兎来栄寿2024/06/30緻密に美麗に描かれる宇宙のディストピア #1巻応援『テヅコミ』にも『メトロポリス』の二次創作を寄稿していたマチュー・バブレ氏が2016年に出版したディストピアSFです。先月に邦訳版が発売され、その電子版もこの度配信され始めました。 太陽が超新星爆発を観測しようとする青年からスタートするプロローグ。そこから100万年後のお話としてストーリーが始まるスケールの壮大さにまず惹かれます。 広大無辺の宇宙空間における、ちっぽけな人間にとってはあまりにも巨大すぎる現象も含めて、美しいヴィジュアルで物語られていきます。 バンドデシネらしい緻密な画風で、ほとんどのコマが背景までみっちり描き込まれているので物語への没入感を強く高めてくれます。コロニーの中の小さなユニットでの生活が見てとれるような描写など、好きです。 「音楽は? 文学 芸術…学問は? それは無から心の奥底から立ち現れる恩寵の輝き 人間は消費のみの存在ではない」 といったセリフに見て取れる言葉選びも好きです。 とある衝撃的なシーンと、そこで爆発する感情には大きく心を動かされました。どんな遥かな未来となりテクノロジーが進歩しようとも、人の人たる所以ら変わらないのはSFらしいテーゼを感じられるところです。 反物質、ホモ・ステラリス、アニマロイドなどさまざまなSF的単語が飛び交いながら、ドラスティックに進んでいくドラマに、気付くと夢中になってページを捲っていました。 ハードで骨太なSFを楽しみたい方にお薦めです。シャングリ=ラ原正人 マチュー・バブレ2わかる
兎来栄寿2024/06/30仄暗い底で剥がされる心と魂の瘡蓋 #1巻応援小骨トモさんの2冊目となる短編集です。 それぞれ発表時に話題になった「リカ先輩の夢をみる」、「それでも天使のままで」、「あの嫌いなバンドはネットのおもちゃ」の短編3作に加え、今回の単行本で先行収録となる「先生のクモのイト」の4篇が収められています。 「先生のクモのイト」は、「あの嫌いなバンドはネットのおもちゃ」に連なる作品となっています。 全体的な読み味としては、1作目の『神様お願い』と同様です。表紙絵のようにベースの絵柄は丸っこくてかわいらしいのに対して、剥き出しの″人間″が顕にされる中身の鋭利さたるや。 最初の「リカ先輩の夢を見る」からして、精神的に余裕があるときでないと食らいすぎるので読む時分とコンディションは選びたい作品です。果てしなく深い共感と、そこに隣接する絶望的な感情。読みながら魂が汗をかき血涙を零します。 1篇だけでも抉られるのに、1冊を通読したときの痛痒感といったら。 心の瘡蓋をガシガシと剥ぎ取られ、傷口をグリグリと穿られるような、そしてそれが痛みだけではなく何か他の感情をも催してくるような。 同じ経験をした訳ではないのに、どこか記憶の奥底にある罪悪感を喚起され撫ぜられるような部分もあります。 鋭敏なセンスが昏い輝きをもって溢れている短編集で、ダウナーな気分に浸りたい方やそうした作品が好きな方にお薦めです。それでも天使のままで 【単行本版】小骨トモ6わかる
兎来栄寿2024/06/2852枚の札が見せる虚実 #1巻応援現在ラスベガスで世界最大のポーカー大会であるWorld Series of Poker(WSOP)が開催中です。毎年開かれているこの大会ですが、昨今は世界的なポーカー人気も高まっておりメインイベントの参加者も年々増加し、優勝賞金は今のレートだとおよそ16億円にもなります。 かくいう私もポーカーは好きで国内最大の大会でも好成績を残しており、その内WSOPにも挑戦しに行きたいと思っています。 そんなわけで、今までに描かれたポーカーマンガはほぼすべてチェックしており、新しいポーカーマンガが出たと知って喜び勇んで1話から楽しみに読んでいました。 山本神話さんは、前作の『グレイテストアンダードッグ』にもボクシングマンガでありながら数話にわたるテキサスホールデム回があり、またそれが面白かったので、今回新たにポーカーマンガを描くと聞いてとても納得感がありました。 何しろ、山本神話さんの描くキャラには色気があり、カッコいいし、美しいし、かわいいのです。鉄火場でのアツい駆け引きを描く際にも、クールなキャラたちが興奮を高めてくれます。 ポーカーはルールを知らなくても一瞬で覚えられる上に世界共通なのが長所で麻雀と違うところですが、本作もルールは解らなくてもまったく問題ないように作られています。 極端に言えば、ポーカーの駆け引きは「嘘」か「本当」かの二択。その緊張溢れるドキドキ感を読んでいてたっぷり味わえます。 解りやすく描かれているが故に、玄人からするとプレイラインなどは物足りなく感じる部分もあるかもしれませんが、それは現役の医師が医療マンガを読んで重箱のすみをつつくようなもので、大半の読者には問題ないでしょう。 個人的には、こうした作品がどんどん増えて行って、ポーカー文化が隆盛していくことで玄人も満足できる麻雀マンガにおける『ノーマーク爆牌党』のような作品もいずれ出てくることを期待しています。 この作品でポーカーに興味を持って始めてみようという方もきっといると思いますので、将来そういう方と楽しく卓を囲めたら良いなと思います。 なお、この作品に登場するCasino Live Tokyoは実在するお店で私も行ったことがあり、手軽に聖地巡礼もできるようになっています。興味があれば足を運んでみるのも良いでしょう。賭龍山本神話3わかる
兎来栄寿2024/06/28面白いWeb記事のネタを求めて #1巻応援先日新たに「比嘉姉妹」としてカドコミでの連載も始まった『ぼぎわんが、来る』に端を発し映画化もされた「比嘉姉妹シリーズ」の澤村伊智さんによる小説を原作として、『十五魔女の最後の旅』や『レインコートキッズ』、また『宇宙よりも遠い場所』のコミカライズも担当した宵町めめさんが漫画を担当する作品です。 本作は、面白ければ何でもありのエンタメWebマガジン「アウターQ」でライターとして活動する駆け出しライターの湾澤陸男(わんざわりくお)が主人公。「新人ライターが食わず嫌いを克服する」シリーズを書き始めて3ヶ月経った彼が、新たにさまざまなネタを追っていく物語です。 私は原作は未読なのですが、あらゆることをテーマにすることができるこの設定がまず良いなと思いました。これが探偵などであれば、行く先々で事件が起きる体質が必要になります。しかし、Webライターなら自らさまざまなところに能動的に飛び込んでいける、しかもネタのためにどんな場所にでも行く必然性もある。如何ようにでもお話を膨らませることができて、各エピソードごとに違った味わいを生みながら楽しませることも可能で何とも美味しいなと。 Case.1の「笑う露死獣」では、都市伝説の正体に迫っていくことになるのですが、暗号を次々と解読していって真相に迫っていく展開にワクワクしました。読者も解読に挑戦できるようになっているのが面白いです。また、明かされる真実にも心動かされました。 そうかと思えば、Case.2の「歌うハンバーガー」ではまた違ったテイストで魅せてくれます。ナイフとフォークで食べる大きくて美味しいハンバーガーが食べたくなりました。綾辻行人さんにも絶賛されたホラーエンターテインメントの名手としての魅力が、本作にも溢れています。 一見カタギに見えないものの中身はとても良い人な編集長の八坂さんや、先輩ライターで顔も性格も良いものの会話においては指示代名詞連発でちょっと残念さを醸し出す井手さんなど脇を固めるキャラたちも魅力的です。陸男を初め、宵町めめさんのかわいくも少し影が見え隠れする画風とも絶妙にマッチしていると感じます。 個人的に特筆すべきはCase.3の「飛ぶストーカーと叫ぶアイドル」に登場する篠原亞叉梨さん。良き黒髪ロングストレートキャラです。ファンのことを「衆生」と呼称し、浄化・昇天させ極楽浄土へ送る仏教系アイドルグループ「ぱ☆GO!陀」、推せます。金剛杵型のペンライトとか振りたいですね。 今後もバラエティ豊かな調査対象に、いろいろな感情の揺さぶられ方をしそうで楽しみです。ホラー、ミステリー、オカルトなどが好きな方にお薦めです。アウターQ 弱小Webマガジンの事件簿宵町めめ3わかる
兎来栄寿2024/06/26「N」へのカウントダウン #1巻応援最初は中学生男子たちの肝試し。 その次は少女の授業参観。 暇を持て余したニートや、就活が終わった大学生など1話1話は独立していてありふれた日常から始まる、オムニバス形式で描かれた作品です。しかし、その日常はある瞬間から一変していきます。 すべてのお話に共通するのは、謎の存在「N」。バラバラの物語が、「N」に収斂していきます。 第1話「A」 第2話「B」 第3話「C」 と、アルファベット順に進行しながら、 第5話「E」 の次が 第7話「G」(7とGは鏡文字、目次でもこの部分だけ反転) で、その次が 第6話「F」 という構成で、その最後には 【第14話「N」まであと7話】 という死へのカウントダウンのような予告。 更には、単行本の最後に入っているおまけの部分も背筋が凍るようなものです。こうした演出も含めて、非常に良いミステリーホラーとなっています。 罪を犯したり禁忌に触れたりする瞬間の、胸の鼓動が早まり冷や汗をかくような心地が的確に描かれており、にことがめさんの作画も話に非常にマッチしていると感じます。 果たして、Nとは何なのか。 14話で一体何が起こるのか。 急激に夏感が出てきた最近ですが、こちらで涼を取ってみてはいかがでしょうか。Nにことがめ くるむあくむ6わかる
兎来栄寿2024/06/25素敵で前向きで偉大なお母様 #1巻応援私がありまさんを認識したのは、Twitterで公開されていたこの本のChapter1 第1話にある 「アメリカで事故ってハッピーバースデーを歌ったうちの母」 でした。 アメリカのスーパーの駐車場でバックしていたら、ショートカットしようとしたおじさんと衝突してしまい烈火の如く怒鳴り散らされたものの、「It′s my birthday」というフレーズを聴き取った筆者の母君が店員さんたちと一緒にバースデーソングを歌うと途端に機嫌が良くなり謝ってくれたというほっこりエピソードです。 本書は、そんな素敵な母君様の心温まるエピソードや人生を生きる上で大切にしたいことが詰まった1冊です。 夫の仕事の都合で行った慣れないアメリカで、言葉が解らないときにどうやって英語を覚えていったのか。 介護でしんどくなってしまったときにどう対処したのか。 子どもが元気がなくて学校を休んだときにはどうしたか。 さまざまな、身近にあるシチュエーションで輝く母君の言動に読んでいて心が解れ前向きになっていきます。 バイクの免許を取ったりフルマラソンを走ったり、いくつになっても新しいことに挑戦し続ける気概や、実家での本格的な擬似縁日開催を全力で楽しむ様子を見ていると「人生の達人」と呼ぶのが相応しい気がします。 私もどちらかというと全力で物事を楽しむ方で、そこに一緒になって楽しんでくれる人が集まってくれることが多くて感謝しきりなのですが、母君様には似た気質を感じて共感します。 他方で、 「好きなものをちゃんと持っておく」 「自分の人生を生きなきゃ」 「そもそも人に謝罪と感謝を求めてはなりません」 といった言葉は、心に留め置いて大事にしておきたいものです。 ありまさんが母君様の言葉や存在によってどれだけ助けられ感謝しているかも伝わってくる内容でした。 心を前向きに持っていきたい方にお薦めです。これを読んで、人生を大安にしていきましょう。うちの母は今日も大安ありま2わかる
兎来栄寿2024/06/24推し活の光と闇の相転移 #1巻応援推しを推す。 それは、人の営みの中でもとりわけ尊いものです。しかし、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。その行為や付随する感情も、行き過ぎてしまうとむしろマイナスに働いてしまうことが往々にしてあります。 本作は、新米声優・土岐野カエデ(23)を推す会社員・美花(26)の推し活の物語です。 初めてアニメで主役を得たことで、露出が増えファンも増えていくフェーズにあるカエデ。しかし、そうなると必然的にアンチの声も目立ってきます。 本作ではSNSや配信コメント、現場などにおけるアンチの描写がかなりしっかりと描かれており、非常にリアルです。美花は大好きなカエデの活動に支障が出ないよう推し活の延長線上として、そうしたアンチに対する″駆除″活動を行っていきます。ファンは原義を辿ればfunではなくfanatic。光と闇は紙一重です。 ただ正直、美花の行為自体はやり過ぎであるとしても、そこで生じるモヤモヤとした気持ちには誰かや何かを強く推した経験がある人なら大なり小なり共感できるのではないでしょうか。 また、美花のそうした行為が生じている原因のひとつに会社のブラックさがあるのは現代社会の暗部だなと感じます。他の人より仕事が早いと待遇は変わらないのに労働量が多くなるので、生産性を下げることが最適解となる矛盾。昼休みまるまる使っても愚痴を言い足りない部長。そこで溜めたストレスが、推し活での快楽をより大きいものにして依存性を高めてしまう。 そんな美花の愚痴を嫌な顔ひとつせずに聞いてくれて、推し活の応援もしてくれて、抽選にも付き合ってくれる友人のゆずちゃんのような存在は大事にすべきです。主人公が幸せになるのは難しいかもしれませんが、ゆずちゃんには幸せになって欲しい……。 推す熱量の軽さの割に美味しいポジションを確保していてモヤっとするまりんちゃんや、同担で戦友感のある蘭之介さんなど、味のあるサブキャラクターも豊富で今後も楽しみです。 推しは推しても害悪にはなるな、という反面教師的な役割を担ってくれる作品です。わたしって害悪ですか?~お花畑声優厨の場合~岩城そよご 科丈ひとな(セブンデイズウォー)3わかる
兎来栄寿2024/06/22偏愛の果てに #1巻応援『凛子ちゃんとひもすがら』の七瀬八さんが、2024年3月にwebアクションで公開した読切短編です。 田舎でアイドルを目指す翼と、彼女に幼馴染のころから特別な強い感情を持つ美雨のふたりを描いた物語です。 かわいいかわいい翼と一緒にいられることが何よりの幸せである美雨ですが、あることをきっかけにそれが崩れていきふたりの関係性にも変化の時が訪れていきます。 何より、『凛子ちゃんとひもすがら』のクチコミでも書きましたが七瀬八さんの絵が素敵で、まずヴィジュアルで引き込まれます。 そして、凛子ちゃんと同じく美雨も黒髪ロングストレート。艶やかな流れる髪の描き方には同じ嗜好の匂いを感じます。好きです。 他所での読切「星屑の子どもたち」でも感じましたが、七瀬八さんは構成力が高くセンシティブな部分を過不足なくお話に込めるのが上手なため、短編も非常に上質です。 出だしから、不穏で危うい結末を予期させる彼女たちがどういった運命を辿るのか。ぜひ読んで、感じてみて欲しい短編です。 女の子同士の関係性の物語が好きな人には特にお薦めです。私の可愛い翼ちゃん七瀬八5わかる
兎来栄寿2024/06/19異世界で小豆を煮て生きていく #1巻応援和菓子、好きですか? 私はケーキなどの洋菓子も好きですが、和菓子には和菓子の魅力がありますよね。これを書いている今日も、どら焼きを食べました。あんこは体に良い成分がたっぷりなのも嬉しいところです。 本作は、和菓子職人となり将来は自分のお店を持つことを夢見ていた24歳の小百合の物語。彼女は、異世界にもうひとりの「聖女」と共にイレギュラーで同時召喚されてしまい、一生をそこで暮らしていくことに。公爵家のセリウス・ラティオールに助けられながら、新たな世界での新生活を始めていきます。 一般的な中世RPG風の世界観ですが、魔物の血によって汚染された地には作物ができず世界的に食糧難になっているというのが本作の特徴です。 そんな状況下で、小百合は厳しい祖父に受けた教えを胸に、家名に恥じないよう自分にできることをなしていこうとします。小百合が基本的に素直で優しくて努力家という好感度の高い主人公で、推せます。 「異世界×和菓子」と聞いたら「1話から和菓子を作って異世界の人が気に入り感動〜」的なストーリーを想像しそうですが、本作ではそのような事情もあり、まずは元の世界での和菓子の材料に相当するものを探すところから始めていきます。そうした、地に足がついている丁寧な作劇に魅力を感じます。 食うに困っている民衆が多くいる世界で、甘い和菓子を頬張って幸せを噛み締める子供や老婆の姿には心が温まります。美味しいものをお腹いっぱい食べられるというのは、当たり前ではなく感謝すべき大いなる幸福なんですよね。 そして、本作のもうひとつの軸が、小百合とセリウスの関係です。こちらも一足飛びで男女の仲になるわけではなく、セリウスが自分にとって異性と関係を築く上で致命的であると思っていたポイントが、小百合にだけは当てはまらず特別な存在であることが解っていくなど少しずつ段階を経ていきます。 柔らかで優しいコミュニケーションを通して徐々に仲が深まっていく様子が何とも言えず微笑ましく、応援したい気持ちにさせられます。 大きな物語としては、クセのあるもうひとりの「聖女」の動向やおまけ扱いであった小百合に秘められたものなどもあり、お話の引きとなっています。 カバー下もとてもかわいく、和菓子好きとしては応援したくなる作品です。巻き添えで異世界に喚び出されたので、世界観無視して和菓子作ります和泉杏花 天乃こと3わかる
兎来栄寿2024/06/19流麗に描かれる楊貴妃と四神たち #1巻応援夢枕獏さんによる戯曲「楊貴妃の晩餐」に叶松谷さんが器を作り天野喜孝さんがイラストを添えた豪華なコラボレーションを原案として、『きみを死なせないための物語』にも協力されていた中澤泉汰さんが精妙な絵でコミカライズを果たした作品です。 「あなたの四神はどこから?」 という話題が一時期流行っていましたが(私は『幽☆遊☆白書』です)、本作はやがて王の妃となり楊貴妃と呼ばれる楊玉環(ようぎょくかん)が朱雀・玄武・白虎・青龍の四頭の聖なる獣たちが人間となった姿と関係していく物語です。 何しろ世界三大美女である楊貴妃が主人公。となれば、マンガ化するにあたってはその美しさをヴィジュアルで表現する必要があります。その点で、中澤泉汰さんが見事に楊貴妃の美しさを絵で表現していることは単行本の表紙からも一目瞭然でしょう。着飾っている姿はもちろんですが、ひとりになって弛緩した瞬間の髪を結っている所作なども非常に艶やかで美しいです。 また、楊貴妃のみならず物語の主軸である四神が人へとなった姿もまた麗しく、複数人の美形男子と運命性を感じさせる関係を連ねていくのは少女マンガとしてとても強い部分です。 彼らがどんな人物となっているのかは読み進めていくと解りますが、歴史的には非常に著名な人物たちの競演となるので、ある種『Fate』シリーズ的な楽しみもあります。 幼くして本当の両親を喪ってしまった上に、自由意志を持てず命じられるがままで、常に男たちの欲望に晒される玉環の運命は過酷なものですが、それ故に引き立つものもあります。今を生きる人にも共感されるところは多分にあるのではないでしょうか。 戦後すぐに生まれ伝奇的な作品を得意とする夢枕獏さんの傑出した想像力が生み出す魅力は、今読んでも損なわれません。 中華ファンタジーが好きな方、美麗な絵で描かれる恋愛譚が読みたい方、複数の美形が登場する作品に興味がある方に強くお薦めします。 余談ですが、スペシャルサンクスの中に菅野文さんのお名前があったことに「おお!」となりました。楊貴妃、綺羅羅中澤泉汰5わかる
兎来栄寿2024/06/17祖父と孫とギターと終末 #1巻応援『隕石少女』や『餓天使』の石山り〜ちさんが手がける新作です。 音楽で売れてやると家を飛び出した息子は、10年後に再会したときには遺体に。遺されていたのは生まれつき全盲の孫娘・光(ひかり)。光はに「自分の音楽で世界を一つにする」という父親の目標を継いで、目が見えないながらギターの道を邁進しようとします。 自分も音楽をやっていながら、親に売られて軍属になったことで道半ばで夢が潰えたことで息子にも厳しく当たっていたことを悔いる主人公・雷蔵と、幼いながらにギターの天賦の才の片鱗を見せる光の祖父と孫娘。 このふたりの関係性だけでも一本物語として成立していてそのまま読みたいくらいですが、そこは石山り〜ちさん。 本作はそこからタイトル通り「終末」が襲ってきます。突如襲来した謎の宇宙人によって人類は大規模な攻撃を受け、地上は大変なことに。 ハートフル家族ドラマ×音楽×ポストアポカリプス。 贅沢な三色丼のような作品です。 ポイントは、雷蔵が孫の光の夢を壊してしまわぬよう地上の惨状には気付かせないようにして、何事もなかったかのように振る舞い続けるところです。元気で奔放ですがギターにひたむきな光は守ってあげたい魅力があり、雷蔵の気持ちにも共感します。不器用な性格でありながら、孫愛溢れる雷蔵の姿にも心が和みます。 一方で、襲来する宇宙人たちのえげつない攻撃能力の高さからサスペンス性の強さもあり、しかし彼らにもどうやら弱点はあるようで、そこを突きながら上手く切り抜けていこうとするシーンも見ものです。 徐々に尽きていくであろう水や食料やその他ライフラインをどのように確保し、どのようにわたり合っていくのか。 他の生存者との関わりや、彼らに待ち受ける最終的な運命など目が離せない作品です。願わくば、終わった世界であっても、最後の瞬間には最高の音色を光が奏でて欲しいなと。終末ロッキンガール石山り~ち2わかる
兎来栄寿2024/06/16大人気ミステリのコミカライズ #1巻応援週刊文春ミステリーベスト10国内部門第1位、MRC大賞2022第1位、 2023年本屋大賞 7位受賞など、高い評価を受ける夕木春央さんの『方舟』。 そのコミカライズを『誰かを呪わずにいられないこの世界で』の木場健介さんが構成、「5人の内、誰が死ぬか」の悠木星人さんが作画という形で行なっている作品です。 私は『方舟』は原作既読で楽しんでいたので原作との違いを楽しむ方向性で読んでいますが、「5人の内、誰が死ぬか」も良い短編サスペンスだったのでマンガ化にはぴったりだなと思いました。 『方舟』はいわゆるクローズドサークルで、若い男女が閉鎖空間の中から脱出できない状況に陥り、その中で事件が起こっていくタイプのミステリです。 この手の作品は大学生グループが多いのですが、本作の主人公たちは大学で繋がりを持った社会人です。それによって特徴となっているのが、主人公が大学時代から好意を抱いていたヒロイン的ポジションの女性が既に別の人物の人妻になっているという点。いわゆるBSS的な要素も入っており、そこもある種他の同系統の作品とは異なる見所となっています。 たくさんの名作が書かれてきたジャンルですが、そこでこの評価を受けるだけの理由はしっかりと存在する作品です。連載部分では遂に犯人が明かされるところまで描かれており、単行本を読んで続きが気になってもマンガUP!で読むことができるので親切です。 エンターテインメント性の強い設定なのでマンガにしても面白いだろうなと思いながら読んでいましたが、キャラクター含めおおよそイメージしていた通りにコミカライズされています。 普段小説は読まないという人も、推理系やサスペンス系のマンガが好きな方であれば間違いなく楽しめるでしょう。ぜひ、最後まで見届けて欲しいです。方舟夕木春央3わかる
兎来栄寿2024/06/15作家性が横溢する幻想短編集 #1巻応援『幸福はアイスクリームみたいに溶けやすい』、『書店員 波山個間子』、『三護さんのガレージセール』などでお馴染みの黒谷知也さん。 上記3作品のような線の整った作品群とは別に、よりコミティアなどで出逢うような雰囲気で作家性を剥き出しにして描いている短編。その中でも、本にまつわる話を中心としたシリーズに分類されるSNSで2021〜22年頃に公開していた短編を1冊にまとめた本です。 こういう夢想が自然に浮かんでくる瞬間ってあるなぁと思える幻想譚たち。泡沫の夢のように、何もしなければ刹那弾ける泡のように消えていってしまうものたちを、繋ぎ留めるように手繰り寄せて現出させ形に残しているような感覚があります。 ときに好奇心を、ときに恐怖を掻き立てられ、不思議さに戸惑いながら酔い痴れ、理不尽に鬱屈としながらそれが快感でもある。 本を愛するから解るところもあり、本を愛するから苦しいところもある。紙とインクによる魔的な被創造物。読書という広大な宇宙海を漂う、無常感と無上感。 本がテーマでないお話も、寓話的で批評的な「グドゥグドゥ」や「鰐の起立」などとても好みです。社会の形式が変わるifがある物語は、想像力を刺激されます。 「言葉の珈琲」という柔らかい口当たりで始まりながら、とても強い刺激に満ちた1冊です。尖った作家性を浴びたい方、非商業的な作品を好む方には強くお薦めします。幻想集黒谷知也6わかる
兎来栄寿2024/06/14がんと、人生と向き合う #1巻応援『CREWでございます!』シリーズの御前モカさんによる新作です。フィクションではありますが、一家全員ががん患者であることは本当で、ご自身の闘病経験を元にして描かれているそうです。 主人公の独身女性・秋山紅葉が、がんで五年生存率50%を宣告され闘病していくという内容になっています。 皆さんは、もしも同じように宣告されたとしたら、どうするでしょうか? なかなか母親に切り出すことができなかったり、友人に伝えたら心無い言葉をSNS経由で刺されたり、読んでいて胸が圧搾されるような気持ちになります。10話の122Pなど、思わず嗚咽が漏れました。 それでも、同じ病室の杏子さんのように素晴らしい人との出逢いも生きている限り存在します。 杏子さんの言葉であったり、改めてその境遇になってからいろいろな物事を見つめ直したりすることを通して、今まで抑圧されていたものや苦しみからの解放が得られる瞬間もあり、そこは祝福したくなります。 私もなかなか自分のために生きられず人に譲ってばかりな部分があるので、紅葉がたまには自分のために生きようとするシーンなども全力で応援したくなります。 がんは日本人の死因としては1位ですし、私も大概睡眠や命を削って生きてきたので30代でがんになる『断腸亭にちじょう』などを読んでいてもまったく他人事に感じられません。いつか遠くないときに、自分や周りの人に訪れるかもしれない。 そうなったときに知っておくべきことや心構えとして持っておくべきことはたくさんあり、備えとして読んでおいて損はない作品です。それ以上に人生における大切なものも、ここにはたくさんあります。 そして、私は『CREWでございます!』や『おはよう、おやすみ、また明日。』のような素晴らしいマンガを描いてくださった御前モカさんに感謝しています。どうかひとつでも多くの笑顔がありますように。おはよう、おやすみ、また明日。御前モカ3わかる
兎来栄寿2024/06/13ああ、私の「好き」がそこにある #1巻応援『ゲッサン』の読切でフレッシュな魅力を披露してくれていた遊維さんの、連載作品です。 テーマはずばり「シャチ」。 推し力士がいたり、推しVtuberがいたりと心から好きなものがはっきりしている友人たちに比べて、流されるまま・合わせるだけで特に自分だけの何かを持っていなかった女の子・かわず(通称ぴょこ)。そんなかわずが、成績優秀でモデルのスカウトも受ける美貌も併せ持つ神崎さんとお近づきになることで、神崎さんがこよなく愛するシャチの魅力に気付かされ、初めて心からの好きを得ていく物語です。 兎にも角にも、「好き」で駆動する物語って良いですよね。「好き」は何にも増して強くて素晴らしい感情です。本作は筆者がシャチが大好き、かつ新担当編集もシャチが大好きというところに立脚しているようで、作品全体からシャチへの深い愛が迸っているのを感じられます。 『七つの海のティコ』を観て育った身としてはシャチに対して親近感もあり。神崎さんやかわずほどの深愛ではないですが、シャチ、いいよね……という気持ちで読みました。 そして、マンガ自体の良さ。第1話のサブタイトルがバチっとハマる瞬間の気持ち良さであったり、第4話のタイトルを回収するシーンだったり、遊維さんの絵の魅力と演出が掛け合わさって胸踊るような描写がガンガン出てきます。 羅臼ではないですが、北海道の知床沖に船で出たときの雄大な自然に感動した瞬間を読んでいて思い出させてくれました。本当に地球や生命の偉大さを感じさせてくれますし、自然と涙も出てくるんですよね。 「本当に好きなものを見つける」というかわず物語として読んでも非常に良いですし、一方で神崎さんの抱える難しい感情もまたひとつ味わいを加えてくれます。神崎さんと同じような絶望を抱えたことがある人には刺さることでしょう。なお、私は言うまでもなく自らを強く貫きながら好きなシャチの前では破顔する聡明な黒髪ロングストレートの神崎さんがとても好みです。 読んでいて、心が洗われていくような素敵なお話です。シャチに興味がある人はもちろん、そうでない方にもお薦めです。大海に響くコール遊維2わかる
兎来栄寿2024/06/12理不尽な美少女に翻弄されたい人へ #1巻応援 #完結応援『富士山さんは思春期』『猫のお寺の知恩さん』『君は放課後インソムニア』などでお馴染みのオジロマコトさんがマンガを担当し、原作は男女のお笑いコンビであるパーパーのほしのディスコさんが担当している異色のコラボ作品です。 世の中には、理不尽な要求をしてくる異性がいます。側から見ていると、その理不尽さがエスカレートしていくと嫌悪感を抱いてしまったり引いてしまったりしてしまうのですが、しかしそうした要求に振り回されることを是とする人もいます。 本作はそんな「ヤバい女に振り回されることに快感を覚える人」向けのマンガと言って良いでしょう。 野球部の雑用である星野くんと、不思議な転校生の山田さん。もう、山田杏奈にも負けてないキャラの強い山田さんです。私は基本的に黒髪ロングストレートヒロインは推したい性質なのですが、山田さんはちょっと突き抜けすぎていてそういう対象ではありません。 「おもしれー女」を超えて、モラル的にどうかという域まで達しており、最初の数話を読んだときには山田さんを好意的に思える人は限られた嗜好の持ち主のみではないかと思います。 それでも、中盤のとあるエピソードで提示される鞭鞭鞭からの飴。これは、劇毒ですよ。特に彼女を作れたこともない野球部男子や、中高一貫でほとんど女子に触れ合ってこなかった東大理Ⅲの男子などにこういうことをしたら、間違いなく確殺です。国際法で禁止された大量破壊兵器であり、発売前から禁止カードです。捻じ曲がりますよ、生涯いろんなものが。最終話の星野くんが1ページまるまる使って呟く7文字に見る拗らせようたるや。 この辺りのシーンでは、オジロマコトさんの絵の魅力がものすごく効いています。 個人でははみ出がちな凸と凹が、ふたり合わさることで生まれる化学反応。まさに、漫才やコントのような面白さがマンガで再現されています。 ただ、後半の展開に通常のからかい系ラブコメ的な何かや、すべてを覆すエクスキューズを求めてしまうとカテゴリーエラーなのかなと。 アクの強さが故に広くお薦めとは言えませんが、理不尽さに屈服することに快感を覚えられるには推したいです。 1話試し読みだけだと作品の真価が伝わらないですし、1巻完結なのでとりあえず買ってカバー下まで読むことをお薦めします。星野くん、したがって!オジロマコト ほしのディスコ2わかる
兎来栄寿2024/06/11小説家がいなくなった未来で #1巻応援AI関連の議論を見ない日はないというほど、世間にAIが浸透している時代がやってきました。地続きの現実を生きていると実感が薄いですが、今や小学生でもAIを使って作文やデータ解析ができる時代です。自分の子供のころを思うと、『ドラえもん』で夢見たような未来の一端が実現されていると言えるでしょう。 ただ、テクノロジーの進歩が輝かしく照らす道の端には、その陰で失われていくものもあります。多くの職業がAIによって代替され消えていくのは必然で、人類の歴史上でも繰り返されてきた出来事です。 この物語は、余命1年を宣告された売れない小説家・菅井櫓を描く物語です。コールドスリープをした100年後の未来では、彼の作品が21世紀のベスト10に選ばれており国中が彼の新作を心待ちにしているという状態でした。 生成AIを利用して小説を書く「呪言師(ソーサラー)」の台頭により小説家を含む物書きがいなくなってしまってしまった世界を舞台に、創作の意義や様態にまつわる問いかけがなされていきます。 また、この物語を牽引するのはヒロインの更科結衣の存在です。自分の作品を処女作からすべて読んで愛し、生きる糧にしてくれていた女の子。櫓は、他の誰のためでもなく彼女のために小説を紡ごうとします。コールドスリープして100年経った世界には普通に考えれば結衣がいるはずはないのですが、直筆の手紙が届いたことで存命の可能性があると解り、彼女にまつわる謎と彼女との関係性という部分も本作のポイントとなっています。 小説がテーマになっている作品らしく、「経」と書いて「たていと」と読ませるタイトルから、作中で櫓が発するさまざまな言の葉まで文学的な表現に溢れているのも特徴的です。 「一流の文学者なんてのはもっと残酷な人種であるはずだ。彼らは、青春期の若者たちに一生彼らの心臓を掴んで離さない鮮烈なトラウマを、いかにして植え付けようかと苦慮するような人種であるはずだ。文学の持つ毒を、持てる限りの文才で、いかにも12月の針葉樹のように美しく飾り立てて…」 「インクの木になった果実でお腹を満たしたい」 といった表現は好きです。私も、電子の海に漂って生きながらも槙島聖護のように紙の本を愛し続けていくことでしょう。 ミケランジェロの言葉や『ソクラテスの弁明』を引用して、創作における芸術家の役割は実は本質的には変わっていないのではないか、と考える節など芸術の根幹に触れる部分は特に興味深く、AIが隆盛を極めていく時代にあって今一度向き合っていきたいテーマに歴史を俯瞰しながら正面からぶつかっています。その上で、AIには成し得ない、AIを超える創作をしようとする姿が堪りません。 純粋な小説家との仕事をする機会が失われた編集者ニールセン・叶エが、ノウハウもまったくない状態で初めての作家とのやり取りに苦慮するのも面白いです。AIによって現代よりも圧倒的に大量の物語が作られるようになった時代であるなら、その良し悪しもまた人間ではなくAIが判断するようになっているはずです。編集者という仕事は名前は同じでも仕事内容は大きく変わっていそうで、他の編集者がどのようなことを行っているのか気になります。 自動運転車は当然実用化されているとして、SF好きとしては端々に登場するであろう未来ガジェットの数々にも興味津々です。 小説の、創作の、創作者の未来に肉迫しようとする意欲作。物語を愛するひとりの人間として、目が離せない作品です。100年の経赤井千歳10わかる
兎来栄寿2024/06/08映画大好きジョージくん #1巻応援ジョージ・ルーカスの半生、とりわけ『スター・ウォーズ』第1作のメイキングから完成に至るまでに尺を割いて描いたノンフィクションです。 お化け屋敷を営んで創造性を発揮する一面もありながら基本的には控えめな少年だったころ。命の危険にも晒され、人生の転機が訪れたティーンズ時代。コッポラやスピルバーグに出逢った若かりしころ。 登場するたくさんのビッグネームは、『スター・ウォーズ』を観ていない人でも楽しめます。 オーディションに来るのはまだ今のように有名ではなかったころのジョディ・フォスター、ジョン・トラヴォルタ、トミー・リー・ジョーンズなどなど錚々たる顔ぶれ。 ハリソン・フォードもまだ俳優業だけでは食べられず、他のバイトもしながら食い繋いでいたという時代で、撮影の際の裏話などもたくさん登場します。 スポンサー・配給会社とのタフな交渉に、現場の壮絶なマネジメント。多くの人が面白さを理解できず、SFなんてヒットするわけがないと言われていた時代に途轍もない記録を生み出した『スター・ウォーズ』第1作目ができるまで。 そんなの間違いなく面白いに決まってますし、帯文で山崎貴監督が言うようにこれ自体を映画として出したらそれも大ヒットしそうです。フランスでこちらが出版された際には5万部が即日完売したというのも頷けます。 今現在存命中の世界的に知名度のある偉人・有名人の中でも、こうした形で物語って面白い人物を考えたときにジョージ・ルーカス以上にうってつけの人はなかなか思いつきません。 映画を作るのが並大抵ではない苦労を伴うのは素人でも想像がつきますし、ましてや1000人規模の現場を回すに当たっては紙幅に収まらない辛いこともたくさんあったでしょう。1作目の段階で倒れるほど体調を壊してしまうのも仕方ないと思います。 しかし、いち『スター・ウォーズ』ファンからするとインダストリアル・ライト&マジック社を立ち上げてなしえた原初のSFXであったり、R2-D2やC-3POにまつわる舞台裏などは読んでいて楽しくて仕方ありません。 特に心に残ったのは『スター・ウォーズ』の最後のピースとなる音楽が最終段階でも決まっていなかったところで、契約に漕ぎ着けられたのは『ジョーズ』などでもお馴染みのジョン・ウィリアムズ。僅か3週間で90分分のオリジナル・サウンドトラックを完成させたという彼の曲を初めて最終的な形でルーカスが聴くことになる場面。 思わず私にもあの『スター・ウォーズ』のテーマ曲が脳内に鳴り響くと共に、感動と興奮が伝わってきてブワッと泣けてきました。その後、ルーカス氏はその素晴らしさを30分にわたって電話で熱弁したそうですが、それはそうでしょう! と。 音楽というものもまた、単体でも何十年経っても記憶に残るもの。特に『スター・ウォーズ』のあの曲は、あの字幕と共に脳裏に焼き付いています。 また、本書を読んで『スター・ウォーズ』を語る際にあまり出てこないもののとても重要な人物だと感じたのが、何度も何度も20世紀フォックスの上層部からストップがかけられるもののルーカスの映画に心酔して粘り強く説得し、最後には自分のクビまでかけて制作費の拠出がストップすることを凌いだアラン・ラッド・ジュニア。 本気の本気で行われたもの・創られたものはたとえ大半の人には理解されなかったとしても深々と刺さる人がいるもので、ジョージ・ルーカスが作ったものの本質的な部分がアランに伝わり、最初の熱狂へと繋がっていったことは胸が熱くなります。 ある意味でビジネスなどとも通ずるものがあり、iPhoneのように世界を革命する真に斬新なものというのは最初はその良さや凄さが真には理解されないものなんですよね。多くの人が反対し、そんなもの上手くいくわけがない、価値がないというものこそ断行する意義がある。アランがいなければ『スター・ウォーズ』も世に出ていなかったかも知れないと考えると、たとえ自分ひとりだけでも心が最高だと思ったものを、しっかりと最高なのだと推し続けることがいかに大事かとも思います。 『スター・ウォーズ』ファンはもちろんのこと、世界最高の映画がどのようにして作られたのかというドラマはファンでなくとも一見の価値があります。人類史における営みというマクロな視点で見ても、普遍的な価値をいくつも発見できるでしょう。ルーカス・ウォーズ原正人 河原一久 ロラン・オプマン ルノー・ロッシュ5わかる
兎来栄寿2024/06/07重く苦い、でもそれだけでもない人生 #1巻応援『宇宙戦艦ティラミス』 『SUPERMAN vs飯 スーパーマンのひとり飯』 『僕!!男塾』 『ワンオペJOKER』 『LV41才の勇者』 『落合博満のオレ流転生』 など、さまざまな作品で楽しませてくれる宮川サトシさん。 送り出される作品はコメディが多いですが、こちらは原点である『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』を彷彿とさせるようなテイストの作品です。 互いにガンで同じ病院の隣室に入院している老夫婦。 仕事を辞めて10年引きこもっている息子。 誰にでも訪れるかもしれない、ある家族のままならない状態が描かれます。 夫の方は亭主関白であり、息子が仕事のかたわらでマンガを描いて芽が出たときも、辛くなって仕事を辞めたときにも理解は示さず強く当たっていた昔気質の男性です。ただ、そんな性格も病を経て少しずつ変わっていく様子を見せます。 結婚して子供も産まれて一見順風満帆に見える娘にも、少し陰が見え隠れします。10年引きこもっている兄がいて、両親も近い将来どうなるか解らないという状況も併せて考えればその心境が穏やかでいられないのも当然なのですが。身内が少しずつ衰えていくのを見守る時間の辛さはよく解ります。 歳を重ねて、変わったことにより初めて交わせる言葉があり、それでも変えられないものもあり。ささやかなものに幸せを見出し、拭えない後悔を抱く。重く苦く、されどそれだけでもない人生の味がとつとつと物語られていきます。 夜の消灯後に、ふたりで言葉は交わさずとも壁を叩き合って互いの存在と意志を確かめ合うシーンが何とも胸に迫ります。 いつかは必ず訪れる、身近な人との別れ。 あるいは、自分自身のこの世のすべてとの別れ。 そうした瞬間が訪れる前に、やりたいことやできることをなるべく悔いの残らないようにやっておきたいと思わせてくれる作品です。病棟夫婦宮川サトシ7わかる
兎来栄寿2024/06/06少女マンガSFを進化させた名手の珠玉の傑作選 #1巻応援『総特集 佐藤史生』と同時発売となった、佐藤史生さんの傑作選です。 代表作のひとつ「金星樹」から始まって、 「レギオン」 「阿呆船」 「夢喰い」 「バナナ・トリップに最良の日」 「羅陵王」 「塵の天使」 「一角獣にほほえみを」 の8つの物語が収録されています。 また、巻末にはデビュー前にスケッチブックに描いたものもいくつか掲載されています。 まったく佐藤史生さんに触れたことがないという人に、最初に渡す1冊としては非常に良いものでしょう。 石ノ森章太郎さんと同じ高校の出身で、水野英子さんの「星のたてごと」を小学生のころに読んだのが原点という佐藤史生さん。 『総特集 佐藤史生』の方では、いわゆる大泉サロンに佐藤史生さんが出入りし、やがて自身の専属アシスタントも務めるようになったことや、60手前にして亡くなってしまった後のことなども萩尾望都さん自らがマンガで描かれています。『一度きりの大泉の話』で語られた以上の過去のお話はもう聞けないかと思っていましたが、こんな形で、こんなにも強く切なる想いの丈を知ることになるとはと目頭が熱くなりました。 佐藤史生さんはどちらかというと読み手として満足していた部分があったそうで、デビューは26歳と当時としては遅咲きです。しかし、そのデビュー前に描かれた「一角獣にほほえみを」などを読んでも非凡な才気が溢れているのは明白です。 表紙にもなっており代表作『ワン・ゼロ』に繋がる「夢喰い」や、SF専門誌に掲載された「阿呆船」なども今改めて読んでも完成度に唸ります。「金星樹」のラストは言うに及ばず大好きです。 メカを描くのは苦手だったそうですが、それを補ってあまりあるSFや神話などから広く着想を得た魅力的で壮大な世界観。そして、あくまで少女マンガにこだわりたいという想いからこめられている少女マンガ特有の繊細で美しいロマンティシズム。カラーもモノクロも絵が美しく、コマ割りのリズムも非常に巧みです。 70年代に高度に発展した少女マンガ、また少女マンガの領域におけるSFの遺伝子を色濃く継承し、発展させ後世に繋いだ第一人者としての卓抜した力量を存分に感じさせてくれます。 6月28日から米沢嘉博記念図書館でまた新たな原画展も始まるそうです。 この一連のムーブメントを機に、特にSF好きの方は触れてみてはいかがでしょうか。丁度先日、今年の星雲賞が発表されましたが、ノミネートまではされたものの1度も受賞していないのが不思議なくらいの方です。佐藤史生 傑作短編集 夢喰い佐藤史生9わかる
兎来栄寿2024/06/05学園恋愛のバラエティパック #1巻応援『愛の存在証明』の星影さんが2020年〜2024年にかけて描いた短編を集めた1冊です。 「大嫌いなキミに」は、母親が弟を妊娠している間に父親が不倫し、中二のときの彼氏には3股され男性不信になってしまっているヒロインの物語。 「好きです、先輩」は、とにかくバスケ部の先輩が好きで毎日挨拶のように好意を伝え続ける女の子のお話。 「猫宮くんに絆される」は、恋愛に興味のないヒロインが猫のような後輩をやたら構ってしまう話。 収録されている5編は形は違えど学園恋愛ものとなっており、少女マンガ読者のハイスタンダーズを叶えてくれる作品集です。王道のツボを押さえつつ、それぞれのヒロインの造形や関係性の構成の仕方に持ち味がたっぷり出ています。 星影さんは一番古い「刹那のインフェルノ」のときから絵の魅力がありどのヒロインもみんなかわいくて好きですが、この数年で更に磨きがかかっているのを感じ取れます。 その「刹那のインフェルノ」のお話の切り口は特に作家性が表れているところで、『愛の存在証明』にも繋がる部分を感じます。星影さんは濃厚な百合を描いても素晴らしいものが描けそうだなと。 個人的にこの作品集の中でも特に好きなのは最後の「一瞬間の青」です。弓道を題材にしており、ヒロインが同い年の男の子の射に一目惚れするも、同じ高校に入学したときにはなぜか弓道を辞めて女遊びに精を出していて……というところから幕が開けます。短編ではありながらも、心に沁みる内容で「人生」を感じました。クライマックスの見開きの使い方、そこからの真っ直ぐに届けるモノローグが素敵です。 最後の描き下ろしおまけマンガは、とても良いご褒美でした。 王道の少女マンガ成分や恋愛を浴びたい方には特にお薦めです。『愛の存在証明』も併せて読むと、星影さんの引き出しの豊かさをより感じられて良いと思います。星影作品集「大嫌いなキミに」星影5わかる
兎来栄寿2024/06/04目の見えないホタルが放つ光 #1巻応援ご‐ぜ【瞽女・御前】 〘 名詞 〙 ( 「めくらごぜ(盲瞽女)」の略 ) ① 盲目の女。〔文明本節用集(室町中)〕 ② 鼓を打ったり、あるいは三味線を弾いたりなどして、唄をうたい、門付けをする盲目の女芸人。瞽女の坊。 瞽女の補助注記 ( ②について ) 将軍や諸大名などの内局に仕えたり、箏、三絃の教授にあたったりする者もいれば、諸藩が盲女の救済、保護策としてつくった組織に所属し、遊芸を講じる者もいた。 『精選版 日本国語大辞典』より 本作は目の見えない小さな女の子のホタルが、瞽女として生きていくようになる姿を描いた物語です。 重篤な病気にかかった母のために、変若水を探し求めて行方不明になった父。 謎の蛇女。 神域の不思議と秘密。 ファンタジー・怪奇要素も交えながら、しかしそれは添え物で中心には人間同士が織りなすしっとりと、しんみりとしたドラマが据えられています。 ″ ずっと唄が下手な人も いつまでも転んでしまう人もいる だけど心さえ開いていれば 誰かと歩くことはできるから 人と生きるってそういうものだから″ という1話に出てきたセリフを読んで、ああこのマンガはとても手触りが良いなと感じました。 人生の先達であるおユキさんらがホタルを厳しくも優しく導いていく様子がとても良く、 ″ 他人に合わせて自分を作っちゃいけないよ″ といった人生において沁みる言葉をたくさん発してくれます。 そうした周囲の人の支えもありながら、ホタル自身も健気に懸命に奮闘する姿が堪りません。瞽女の中でも秀でた存在に与えられ特別な権利を得られる弁天塗香を目指して、ホタルは邁進していくことになります。 最新話では公称である「和風音楽冒険ファンタジー」の音楽の部分も素晴らしい演出をされていて心が湧きました。1巻を読んで気に入ったら、そのまま最新話まで読むのも良いと思います。 絵柄も相まって『ジャンプ+』らしさはもとよりメインストリームにある作品ではないですが、私はこういうマンガが存在し、読まれ、愛されることが素晴らしいと思います。解りやすい派手さはなくとも、岩陰でひっそりと咲く花のように美しい物語です。ごぜほたる十三野こう3わかる
兎来栄寿2024/06/03青い焦熱ほとばしる競輪マンガ #1巻応援『利口になるには青すぎる』の内田裕人さんと大沼隆揮さんのコンビによる新作は、熱血競輪ストーリー。 甲子園出場まであとひとりというところまでパーフェクトピッチングを行い、広島の神童とも謳われていた主人公・藤野海(ふじのうみ)が怪我によって野球生命を絶たれ、早逝してしまった母親の分も父親を支えて実家のラーメン屋を継ごうと考えていたところで競輪という新たな熱狂に出逢う物語です。 大沼隆揮さんは『シキュウジ -高校球児に明日はない-』でも顕著でしたが、しっかりとライバルキャラを立てて物語を熱く盛り上げてくれる方ですね。王道スポ根の熱いポイントを踏み締めながら、競輪という競技ならではの駆け引きも見せてくれます。非常に動的なシーンが多い本作に、内田裕人さんも作画をアジャストして疾走感と迸る熱を演出していると感じました。 最初に抱いた夢をそのまま実現できる人は多くはありません。道半ばでの挫折、そこからの方向転換は数多の人が人生で経験するもの。故に、まったく違う道ではあってもその在り方には共感を覚えます。 そしてまた、人生において心の底から本気になれるものというのもそんなにたくさん出逢えるものではありません。幸運にも、それを再び見つけることができた海を応援したくなる父親の心境にも感情移入してしまいます。 私は競輪に関してはマンガで読んだ知識くらいでそこまで詳しい方ではないのですが、サイコミのコメント欄を見ると競輪ファンならではの楽しめるポイントも押さえられているようです。また、投げコインの多さが見て取れて一部で熱狂的なファンを生んでいるのも特徴的です。 物語は既に完結していますが、もっと長く見て行きたかった作品です。BLUES SPRINTER大沼隆揮 内田裕人3わかる
兎来栄寿2024/06/01歩合制クズヒーローvs愛と平和の悪 #1巻応援酒クズレッド! ヤニカスイエロー! 整形沼ピンク! やすらぎハーブグリーン!(仮釈放中) 多重債務ブラック! スピリチュアルホワイト! みんな揃って! 非正規戦隊ヤサグレンジャー!! 大体そんな感じの、『池袋†BLood』や『おもしれー女はときめかない』の奥田薫さんが描く、戦隊モノコメディです。 「給料前借りして無断欠勤を続けた上に寮をゴミ部屋にしたまま飛んだパチンカスパープル」 など、清々しいほどのクズが目白押し。でも、みんなクズのお話が好きなんですよね。 元々の設定に加えて、奥田さんらしいテンポ良く繰り出されるギャグの連発で明るく楽しく読めます。 整形、推し活、スパチャなどネタも現代的なものから、千葉西部の東京都の県境に住む県民のプライドなどローカルネタまで幅広く。 腐り切った世界を愛と平和に満ちた世界に作り替えるために戦う闇の組織「暗黒微笑(ダークスマイリング)」のボスであるクレイジー・スマイルさんが私は推しです。スマイルさんの作った小松菜の味噌ピー和え、食べたい……。 初見では唯一の常識人に見える主人公・村崎ゆかりが、後々見せていく人によっては許せない行為にも注目です。ゆかりちゃん、それは人によっては本当に地雷だから……。 特にヒーローや戦隊モノに興味がなくとも、純粋にコメディとして楽しめるであろう作品です(どちらかというと、いろんなクズを楽しみたい方にお薦めかもしれません)。非正規戦隊ヤサグレンジャー ~正義は歩合制 怪人1体5000円~奥田薫2わかる