兎来栄寿
兎来栄寿
1年以上前
『騎士譚は城壁の中に花ひらく』に連なる、ゆづか正成さんの新作です。 『アンドロイドはごちそうの夢を見る』や『神食の値段』など食にまつわる過去作も複数ありましたので、中世と掛け合わさったことで筆者の趣味嗜好の集大成的な作品となっている印象です。 「美味を求めるなら紅花(カルタモ)に行け」と謳われる紅花の修道院で育った主人公・レノが、築城中の「樫の城(クエルクス)」で新たな生活を始めていく物語です。 『騎士譚は城壁の中に花ひらく』と同様に、華美な表紙から伝わる通りまず絵が素晴らしいです。中世ヨーロッパの雰囲気と非常に合っており、精緻に描かれる建造物や風景、服飾や料理や小物を眺めているだけでも世界観に浸れて楽しめます。 本作は、料理が上手なレノがその腕を振るうグルメマンガとしての一面が大きな見どころとなっています。裏表紙でも描かれているように、うさぎのパイやひよこ豆のスープなど実際に中世ヨーロッパの人々が作って食べていたであろうメニューが考証の末にシズル感たっぷりに描かれています。 何と、作中のレシピを公式が実際に作ってみたという動画も公開中です。 https://twitter.com/shonen_sirius/status/1700687664910045616?s=20 作品を描くにあたって実際に講談社のキッチンスタジオを使って試作し、現代のものと当時の材料でできるものを比較試食してみたそうですが、やはり現代人からすれば現代のものの方が美味しく感じるとか。でも、当時使える材料や器具だけで作ったものというのもロマンがあって良いですよね。マンガ飯を作るイベントやお店などをまたやる際には、作って食べてみたいと思わされます。 また、お城を建てるところから描いているというのがなかなか珍しいのですが、私は昔から古城に憧れがあり古城ホテルにいつか泊まるのを夢見ているので、丁寧に描かれた築城工程や完成予定図なども見ているだけで楽しいです。 幕間に差し挟まれるさまざまな注釈からも、綿密な下調べの上で愛を持って西欧世界を描いていることが伝わってくるのも心地よいです。そうしてひとつひとつの物を丁寧に描いていくことによって、そこで暮らす人々の温度や息遣い、生活感が感じられるような世界が生まれています。神は細部に宿る、のお手本のような作品です。 絵に惹かれた方は間違いないと思いますので、まず試し読みで数ページでも読んでみてください。
まみこ
まみこ
1年以上前
「医者とは職業ではない 医者という生き方なのだ」 このフレーズは、主人公、織田鈴香の恩師、嵐山鉄寛が事あることに口にする言葉ですが、まず、この物語の中で、この命題が、通奏低音として一貫しています。 とにかく、織田鈴香が、クセ強過ぎ超人なんですよね。 栃木の大病院のお嬢様、お父様は国会議員、一流大学を首席で卒業、前職は救急外来で、時として容赦なくメスも振るう、問診/触診の達人で難しい病気も一発で当てる、合気道三段、暴力は大嫌いだけど、いざとなったら腕力を使うことも躊躇しない。そして、何よりも地域の町医者として、人生を捧げることを厭わない。 これだけの能力と意志をもってしても、救えない命がある。むしろ救えない命の方が多い。それは、医療行政、社会のあり方、個々の感情、諸々があります。これを丁寧に、分かりやすく、かつ、残酷に描く物語なのです。 まぁ、「医療従事者簡単に刺され過ぎ」「医療従事者簡単に死に過ぎ」「登場人物簡単にセックスし過ぎ」とか諸々のポイントはあるんですが、週刊漫画TIMESなので、そういう物語ということです。 20年以上、生と死を見つめた主人公の死をもって、この話はクローズします。 最終話、主人公、織田鈴香の台詞「いえ、もう少し …だってこんなに素敵な景色 初めて見たもの」を見た時、読者は分かるんですよね。彼女は、脳腫瘍が進んでしまって、立つことはおろか、視野も失っていることに。 勿論、ラストには明日も未来もあります。それで良いではないですか。
ピサ朗
ピサ朗
1年以上前
「まほらば」の小島あきら先生が原作ということで、心温まるストーリーの中で重い設定もあっけらかんと軽く出してきたり、かわいい美少女もたくさん出るが、その割にお色気は絶無で、ゆるい雰囲気で心癒される、まさに小島あきら作品。 しかし小島あきら先生は基本的に線の細い男性キャラしか描かなかったので、作画の香澤陽平先生の描く主人公がちゃんと骨格も太い「男」キャラで、結構新鮮な部分もある。 主人公の零時はやれやれ系というか、人とそんなに関わることもなく日々を生きていたのだが、ある日謎の美少女を見かけたら、その美少女はずーっと誰にも認識されなかった幽霊のような存在で、なぜか零時の家族は自分を認識していたことから零時にたくさん子供を作ってもらおうと余計なお世話を焼いて、なんだかんだ面倒見のいい零時は何人もの美少女に好意を寄せられていく。 どのキャラも大変かわいいし、主人公は割と男らしく孤独な少女たちとの交流でお互いに好意を寄せあっていく風景も美しく、ラストのハーレム展開は思わず笑ってしまう程に明るく軽いノリが徹底されている…のだが… 何考えてこのセリフしゃべらせた!?副題は小島あきらの遺言!?という程に最後に衝撃を受けた。 ファンならご存じだと思うけど、小島あきら先生は「このままだとあと数年で死ぬよ」と医者に宣告されたのを、あっけらかんと漫画で報告なさっていた過去があり、まさにその数年が経過してからこの作品を連載なさったのだが… 最後の最後、還暦を迎えた主人公がレイに対して感謝を述べるシーンが、もはや小島あきらという漫画家の遺言に見えて仕方がなかった。 いや小島あきら先生は年齢自体は非公開なのだが、99年デビューからもう20年、流石にまだ還暦ではないかもしれないが、過去の経緯から余命を意識なされても不思議ではないので、最後の最後、ハーレム完成からの命の巡りを感じさせる展開と相まって、心温まるはずのハートフルストーリーがシリアスでヘヴィで凄みを感じる鬼気漂うストーリーに感じてしまった。 ただの邪推といえばそれまでなのだが…。 ハーレム漫画としてはお色気展開は全く無い、しかし美少女たちとの交流はそれだけで大変心地いいし、みんなを幸せにするハーレム展開も心を癒す。 主人公の零時も結構な好漢で良い意味で男らしく、お色気無しという点は逆に他人にお勧めしやすいともいえるので、タイトルで敬遠せず手に取って読んでほしい作品。 ただし原作者のファンなればこそ、最後の最後は心を癒すより胃が痛くなる可能性を否定できない、そういう意味ではむしろ余計な先入観を持たずに読んでほしい作品でもある。
「まほらば」の小島あきら先生が原作ということで、心温まるストーリーの中で重い設定もあっけらかん...