兎来栄寿
兎来栄寿
1年以上前
架空の百貨店を本当に存在するものかのように緻密に美しく描いた『百貨店ワルツ』から6年ぶりとなる、マツオヒロミさんの新作です。 本作は、1922年に刊行が開始された架空のファッション誌RONDOの2022年号までの誌面の軌跡と、それに纏わる掌編マンガを数編載せた1冊となっています。 美しい意匠の凝らされた着物、香水、バッグ、帽子、サボン、刺繍、マニキュア、靴、ティアラ、ケーキファンデーション……乙女の心を「かわいい」とときめかせるものが、マツオヒロミさんの煌びやかで妖艶なタッチで整然と敷き詰められています。 実在する雑誌のように表紙から広告ページまで作り込まれたディテールは、雑誌をパラパラと眺めるのが好きな人には堪らないでしょう。何しろ、マンガに全振りしてきてファッションにはほとんど興味を持たずに生きてきた私が見ていても「楽しい」と感じられるのです。 ″ファッション誌ってその時代のキラキラしたものが  そのまま保存されている宝物なのかもしれませんね″ という、冒頭の言はファッション誌のみならず雑誌全般にも言えることでしょう。マンガでも、昔の作品を単行本で読むのともまた違って、雑誌からしか得られない感慨があります。雑誌にしか綴られない企画や情報、広告などから溢れ出る時代性。絵柄や言葉やテーマなど、誌面全体を通した流行やスタイル。当時の編集者が心を込めて仕事をして作った結晶が雑誌であると思うと、一冊一冊への想いも一入です。 定期購読してきた雑誌遍歴というのはかなり強くその個人を表すものでもあり、共通の雑誌を愛好していたが故に繋がれた2人の少女を描いたマンガには胸が熱くなりました。 大正から令和へと移り変わる時代に合わせて変遷していくもの、あるいは変わらないもの。戦時中に休刊を挟みながら人々の希望の寄る方として作られた時代のストーリーも、実際に同様の想いで闘っていた人々に想いを馳せるところでした。 少々値段は高く見えますが、内容を考えるとむしろリーズナブルで紙版で手元に置いておいて時折良い紅茶やコーヒーとお菓子を用意しながら捲りたくなる本です。
兎来栄寿
兎来栄寿
1年以上前
「『熱帯魚は雪に焦がれる』の萩埜まことさんによる短編集」と言うと百合を想像されるかもしれませんが、雑誌『青騎士』に連続掲載された作品群はさまざまなタイプのお話があり、そのどれもが上質です。 西洋が舞台で、作家と少女との出会いから始まる「窓辺のリノア」。 田舎の高校生たちの淡い青春を描いた「波よりもおだやかで、雲よりも速く」。 スタイリストになりたての青年が、初めて美容院に来た女子高生との接客中に自分が美容師になった動機となる復讐について語る「髪結いの娘」。 神社に住む少年が、人生を諦めそうになっていたダメな大人に神様のフリをして援助を行う「神様ごっこ」。 人類が滅んだ後の宇宙を舞台にしたSFでありながら、ゴーストというファンタジックな概念が物語の鍵になる「どこかの星のふたり」。 時代も場所も設定も多彩で、ひとつとして似通ったものはなく1冊の中で多くの味わいを楽しめる様はまるでフルコースの料理のようです。 「窓辺のリノア」が『第七天国』から着想を得ていることが幕間の解題で明言されていますが、『熱帯魚は雪に焦がれる』も井伏鱒二の『山椒魚』をモチーフにしていたように、他の作品から取り込んだものを自分の中で咀嚼して独自の物語として出力する力に長けていると感じました。 どの作品も読後感の良さが共通していて、多くの人に受け入れられ易いタイプの作劇であるとも思います。個人的にはすごく大事に描かれた感のある表題作が最も好きです。 2022年に出た短編集の中でも、特に良くお薦めしやすい1冊です。
兎来栄寿
兎来栄寿
1年以上前
卯年の2023年が始まりました。 ということで、新年1発目は『兎-野性の闘牌』……ではなく、高口里純さんの『兎』です。 『紅のメリーポピンズ』に登場し、『グランマの憂鬱』では主人公となった百目鬼ミキなどもそうですが、高口里純さんの描く凛とした大人の女性はとにかく格好いい。 本作『兎』も多分に漏れず、主人公・会田兎(不良仲間からは「ラビット」「ウサ公」などと呼ばれています)の母親・よし江がこの世の酸いも甘いも知り尽くしたような、非常に深い味わいのある良いキャラです。 1話目から、躾の甘い他人の子供に対して ″赤ン坊は腹ン中でめーいっぱい甘えられるんや  いい思いするんや  せやから腹ン中から出たら一番最初に教えてやらにゃならんことは  居心地の悪さやないでっしゃろか  世の中気持ちのいいことばっかやないっちゅーのを  教えるのが母親(オヤ)やないですか  せやなかったら子供に我慢やら思いやりやら  身につきゃしませんわな″ ″いくら世の中便利になったゆうたかて  ガキの育て方まで便利になってどないすんや″ といった具合です。 更に、2話では突然の襲撃に動じることもなく、1対複数人の戦いでドスを振り回して相手の指を斬り落とす大立ち回りを見せます(多分、今だとなかなか描けない描写でしょうか)。 息子の兎に対しては最初憎らしさが先に来ていたものの、やがて母親としての愛情が芽生えてきたという複雑な感情を持っており、その変化を表す雅な表現も伴って人間的な魅力を生み出しています。 実際、動物の兎は人間や犬や猫と違って1日に1〜2回4分程度の授乳しかせず、一見愛情が薄いように見えますが、それには子供に近付く時間をなるべく減らすことで外敵が巣に近付く確率を下げるという意味があります。一部では寂しいと死ぬとも言われる兎は実は放っておかれた方が強く生きられるという生態があり、それに準えているのかもしれません。 ただの街の不良程度であった兎が、よし江の教育の甲斐もあってか ″ウサギ1匹暴れたところで大したことねえさ  それにライオン相手なら立派に正当防衛だ″ と、極道と本気で抗争を始めるように急成長していく様、そしてその際に何故かうさ耳を着けていくところが2023年の年明けに相応しいでしょう。 主人公の成長と共によし江というキャラクターに、そしてこの親子の関係性とそれを彩るセリフに注目して読んでみて欲しいです。