兎来栄寿2020/01/30藤子・不二雄Aが少年誌で暴れた怪作『忍者ハットリくん』、『怪物くん』、『オバケのQ太郎』といったビッグタイトルを藤子不二雄Aさんが生み出した1960年代。 藤子・F・不二雄さんは『パーマン』や『21エモン』などを描いていた時期であり、二人共「児童向け作家」というイメージが定着していました。今でも、『ドラえもん』でしか藤子不二雄の名前を知らない人はそのイメージが強いかもしれません。 しかし、1960年代の終わり頃から二人は大人向け・ブラックな題材の作品も数多く発表するようになります。 Aさんの代表作である、『笑ゥせぇるすまん』のせぇるすまんシリーズ第1作である『黒ィせぇるすまん』が連載化され、その後に週刊少年チャンピオンで始まったのが『魔太郎がくる!!』でした。 少年誌というフィールドでありながら、非常に残酷なシーンも混じえたサイコサスペンス・復讐譚は当時から大人気を博しました。70年代にチャンピオン黄金期が訪れる直前に『ブラックジャック』や『エコエコアザラク』のような作品が載る土壌を形成したパイオニアと見られることもあります。 『デトロイト・メタル・シティ』でも「恨みはらさでおくべきか」という曲が歌われていましたが、元々落語や歌舞伎で用いられていた「この恨み晴らさでおくべきか」というフレーズを流行らせたのも、この作品の功績が大きいです。 しかし、70年初頭にはよど号ハイジャック事件や浅間山荘事件などもありフィクション以上に現実でおぞましい事件が起き、更に少年犯罪の悪質化もあり、連載中に配慮が行われ内容が変遷していき最終的にはダークファンタジーとなりました。 また、何度か様々な形で新版が出版されていますが、最初の秋田書店のチャンピオンコミックス版以外は改変されたり削除されてしまったエピソードが多数存在します。すべての話が元のまま読める秋田書店版は現在プレミア価格で取引されていますが、もし機会があればぜひそちらで読んで頂きたいです。 とはいえ、改変されたバージョンでも面白く読めるのは確かです。可能なら比較して読むと一番楽しめるでしょう。魔太郎がくる!!藤子不二雄(A)2わかる
兎来栄寿2020/01/18仄暗い桃源郷とそこに射す薄明かり。注目のデビュー短編集主に小説Wingsに掲載されていた作品を収録した、秋60さんのデビュー単行本。 表題作の「桃源郷で待ち合わせ」から引き込まれました。 「パンくわえて登場すんな美少女か!」 とツッコまれる冒頭からは想像もできなかった展開が待っています。社会のルールでは押し込めようもない人間個人の感情に向き合って描いてこそ文学であり、芸術。そういう意味で、非常に文学的な作品です。 そしてそれは同時に収録されている他の二篇も同様です。 「最終上映」は山の上の旅館を舞台にした作品で、個人的に親近感を覚えました。旅館業は無限のタスクが秒単位で生じ続けるので、表出しないストレスもあっただろうな、と。ヒロインの自覚ある未熟さ、兄妹が奥底に秘めた願い、いずれも愛しいものでした。 「戀」は作者曰く「明るいお話」ですが、十分に悲しみが湛えられているお話。「戀は盲目」という言葉を想起せずにはいられない内容でした。お互いがお互いのために存在していて良かった、と思える関係性。 全体的に綴られているのは、悲しみ。ただ、希望と呼ぶにはあまりに儚いものの、悲しさだけで終わらない仄かな光もまた存在します。余白の美を感じる構成で、構成力に妙のある方だと思いました。単行本で三篇が並べられた時にすべてがうっすらと繋がっている部分があると感じられるのは偶然でしょうか。 尚、百合が好きな方にはとりわけお薦めできます。 2020年注目の新鋭として、今後の作品も楽しみにしたいです。桃源郷で待ち合わせ秋60
兎来栄寿2020/01/11「嘘つき」と名のつく恋愛マンガ面白いの法則『悟れません』のイスズさんの新作です。 万年学年トップの男子と、彼がいるせいで万年2位のヒロイン。ちょっと『彼氏彼女の事情』を思い出す関係性ですが、ただこの作品においては男子の性格が「鬼の副会長」の異名を持つほどキツいのが特徴です。多くの女子には「叱られた〜い!」と人気なものの、ヒロインにとっては些細なミスにも厳しく当られ目の上のタンコブ。 しかし、ヒロインが校則で禁止されているバイトをする為に変装でギャルメイクをして働いている所にやってきた彼に、別人だと思って好意を持たれてしまう所から物語が大きく動き出します。普段はドSの鬼の副会長が、ギャル姿のヒロインからの喝を受けた時に見せる普段とのギャップ、しおらしい姿が面白いです。 紫のバラの人のように、別のもう一人の自分に好意を持たれている状態に複雑な想いを抱かずにはいられませんが、甘い時間を過ごしていく彼ら。正体を知る時はいつなのか、そしてその時の反応やいかに。 ニヤニヤと笑いながら、純粋に楽しく読めるラブコメです。嘘つきアンビバレンスイスズ
兎来栄寿2020/01/11川越市民・川越フリークが読むべきマンガ2019 1位最近は『恋する小惑星』の聖地としてもにわかに注目を集める小江戸・川越。川越は私も過去何度か日帰りで行ったことがありますが、風情もあり歩いているだけで楽しい街ですね。KOEDOビール、大好きです。 その川越を舞台に、ローカルネタをたっぷり詰め込んだご当地ラブコメです。川越市民の川越の認識や埼玉県民の意識、ご当地の巨大な麩菓子棒でのチャンバラや、例の焼きおにぎりはいつも売り切れてて地元民も食べれない、など実感の込められた濃い川越ネタを堪能できます。 その上で、川越のマダムたちのアイドルと化しているイケメン書生と繰り広げられるラブコメが、実はヒロインが過去に交わしたある約束に基づいているということが序盤で明らかになりキュンキュンをもたらされます。 「休みだからといってゲーム実況を深夜まで見過ぎて眠い」「池袋の執事喫茶に行く手間は省けたけど需要がありすぎてダメです」といった具合に、良い感じに現代的で少し残念なヒロインも等身大で好感を持てます。 今後も濃い川越・埼玉ネタを盛り込んで頂きたいです。川越の書生さん幹本ヤエ
兎来栄寿2020/01/11罰ゲームで大人気の男子から告白された場合『青春しょんぼりクラブ』や『響け!ユーフォニアム』のアサダニッキさんによる新作少女マンガです。 引っ込み思案のぼっち少女が主人公で、彼女が校内のカースト最上位の男子に罰ゲームで告白される所から物語は始まります。遊びだと思いきやどうも本気のよう? いやいやでもそんな訳ないのに……という絶妙なラインの上でのもだもだ感を楽しめます。 アサダニッキさんの可愛い絵はいつも通り。ヒロインの表情、そして男子の格好いいシーンが見所です。星を見るシーンのエモさと来たら…… もう一人の男子の動向も気になり、今後の展開からも目が離せません。ドキドキしながらも、安心して楽しめるラブコメです。きみと青い春のはじまりアサダニッキ2わかる
兎来栄寿2020/01/11動画配信というビジネスの真髄ソニー生命が行った調査によると、中学生男子が就きたい職業ベスト3は3位がゲームクリエイター、2位がプロe-Sports選手、そして1位がYouTuberなどの動画配信者だそうです。 実際に子供たちと触れ合う時に感じるのが驚くほど皆動画を見ているなということ。大人に怒られてもスマホを離さず動画に齧り付く姿は、私自身が子供の頃にマンガやゲームに対していた姿を思い起こさせます。学校で流行っている人気の配信者などを教えて貰い勉強する日々です。 そんな、ある程度以上の年齢の人には実態のよく解らないであろう動画配信者という存在を、リアルかつ解り易く描いた作品がこちらです。 この作品が上手いのは、動画のことなど全く知らないものの昔放送作家に憧れていて企画力に長けた大企業のおっさんと、今時の動画で成り上がろうとする若者の二人が軸になり動画に詳しい人も詳しくない人もそれぞれの目線で読み進められる所です。 また、実在するYouTuberや、モデルがいるであろう有名配信者も多数登場。夢に溢れた部分、表には見えない大変な部分、モラルを問われるエピソードなど動画配信周りのかなり深い所まで描かれていきます。 YouTuberが好きな人も、知らないけれど勉強してみたいという人も、一度読んでみてはいかがでしょうか。WeTuber おっさんと男子高校生で動画の頂点狙ってみた稲井雄人 原田まりる 飲茶3わかる
兎来栄寿2020/01/1112歳と30歳でも大丈夫。そう、大正ならね12歳の姫子と30歳の文治。大正5年の名古屋を舞台に、許婚である二人の歳の差18の恋愛が描かれます。 表紙の見た目だけで言えば完全に父と娘ですし、現代だと法に引っ掛かる設定ですが、大正という時代がすべてを赦してくれます。 設定だけ聞くと「えっ?」と思うかもしれませんが、内容は極めて純朴。二人を中心として、家族や周囲の人間を交えた大正時代の日常生活の営為がディティール細かく描かれ、興味深く楽しく読めます。 また何と言っても30歳の文治があまりにも色気と優しさ、その他様々な人間的魅力に満ち満ちていて、男が読んでも惚れてしまうレベルです。歳の差など気にならず、二人の幸せを願ってしまいます。 思えば大ヒット中の鬼滅の刃も大正時代。必死で鬼殺隊が鬼と死闘を繰り広げている裏で、歳の差カップルがこんな甘々なイチャイチャぶりを繰り広げているかと考えると少し面白いです。煙と蜜長蔵ヒロコ33わかる
兎来栄寿2020/01/11現代のリアルなオトコとオンナの関係を抉る快作「レンタル彼女」を描いた作品も昨今増えてきていますが、その中でも特に女性の心理や言動が極めてリアルに描かれていると感じるのがこちらです。 別名義で活動されていた時の作品を読んだ時も非常に画力とマンガ力の高い方だという印象でしたが、一般向け作品でもその手腕が遺憾なく発揮されています。単行本の装丁が白背景でも映えてしまう、この美しさ。 女性の描写もさることながら、男性の絶妙なダメさ・気持ち悪さなども非常にリアル。読んでいて仄暗い気分になります。が、それが良い。 連載で追っているのですが、進むごとに胃を締め付けられるような展開、また共感はできないものの実際にいるいると思わされるキャラクターが登場して続きが常に気になる作品です。 単行本描き下ろしのおまけも「ああ……」となりました。近い将来、実写化されそうです。明日、私は誰かのカノジョをのひなお5わかる
兎来栄寿2020/01/11素朴で安心する手触りの短編集マトグロッソで連載していた物に、表題作の描き下ろしを1つ加えたスズキスズヒロさんの短編集。 とりわけ個人的に好きなのは、「銃声を削り出す」。ヤクザになり下手を打ってしまったかつての悪友のために、昔馴染みの友人たちがそれぞれの得意分野を生かして拳銃を拵える話なのですが、友情や人生を感じられる味わい深い物語となっています。銃を作る過程の工具の説明の専門性よ高さにも惹かれます。 また、全編を通してスズキさんのマンガは勿論、解説文にも惹かれます。後書きも含め、きっと長い文章を書いても面白いのだろうな、と。 仙台に住む高校生がカメラのオフ会で東京に行って、webで交流していた綺麗なお姉さん含む同好の士に逢う「TRAINSTOTTING」の後書きで、筆者自身が高校生の時に夜行バスで初めて東京に行った際に、あらゆる不安が新宿に着いた瞬間に「手塚治虫の人間昆虫記に出てきた所だ!」という興奮に変わる所など大きな共感を得ました。 絵柄も優しく、穏やかなハウスミュージックを聴いてコーヒーを飲んでいる午後のような気持ちになる一冊です。空飛ぶくじら スズキスズヒロ作品集スズキスズヒロ2わかる
兎来栄寿2020/01/11遂に現れた「クトゥルフ」の真骨頂これまでも、『闇に這う者』や『狂気の山脈にて』など、クトゥルフ神話体系の様々な作品をコミカライズしてきた田辺剛さん。今回、満を持してクトゥルフの代表作である『クトゥルフの呼び声』が描かれました! 今までの作品も良かったですが、本作は集大成とも言える素晴らしいクオリティでした。以前よりも絵のクオリティも更に上がっており、邪神の禍々しき神々しさ、宇宙的恐怖のヴィジュアル化を見事に成し遂げていると言えるでしょう。 星を渡る邪神の一枚絵の美しさなどは堪りません。 純粋に一つのホラーマンガとしても楽しめますし、クトゥルフ神話に興味があるという方もこのマンガから入ってまったく問題ありません。 紙の本の重みとインクの匂いがまた世界観を補強してくれています。田辺剛さんには今後もクトゥルフをマンガ化して欲しいと願ってしまう一冊です。クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集田邊剛 H・P・ラヴクラフト1わかる
兎来栄寿2020/01/11山田芳裕×ポストアポカリプス『へうげもの』が堂々完結した後、一体何を書くのか楽しみだった山田芳裕さんの新作は何とポストアポカリプス! でもそこは山田芳裕さん。世界的大寒波から逃れるためのコールドスリープから2525年に一人だけ目覚めたのは、イケメンでも美少女でもなく30代後半のおっさん。 そしてタイトルの通り目覚めたイラクから遥か彼方の故郷を望み、滅びて変わり果てた世界でおっさんは旅立ちます。 文明の失われた世界での旅。出会い。ポストアポカリプスの良さもありながらも、それ以上に人間の持つパワーと相対的な無力感、そしてお馴染みの顔芸など独自のテイストがもたらす面白味がブレンドされて流石の出来栄えとなっています。 突然テセラックとか出てこないかな、と山田芳裕ファンは妄想してしまいます。望郷太郎山田芳裕2わかる
兎来栄寿2019/12/07ドラえもんが好きなヤンキーとのピュアラブ一見しただけで「あ、これ好きなやつ」と思わせてくれる良い表紙ですね。ヤンキー系男子との恋愛もの、好きな方は多いはず。 しかも単なるヤンキーではなく、ぶっきらぼうながら優しい。しかもオタクにも寛容。アニメ好きのヒロイン・パン子にアニメージュ読む?と言ってきたり、ドラえもんの劇場版を観に行っては 「オレはドラえもんバカにするやつと映画まともに観んやつ大っきれぇじゃ」 とブチ切れたりする高橋くん。推せる要素しかありません。 押しの弱いパン子がナチュラルに押しの強い高橋くんに翻弄されつつもまんざらでもない様子には、心の中の結婚相手を紹介して回る親戚のおばちゃんが手拍子しながら「付ーき合え、付ーき合え!!」とコールし始めました。 そのままの自分でいられないストレスと、逆にそのままの自分でいさせてもらえる相手の尊さ。読んでいて暖かい気持ちになれる良いラブコメです。 職場でも何かと苦労多きパン子には幸せになって貰いたいです。自転車屋さんの高橋くん松虫あられ6わかる
兎来栄寿2019/12/07「人生」を描いた素朴だが力強い人間賛歌主人公が4歳の時から大人になるまで、そしてなってからの悲喜こもごもを丁寧に丁寧に一冊かけて描いた作品。 初めてのトラウマ、初めての父親との約束、初恋、いじめ、進学、就職、結婚、育児……そんな誰しもに訪れる人生の節目節目が描かれていく中で、誰しもには訪れない悲劇が主人公を襲います。 それでも、最終的に12話の最後で主人公がこれまでの人生を振り返りつつ今の自分は幸せでありこれまでの経験はすべて無駄ではなかったと回想するシーンに胸を打たれました。 自分の健康や命も含めて「儚い」ものは当たり前にあるものと思わず、奇跡の産物であると思って日々尊み大事にしていかねばと改めて思いました。 何故、何のために生きるのかは自分で決めることができる。素朴でありながら力強い人間賛歌がここにあります。儚いくん SUBARASHIKI KANA JINSEI柳内大樹1わかる
兎来栄寿2019/12/07「愛しのアニマリアは良き」「『恋する乙女は握力500kg!!』とかやばたにえん」 「それな」 「とりまオランウータンのオラミの好きピが隣に住んでるイケオジって話なんだけどー、好きすぎてラリアットかますのジワる」 「それなー」 「でもまじでイケオジ格好よすぎ」 「まず顔が良い、しかも優しい。すこ」 「あと大親友(と書いてタカラと読む)フリルとの過去エピソードどちゃくそエモすぎ」 「あーね。泣けた〜沸いた〜」 「よさみ深いから人類読むべき」 「そーいえばバ先の先輩に秒で読めって渡したんだけど『お前オラミに似てるな』って言われて草」 「ガチションボリ沈殿ゴミ虫〜」 ってマックで女子高生が言ってました愛しのアニマリア岡田卓也6わかる
兎来栄寿2019/11/29優しい世界の不思議な三角関係原作者こそ違いますが、『俺物語』のように悪人がいない世界で繰り広げられる心温まるラブコメです。 主人公には好きなクラスメイトの女の子が。しかし彼女には残念ながら恋している相手・イダくんがいました。そして、ひょんなことからイダくんは主人公が自分に好意を持っていると勘違いし、ちょっと不思議な三角関係が始まります。 男性からの告白にも真摯に対応しようとし、人の気持ちをとても大切にするイダくん。ルックスもさることながら中身がイケメンすぎるエピソードが続々と描かれ、主人公もまんざらではなくなっていく所に説得力があって良いです。 穏やか気持ちになりつつ笑いつつ、1巻の最後には驚きの展開もあり、様々な面で楽しめます。最終的に一体どう決着するのか……。 男性でも比較的読み易く楽しみ易い内容で、今年を代表する少女マンガの一冊と言っていいと思いますのでお薦めです。消えた初恋アルコ ひねくれ渡
兎来栄寿2019/11/28ワンオペ育児の大変さとその緩和策『大正ガールズエクスプレス』など、男性でも読み易い少女/女性マンガの名手である日下直子さんの最新作。ワンオペ子育てに限界を感じている三人のシングルファザーが、ルームシェアして一つ屋根の下で助け合いながら育児をしていく物語です。 開始4ページで登場する、出産・育児に対する世間の無理解。嫌な「あるある」ですが、世の中にこういう人や臆見は多いよな、と思ってしまいます。 逆に、主人公がいが自分一人だけで双子の育児をせねばならぬとなった時の想像できなかった苦労、そして一杯一杯の時に自分以外の大人が家にただいてくれるだけで救われる心地など、子育てを経験した人にとって思わず共感してしまうであろう描写が多数。 誰にも頼れずに孤立してしまい一人で抱えて苦しむことがが子育てで最も辛い時であると思いますが、それを緩和するための一つのやり方として現実的にも有り得る選択肢だと感じます。勿論、条件は難しいですし赤の他人と突然暮らすことで生まれる問題なども生じます。その辺りにもしっかり手は入れられています。その中で出てくる「基本的に他人に期待するべきではない」「けれど他人はたまに期待を超えてくる」という件は正にその通りだなと。 読むと子供を育てることの大変さが解り、現在や未来のパートナーを労わる気持ちが生まれるかもしれません。その内実写化されそうな内容です。シェアファミ!日下直子4わかる
兎来栄寿2019/11/27食べて、働いて、生きる。古来から変わらぬ人の営み歴史サスペンスハートフル疑似家族グルメマンガ。一冊の中に色々な要素が詰まっていますが、冒頭で梅干しと鰹節を煮て煎酒を作るシーンに象徴されるように江戸を舞台に非常にシズル感の高い食のシーンにフィーチャーした作品です。 実際に17,8世紀に記された『料理山海郷』等の本の記述にあるレシピを元に、服より食に財を注ぐ主人公が料理の腕を振るっていきます。鰯を煮詰めたり、柿の美味しい調理法を語ったりする時の生き生きとした雰囲気に、読んでいる方もワクワクしつつお腹が鳴ってきます。崗田屋愉一さんの高い画力と語り口のハイブリッドによりあまりにも美味しそうで、メシテロ的な意味で暴力的とすら思います。 そして何より 「ごちそうさまでした これで今日も生きられます」 と、主人公が味を隅々まで堪能した後に食べた命に手を合わせて感謝をする姿に心が洗われました。ああ、良いマンガだな、と。 中盤で事件が発生し子供を預かることになるのですが、躾の様子も微笑ましく、頷く所もあり、子を育てるという営為も加わってより「人が生きる」姿とその良さをありありと描いた作品であるなと感じられました。 『極楽長屋』と同じ舞台で同じキャラも登場しますが、こちらから単独で読み始めても一切問題ありません。癖はありながらも、皆気立ては良い長屋の人々も魅力的です。 全1巻なのが勿体なくもっと長く読んでいたくなる良いマンガです。堤鯛之進 包丁録崗田屋愉一4わかる
兎来栄寿2019/11/17耳の聞こえない親友に届けたい音色実在の脳性麻痺のバイオリニスト、式町水晶さんをモデルにした物語です。 この単行本1巻に収録されている短編「水晶の音」から始まったこの作品ですが、「水晶の音」は母親視点から見ると非常に心が苦しくなります。何らかの障害を覚悟しての出産。何とか産まれた後も、度々医師から告げられる他の子たちにはない困難。動かせない体、見えなくなるかもしれない目、尽きるかもしれない命。それでも、懸命に我が子の生きる道を作ろうと尽力する姿に心を打たれます。と、同時に自分がもし同じ立場に置かれたら、と考え込まずにはいられませんでした。 少年がバイオリンや素晴らしい奏者と出逢いその天性の才能を花開かせることはそれ自体素晴らしいですが、そこに至るまでに精神的にも大変な疲弊をしたであろう彼の親の愛と努力も同様に素晴らしいと思いました。 そして、連載版。少年が出逢ったのは、腎臓が悪く透析が必要で耳が聞こえない親友。彼に自分のバイオリンを聞かせたい、という純粋で切なる願いの尊さがまた響きました。 しかし、異質な物を排除しようとする人間の醜さにより、少年は差別・いじめという試練も受けます。子供特有の残酷さに人よりも生きるのが大変な心身を更に傷つけられる様子は見ていて心が痛くなります。 それでも、親友のために頑張ろうとする水晶のように美しい心を持った気高い少年を応援せずにはいられません。良い舞台の上で、少年のバイオリンで親友がその音色を聞きながら得意のダンスを踊れる日が訪れることを待望します。水晶の響斉藤倫2わかる
兎来栄寿2019/11/16歴史の暗部で蠢き轟く銃声「七三一部隊を扱ったマンガとかってないですかねぇ」 トリガーの常連さんとそんな話をしていたことがありました。流石においそれとは着手できないテーマであろうなと思っていましたが、この作品が登場しました。 若干ファンタジー要素はあり、舞台は終戦直後とはなっていますが、七三一部隊の人間やそこで作られた生体兵器らが中心となって織り成される物語です。 アクションマンガとしての質が高く、一癖も二癖もあるキャラ達により繰り広げられるガンアクションにはとても迫力と臨場感があります。言動にキレがあり、躊躇いがなさ過ぎる所は読んでいて疾走感があります。また、銃器そのものにも拘りがあるのが見て取れる丁寧な作画です。 折角七三一部隊を扱っているので、戦時中の回想などでより重みのある所にも届いて深みを増してくれたら良いなと思います。 これで新人とは思えないレベルで、今後が楽しみです。 なお、紙の本の方は遊び紙も凝っていてお洒落です。極東事変大上明久利6わかる
兎来栄寿2019/11/16もしシンデレラの魔女が超美人で面倒見が良過ぎてその上◯◯だったら地方から上京してきた女子大生の主人公・春香は元バスケ部で今は居酒屋のバイト。汗臭い世界を渡り歩く彼女は何のオシャレもせず、メイクの知識も道具もなければまともな服すら持ってない女子力皆無の女の子。 しかし、彼女だって本当は「女の子」がしたい。自分に自信がないし、そもそもやり方が解らないからできない。でもできることなら彼氏も欲しいし、何ならバイト先に憧れの人もいる。 そんな冴えない女の子だからこそ、正にタイトル通りシンデレラのように変身した時のカタルシスもあろうというもの。シンデレラを着飾ってくれた魔女のように、春香を綺麗にする魔法を掛けてくれる美女が現れて物語は動き始めます。 柳井わかなさんの絵が綺麗で、光の美人さに説得力があります。その上で春香の意外と少し厚かましいものの憎めない性格、光の思い掛けない行動、スペックが高過ぎて裏があるのではと疑ってしまうもののどうやら純粋に良いやつっぽい黒滝、中心となる人物たちが内面的にも魅力的です。 そうして生じる不思議な三角関係。この後どっちに転がって行くのかはまったく解らず、楽しみです。 Twitterでは #シンデレラクロゼット投票 でどっち派か投稿するキャンペーンもやっているので、読んだら参加してみて下さい。シンデレラ クロゼット柳井わかな
兎来栄寿2019/11/1630年以上の積み重ねが生んだ精緻なアイヌ漫画にイヤイライケレアイヌというと皆さんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。近年ではゴールデンカムイやうたわれるもの、咲-Saki-といった作品で興味を持つ方も増えていると思います。 そうして少しでもアイヌに興味がある方にぜひ読んで欲しいのがこの一冊。筆者は30年以上前からアイヌの漫画を描きたいという想いを持っており、それが遂に結実したのが本書です。 1話10ページ前後の短編で、様々なアイヌの風習や文化、日々の営みが紹介されていきます。アイヌ式の求婚や犯してはならないタブーなど、今まで知ることのなかったアイヌにまつわる知識が得られます。特に丁寧に数多くルビが振られたアイヌ語は沢山学ぶことができます。 アイヌの歴史は悲劇の歴史でもあり、アイヌへの差別などについても意志を持って触れられています。元々、アイヌではなく知識も全然無かったという筆者が、それを自覚して真摯にアイヌについて長年調べて学び、蓄積していった膨大な知識が漫画という形に昇華されています。 私はかつて阿寒湖に行った時にアイヌコタンに入りカルチャーショックを受けましたが、この本を読んだ後に行くとまた違った視点から見ることができそうです。 これだけ高純度でかつ読み易いアイヌの本もなかなかないのではないでしょう。読んでおいて損はない一冊です。アコロコタン成田英敏4わかる
兎来栄寿2019/11/16この美人配信者、魅力的につき『好きっていいなよ。』の葉月かなえさん新作は、そこそこ人気のある19歳の美人ネット配信者が主人公のラブコメ。 普段はメイドカフェで働きながら疲れていても毎日頑張って動画配信を行う生活をしている主人公・小春。多少の心無いコメント程度では全く動じない強さも持ち、そこでファンもできている彼女がまず魅力的です。 小春の配信を日々の活力にする視聴者、そして自身も視聴者とのコミュニケーションを楽しみとしている小春。その一方で、ネット配信している女の子に入れ込み月10万課金して彼女と別れる事になった青年のエピソードや小春に降り掛かる災難など、実際に配信絡みで起こり得る良い面も悪い面も等しく描かれていきます。 その上で描かれる恋模様。ネット上ではかわいいかわいいと言われ慣れていても、リアルで向けられる素直な好意には割とあっさり絆されてしまう小春がまたかわいいです。一見クールでしたたかに見えながら、そうではない面も適宜出してくる凄く良いヒロインだなと。 こういう出逢いや馴れ初めも現実に起こっているだろうなと思わされる、令和感たっぷりのラブコメ。1巻最後の破壊力に悶えつつ、今後の配信への影響などを無駄に心配してしまいます。ごきげんよう、小春さん葉月かなえ2わかる
兎来栄寿2019/11/16この恋で人生を差し切れるか? 異端の一口馬主ラブコメ直近では高飛び込みの『ノースプラッシュ』、高級マンションのコンシェルジュの『シンデレラコンシェルジュ』など特徴的なテーマを描いている七鳥佳那さん。その最新作は、「競馬×婚活」。それも一口馬主というこれまたニッチな所を突いたラブコメとなっています。 サラブレッドが大好きで、少コミ時代から担当編集さんに「競馬マンガが描きたいです!」と力説していたという筆者。しかし、その時は「馬券が出ないなら良いですよ」と言われ、「馬券が出ない競馬マンガとは……?(哲学)」となってしまい描けなかったそうですが、その溜まった想いがこの作品では見事に噴き出しているかのように生き生きとした筆致です。 とは言えヒロインも最初は競馬のことなんて全く知らず、推し俳優目的で初めて競馬場に向かうというスタートなので競馬を全く知らない方でもヒロインと同じ目線で楽しめます。馬主になるのは無理でも一口馬主なら比較的気楽になれるということが解り、若干興味を持ちました。 婚活をしても上手くいかない焦燥感、要領よく定時退社して遊ぶ同期に対するモヤモヤ……。等身大で好感の持てるヒロインですが何となく閉塞感のある所から始まりながら、新しい趣味や気になる相手ができたことで日常のすべてが新鮮な彩りを得ていく様も読んでいて爽快な作品です。今度の恋は勝ちましょう七島佳那
兎来栄寿2019/11/15読むと駆け出したくなる!「トレイルランニング」という世界名前は知ってるけれど、詳しいことは知らない。そんな世界を描いた作品というのは興味深く読めるものです。 本作が描くのは「トレイルランニング」。舗装されていない山野を駆け抜けるスポーツです。元々中学で陸上を頑張っていたものの最後にしてしまった大失敗により競技から離れてしまった主人公が、高校生になりトレイルランニングに出逢う所から物語は始まります。 私の地元である奈良県の吉野山でも、「弘法大師の道」として空海の歩んだと言われる吉野山〜高野山までの道を駆けるトレランが開催されています。山上からの美しい景色を見るために普段から数時間程度の山歩きは楽しみでしかない私は、多少の興味も持っていました。 作中でも、過酷な競技ではあるものの自然の中で得られる安らぎや綺麗な景色、そしてその環境で走ることで走る自体の楽しさを改めて主人公が見出していくシーンに爽快感があります。体を動かすのが好きな人なら、トレイルランニングをしてみたくなるかもしれません。 また、同じ高校生男子のトレイルランナーとして癖のあるキャラも多数登場。群像劇的な側面でも今後もより楽しみです。カゼキル GREAT TRAIL RUNNERS本橋ユウコ YAMAP1わかる