木根さんの1人でキネマ

祝・秋本治先生賞受賞!(そんな賞は実在しません)

木根さんの1人でキネマ アサイ
sogor25
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主人公は30代独身OL・木根真知子。会社では課長という役職もあり、キャリアウーマンとして完璧に擬態しているが、趣味は映画鑑賞と映画感想ブログの更新という、ゴリゴリの映画オタク。という木根さんの日常を描くコメディ作品。 「怒りのロードショー」「シネマこんぷれっくす!」「私と彼女のお泊まり映画」「邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん」「映画大好きポンポさん」等々、近年名作が多数登場している"映画マンガ"の中でも草分け的な存在のマンガであり(単行本基準。1話の発表自体は「怒りのロードショー」のほうが先みたい)、かつテーマ的には「トクサツガガガ」に近いものがあり、映画を知らなくても何かしらの趣味を持つ人であれば誰でも楽しめる作品。 この作品の1番の魅力は主人公・木根さんの"オタクとしての"性格の悪さ(笑)。ブログの内容に反する意見を受けてボロクソに罵ったり、ナチュラルに萌えアニメを見下してたり、木根さんはかなり面倒くさいタイプのオタク。だからこそ職場では擬態しているわけだが、(ここは「トクサツガガガ」とは明確に差別化できる点だけど)映画の場合はオタクじゃなくても嗜んでいる人間が周囲に普通に存在していて、だから職場でもナチュラルに映画になったりして、でも"映画を全く見ない"という体で擬態しているため、例えば「スター・ウォーズどこから見るのがベスト?」「ジブリ作品で何が1番好きか?」という話題に対して、"擬態した状態での正解の回答"と"映画オタクとしての自身の回答"とでせめぎ合ったりする。この絶妙なテーマ設定が、この作品を純然たるコメディ作品へと仕上げている。 ちなみに、先日発表された第23回手塚治虫文化賞で、マンガ大賞選考委員の秋本治さん、桜庭一樹さんが動画コメントで自身のイチオシ作品として(大賞ノミネート作品でもないのに)この「木根さんの1人でキネマ」を挙げており、主に私の中で話題になりました。このコメントがうまい具合にバズってこの作品が広く知られるきっかけにならないかなぁと密かに期待してたりします。 6巻まで読了

変態性低気圧

4コマギャグの、早すぎた金字塔

変態性低気圧 なんきん
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

吉田戦車『伝染るんです。』は、4コマというジャンルを超えて、ギャグ漫画の歴史における激震のサード・インパクトだった。 それは、劇画における大友克洋の存在に匹敵する衝撃だっただろう。 しかし、とりあえず4コマというジャンルに絞れば、吉田戦車に先行する才能として、今は忘れられがちなふたつのギャグ漫画家の名前を思わずにはいられない。 (「西の巨人」いしいひさいちは、ちょっと別格とさせてください) いがらしみきお(『ネ暗トピア』等)と、なんきんである。 彼らふたりがいなければ、吉田戦車に代表される「不条理4コマ・ムーブメント」は起こり得なかった、と個人的に思っているのです。 いがらしみきおは、『ぼのぼの』で大きな商業的成功を収め、『I (アイ)』のようなシリアス長編でも評価されていますが、もともとは「とんでもなく破壊的な4コマギャグ漫画家」だったのです。 そして、なんきん。 素晴らしく先鋭的、まさに「シュール」でキュートな4コマギャグを発表し、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』や『ポンキッキーズ』に絵柄を提供するなど、一部に熱狂的なファンを得た稀有な才能なのですが、なぜか漫画シーンからは早々に姿を消してしまいました。(WAHAHA本舗とか、ご本人はずっと活躍中ですが) 自分は『ネ暗トピア』と『変態性低気圧』が大好きだったので、吉田戦車が登場してきた時に、「ああ、ついに“この新たな流れ”の決定版が現れたぞ!」と、すごく嬉しかったし、納得感が強かったんですよね。 今は、ギャグ漫画不遇の時代だと言われます。 それについて細かく考察していくことは、このクチコミの趣旨と異なると思うので控えますが、「いがらしみきお」と「なんきん」が4コマギャグを描かなくなったということが、その手がかりになるのではないか、と思っていたりしています。 まあ、そんな面倒くさいことは置いておいたとしても、なんきんの漫画は、超ステキですから、現在の読者にもぜひ読んでいただきたい! 手に入れるのは大変だと思うけど!

ロスト ハウス

日本漫画界が到達した、ひとつの極点

ロスト ハウス 大島弓子
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

です。 今も昔も、この高み(深み)にいったものは誰もいない。 間違いないです、ハイ。 以上、終わり。 …っていうので、本当は言いたいことのすべてなのですが、まあ、それもどうかと思うので、もう少し贅言を重ねます。 大島弓子は、どこにでもある、でも「特別な痛み」を、途方もなく切実に、軽やかに描いて、そして常に、魂を照らし温める「救い」へと、読むものを導いていきます。 漫画界に限らない、同時代の文芸や映像など「物語り」表現すべてを見渡しても、大島弓子に比肩する「文学的」深淵を描き出すことが出来たものを、ちょっと思いつくことができない。 この『ロストハウス』が、彼女のキャリアで特に優れた一冊だとは思わないのですが、いかんせん現在流通している本は再編集されたものが多く、初読時の印象を適切に反映させられないので、とりあえず。 あと、個人的に『ロストハウス』は、七十年代からずっと読んでいた大島さんの新刊として、刊行された当時なに気なく読んで(たぶん九十年代中盤)、自分が心から愛好する後続の同時代漫画家さんたちの作品と比べて、それこそ「ケタが違う…」と、打ちのめされた記憶がある、忘れられない本なのです。 「たそがれは逢魔の時間」が収録された花ゆめコミックス版『綿の国星2』が私的には最高なのですが、まあ、大島弓子はどれもメチャクチャ凄いので、どれでも良いんです。 『バナナブレッドのプディング』でも『四月怪談』でも『秋日子かく語りき』でも『毎日が夏休み』でも、とにかく1975年~1995年に描かれたすべての「物語り」が、唯一無二にとんでもなく素晴らしいので、未読のかたは、ぜひ。 (「サバ」や「グーグー」とかは、やっぱちょっと別枠で)

グヤバノ・ホリデー

panpanya世界が現実を飲み込んでいく

グヤバノ・ホリデー panpanya
sogor25
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まずはじめに、panpanyaさんの作品を読んだことがないという方。この段落で一旦回れ右して、取り急ぎ今作ではなく、著者のページから過去作を手に取って見てください。個人的には「足摺り水族館」もしくは「蟹に誘われて」が入り口としては良いのでは無いかと思います。 panpanyaさんの作品は、一度見たら忘れられない圧倒的な書き込み量とその書き込みによって生み出される現実とも非現実とも付かない摩訶不思議な世界観が最大の魅力です。過去5冊の単行本ではその世界観を余すところなく展開していましたが、今作ではそこから1歩踏み出した感じがあります。 表題作「グヤバノ・ホリデー」は未知の果物"グヤバノ"との出会いから、それを追い求めてフィリピンまで赴き実食に至るまでのドキュメンタリー風の作品です。 この物語を読んだ時、非実在の存在を描きながら現実・非現実の境目が曖昧になるpanpanyaさんらしい作品なのかと思っていましたが、"グヤバノ"という単語を調べてみて、それが実在する果物と分かった瞬間、物語の見え方が大きく異なってきます。 この物語は、グヤバノを追い求めて海外まで行くという点を除けば、ほぼ全て現実に存在する物が描かれています。これまでのpanpanya作品では実在物と非実在物を織り交ぜて世界の境目が曖昧な作品を描いていましたが、今作では描かれているものは全て実在する、でも世界観は非現実的ないつものpanpanya世界。これは、panpanyaさんが自身の作家性をもって現実を飲み込もうとしている、私達はその過程に立ち会っている。そう思うのは考え過ぎでしょうか。いずれにせよ、panpanyaさんは過去作を含めて線で追っていくべき作家で、そして現在における到達点がこの「グヤバノ・ホリデー」ではないかと思います。