兎来栄寿
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2021/07/09
丸戸史明×武者サブのエンタメ作りマンガ!
『冴えない彼女の育てかた』の丸戸史明さんと、そのコミカライズでもお馴染みの武者サブさんとのコラボレーションが再び登場しました。 帯に丸戸史明さんの代表作として稀代の名作である『WHITE ALBUM2』の名が記されているところからして期待せずにはいられなかった本作。 「100億の男」と言われる超有名プロデューサーを父に持つ主人公が、失踪した父に代わって最高のメディアミックスエンタテインメント作品を作り上げていくという大筋になっています。加えて、文芸編集者・マンガ編集者・アニメ制作会社の才媛たちとひとつ屋根の下に暮らすというラブコメ要素も混じっています。 主人公がお偉方相手に決死のプレゼンを行うシーンや、女性編集者が大物作家に対して専属の先輩編集者の牽制を受け流しながら望む原稿を書いてもらうシーンなど、ビジネスやモノづくりにおかる普遍的な困難を面白い物語として料理し、演出しています。 『WHITE ALBUM2』でも大学生の主人公が編集部で社員よりも仕事ができる有能な人材として活躍するシーンが描かれていましたが、丸戸さんはビジネスシーンを描く手腕に長けていますね。 今回はかなりライト寄りの味付けですが、作家性はそこかしこに滲み出ています。「たかがエンタメ」の件は、サイバーコネクト2の松山社長が書いた『エンターテインメントという薬』を想起しました。 武者サブさんの描く女の子も可愛く、今後も楽しみです。
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2021/05/28
アフターコロナのウイルス駆除バディアクション
コロナ禍になり、世界中の人々が外出する際にはマスクを着用するようになると、マンガの中でマスクをしていない姿が非現実性を際立たせる要素になってしまうのではないかという話もありました。 『バタフライ・ストレージ』安堂維子里さんの最新作であるこの『GOAT HEAD』では、現実と同様にウイルスに脅かされた人々が外では常識的にマスクをする世界が描かれます。 ただし、この世界のウイルスは現実のコロナよりも凶暴で、物理的に巨大化して襲ってきて命を脅かしてきます。 そんな未知の「ゴートウイルス」に組の親兄弟を殺されたヤクザの九頭(くず)が、復讐のため民間初のゴートウイルス退治会社を立ち上げて対峙していく物語です。 喧嘩が得意な九頭と、その舎弟で口が回り詐欺が得意な五味(ごみ)。得意分野を生かして、元ヤクザであることは巧妙に隠しつつ新たなシノギに取り組む彼ら二人の「ゴミクズ」コンビがまず良い味を出しています。 そこに、厚生省ゴート対策課の隊長であり家族をゴートに殺された美人の吉月も加わって凸凹なキャラクター関係が楽しめます。 「密」という言葉が常用されていたり、交通機関でソーシャルディスタンスを空けるようにしたり、またウイルス検査をしていても陽性者が出てしまう様子や、陰性者であっても都会から来た人に厳しい田舎の感じなどは現実と地続きです。 一方で、「非接触握手」という新習慣や、ゴート専用採集キットがフリマサイトで闇取引されている様子などは、現実にはなくとも非常に有り得そうと思えるリアルさがあります。 シリアスなメインストーリーがありながら、各話のラストでは思わず笑ってしまうような勢いの良さも。ゴートウイルスとのバトルシーンのアクションは前作に引き続き派手で気持ちよく、深刻になりすぎず楽しい読後感が残ります。 喧嘩で手榴弾からロケットランチャーまで出てきてしまう「(ピー)」の治安の悪さも好きです。
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2021/04/28
古き良きこの手触り!
1980年代、不良、喧嘩、改造人間、怪人、ロボ、束ノ間一平(つかのまいっぺい)や仮初銀色(かりそめぎんいろ)といったネーミングセンス…… 令和3年に発売されたこの作品、まるで80年代〜90年代前半の少年誌に載っていた作品のようで、絵柄も含めてあまりにもノスタルジーを感じさせます。 コミティアなどで活躍しながらこの作品がデビュー作となる作者の岩澤美翠さんの机の前には明菜ちゃんが貼ってあるそうです。納得。 デジタル作画がダメという訳では全くないです。が、この手描きのアミナワやベタフラッシュ、トーンの削り、枠線のカドのインク溜まり……今はもうあまり見なくなったアナログ感が無性に愛しく感じられます。 「今日も地獄の炎がマックスだよ!!!」 と猛る食堂のおばちゃんがいる滅茶苦茶な高校生活、好きです。 カバー下の遊び心も好きです。 何より1巻収録のジグザグのお話が大好きです。毛布をプレゼントして貰った時のジグザグのかわいさときたら、もう。ジグザグが何不自由しないような暮らしを一緒に営みたい。 荒唐無稽な設定と展開の裏で、丁寧に切なく紡がれるドラマもあり心に沁みます。 益荒雄×美少年という組み合わせに非常に愛と拘りを感じる内容で、そうしたキャラクターの絡みが好きな人に特にお薦めです。 岩澤さんには今後も自らの好きな物を好きなように書き連ねていって頂きたいと思う、才気溢れるデビュー単行本でした。
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2021/04/01
事実はマンガよりも奇なり。
「病んだ魂と、欠けた魂が、修羅場を作り出す」というキャッチコピーが秀逸。 こちらは、離婚を経験した人へ経緯や顛末を取材してリアルな体験談を連ねたWEBメディアの企画『ぼくたちの離婚』の書籍版をコミカライズした作品です。 言うなれば『その時の彼女が今の妻です』の逆バージョン、「その時の妻が今の他人です」。出逢いや馴れ初めからスタートしながら、そこから別れに至るまでのそれぞれのリアルな実体験と感情が克明に描かれています。 とてもよく理解できて同情してしまう人もいれば、まったく理解が及ばず宇宙人のように思える人まで様々に登場しますが、率直に言って面白いです。下手な創作より余程個性的で立った「キャラクター」とその感情の変遷に圧倒されます。 自身も離婚を経験している原作者曰く、 「苦痛に満ちた結婚生活。身も凍る修羅場。苦渋の決断。激しい後悔と開き直り。妻に対する未練や呪詛の言葉。そこに、当時の心境と現在の心情が入り交じる。引き込まれること、この上ない。「これは読み物になる」と確信した」 とのことで、それは間違いないでしょう。 Case#03の、『キル・ビル 』の暗殺集団のボスであるビルが元恋人のザ・ブライドを殺した本当の気持ちがよく解るという件に非常に感情移入しました。サブカルに精通したカッコいい美人というのも最高でした。今の自分も結婚を経てビルに殺される側になりつつあるなと感じます。 本筋ではないですが、Case#05の犬のエピソードもグッときますね。 絵が綺麗だなぁと思ったら、『麻衣の虫ぐらし』などの雨がっぱ少女群さんの別名義でした。綺麗な上で、人間の暗部が露呈するシーンのえげつない表情の迫力が凄いです。 「人間」を見たい方、修羅場を見たい方、離婚の危機に備えて反面教師にしたい方、ご一読してみては。
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2021/02/07
パワフルギャグのマッスルドッキングや〜!
女性向けギャグマンガとしては異例の長期連載だった『ストレンジ・プラス』等で人気を博すベテラン漫画家、ミカベルこと美川べるのさんと、「力こそパワー!」と言いたくなる『オタクだよ!いかゴリラの元気が出るマンガ』の新進気鋭のいかゴリラさん。 この二人を掛け合わせた上で、飯マンガを描かせようとした企画の勝利です。 最初のお子様ランチ画力対決からして「角材にしか見えないポテト」vs「90年代にペイントで描いたクオリティ」でフルスロットルで飛ばし尽くすところは、お二方の作品を好きな人には馴染み深いテンション。 あまりにも壮大にかまされるボケも、切れ味鋭いツッコミのセリフひとつひとつも、思わず声を出してしまう面白さで人前で読むのはお薦めできません(不覚にも電車の中で読んでしまい、マスクが当たり前の社会で少し助かりました)。 お二方の暴走特急のような魅力が足し算、否、掛け算されている様はまさにキン肉バスターとキン肉ドライバーのドッキング。 そして、植田まさしさん(が描いたあるモノ)や、『水曜日のトリップランチ』のたじまことさんによる美味しい料理の描き方指導など、スペシャルなゲストによりこの空間は更に混迷を極めます。 こんなにお腹が空かない飯マンガは初めてです。むしろ笑いすぎてお腹が痛くなること請け合い。2020年でも屈指の、頭を空っぽにして笑える一冊です。
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2021/02/07
「幸っちゃんさん」と呼ばれる幸子の幸せ
2019年の暮れに出た『儚いくん』に続く、柳内大樹さんの「SUBARASHIKI KANA JINSEI」シリーズ2冊目。1冊で完結する短編で、シリーズ物ですがこの作品単体でしっかり楽しめます。 『ギャングキング』や『セブン☆スター』でヤンキーマンガのイメージが強いであろう筆者ですが、このシリーズを読むとその引き出しの豊かさに感銘を受けずにはいられません。 本作は、4人の女子大生とミスターキャンパスに選ばれたものの実は少しオネエの気がある男性を中心にした群像劇です。 ヒロインの幸子は豪放磊落な性格で、喉仏が動く男がタイプであり日々イイオトコとの出逢いに飢えている女性。 「人間なんてしょせん自分のことを好きになってくれるやつが好きなんだよ!」というモノローグを仁王フェイスでかます彼女はデンジくんに通ずるものがあります。 巨乳でクールビューティだけど処女のマリコ。 ちずるはドMで天然の不思議ちゃん。 カズ美は一番真面目だが一番4人の中でエロくてS。 優しくて真面目で顔も良く薙刀は全国ベスト4の腕前だけどオネエの蜂須賀。 そんな個性的なキャラたちによるそれぞれの恋愛模様が描かれますが、大人だからこそのビターさもあり味わい深いです。幸子の顔芸を始めとしてふんだんにギャグも交えながらも、シリアスなシーンはしっかりとしっとりとキメてきて人生を生きる上での含蓄に富んだセリフも沢山登場します。 恋愛も人生も必ずしも上手くいくことばかりではないですが、そんな時には寄り添い支え合う4人の友情がまた美しいです。幸子の人生がこの後どうなろうと、こんな素晴らしい友人ができたことは一生の幸せだろうと思います。 幸子の母&祖母や、「とっととどっかのカラオケでも行ってでっかいパンにアイスでものっけて女子会でもするよし!」「帰りましてよ!パンピーども!どきよし!」とのたまうお嬢様など、サブキャラも強烈で楽しいです。 酸いも甘いも溢れる人生はそれ自体の素晴らしさを力強く謳う一冊です。今後もこのシリーズを続けていきたいそうなので、『セブン☆スターJT』ともども楽しみにしたいです。
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2021/02/05
こんな風にDVの「後」を描くとは流石です。
時計さんの作品を読む度に、「絵も綺麗でお話も面白くて素晴らしいなあ……!」と満足感に浸れるのですが、本作も例外ではありません。 2016年〜2020年の間に発行した同人作品を3作品収録した短編集で、時計さんとしては6冊目の単行本となっています。 表題作の「僕は先日死にました。」は設定的にはよくある感じではありますが、中心人物となる占い師ちゃんの振れ幅が魅力的です。とても人間味があり、その感情を丁寧に掬い 「お父さん、私アイドルだったんだよ。」は自宅での介護士経験のある身としては非常に刺さるところの多いお話です。最近観たとある人気海外ドラマでも似た展開がありましたが、時計さんの方が4年早いな!と。 「元DV夫と私のその後」は、個人的にこの本の中でも特に好きな一篇です。『AV女優とAV男優が同居する話。』に収録された「一日一回、あなたを好きだと言わせて。」と繋がる物語。DV加害者である男がそれを悔いてカウンセリングに赴くところ、そしてまたDVを受けた女性の精神的な再起を丁寧に描いています。普通の物語においてはさまざまな事情によりクローズアップされない部分、しかし現実的には非常に大事なところを解像度高く描いた意欲作です。 幕間に各作品の解説も書かれていますが、非常に思考を巡らせた上で物語が構築されていることがうかがえて、この面白さにも納得です。こうしたことを明瞭に言語化できる、あまつさえ面白いマンガとして仕上げることができるのは本当に素晴らしいなと。私は時計さんの作家性に惚れ込んでいるので今後も作家買いを続けさせていただきます。 1冊で充実の読書体験ができるので、お薦めです(可能であれば先に『AV女優とAV男優が同居する話。』も読んでおくとより楽しめます)。 なお、表紙の菊の花は時計さんの御母堂が描かれたということで、美しいものを描く血筋を感じました。
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2021/02/02
誰かに贈りたくなる、贈り物のお話
『銀のくつ』や『とんだりはねたり』の四宮しのさんの最新単行本……と言っても知らない人の方が多いかもしれませんね。 皆さんには表紙だけで「きっとこのマンガはいいマンガだ」と予感できた体験はないでしょうか。四宮しのさんの作品は比較的マイナーなレーベルから出されることが多いのですが、押し並べて表紙を見ただけで内容の面白さを予感させてくれるタイプであり、本作も真白地の中央に水彩のようなタッチで描かれた制服を着た女の子が曖昧な表情でバナナを差し出しているというシンプルな表紙ですが、この表紙から何かを感じ取った人には間違いなく訴求するものがある作品です。 内容は、タイトルが示す通り「プレゼント」という事柄にフィーチャーした連作短編集です。 贈り物をする時には、当たり前ですが必ずその相手がいます。人が人と関わり合う、その中で生まれる絆。そんな絆を保持したり、より強めたり、あるいは生み出すための「プレゼント」にまつわるお話。 具体的な内容については読んでいただくとして、全体を通して表紙絵から予感するような胸に広がる柔らかな温かみで心が満たされる一冊となっています。 発売したのが丁度クリスマス前でしたが、まさにクリスマスプレゼントにこういう一冊を贈るのもとても素敵ではないでしょうか。 四宮しのさん、多作ではないですがこれからもこういう作品を描いていって頂きたいです。
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2021/02/01
黒髪クールイケメン男子高校生が垣間見せる優しさにやられたい人へ
『箱庭テレパシー』、『微熱男子のおおせのまま』などの雪森さくらさんがなかよしで連載している新作です。 ヒロインの皐月は頭脳明晰・才色兼備の女子高生。旧名家の家柄ではあるものの経済的に苦しい家の事情で、IT社長の息子であり囲碁七段のプロ棋士である久遠と政略的な婚約を果たし、高校生同士にして同棲を開始。 しかし、「氷の王子」の異名を持つ久遠は家でも囲碁一筋で皐月に対して超塩対応。部屋にも常に立ち入り禁止の札を掲げて付け入る隙も与えてくれない……というところから始まります。 ただ、久遠は基本冷たいんですが、そこは少女マンガですので極稀にプレミア感のあるデレの瞬間をくれるわけですね。否応なくキュンキュンしてしまいますね。 少し現実離れした設定、クール9割デレ1割の絶妙なヒーロー、申し分のない甘々さ。こういうのですよね、こういうのが良いんですよ。ヒーローが強すぎて当て馬が完全に噛ませ犬になっているところも明快爽快。 雪森さんの絵もかわいくてカッコいいですし、なかよしの王道恋愛マンガとして求められている成分が必要十分しっかりと詰まっています。
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2021/02/01
都戸さん、好きです(直球)
『嘘解きレトリック』の都戸利津さんによる、通算20冊目となるコミックスということでおめでとうございます! もう都戸さんの作品であれば絶対に面白いことに疑いはなく、全幅の信頼に本作でも応えて頂いています。 特筆すべきは、花ゆめAiというレーベルの作品ですが、少なくとも1巻部分では恋愛要素からは完全に解き放たれて完全に家族愛にフィーチャーした物語となっているところです。 少女マンガであればおおよそ恋愛要素はmust、少なくともあるのがbetterという暗黙の了解がありそうですし、実際同じ花とゆめAiという雑誌でも雑誌名に違わず「恋」や「婚」といった文字が使われている作品も多いのですが、『ホームドラマしか知らない』はそうした縛りから解き放たれた感じがあります。 子供っぽくて生活力皆無な義兄と、家庭環境のせいでしっかりし過ぎている義弟。不器用な二人が織りなすドラマがとにかく心に沁み渡ります。 誰にも必要とされたことのない義弟の視点が主軸となりその心情がたっぷりと語られるのですが、苛立ちも喜びも落ち込みも、まるで自分が体験しているかのように共感してしまいます。 どういう落とし所になるか解りませんが、この義兄弟には幸せでいて欲しいと願うばかり。 やっぱり都戸さんのマンガ、好きだなぁ……。
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2021/02/01
月に3万円足りなくて苦しみながら買われる女子医大生
『漫画ルポ 中年童貞』などでもお馴染みの中村淳彦さんが、東洋経済オンラインで「貧困に喘ぐ女性の現実」と題した2016年からのシリーズ連載で1.2億PVを突破した記事を書籍化した『東京貧困女子。―彼女たちはなぜ躓いたのか』をコミカライズした作品です。 その後、筆者の中村淳彦氏は『新型コロナと貧困女子』という本も上梓していますが、このコミカライズに当たってはコロナ禍も非常に意識されていてコロナ以前・以後が明確に描かれています。 連載時のように数話につき一人の人物にフィーチャーして語るという内容ですが、様々な現代の地獄絵図が描かれます。 一番最初の「広田優花」から、国立大学の医学部に進学しながらも親から金銭的援助が受けられないという状況で奨学金制度という名の多額の借金を背負い、普通のバイトでは稼ぎも時間も足りないのでそちらの道へ進み、客である中高年男性から「楽して稼ごうなんて良くない」と説教されるという吐き気を催すような構図が描かれます。買われる女性と買う男性は、視点を引いてみれば格差社会における強者と弱者という構図で、弱者はもっと強者に怒って良いはずなのになぜか強者が訳知り顔で弱者を糾弾し、あまつさえ自己責任だなどという歪んだ構造は是正されていかねばなりません。 別に、ブランド物を買い漁って贅沢したい訳でも何でもなく、成人もしていない女の子が、普通に大学に通い普通に勉強して普通に部活をしたいという極当たり前の欲求を叶えるために、望まぬ道に身を堕とす様は読んでいて酷く居た堪れない気持ちになります。小田原愛さんの描く女性がとてもかわいらしく、その一方で気持ち悪いおじさんも十全に描いていることもあって臨場感たっぷりです。自分の意思としては絶対にやりたくない行為を、お金のためにやらされる苦しみ、そしてやってしまった後の強い後悔と不快感が痛いほど伝わってきます。 とりわけ日本では奨学金制度は度々問題として取り沙汰されますが、高等教育を受けるために裕福な家庭に生まれなかった人は身も心も磨り減らさねばならない状況というのは絶対に間違っています。世界でも圧倒的な少子高齢社会なので全体的に見て衰退していくのは避けられないとしても、そうであるからこそ尚更教育には国の予算を割いて然るべきだと思います。 おそらく、こういう状況を想像もできない政治家や上の世代の人も多いことでしょう。お金に困ったことがない人、大学で全然勉強せず大学は遊ぶところだと思っている人……そういった人たちにこそ、この本を読んで現実を知って欲しいです。
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2021/01/31
真面目系クズなヒモ男の絶妙なリアルさ
顔は良いのに社会生活を送るのに少し向いてない若い青年が、ダブルワークの女性に体目当てで養われる物語。 絶妙なのは、青年が基本的な気質は真面目であるにも関わらず、純粋に仕事ができないのとコミュニケーション能力にも長けていないことで、自分にもっとできることはないかと日々罪悪感を覚えながらヒモ生活を送るところです。女に稼がせて自分は悠々自適、というヒモとは一線を画します。 しかしながら、そんな中でもナチュラルなクズっぷりも各所で発揮していき、総体として表出する人間らしさのリアルな描写に感じ入ります。 単巻で綺麗にまとまっており、読後感はとてと良いです。夜の街に漂う世の中の酸い・甘いをしみじみ味わいたい方にお勧めです。 巻末で触れられている、ゴリラスロウ名義での『ツインズシング』も面白いのですが、玉置勉強さんはこういったテイストの作品で一際輝きを放むと感じます。 勤め先のバーで起こる、「ワリヤス」に頼み忘れてドリンクが足りなくなってしまうことや、少し空気の読めない客への対応など、バー的なお店をやっていた身として共感を覚えるシーンも多々ありました。
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2021/01/29
夏への扉、ではなくトンネル。青春とSFの気持ちいい融合
原作は、ガガガ文庫でガガガ賞と審査員特別賞を受賞した小説で本作はそのコミカライズ版。 原作未読ですが、作画担当の小うどんさんの綺麗な絵柄にまず惹かれました。人物はカッコよく、またかわいく、そして田舎の夏の熱気や草いきれが伝わってくるような背景もまた魅力的です。 ストーリーは序盤から都市伝説のように流布されていた「すこしふしぎ」に近いSF的要素がミステリ感も持って描かれ、その謎を解き明かすべく動いていく展開に続きが気になります。 主人公・塔野カオルのキャラクターは複雑な家庭環境で育ったが故に典型的な主人公像と少しずれた部分があり、ライトノベルらしさも感じられる少し捻ったその設定が面白味に繋がっています。 また、ヒロインの黒髪ロング美人、東京からの転校生で何でもできる花城あんずの男の不良にも殴りかかっていく毅然とした強い性格も非常に良いです。青春SFでは魅力的なヒロインの存在は大事ですね。 裏表紙を見ると、今後は更にサブキャラクターの2人の男女にもスポットライトが当たって行きそうで楽しみです。 夏になると読みたい一作になるかもしれません。
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2020/12/06
今年最高峰のBL
すっかり寒くなってきましたね。寒さには強い私もとうとう暖房を使うようになってきた今日この頃ですが、この『潮騒のふたり』は読んでいるだけでじっとりと汗をかく蒸し暑さを覚えるような、そして同時に胸を焦されるような、異様で夥しい熱量を放っています。 1994年、関西のとある中学を舞台に、不良新任教師・屋敷と8歳年上の人気教師・比奈岸の恋愛が描かれる物語です。 90年代半ばという時代設定を非常に丁寧に巧みに描いており、令和3年にもなろうという時期にこんなにエモいポケベルでのやり取りを見られるとは思っていませんでした。 絵も設定もディテールが丁寧で素晴らしい作品なのですが、特に好きなのはインモラルで奔放な屋敷が教師用の格安アパートを借りずにわざわざ自分で部屋を借りているその理由です。普段の彼の姿からは想像もできないロマンチシズムの発露とそのギャップは、人を好きになるのに値する良いエピソードでした。 屋敷の刺々しくも内にある柔らかなもの、比奈岸の順風満帆に思える人生の向こう側にあるもの、その二人の交わりによって生まれる化学反応、そして変化に胸の奥が疼きます。 こうした描写の積み重ねによりキャラクターにも肉感が与えられているからこそ、まだBLという言葉が浸透していなかった頃の、男性同士での恋愛の禁忌性が今より遥かに強かった時代設定が輝いています。また、今よりも更に厳格さが求められまだ体罰などもあった時代の、規範たるべき教師としての葛藤も美味しいです。 オタクという言葉がまだ平仮名で書かれていた時代の不登校のおたくである女子生徒が長野まゆみ、銀色夏生、栗本薫が大好きというシーンがあるのですが、90年代にその辺りを読み漁っていた人間として非常に強い共感を覚えると共に懐かしさに浸りました。 50ページ以上の描き下ろしがあり、webで読んだ方もこの結末は必見です。 BL作品でそれなりに交合するシーンも描かれはするのですが、それでもこれは男性と男性でありながら人間と人間の普遍的で切なく狂おしくも愛しい物語であり青年マンガ的な側面も強いので、普段はBLは読まないという男性にも、『コオリオニ』位なら大丈夫というマンガ好きの方にもお薦めしたい作品です。 様々な部分で好みは分かれる作品であることは間違いないですが、それでも今年のBLの中でも個人的にはトップクラスです。
兎来栄寿
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2020/12/03
定時制高校に通う人々の胸打つドラマ
『あ、夜が明けるよ。』や『僕だけに優しい君に』で去年話題となった浦部はいむさんの新作です。端的にとても素晴らしかったです。 定時制高校へ実際に通っていたという作者によって、定時制高校の日常の悲喜交交が解像度高く描かれます。 主人公は、昼間は工場で働きながら夜は定時制高校に通う21歳の女性。周りより少し歳が上であることに引目を感じ、体育の時間にペアになる相手も見つからないというところから始まります。 それ以外にも、沢山の大なり小なり訳ありのキャラクターが登場し、群像劇が織り成されます。 真っ直ぐ一番人が多い通りを歩むだけではなく、脇道に逸れたところに咲いた花やそこでしか見られない景色に出会いながら、自分のペースで進んでいっても良いし、むしろその方が他の人が経験できなかった素晴らしい体験を得ることができるかもしれないのが人の生きる道です。 色々な人に出逢って、良いことも悪いこともあって、気づいたら前より人に優しくできるようになっていて、それが切っ掛けで人生が少しずつ良い方向へと回っていく。その様に、静かでありながら大きく胸を打つ感動を貰いました。 一冊を読んだ時の満足度は今年読んだ中でも上位で、ぜひお薦めしたい作品です。
兎来栄寿
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2020/12/03
理想の生活の後ろにあるもの
岡山県倉敷市を舞台に描かれる、心温まる作品です。 元々は問屋だった古民家を使い、1Fはカフェで2Fがギャラリーになっているギャラリーカフェを営むおばあちゃんの友恵を中心とした物語です。 『ねことじいちゃん』のねこまきさんによる作品なので、やはりかわいい猫が本作にも登場します。 看板猫の茶々や、娘や孫と共にいつもの日常の中での少し特別な穏やかな時間を過ごしている姿には、読んでいて心が解きほぐされていくのを感じるほどの癒し効果があります。とにかく絵柄から優しさが溢れ出ていて、特にフルカラーのページは読んでいて幸せな気持ちになります。 ただ、中盤からは「ひまわりの秘密」というサブタイトルに迫る回想パートが始まり、ギャラリーカフェでの日常から、戦時中のお話へと移っていきます。 2020年になると、第二次世界大戦の描き方もこうなるのだなぁと感じ入りました。 そんな時代を経て現代に戻った時、ギャラリーカフェで屈託なく笑い合える日々がどれほどかけがえのないものであるかを再認識させられます。 それまで何気なく素通りしてきたもの、それを振り返ると大きな意味があり、そこには人の強い想いや願いが込められている。それに気付けるようになることが成長であり、正に人生だなぁと。
兎来栄寿
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2020/12/03
雨が降っても晴れている。そんなこともある恋。
『マグネット島通信』、『タネも仕掛けもないラブストーリー』の伊藤正臣さんによる、オムニバス形式の恋愛物語です。 思春期の少年少女たちに湧き起こる感情が、さまざまな気象の変化に擬えて描かれています。『天気の子』の番宣ではありませんが、天気ひとつで私たちの気持ちはいとも容易く変わってしまい、しかもそれは恋心と同じようにアンコントローラブルです。 『マグネット島通信』の時に絵の魅力が更に向上して、そこで描かれる島の空気感がとても心地良かったのですが、その描画力が今回は天気という不定形のものを描く際に万全に生かされていると感じます。 基本的に1話完結で、他のお話で登場したキャラクターが別のところでも登場し、全く別の側面を見せてくる構成により人間の多面性を巧みに表せています。ストレートに悪役として描かれる人物にも、もしかしたら裏では何かあるのかもしれないと思わされます。 個人的に特に好きなのは、「天気雨の定理」。中学時代に学年1位と2位だった男女が、高校でも周囲の雑音を遠ざけて勉強に集中したいがために、お互いに付き合っていることにするというお話です。 「梅雨明けモラトリアム」で、タイプではない男子に告白されて真剣に悩む話もリアルで味わい深かったです。
兎来栄寿
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2020/11/30
麻雀文化の広がりを確かに感じる麻雀ラブコメ
2018年にMリーグが発足してから早2年経ちますが、そのお陰もあってか今世間で再び麻雀が盛り上がっています。3シーズン目を迎えた今年は視聴者数も100万人を突破。とある大手企業では全自動卓の売り上げが4倍にもなったとか。 『咲-Saki-』のように世界の競技人口が億単位になるにはまだ暫くかかりそうですが、それでもノーレートの健康麻雀が老若男女問わず広がりを見せ続けているのは確かです。 となれば、当然マンガ業界にもそこ人気は波及して新しい麻雀マンガが生まれます。『鳴かせてくれない上家さん』は、『一色さんはうまぶりたいっ!』と並んで今注目の麻雀ラブコメです。 作画を担当するのは『バガタウェイ』や『サクラクエスト』の古日向いろはさんということで、女の子のかわいさはお墨付き。メインヒロインの後輩キャラ・上家さんはもちろんのこと、同級生で黒髪ポニーのお嬢様系ヒロイン筒井さんが個人的に推せます。 上家さんの奔放な行動や笑顔に翻弄されつつ、相手が自分のことをどう思っているのか、これから先どうなるのかドキドキするラブコメ分と、「鳴かせてくれない」にフィーチャーした麻雀分、どちらも詰まっていて一粒で二度美味しいです。 監修にはしっかりMリーグ所属の内川幸太郎選手が入っているのもポイント。巻末のおまけマンガでは、古日向さんが元々麻雀を解らなかったもののMリーグを観るようになってハマったというエピソードもあり、麻雀好きとしてはこうして麻雀文化が根付き広がっていくのは嬉しいなぁとしみじみ読みました。
兎来栄寿
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2020/11/30
人気No.1ビリヤードマンガ、必殺技ショットにご用心
前川たけしさんといえば、1983年から月刊少年マガジンで連載されシリーズ累計で90冊近く刊行されている『鉄拳チンミ』が最も有名です。小さな子供でも親しみやすい絵柄と、それでいて迫力のある戦闘描写や魅力的なキャラクターたち、派手な必殺技、サスペンス性溢れる展開と魅力が満載の作品です。 そのテイストがそのまま色濃く反映されながら、週刊少年マガジンで1987年から1990年にかけて連載されていたのが『ブレイクショット』です。 1961年に公開されたアメリカ映画『ハスラー』が人気を博し、1986年に公開された『ハスラー2』が日本で公開されると一気にビリヤードブームが巻き起こりました。 『ハスラー・ザ・キッド』、『ザ・ハスラー』、『撞球水滸伝』、『キング・オブザ・ハスラー』、『獣たちのように』、『[W]ウォン』、『GAME-ゲーム-』、『ハスラー・レプリカン』、『ちょっとナインボール』、『モンキー・ハスラー』、『HOT SHOT』、『POOLPLAYER ISABU』、『ナインパズル』、『J.Boy』などなど数多くのビリヤードマンガが描かれてきましたが、ビリヤードマンガで大ヒットした作品というのはあまりありません。その中でも、異例の人気を見せた作品が『ブレイクショット』でした。 まだビリヤードという競技の存在すら知らない人も多かった時代に、マガジン読者の少年たちにビリヤードの存在を広く伝えた功績が大きい作品です。 この作品で秀でていたのは、何と言っても加納涼二や佐伯陽子といったライバルキャラクターたちの魅力です。そして、それを生み出していたのが「ショットガン・ショット」や「リバースショット」、「北斗七星」など、ライバルたちが繰り出してくる派手な必殺技の数々でした。 ビリヤードという競技はヴィジュアル的には格好いいのですが、画的には一箇所に留まって玉を打ち合うことになるので卓越した心理描写や何かしらの工夫がないとマンガとしては映えません。それを、『ブレイクショット』ではカッコいい&可愛いキャラクターとビリヤードを知らない人が見ても「何だかよくわからないけどスゴいことはわかる!」という必殺技を以って克服してみせていました。 サッカーがマイナーだった頃の『キャプテン翼』や、麻雀のルールを知らなくても派手で楽しめる『咲-Saki-』などにも通底する部分があります。実際にはプロでもできないであろうショットに関しても上手く理屈をつけて説得力は持たされていました。 それが故に、特に主人公・織田信介のダグラスショットやDHSを真似した人は多いと思います。しかしながら、スカイラブハリケーンの真似をしても怪我するだけで済みますが、ビリヤード場で無理なショットを撃つことで台のラシャを破いてしまったりすると高額な弁償を行わなくてはならなくなってしまうため、現実での代償が非常に大きい誘惑でした。 読んだらビリヤードをやってみたくなること請け合いの名作ですが、くれぐれも必殺ショットの取り扱いにはご注意ください。