Mizuka バレリーナ 上野水香ものがたり

「好きこそものの上手なれ」の極致 #1巻応援

Mizuka バレリーナ 上野水香ものがたり 松本花
兎来栄寿
兎来栄寿

2004年、初めて日本人女性ダンサーとしてモーリス・ジャベールの『ボレロ』を踊ることを許され、2023年現在もいまだ日本人女性唯一である上野水香さん。その、上野水香さんのバレエ人生を描いた伝記的作品です。 漫画を担当する松本花(まつもとかずら)さんの絵がとても良く、冒頭の『ボレロ』のシーンから迫力と美しさを感じられますし、その後も人間の身体を駆使するバレリーナの姿を巧みに描いていきます。そして、日常のシーンもときにコミカルに、ときに感情を猛々しく表しながら、丁寧に読みやすく描写されています。ナレーションが多いため文字数も多めなのですが、それを感じさせずにスムーズに読ませるネーム力があります。 物語は、上野さんが鎌倉に住んでいてまだ2歳の明るい少女だったころから始まります。本来活発な性格であるにも関わらず、幼稚園で友達を作れず通園を渋るようになってしまっていたところで出逢ったのがバレエ。生来の体の柔らかさがあることが解ると、それが自信にも繋がっていき友達もできるようになっていきます。 バレエが理屈抜きで楽しくそのお陰で自分の人生が豊かになったという原初の体験はとても大きいもので、その後の人生をずっと支えてくれるものになっていたのだということが読んでいて伝わってきます。 そして、程なく小倉佐知子バレエスタジオに通い始め、5年生のころにはあの草刈民代さんも在籍した牧阿佐美バレヱ団の公演にも出演するように。最終的に170cmと女性では高身長になるものの、当時は背も低いままで伸び悩んでおり、さまざまな逆境があったことも綴られます。それでもバレエを心から愛する気持ちが原動力となり、苦しい瞬間を乗り越え跳ね除けながら目標へ向けて少しずつステップアップしていく姿には勇気やモチベーションをもらえます。 中学生のころから、厳しいレッスンのみならずおやつを控えながら栄養バランスの整った食事をよく咀嚼しながらゆっくり食べ、体のケアを怠らなかったというプロ意識の高さは見習うべきものがあります。 上野さんはたくさんの人々への感謝を口にしながらも、インタビューでは「自分自身の人生は孤独」とも言っています。それは、表現者特有の境地でしょう。しかし、『ボレロ』を踊っているときは孤独でありながらも限りなく自由であるともいいます。それを描き表したシーンも、この作品でも屈指の力の入れ具合ですのでぜひ読んで確かめて欲しいです。

ララのうた

記憶と生と死が紡ぐ幻想譚 #1巻応援

ララのうた 河野スイ
兎来栄寿
兎来栄寿

手触りが良いファンタジーだなぁ、と一読して感じました。絵柄的には綺麗で今感もあるのですが、その一方で作品全体がまとう雰囲気はどこかノスタルジックなものも漂います。 顕著なのは、1ページ目。 ″だが塵に帰す子らよ―― かぐわしい花々 ビロードのような大地は かの木陰へと導くための 見知らぬ先導だったのだ″ というナレーションと象徴的な一枚絵から始まるこの物語が始まっていくところは、古き良きファンタジー少女マンガの香を感じます。「ビロードのよう」という比喩表現が個人的には何とも落ち着きます。 作品の設定については、敢えてここでは説明しません。とりあえず1話の試し読みを読んでいただければと思います。詳しくは語りませんが、設定の妙は本作の美点です。 また、キャラクターはもちろんですが背景や小物が密に描き込まれているところも大きな長所として挙げられます。微細に彩られた世界は目で見ているだけでも楽しめますし、読んでいるひととき違う場所へ誘われる感覚に気持ち良く酔い痴れることができます。こういった、描き込みが細やかなファンタジーが私は大好物です。 現実とは違う理が流れる世界が提示され、想像力が刺激される。視覚的にも物語的にもファンタジーの愉しみに溢れた作品です。 1巻最後のような強い引きもあって、続きもどうなっていくのか気になります。

アンノウンカラー

おもしれーコミュ症ぼっち×超美人Xジェンダー #1巻応援

アンノウンカラー ゆめみつき
兎来栄寿
兎来栄寿

美麗な表紙絵に惹かれて見てみたら、『密かな花笑み』のゆめみつきさんの作品でした。となれば、内容もきっと良いものだろうと安心して購入できました。 大学デビューしようと気合を入れたらパンクな格好になってしまい、余計に人が離れていって失敗した主人公・未結花(みゆか)の残念ぶりが悲哀を誘いつつも面白い、「Xジェンダー美人とコミュ症ぼっちのプロデュースコメディー」(公称)です。 とにかくカタカナ語に弱い主人公で、 「カラバリ」→「カラアゲバリア?」 「ホカンス」→「ソーナン◯?」 といった具合。「メドゥーズピンク」も「ティント」もなにがなにやらわからない……! 挙げ句の果てには、コンパで 「好きなタイプは?」 と問われたら 「に…人間…?」 「ストライクゾーン広くない?」 となる始末。おもしれー女です。 でも、『ぼっち・ざ・ろっく!』のぼっちちゃんではないですけど、こういうコミュ症で陰な気質の主人公の方が現代では逆に強い共感の対象になり得そうです。 ゆめみつきさんの美しい絵が本作の魅力の大半を担っていると言っても過言ではないと思いますが、未結花の憧れの対象となる親戚のXジェンダー・千亜季(ちあき)がそれはもう睫毛もバッシバシで美しく美しく描かれていきます。相手役が男性なのか女性なのか、そのどちらの要素も感じさせながら判然としない、でもそれはそれでいいと感じさせられるのも現代的です。 千亜季にプロデュースされることで、少しずつかわいくなっていく未結花の成長ぶりも見所。素材が良い子は磨いて真価を引き出したくなりますよね。 コミックシーモアで先行配信されていた作品で、全8巻中の1〜5巻まで今週末に他の電子書籍ストアでも相次いで発売となりました。6〜8巻分は3/26発売予定となっており、最後まで楽しませてもらえそうです。 なお、ゆめみつきさんは一迅社の新レーベルであるコミックHOWLでの新連載も控えているようで、そちらも楽しみです。

ほっとけないよ九条くん

「起立! ヘイ!」 #1巻応援

ほっとけないよ九条くん みかづき唯
兎来栄寿
兎来栄寿

幾重もの締切に追い立てられながら、差し込みのなるはや案件にも応対し続け、役所に提出する書類作成や確定申告のために慣れない計算やソフトを使った処理を行い、そういうときに限って続発する属人的なタスク群等々で脳の普段使わない部分までフル活用して、おまけに10年で最も飛散している花粉によるデバフも盛り盛りで疲れ切った日にはこういう作品が沁みます。 学級委員で皆からの信頼が厚い優等生の九条くんが実は極度のポンコツであることに唯一気付いている女の子、みあが九条くんや世界にツッコみまくる学園コメディです。 とにかくボケがコンスタントに次々と繰り出され、ヒロインはそれに怒涛の勢いでツッコみまくっていきます。そのテンポの良さがまず気持ちいです。 「季節外れのカツラ…」 「ロケット花火を足につけて彼自身が花火として打ち上がったのか…!?」 などパワー溢れるセリフも満載。 「試食してまずかったらお前らをひき肉にする」 という調理実習担当や、 「骨が砕けても走り続けろ!!」 というサッカー部など、ナチュラルに物騒な学校なのも好きです。 そして、ヒロインもツッコみきれていないですが4話最後で胴上げをされている九条くんの高度が、『キャプテン翼』の強引なドリブルで吹っ飛ばされた人くらい高いところなども好きです。 イケメン転校生の南雲みつるくんの謎な登場シーンや、「おもしれー男」認定も見どころ。 デビュー単行本であり、巻末には読切の「花園さんは天使です!」も収録されています。ズボラすぎるヒロイン・花園さんのお話なのですが、あまりにズボラ過ぎてインスタに投稿するときにハッシュタグを色々付けるのが面倒くさくてあらゆる投稿に「#森羅万象」と付けているという件など本当に大好きです。 国民的人気を誇る『ちびまる子ちゃん』や、今なお連載中の『HIGH SCORE』、伝説的な存在となっている岡田あーみんさんの諸作品など、やはり雑誌『りぼん』にはギャグマンガのDNAが一定割合含まれていると思いますし、このようなパワフルに笑わせてくれる作品があり続けてほしいです。 『坂本ですが?』のようなシュールギャグが好きな方にお薦めです。