兎来栄寿
兎来栄寿
5ヶ月前
『タイのひとびと』、『タイランドクエスト』の小林眞理子さんが、新たにタテスクコミックにて描くタイの実録エッセイマンガです。 前作までの魅力はそのままに、また新たににさまざまなタイの魅力を描いて届けてくれます。 小林眞理子さんのマンガは、読みやすいすっきりした絵柄でありながらも、異国の地であるタイの街並みや食べ物などは情報量濃く絵でしっかり描きこまれている絶妙なバランスが良いです。 1話で言えば水上バスが走る運河の様子であったり、夥しい電線の上を闊歩するリスであったり。同じアジアでも、景色の全然違うタイのありようはとても興味深いです。 iPadとApple Pencil片手に、そんな異国で悠々自適に執筆活動をしているさまを見ると「良いなぁ〜!」と思わされます。最近は円安で東南アジアから日本の方が物価が安いと遊びに来る話も聞きますが、タイやベトナムなどはまだ日本人的な感覚からするとリーズナブルに満喫できる場所で良いですよね。 私は東南アジアは行ったことがないですが、興味はあるので一度1〜2週間くらいゆっくり滞在してみたいです。そしてこの作品の中でたびたび描かれているような、タイの人々の温かさや大らかさに直に触れてみたいですね。 現在は単話ごとの購入ですが、5話の内3話までは無料で読めるのでそちらだけでも読んでみてください。タイにそこまで興味がないという方でも、単純なマンガの上手さと面白さで楽しめるのではないかと思います。
兎来栄寿
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5ヶ月前
「東京最低最悪最高!」の流れを色濃く受け継いで、現代を鋭利に刳り取ってみせる鳥トマトさんの新作が1・2巻同時発売となりました。同時発売の『アッコちゃんは世界一』とあわせて3冊同時発売ですが、全部オススメです。 主人公のジゲン(27)は売れないカメラマン。その姉・姫子は、新興宗教の教祖と仮面結婚をして莫大な財力を手に入れ、学生時代からの関係がある社長令嬢でビッチのアメリと恋仲。ジゲンが好きな5つ年上の男性・山田は、アメリと不倫する仲で奥さんとの離婚を画策中と1話目で提示される人間関係からドロドロの泥沼の様相を呈してきます。 そして、それだけでも成立しそうな人間ドラマにひとつまみ盛り込まれるファンタジーが、タイトルにもなっている「性欲を消すカメラ」の存在です。人間の根源を司る三大欲求のひとつを消し去ると、何が起こるのか。さまざまなシチュエーションの人間たちが、どこからどこまで性欲を原動力に駆動しているのかということを目の当たりにできるという意味でも非常に面白い作品です。 お金が無さすぎて資本主義の犬になるしかないジゲンは、生活のために姉や社会から多種多様なことを強いられます。マッチングアプリやブラック企業、メン地下や新興宗教、モラ男や家父長制など現代の象徴的なシーンを巡っていく中でさまざまな人間と関わっていきますが、「普通」とか「まとも」と呼ばれるような生き方をしている人がメインにはほぼ出てきません。 しかしながら、深い中身を見ようとしなければ、皆普通に生きているように見えるであろうという絶妙な状態の描き方が最高な作品です。あたかもカメラを通して切り取った一瞬が、現実よりも美しく見えるように。みんなみんな生きているんだ、友達ではないけれど。 ジゲンの恋愛に関するトラウマであったり、姫子やアメリの現在に至るまでの諸事情などが徐々に明かされていく構成、その上で描かれる主軸の人間ドラマも良いです。個人的には、1巻終盤のドライヴ感全開のセリフと展開が好きです。呪詛返しして強く生きていく力と魂を常に持っていきたいものです。 鳥トマトさんの絵柄とお話の相性も絶妙で、デフォルメが強いところとシリアス時のギャップがまた演出として強い効果を発揮しています。表情の描き方などもすごくいい瞬間があるんですよね。 唾棄したくなるような現実、人間、事象を描きながらも、読んでいると不思議とエネルギーをもらえる紛うことなき現代文学です。
兎来栄寿
兎来栄寿
5ヶ月前
『エルフと狩猟士のアイテム工房』や『ゆずべんとう』の葵梅太郎さんによる待望の新作の1巻が本日発売となりました。 私はもう、かねてより葵梅太郎さんの描くマンガが大好きで大好きでこの『ひねくれ騎士とふわふわ姫様 古城暮らしと小さなおうち』も連載開始の報を聞いてから一日千秋の気持ちでとても楽しみにしていました。 そして、蓋を開けてみればファンタジー世界を舞台にした古城とミニチュアのお話ではないですか。私、何を隠そう西欧の古城が大好きなんです。初めてヨーロッパに行く際にも、ドイツの古城ホテルを行程に組みこみました。RPGの世界を現実に歩けるような空間は堪りません。若い頃は将来古城に住みたいとすら思っていましたし、今でもちょっと別荘にひとつ小さくて良いので古城が欲しいです。そして、マンガをたっぷり詰め込んだ書斎を作る。ひとつの夢ですね。 そして、ミニチュア。最近はあまりやっていませんが、幼いころから細かいものを手作りする作業は割と好きだったので、本格的にやっているわけではないのですがミニチュアにも興味のある方です。 好きな作家さんが、すごく好きなテーマで面白いマンガを描いてくださる。こんな嬉しいことがあるでしょうか。 テーマもさることながら、1話を読んだ時点でもう葵梅太郎さんの良さがたっぷりと出ていて本作も大好きな作品になることを確信しました。 王から要請された、姫クローニアとの結婚話を断るために古城に赴く騎士ルークス。しかし、ふたりは「精霊が見える」ということで人々から奇異の目を向けられ虐げられてきた過去を共通の体験として持っており、徐々に心の距離を縮めながら古城で新たな生活を営んでいきます。 痛みを知るふたりが、それを乗り越えて最終的に幸せを手に入れていく時間の描き方が流石でグッときます。この優しい気持ちになれるハートフルな筆致が本当に本当に大好きです。加えて、純粋にクローニアとルークスがふたりともかわいくて推せます。歳の差カップルですが、そこまで大きく離れてもいないですし、いっぱい幸せになって欲しい……。 妖精たちの言葉まで解るルークスの通訳によって、クローニアは妖精たちにミニチュアの家を作ってあげるのですがその製作の様子も楽しくてかわいくて、見ていてワクワクします。その辺にあるものを改造して家にしていくのがまた楽しいです。 段々と登場してくるサブキャラクターたちも魅力的で、この先の物語の広がりもとても楽しみです。 とにかく、いろんな要素から個人的に大好きな作品です。古城、ミニチュア、年の差のある穏やかな恋愛、ひとつでも引っかかる要素があればお薦めします。