仄暗い桃源郷とそこに射す薄明かり。注目のデビュー短編集

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主に小説Wingsに掲載されていた作品を収録した、秋60秋60さんのデビュー単行本。

表題作の「桃源郷で待ち合わせ桃源郷で待ち合わせ」から引き込まれました。
「パンくわえて登場すんな美少女か!」
とツッコまれる冒頭からは想像もできなかった展開が待っています。社会のルールでは押し込めようもない人間個人の感情に向き合って描いてこそ文学であり、芸術。そういう意味で、非常に文学的な作品です。

そしてそれは同時に収録されている他の二篇も同様です。

「最終上映」は山の上の旅館を舞台にした作品で、個人的に親近感を覚えました。旅館業は無限のタスクタスクが秒単位で生じ続けるので、表出しないストレスもあっただろうな、と。ヒロインの自覚ある未熟さ、兄妹が奥底に秘めた願い、いずれも愛しいものでした。

「戀」は作者曰く「明るいお話」ですが、十分に悲しみが湛えられているお話。「戀は盲目」という言葉を想起せずにはいられない内容でした。お互いがお互いのために存在していて良かった、と思える関係性。

全体的に綴られているのは、悲しみ。ただ、希望と呼ぶにはあまりに儚いものの、悲しさだけで終わらない仄かな光もまた存在します。余白の美を感じる構成で、構成力に妙のある方だと思いました。単行本で三篇が並べられた時にすべてがうっすらと繋がっている部分があると感じられるのは偶然でしょうか。

尚、百合が好きな方にはとりわけお薦めできます。

2020年注目の新鋭として、今後の作品も楽しみにしたいです。

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