初めまして。 自分も同じ作品を読んでご都合主義または 話の展開が場当たり的だな~と感じました。 自分も同じ場面で大蛇がミヨとその家族に敵意を向ける人物を成敗?退治?する場面の展開に違和感ありました。あのあと心神耗弱状態だったミヨの母親が正気に戻ったせいも有り一家団欒の夜を過ごした様でしたが… しかし自分を殺そうと危害を加えようとした人物が再び襲って来たらどうしようとか不安で恐れ一杯や状態のミヨの様子が全く描かれてません。かなり不自然だと思うのですがレビューではその辺の意見見かけませんでした。 そもそもミヨは何のため供物と任命されて嫁いだのでしょう。 その経緯は冒頭でサラっと半ば辺りに詳細が描かれてます。が…天災で農作物が不漁だから山の神様の捧げるモノという使命を受けたのですよね。 でも嫁いだあと翌年が天候順調になったいや相変わらず不作ままetc.の事が一切描かれてません。 これこの話としてはけっこう重要だと自分は思うのですがね… なのに大蛇が「まだ出あったばかりだ。するのはもう少し過ぎてからでも」と「すること」を意識したセリフが冒頭にチラチラ出てきましたが 作者が一番描きたかったのはコレだけかも。 そのあとの夫婦だの家族だののキズナなんて後づけ注ぎ足して感じにました。 どこかのレビューで同人誌レベルとかこの作者は駆け出しの新人というより固定観念が強いけっこうトシいってるオジサンかもの感想に納得です。 事実ふたりの行為のシーンについては作者はミヨの下半身に有るい◯もうをシッカリ描きたかったのにNGが出たから原稿がボツになった残念みたいな事も書いているとか 制作サイドは妻思いとかキャッチコピーをつけてる様ですがミヨが大蛇との行為で大蛇の身体の一部分のトゲがミヨの内股を引っ掻いてキズだらけなのに。一段落したら「まだまだ終わらんぞ。蛇の交尾はまる一日かけてやるんだ」とミヨのケガの事なぞ全く上の空の自己チューな性格と性欲ガンガンの本領をしっかり発揮。 そんなトコからこの作者て自分のかきたかった箇所を終えたら後はスタッフか担当の編集者のアイディアで帳尻合わせして話の幕を閉じたって感じがしました。 子どもの世話も人間の子はバタバタうるさく夜泣きとかで睡眠不足になるはずですが大蛇の方は冬眠してしっかり体力の温存。春になってお里帰りに戻ってきたらミヨは畳を上げて大掃除。畳なんて重いのだから大蛇の牙でガ!と噛みついて持ち上げればいいのに。 なのでよくよく見ていると男(オス?)が楽して女がアクセクしている。つまり男にとってとてもご都合主義。女はこうでするべきが描き殴った様なタッチで粗いながらもどこか滲み出ている作品に感じました。 大蛇=作者て解釈するとけっこう腑に落ちる部分がありますよ。 「齢五百年生きているなる設定の大蛇。そんな大蛇とミヨ。年齢的にみてお爺さんと孫みたいな年齢なのに性欲が湧くなんて。なんか気味が悪い」そんな感想もどこかのサイトのレビューも見かけました。 そんな発想が全く浮かぶ事ない中高年男性が描き手。なので今どきの女子からみると どこか偏った価値観の中高年男性が描き手と思うと 大蛇=作者にみえてしまうものでした。 長くなってスミマセン。あ、この様な感想はどこかのサイトにも送信しました。
@名無し

普通の夫婦とほぼ変わらなく描かれているのが物足りないと思ってしまうのは、自分がシリアスな話が好きだからかもしれないです…。男性が描いたのかどうかは考えたことなかったですが、シュチュエーションとかフェチ重視なのかなと思っちゃったことは否定できないですね。見ちゃいけないものを純愛で包むことで大衆に受け入れられる作品にしている気がしました。

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人気のコメント

名無し
3ヶ月前
「山の主と崇められいる齢五百年は生きている言われている大蛇さまに供物として嫁入りする事となった」と主人公ミヨが呟きながら大蛇の住む山奥へ向かう所から話は始まりますが… 地上波での時代劇が減った昨今(NHKの大河か朝ドラか早朝放送しているテレビ朝日の暴れん坊将軍くらい?) 平成生まれ世代以降の若い世代の人に この表現で供物の意味が即ピン‼来るのでしょうか? ずいぶん事の経緯をザックリとした表現の仕方だなと思いました 人と蛇の異種異境の生活概念の違いが 伊藤潤二氏の何とかシリーズや今でいうなら 路傍のフジイに見受けらる シュールかつブラックユーモアに感じて 思わず苦笑が込み上げてきそうだったのに 異種ならではのお互いの咬み合わない (特に主人公ミヨの戸惑いぶり) シュールさが僅か1、2話で終わってしまってちょっと残念です。 もう少しミヨが隙を見てここから 何とか抜け出そうとして 以前居た家族の元へ、と脱出を試みが 結局逃げ切れず成功せずしぶしぶ置かれた状況を 頭で理解して大蛇との共同生活に踏みきるって感じにして欲しいかったな〜と思いました。 気がついたら結構長く連載されているみたいですね。どんな形で最後は完結するのでしょうか… 時は流れて時代は現代。 遠いむかし昔 この山の主と呼ばれた大蛇が居てそこに 集落の慣わしで若い娘が嫁いで 所帯を持って生涯を終えたという 言い伝えがあるのです みたいな石碑を前にガイドさんの説明を 観光客の人達が聞いているという 光景で静かに終わるのかなーと 勝手み妄想しちゃいました。
大蛇に嫁いだ娘

「【傷モノの娘だ丁度いい】そう言われて…

大蛇に嫁いだ娘 フシアシクモ
名無し

「【傷モノの娘だ丁度いい】そう言われて私は山の主と呼ばれている齢500年は生きていると噂の大蛇の供物としてに嫁ぐ事になった」から始まる話。 1話2話は大蛇との初対面見知らぬ生物との恐怖や戸惑いそこから来る2人の姿は端で見ると思わず苦笑する様な光景。 ところが3話でいきなりミヨの独り言「私ここに来て2ヶ月になる」え?て感じ。ミヨは大蛇に対して怖くて気味悪くて違和感だらけだったのにイキナリこれ? 自分の周りの意見は「なんでこの娘は逃げないの?」の疑問の声が。初日の夜ミヨはここから逃げ出したい、でも回想場面で周囲からの白い冷たい目線が描かれている。それが家族か親戚一同なのかまだ分からない。逃げたいが戻っても…と躊躇する心境がチラっと描かれてはいるのだが。 同じ事は数カ月あと大蛇が冬眠に入ると聞かされて安心した時にミヨは再びなぜ逃げ出そうと思わなかったのか不思議がっていた。 親の借金のかたに自分が遊郭に売り飛ばされて遊郭界隈の怪しい連中そのスジの者から逃げようなんて思うな追手に捕まって折檻受けるだけだぞ的な恐怖で支配されている訳でもないのにと。 大蛇が怖くて初日の夜慌てて逃げだしたが大蛇に見つかり追いつかれ「さぁ一緒に帰ろう」とミヨをおぶって連れ返す。 しかし3話目にはいきなりミヨはここでの2ヶ月も生活し慣れきっている様子。 これって閉ざされた環境から逃げ出せぬまま気が着いたらズルズルと時間だけ過ぎて逃げる気も失せてしまったと言う事なのか? ぶっちゃけコレって男性向けビデオにありそうな「監禁」「調教」モノのシチュエーションじゃない!?と皆で笑ってしまった。 かなり昔あるテレビ番組である出演者がこんなことを語っていた「女の人はピンと来ないと思うがジブリ作品は巧みに男の中に潜むエロを誘発させる節がある」と。 分かり易いのが例が借りぐらしのアリエッティだろうか。 可憐な少女の姿をした妖精を瓶詰めに閉じ込めてしまう場面があった。その行為は男性でなく太った中年女性であったが好奇心旺盛な子どもが無邪気に気に入った花を摘む感覚でなく悪意に満ちた薄笑いした姿だった。大蛇の目線はあれによく似ている。 あれが太った中年男性だったらリアル過ぎて生々しすぎるなどの声が噴出していただろう… 「大蛇さま優しい」「大蛇いいヤツじゃん」の意見もあるがよくよく見ていると大蛇の点数稼ぎの振る舞いに見えてくる。 洗濯モノを干しているミヨに何か手伝う事はないかと尋ねたり口を開けてガバっと川魚を捕る辺りはいいヤツぶりをアピっているだけで本音はミヨとヤリたくてしょうがない下心が見え隠れ。 「身体の調子はもう良いのか」はミヨの体調より自分の性欲優先重視がくっきり。 また僧侶と一触即発しそうになった後の大蛇が山菜を沢山摘んで帰って来たり今日は寒いから上着を着た方が良いよと良いヤツぽく振る舞う辺りもそう見えてくる。 この大蛇て何かに似ているなと思ってたら学生時代なら教師、部活ならコーチか監督ないし顧問、職場なら上司か先輩で自分より目下の者に対して依怙贔屓の激しい拙劣なキャラに酷似している。 依怙贔屓が激しいキャラは自分に甘く自分に都合の良くふるまってくれるイエスマンや自分好みの愛嬌あるルックスの持ち主に甘く気に食わない奴には集中砲火する。 景気のよい時代に楽して入社し楽して昇給し入社が先なだけ勤続年数が長いだけで立場が上なだけで偉そうにしている連中に似ている。 大蛇が嫉妬深いところも似てる。嫉妬深いのは小心者の証。たまたま大柄で向かうところ敵なしで山の主とやらの存在になっている所もよく似ている。 そう言う方向からみるとこの作品「大蛇さまが紳士的ですてきです」とか言ってるとくに女性読者て女性向けコミックにわりと出てくる彼または亭主に浮気されてしまう割りと緩いタイプかもしれない気がした。

宝石の国

重さと軽さが同居する、命の話

宝石の国
アフリカ象とインド象
アフリカ象とインド象

大好きな漫画です。 学生の頃、この漫画に狂っていた時期がありました。 友人全員にこれを読めとしつこく勧めて、 読んだ人に対してはお前はこの漫画の何もわかってない!と浅い考察を語る最悪のオタクでした。黒歴史です。 つまり、人を狂わせるほど魅力ある漫画ということとも言えます。言えますね。 とはいえ、こちらは既に多方面で紹介され尽くした人気作でもあります。 今さら自分の稚拙な語彙でレビューしても読むに耐えませんので、 ネットの海に散乱した情報に少しだけ補足をして、読むことを迷っている方の壁を取り払えればと思います。 この漫画が話に上がる時についてくるのが、とんでもない鬱漫画だという話題。 これが読み手の1つのハードルになってしまっていると思います。もったいない! 大丈夫。救いはあります。怖くないです。 確かに取り扱うテーマは重く、展開に心が締め付けられることはありますが、この作品の魅力はそこだけではないです。 素晴らしいのは重厚な世界観の中に、ポップさのエッセンスを忘れず組み込んでいること。 (ここで言うポップさとは、いわゆる大衆に寄り添う心のこと) 会話のテンポ、 キャラの関わり、 かわいらしいジョークのセンス。 そういう要素の節々に、作者である市川春子氏の人柄を感じられます。 そしてその人柄から読み取れるのは、 この人は読者の心をズタズタにしたい訳ではないよ〜。 ということ。 きっと最後まで読み切った方なら共感してくれると思います。 苦しさの先に希望がある。 これは人間の話。命の話。生と死の話。愛の話。宇宙の話。 火の鳥超えてます。ガチ。

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