ブルーブルーそしてブルース

26歳と66歳のクロスロードブルース #1巻応援

ブルーブルーそしてブルース 榎屋克優
兎来栄寿
兎来栄寿

『日々ロック』の榎屋克優さんが、ブルースを描く。それだけで事件ですし、熱いものがこみ上げてきます。 忌野清志郎と甲本ヒロトを愛していて「ブルースはどちらかというと古臭い」「ビートルズやストーンズの方がかっこいい」と思っていたという榎屋さん。ですが、この作品を描くにあたってブルースを聴いてみたらどハマりしてしまったそう。 そもそも、作中でも語られる通りロックのルーツもブルースですからね。必然的な帰着なのかもしれません。私自身も元々はロックが大好きでしたが、ジャズやブルースをこよなく愛する親族の影響で有名どころは聴いてきています。ブルースにはブルースの、また違った良さがありますよね。 本作では第1話「Change My Way」からサブタイトルがブルースの有名楽曲名となっています。ブルースに馴染みのない方も、まずはこのサブタイトルになっている曲辺りから聴いてみると良いのではないでしょうか(第2話の「Everything's Gonna Be Alright」は検索するとSweetboxの方が先に出ると思いますが、Muddy Watersの方でしょう)。 本題の作品内容は、26歳の健康食品会社の営業である田中が十字路で悪魔に40年の寿命と引き換えに「ブルースマンになりたい」という願いを叶えてもらう契約することで、憧れの66歳のブルース奏者である仲村弦と入れ替わってしまうというものです。27歳で逝去した伝説のブルース歌手ロバート・ジョンソンのクロスロード伝説に擬えているのは言うまでもないですね。 ただ、ロバート・ジョンソンは恐るべきギターの腕前を手に入れましたが、田中はさしてギターも上手くないまま弦と入れ替わってしまったことで、むしろ苦労します。 通常、転生モノや入れ替わりモノだと、元の体での経験や知識を活かして無双したり、あるいは替わった先の体の超絶技能を駆使する展開だったりが多いですが、田中はその逆を行っているのが面白いところです。もし自分が推しに転生したらと想像すると、恐れ多すぎて慄きまともに動けないことでしょう。田中の苦労は察するに余りあります。 一方、元の田中の体には弦が入り、ミュージシャンとして自由を謳歌してきた人生から一転して毎日満員電車に乗って出勤するサラリーマンとしての生活をスタートします。弦が未経験ながら持ち前のコミュニケーション能力で見事に営業の仕事を行うシーンでは、アンドリュー・カーネギーを思い出しました。このふたりの入れ替わり生活の対照的な様、それでも根底にある音楽の楽しさや素晴らしさが読んでいて心に響きます。 3月に発売した『メゾン・ド・レインボー』などでも顕著でしたが、榎屋さんの描くキャラクターたちの何とも言えない人間臭さや温かみが心地良く、随所で利いています。人生のどこかで交差したことがあるようにも感じられるサブキャラクターたちもとても魅力的で、ふたりと彼らの関係性も見どころのひとつとなっています。会社のメンバーとのカラオケのシーンや、ボトルネック奏法のシーン、京都の一幕など好きな良いシーンがたくさんあります。音楽が絡むシーンの熱量は流石です。 物語の行く末は開幕1ページ目で暗示されており、まさに憂歌の様相を感じさせていますが、40年の寿命を捧げた田中と40歳差の弦は果たしてこれからどうなっていくのか。 ウイスキーと音楽と一緒に嗜めば、良い夜になること請け合いの作品です。

乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ

中世の戦争

乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ 大西巷一
ゆゆゆ
ゆゆゆ

かわいい女の子たちによる聖歌隊。 対して、戦争だからそういうものだとはいえ、残虐なシーンがごろごろ。 彼らの論理や倫理としては間違っていないとはいえ、今とは異なるため読み続けていると、ズーンと沈んできます。 シャールカが落ち込むのを見て、そうなるよねと同調したり。。 歴史ものでしばしば先が気になってやってしまうネタバレとして、フス戦争を調べました。 勝ったのか、負けたのか、なんだこれは。 いや勝ち負けでなく、歴史は変わったのかが重要か。 盛大なネタバレ覚悟でフス戦争について読んだのに、『乙女戦争』という漫画としては無傷でした。 ちなみに先に、チェコの伝説『乙女戦争』を読んでいたら人名に馴染みがあるものの内容が違って混乱するところでした。 この作品は、フス戦争とチェコの伝説をかけ合わせた物語だったんですね。 なお、冒頭で残虐なシーンと書きましたが、時代を考えると日本は応仁の乱前後。 日本も日本で、彼らなりのルールがあるものの、ヒャッハーな世界です。 世界的にそういうものだったのかもしれません。 現在、Kindle Unlimitedで全巻無料で読めるみたいです。 タイトルだけ知ってたなと言う方には良い機会だと思います。

ヤングケアラー みえない私

ヤングケアラー問題を丁寧に提起する1冊 #1巻応援

ヤングケアラー みえない私 相葉キョウコ
兎来栄寿
兎来栄寿

今年の4月に発足したこども家庭庁によれば、 "「ヤングケアラー」とは、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っているこどものこと" と定義されています。現実には数多く存在し、私自身もヤングケアラーでしたがこの言葉を知ったのも10年は遡らないほどでした。近年は少しずつ認知されてきているように思いますが、高齢化が進む社会では子供の数は少なくなりながらもヤングケアラー化してしまう子供はなかなか減っていかなそうにも思います。未来の担い手が不条理にその先の道を閉ざされてしまうことは誰のプラスにもならないので、何とか社会のシステムでケアしていくべき課題のひとつでしょう。 本作は、自身もヤングケアラーとしての経験がある筆者によって描かれるヤングケアラーたちの短編集です。1話~数話完結型で、自宅介護や病院通いなどそれぞれ異なる事情を抱える少年少女たちが描かれます。 学業やバイト、友人たちとの交遊などは著しく制限され自分が本来やりたかったことも諦めざるを得ず周囲の「普通」から取り残されてしまうこと。元々は大好きだったはずの人が認知症の進行によってその優しさや知性や尊厳をみるみる失っていってしまい、あまつさえ自分へ加害するようになってしまったときの言葉に表せない絶望感・虚無感。子育てと違って終わりの見えない状況の中で痩せ細っていく思考力や判断力。閉ざされた将来への不安。そういったことに対する理解を得るのが経験者でないと非常に難しいという側面も、丁寧に描写されています。 そしてまた、そんな状況で人生において金輪際関わりたくない(しかしながら関わらざるを得ないことがまた多大なストレスを生む)と思うような親類が存在することの苦しさも生々しいです。 ただ、そんな中でも同じような経験をしている人や暖かく手を差し伸べてくれる人も世の中にはいるのだという大事なことを伝えてもくれます。現代社会の暗部が描かれていますが、決して辛く苦しいだけではなく希望の光も見せてくれます。 今現在も苦しんでいる人は多くいると思いますが、そういった方々には頼れる人やものには頼って欲しいですし、そういう道もあるのだと気付かせてくれる作品です。渦中にあると、心身の疲弊で正しい判断を下したり新しく誰かに会ったり何かをしたりする気力体力がないということも往々にしてありますが、だからこそ自分が壊れるという最悪の結末を迎えないように自愛して欲しいです。 相葉キョウコさんの絵が美しくかつ読みやすいのも特筆すべき点で、10代が背負うには重すぎるものを抱えた心情もよく伝わってきます。 ヤングケアラーという言葉を知っている人も知らない人も、当事者もそうでない方も読む価値のある作品です。