I KILL GIANTS

「巨人を殺す」と決めた少女の話

I KILL GIANTS ケンニイムラ ジョーケリー 柳亨英
ANAGUMA
ANAGUMA

ロングアイランドに暮らすバーバラはクラスでも浮いていて、家族とも良好な関係を築けていない小学生。その原因は彼女の言動にあります。バーバラの生きる目的はひとつ。「巨人を殺す」こと。 「中二病女子の成長物語」というコピーが付いていたようですが、バーバラの行動はたしかに「中二病」的です。自分がもし多感な時期に『進撃の巨人』にドハマリしていたら…とか想像してしまった。 誰にも理解されないからと自分の世界に閉じこもり、どこか他者を見下しているかのように振る舞い、挙げ句唯一の友人ソフィアも傷つけてしまいます。はっきり言ってバーバラは感じの良いキャラクターではありません。 「一体この子は何と戦っているつもりなんだ…」と冷めた気持ちで作中の人物と一緒にため息吐いちゃうこともあるかもしれません。 ところが、彼女が殺そうとしている「巨人」の正体が明らかになった瞬間、一気に空気が変わります。これまでバーバラにしか見えていなかった巨人や、妖精の世界の真実が理解できてしまったとき、彼女に抱いていた印象は180度変わるはず。 誰もがどこかで味わったことのある青春の辛さが滲んでくる、苦みに満ちた作品なのは間違いないと思います。それでも読み終えた頃にはフッと優しい気持ちになれる、素敵な作品です。ドンデン返しと爽やかなエンディングを読んで味わってほしいです。

帰ってきたサチコさん

短編が良いと大体作家との相性が良いと思うの巻

帰ってきたサチコさん 朔ユキ蔵
六文銭
六文銭

『ハクバノ王子サマ』から、作家:朔ユキ蔵に興味をもち、本作にたどり着きましたが、やっぱりいいですね。 どうしてもエロスを感じさせる作家さんなのですが、書誌内容にあるようにこの作品はどれも「別れと再会」をテーマにしていたようで、エロスは影を潜めております。 とにかく作者特有の、どこか影があって物悲しいキャラクター描写が、テーマとマッチしてグッドなんですよ。 表題作の「帰ってきたサチコさん」が個人的にツボでした。 過去にタイムスリップして帰ってきたサチコが断片的に語られる構成で、これが一見ストーリーをわかりにくくしているのですが、パズルのピースがおさまった瞬間の感動たるや最高なんです。 70年位前にタイムスリップして、戻れないからと、その時代で結婚し所帯をもってしまうサチコ。 そこからなんやかやでその時代に10年ほど過ごし、ひょんなことで再び現代に戻ってくるのですが、過去に残した夫を探して再会するという流れ。 あの時代から別れたサチコを現代待って、年老いた夫の変わらぬ想いに、思わず涙です。 それ以外の短編も、作者の個性とも言えるピカリと光った「別れ」と「再会」の表現が、最後までどう転ぶのかドキドキさせてくれます。 短編集が好きな作家は大体、どの作品も相性合いそうだと思うので、 作家を知るきっかけになりそうです。

π(パイ)

古屋兎丸の心意気が遺憾なく発揮されているのが・・・

π(パイ) 古屋兎丸
影絵が趣味
影絵が趣味

月刊ガロのスーパースター(たしか福満しげゆきがそう言っていた)こと、古屋兎丸といえば、まず何といっても『π(パイ)』ですね。 月刊ガロといえば、常軌を逸した漫画家が大勢集まっており、エロ・グロ・ナンセンス・アバンギャルド等の作風で一世を風靡しましたが、古屋兎丸ももれなくこういった作風でガロからデビューしています。そして、まあ、私どもを含めた少々自意識を拗らせた人々がガロ系の漫画を読み漁ることとなったわけですが、こういったいわゆる大道からみれば外れ値にあたる作品というのは、一時こそはセンセーショナルに思われるのですが、その後が続かないということもまた多い。じつに沢山の漫画を読んできましたが、記憶にいつまでも残っているのはごく一部で、ほとんどの作品はタイトルすらも忘れてしまっています、まあ、これはガロ系に限ったはなしではありませんが。 で、こと古屋兎丸についていえば、いつまでも記憶に残っている。彼はガロ系作家の御多分に漏れず、常軌を逸した漫画家のひとりだと思うのですが、たとえば、同じく記憶に残り続けているねこぢるとは常軌の逸し方が違うような気がする。ねこぢるは純粋に外れ値の彼方にいるような漫画家でした。だけども、古屋兎丸の常軌の逸し方というのは、道を大きく踏み外す類いのものではなく、むしろ、あるひとつの習慣を偏狂的に続けるひとのそれであるような気がします。常軌を逸して几帳面なんですね。 それをまさしく体現しているのが『π(パイ)』ということになるでしょうか。ジャンル的にはオッパイのはなしなので、まあ、エロにナンセンスを掛け合わせたようなものになるとは思いますが、どうもそれだけではないような、エロとナンセンスをテーマとして掲げておきながら、それらを縦に貫いている偏狂的な習慣の持続がみられるのです。 主人公の沢木夢人は、オッパイ好きなデブのオタクだったのですが、ある日、オッパイと円周率の神秘に気がつき、これを探求することに人生を捧げようと決意する。しかし、このままでは一生なまのオッパイを見られないかもしれないと思い至り、高校入学まえに壮絶なダイエットをしてイケメンとして生まれ変わる、つまり高校デビューですね。ここまでで一巻の20ページなのですが、どうでしょう、この時点でもうすでに私たちの拗れた自意識が好みそうな漫画の体をなしておらず、気合いの入ったド直球の青春物語なのです。ただ、ちょっと、この気合いの入り方があまりにも偏狂的なんですね。何しろ、オッパイと円周率の神秘を探求して、人類に幸せをもたらし、ノーベル賞を取ろうという夢のようなはなしのですから。だけど、きわめて純粋で誠実で健全な漫画だと思います。自己紹介になりますが、純粋で誠実で健全な漫画が大好きです。

こわいはなし 大人のための極上ホラー

ホラーをテーマにしたアンソロジーコミック

こわいはなし 大人のための極上ホラー 田村由美 鯖ななこ 桜和アスカ
きしめん

ホラーをテーマにした読み切りが収録されています。ものすごく怖い話はなかったですが、面白い短編が読みたい人にはとてもオススメです。以下は作品ごとの個人的な感想になります。 田村由美「死人の記 -紫陽花にゆれる-」 怖さでいえばダントツで怖い。死んだ人がすぐには成仏せずにゾンビとして存在する町が舞台になっている。恋愛関係のもつれが発端になってる話は他にもありましたが、恨みのレベルが半端なくてまさに怨念って感じでした。 鯖ななこ「メッセージ」 結婚も決まり幸せな日々を過ごしていたが、家の中で四つ葉のクローバーを拾ってから怪奇現象が起こるようになった…。ちなみにクローバーの裏花言葉は「復讐」。タイトルの「メッセージ」はそういう意味だったんだ…!と分かるような終わり方も含めて、ストーリーがとても上手いと思いました。絵柄がとても可愛いです。 桜和アスカ「幻 -GEN-」 妻が原因不明の火事で亡くなったので過去に戻って放火犯を捕まえたいという客が、時を戻せる妖怪が営む喫茶店にやってくる。ザ・因果応報。悪いことはしてはいけませんね。設定がちょっと似てるだけですが「廻り暦」を思い出しました。 柳秋紀「たからばこ」 ピクニックをしているカップル。今日は彼女が子供の頃に両親が連れてきてくれた場所にやってきた。実は彼氏は浮気をしていて…。このストーリーに「たからばこ」というタイトルをつけるセンスがすごくいいと思います。怖いです。 花木アツコ「やもめの湯」 妻を亡くした男が同じくヤモメの老人が営む銭湯で働くことになった。いつもは廃油で風呂を沸かすが、お盆の日は特別なお客さんが来るからどうしても薪じゃなきゃいけないらしい。このあらすじで大体分かったと思いますが怖くはないです。むしろ感動しました。個人的には一番好きな話です。 白壁たくみ「昔の男」 画家だった祖父が亡くなった。葬式の夜に白いスーツを着た若くて美しい男が式場を訪ねてきた。遠い昔に祖父の絵のモデルをしたことがある男だった。祖父と男の秘密の関係に孫娘だけが気づくという美しい話だった。絵とストーリーも合っていて雰囲気ごと好きです。 ノラ38「ばいばい」 義母にいじめられて途方に暮れていた女の子に男が「一緒に街を出よう」と優しく声をかける。この作品は描き下ろしらしい。もしかしたら紙版にしかないかも。

恋ものがたり~愛の先にあるもの~

恋愛をテーマにしたアンソロジーコミック

恋ものがたり~愛の先にあるもの~ 西炯子 江平洋巳 谷和野 梅サト 白水こよみ
うどん

恋をテーマにした読み切りが収録されています。どの作品もレベルが高くて流石だなと思いました。以下は作品ごとの個人的な感想になります。 西炯子「縁ありて」 一度は結婚をしたもののお互いに未熟だった為に一年で離婚してしまい、その後は全く恋愛に縁のなかった女性がデートクラブを利用する話。よくある筋書きのような気もするけど、西炯子先生が描くと夢中で読んじゃうくらい面白い。 江平洋巳「へるんさん」 小泉八雲と妻になる節の出会いから始まるお話。小泉八雲だからかオカルト的な展開もあるし、見せ方もドラマティックで読んでいて楽しかった。 谷和野「ソファーベッド・ツアー」(※単行本「魔法自家発電」収録) 親に必要とされていない子供達は夜中に空を飛んでいる…。一見するとファンタジーなんですが、比喩的な意味も込められてるのかな?とちょっと考えました。ラストがとても素敵でした。 梅サト「ほんぽうふき」(※単行本「緑の罪代」収録) このアンソロジーの中で一番独創性が高いと思いました。島の真ん中に生えた大木に住む鬼のところへ生贄としてお嫁にいく話です。タッチもほんわかしてて昔話っぽいですが、終わり方も「めでたしめでたし」な感じで好きでした。 白水こよみ「兄嫁の結婚」 ずっと好きだった人が自分の兄と結婚することになったが、彼女は結婚式の前に事故で死んでしまう。しかし自分が彼女のことを想って作った服を着てもらえば、幽霊になっても姿が見れたりしゃべったりできることが分かって…という話。せつないけどいい話でした。

甘く危険なナンパ刑事

西森博之の週刊連載デビュー作

甘く危険なナンパ刑事 西森博之
ひさぴよ
ひさぴよ

1990年、西森博之が増刊少年サンデーで連載していた『今日から俺は!!』を中断した後、少年サンデーで始まった初の週刊連載作品。 『甘く危険なナンパ刑事(デカ)』は短期間の連載に終わり、その後まもなく『今日から俺は!!』が増刊から少年サンデーへ移籍することになります。 破天荒な刑事マンガとして良作だったと思うので、これは『ナンパ刑事』が良くなかったというよりも、『今日俺』ほどの期待が集まらなかったと見るべきなのかもしれません。 物語の舞台は千葉で、主人公・相沢の性格がお金好きな軟派であったりと、『今日俺』と所々似ている部分はあります。のらりくらり掴みどころはないけど、ポリシーがあって、大事なところではビシッと決めてくれる西森作品らしい空気を感じられると思います。 とはいえ、全2巻はあまりにも短かった。相沢と麻子のコンビはもっと見ていたかったです。西森作品って、中盤あたりから凄く面白さが発揮されると思ってるので、魅力を伝えきるにはせめて5巻分は続けて欲しかったところ。 もし、『今日から俺は!!』ではなく『ナンパ刑事』が週刊連載を続けていたら、その後の西森作品の系譜はどうなっていたのだろう、なんて事を考えて読んでみるとより面白いかもしれません。