひっくり返せるかもしれない僅かな希望なわけです。 全く繋がらないかに思えたというか考えもしなかったこの2つの点が一人の人物の中で繋がったときにどうなるのか怖すぎます! この題材を魚豊先生はどう描くのか! それを読んだ自分はどう思うのか! 楽しみで仕方ないです!