『三体』の劉慈欣さんが原作。 『三体』の劉慈欣さんが原作。 『三体』の劉慈欣さんが原作。 最初に『神様の介護係』の存在を知ったとき、驚きのあまり三度見してしまいました。そして、同時にこうも思いました。 そんなの、絶対面白いじゃあないですか……。 皆さんは『三体』は読まれていますでしょうか。今世紀を代表するSF小説で、『火の鳥』を髣髴とさせるほどの超大なスケールの物語。『三体』自体も中国国内ではコミカライズされているようですが、日本でも可能なら『アフタヌーン』辺りで本気のコミカライズをして欲しいですね。 この『神様の介護係』で気になる作画を担当するのは『 午後9時15分の演劇論』の横山旬さん。この組み合わせを考えた方が誰かは分かりませんが、英断だと思いました。劉慈欣さんの原作に対してどんな絵を当てるかと考えると、結構ハード目で青年誌寄りのタッチの方を選ぶのが自然な気がします。しかし、そこであえて少年マンガ系の横山旬さん。これがピッタリとハマっています。 1話を試し読んでいただければ解る通り、開幕からバリバリに独自世界の色を出してきます。濃密な作画と設定によって倍くらいのページを読んでいるような感覚に陥るほど情報量が多いです。それは、松井優征さんも授業で行っていた通りマンガとしては非常に優れている状態です。 横山旬さんの絵は、アクションや表情も気持ちいいんですよね。少年誌的テイストで間口の広いエンターテインメント色を出しながらも、そこは劉慈欣さんの世界ということでセンスオブワンダーを与えてくれます。 1冊完結で、非常にコンパクトですが満足感の高い仕上がりとなっています。SF好きの方は、押さえておいて損はありません。 そんな今夜、漫勉新シーズンが手塚治虫さん回放映なのは因果を感じますね。
猫一匹と暮らすイラストレーター女性が、その猫が大好きな友人と同居を始める、というエッセイ……女性同士、すわ百合!?と騒ぎたくなるのは百合好きの悪いところですが(自戒)、これは百合ではないけれどもとても良いです。 そもそも作者は「一人暮らし寂しいけれど恋愛はしんどい」というところから始まり、「寂しい時にちょっと話してくれたり側にいてくれる」相手を求めて友人に同居をもちかけます。これ、実現すれば理想的ですが、そうはいかないからみんな苦労しているやつですが、この二人は見事その理想的な関係になっていて、こんな現実があっていいの!?と驚きながら幸せな気持ちになれます。 内容としては食4:二人の関係4:猫2くらいの割合。未知の調味料に好奇心が膨らみます。 そしてべったり一緒にいなくても、相手の気配に安心したり、辛い時に話したり、同じ食を共有したりすることで、寂しがりな作者が穏やかに満たされるのを見ていると、恋愛がなくても満たされる可能性に私も救われる気がします。 恋愛じゃなくても満たされる関係……「クワロマンティック」や「ロマンシス」という在り方の可能性を、ここに感じるのは私だけでしょうか? (上下巻同時刊行だったみたいなので1巻応援と完結応援にしました)
Webtoonを全く読んだことのない人に最初に薦めるとしたら、T.Junさんの作品は筆頭に上がるでしょう。『外見至上主義』、『喧嘩独学』、『人生崩壊』はどれも面白く抜群の人気を誇る作品です。 T.Junさんは鳥山明さんを一番尊敬しつつ、古谷実さんが一番好きな漫画家で、『闇金ウシジマくん』なども好きだと公言しています。となれば、どんな作品が生み出されるかは想像に難くないことでしょう。 少なくとも、『外見至上主義』はタイトルとあらすじで想像されるものよりは多様な魅力を湛えた作品です。私は連載で読んでいて、泣かされたシーンもありました。 本作の最大の美点は、何と言っても躍動するキャラクターです。先に進めば進むほどたくさんの魅力あふれるキャラクターが登場して、その魅力をさまざまなエピソードで見せてくれます。2巻表紙のバスコや3巻表紙の四宮などは皆好きになるキャラクターでしょう。「マンガはキャラクター」とよく言われますが、友情あり恋愛ありで無限にエピソードを作れるだろうなと感じる生きたキャラクターの群像劇になっています。ギャグも多めでありながらシリアス部も光る構成は、T.Junさんが好きだと語る『今日から俺は!!』からの影響も感じます。 そして、エンターテインメント性とテーマ性を兼ねた設定の妙。経済的な豊かさ、ルックスの良さ、腕力の強さ……。残酷なまでの格差に支配される社会で、それを逆転する手段を手にした主人公が普段とはまったく違う扱いを受けていくところは、無双的なカタルシスがあります。しかし、一方で諸々の格差自体は厳然と存在し続け、それによって不条理を強いられる人間もいます。それぞれの生き様、戦いや抗いも見所です。 また、これはWebtoonの王道設定なのですが、母親が辛い境遇に遭いそれに主人公が立ち向かっていくというシチュエーションが本作でも描かれます。家族という単位は万国共通。基本的にT.Junさんは韓国の読者向けに作品を作っていてグローバル化は考えていなかったそうですが、国境を越えて伝わる魅力と強度を持っています。 もしどうしても縦スクロールは受け付けないという方がいたら、この通常のマンガと同じ形式に編集されたこちらのバージョンで読んでみると良いかと思います。そしてこちらの電子書籍版が2/1に発売となりました。昨年末にはNetflixでアニメ化もされ盛り上がっていますので、この期に推薦します。
元気溌剌で天真爛漫なかわいい姪が自分のことを無条件で応援し続けてくれる。現代社会にはこういう作品が求められていることでしょう。しかも黒髪ロングとなれば、私の個人的需要もストップ高です。 赤ん坊のころからかわいがってきた姪ももう高校入学。かたや自分は36歳の連載が短期で終わった出不精かつ不摂生のおっさん漫画家。そんな2人の「おじめい」が織りなす日常コメディです。 姪の芽衣(わかりやすい!)からのフェイバリット値は非常に高く、すぐに抱きついてくるし、すぐにどこかへ2人でのお出かけに誘ってきます。ファンタジックですが、ひとつまみのファンタジーが必要だと『さよなら絵梨』でも言ってました。 喜怒哀楽を全身で表現するかわいい芽衣と、それに振り回されつつも大人としてのサポートを適切に行なっていく様子が微笑ましく、癒されます。 基本は明るいコメディなのですが、それだけでないところも魅力です。自分のアシスタントが連載デビューして、他の知り合いもそれぞれに活躍している中で自分は連載企画が通らず無職との間を彷徨っている。そんなときにその元アシスタントから作画の手伝いをしてもらえないかと打診されたときの 「君の善意から勝手に苦しみを受け取ってしまいそうで そうなったら罪悪感に耐えられないから…」 というセリフが、この作品を引き締めています。 そのような苦しみを抱えているときに、漫画のことも全部解ってくれるわけではないけれど、親身になって悩みを聞いてくれて応援してくれる姪がいる。ひとりの人間にとって、そんな存在がいることがどれだけ救いになりありがたいことか。そうして得た活力で、できることを頑張ってやっていく内に道が開けていく様は素晴らしいですね。 元の個人誌バージョンでも、ところどころサイレントになり絵だけで魅せる演出が効果的に行われていましたが、この商業版でも同様にセリフのあるシーンとないシーンで上手く抑揚が付けられています。特にふたりで推しのライブ映像を観ているときに、家族が続々とノリノリで参戦してくるシーンは勢いと一家の仲の良さが好きです。 余談ですが、男4人での飲み会の内の2人に美少女アバターがあるというのも現代的で、自分も近い将来置かれそうな状況だなと思いました。 現実に芽衣ちゃんはいなくても、否、いないからこそ『めいおじ』を読んで心の中の芽衣ちゃんに応援してもらって頑張って生きていきましょう。
生きて、死ぬ。すべての人間に例外なく訪れるその最後のときを、どのように迎えるのか。 40歳で漫画家を志してデビューし、現在76歳の齋藤なずなさんが数年前から少しずつ描き連ねた連作短編が単行本化されました。 「現在、読者のニーズは多様化しているにもかかわらず、『青年誌』『青年コミックス』という大きな呼称ではシニア読者に届けきらない時代になってきました。そのため、人生のフロントライン(最前線)に立つ70代以上の読者に向けたレーベルとして、新たな売場を創設していく必要性を感じ、今回『ビッグコミックス フロントライン』レーベルを誕生させました」 として「老いや介護、看取り、終活、終の棲家など、シニア世代向けの題材」を扱った新レーベル「ビッグコミックス フロントライン」の作品です。第一弾の『父を焼く』から始まり、読み応えのある作品を送り出してくれています。 内閣府のデータによると、1980年には65歳以上の高齢者を含む世帯数は800万世帯ほどで、その内単独世帯は90万世帯ほどでした。それが現在では、昨年厚生労働省により公表された「2021(令和3)年国民生活基礎調査の概況」によると、65歳以上の高齢者を含む世帯数は1500万世帯で、その内単独世帯が742万世帯と約半数を占めます。今後ますます高齢者を含む世帯、とりわけ単独世帯は増えていくことでしょう。 本作では、かつて「ニュータウン」と呼ばれた街のとある団地を舞台に、主に高齢者を中心にした群像劇が描かれます。1話完結型ですが舞台や登場人物は共通しており、それぞれの人物の語られる深度の違いや、異なる視点から見たときに感じられるものがまさに団地での人付き合いに似た手触りを覚えさせられます。現代的な、基本的に隔てられていながらも薄く繋がっている時代における「最期」を意識したお話たちは、来るべき未来のお話として切実です。 中心となっている人物のひとりは一人暮らしでマンガを描いている女性で、同じく団地暮らしであるという筆者の実体験や考えが多分に反映されているのでしょう。 自分から見れば羨ましく見える状況が、その人にとっては悩みの種であったり。 表には何の苦労もなく生きているように見える人が、裏ではとても辛い想いを重ねていたり。 人にはそれぞれの幸不幸、天国と地獄があってそれは簡単に外から推し量れるものではないということをさらりと鮮やかに見せてくれます。 自分は売れた経験もなく、若い才能はどんどん出てきて、苦労して描いたネームも没になり、それでも僅かな国民年金では生きていけないので体調不良を押して次から次へと死ぬまでマンガを描き続けねばならない。しかし、そんなことすらもある人からは「辛くても本気でやらなくちゃいけない、誰でもできることじゃない自分だけの仕事があることが羨ましい」と言われます。こういう所が本当にグッときますね。 どのお話もそれぞれの良さがありますが、1話のガラケーからスマホに変えて「フェースブック」を始める男性のお話がとても好きです。SNSは負の側面が取り沙汰されがちですしそういう部分もしっかり描かれますが、ひとりで暮らしていても繋がりを持てることや、アップする写真を撮るためにそれまで見向きもしなかったものに触れることで生まれる豊かさは良いものです。このお話は構成も良く、ラストの美しさに感じ入ります。 試し読みの冒頭から情報量が多く、最初は少し取っつきにくさも感じるかもしれませんが、本当に素晴らしい作品で広い世代に届けたい1冊です。
夫婦5〜6組の内1組は不妊治療を受けていて、14人にひとりは体外受精で生まれていて、治療件数が世界で最も多く、しかし最も妊娠率の低いという超少子高齢化社会の日本。 『阿・吽』という傑作を完結させたおかざき真里さんが新たに挑むのは、そんな日本社会における不妊治療とそのスペシャリストたち。重いテーマを選ばれたなと思いますが、おかざきさんが描くのなら絶対に素晴らしい作品になるだろうという確信もあり、連載前から期待せずにはいられませんでした。 『コウノドリ』を読んでいる方であればご存知の通り、この世のすべての出産は奇跡です。残念ながら望んでいても授かることができなかったり、授かっても無事に産まれてくることができなかったりすることもままあります。 女優としてのキャリアと、子供を産みたいという願望が対立してしまい葛藤しながら妊活をする45歳の女性。 突然、無精子症を宣告された男性。 卵子凍結を希望する女子高生。 それぞれの、さまざまな理由を抱えた人々を通して、命をその手で扱う胚培養士の仕事の全貌が描かれていきます。「卵子凍結」と一言で述べられますが、それがどのような工程で行われているのか。綿密な取材をされたことが伝わってくる詳らかな描写は、現代に生きる者として一読の価値があります。 不妊治療に関しては、自分が死ぬ程苦労していることを他人があっさり成し遂げているのを目の当たりにして「何で自分だけ」と相対比較により苦しむことも、往々にして起きます。 「人は自分の見たいものしか見ない」 「見たいものだけ見られればどれだけ良いか」 という言葉が重いですが、見据えて立ち向かわねばならない現実が美化されず真摯に描き連ねられていきます。 特に、男性は不妊治療を「男である自分とは関係のないもの」と思ってしまっている方も少なくないでしょう。そういう方にこそ読んで欲しいと思います。本日1巻発売ですが、2巻で描かれることになるであろうエピソードは男性も考えさせられる人が多そうです。 『コウノドリ』と共に多くの方に読んで知って考えてもらいたい作品です。自分や家族が不妊治療を行なっていなくても、知っておくことで変わるものは必ずあります。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」 不意に『方丈記』の冒頭を思い出すようなファンタジーです。美しさと共に、無常感も覚えさせられる水の流れ。清流もあれば、濁流もある。それは恰も人生のようで。 本作はいろいろなお客さんを舟で運ぶ「渡し守」として活躍する少女を描く物語で、最初は『ARIA』的な感じになるのかなと思いました。実際、同業者であったり舟を造ってくれる人であったり、さまざまなお客さんとの交流などには近しい要素もありはします。種族も老若男女もバラバラな人々との交流が必然的に生まれる接客業ですから、それだけでもお話は無限に生まれそうです。ただ、1話を試し読んでいただければ解る通り、この世界はもう少し剣呑です。 魔族が存在し、人類の生存域も脅かされていて、ヒロインのハルも何やら訳ありの過去を持っている様子。日々の渡し守としての生活を営みながら、彼女の過去に何があったのかも少しずつ明らかにされていきます。 また、魂の眠る場所とも伝えられ、未知の魔法や財宝や神が存在するとも噂される謎に包まれた「歪みの霊峰」という本作の焦点になりそうな人類未踏の地の謎とも併せて、ミステリー的な箇所の存在によってこの先の展開への興味を誘ってくれます。幕間では、設定の詳細が解説され、世界観が作り込まれていることも感じさせられて期待が高まります。 大きな想いを抱えながらも一日一日を丁寧に生きるハルの姿は、現代に生きる私たちにも通ずるものがあるでしょう。過去への向き合い方、選択への責任。ファンタジーであるからこそ、より響くものもあります。 静やかに始まりながら、徐々に徐々に振幅を強めていくこの物語が、どこへ漕ぎ着くのか。この先も楽しみです。
端的に言って、大好きです。 『顔がこの世に向いてない。』のまの瀬さんによる、2年ぶりの新刊。 こちらの単行本に帯を書いている桜井のりおさんが、先日『僕ヤバ』にて2023年始まって早々に今年の全ラブコメにおける最大級の衝撃では? というクラスのものを繰り出してきてしまったので大変に大変なんですが、少なくとも今年発売される「オタクに優しいギャル系ラブコメ」の中では飛び抜けて好きかもしれません。 メインストーリーとしては、幼い頃に両親を殺されて殺し屋として育てられた少年が、とある切っ掛けからクラスメイトのギャルと急接近するも彼女はもしかしたらファミリーが裏切り者の自分を殺すための刺客かもしれない、という警戒心を抱きながらも進展していくラブコメです。 ……なんですが、そこかしこの言動にマシンガンジャブからの千手観音かというくらい小ネタ・小ボケを盛り込んできて、独特の雰囲気を醸し出しています。 『名探偵コナン』、『ドラゴンボール』、『クレヨンしんちゃん』など国民的なマンガのネタはもとより、部屋番号が237なのを見て「不吉だな…」となるシーン(ROOM237)であったり、「M-1優勝コンビ」にまつわる天丼ツッコミであったり、合唱コンクールの課題曲がDA PUMPのif…(初出は2022年M-1よりずっと前)であるなど縦横無尽です。 個人的に特に好きなのは、レオポンと諏訪ちゃんの二人のJKによるJKらしからぬ応酬の数々。 「諏訪ちゃんのノート独特でさ なんかほぼヴォイニッチ手稿」 と語られる名状しがたいノート。 背中に指で文字を書いて当てるゲームでの 「何て書いたか分かった?」 「キリーク(千手観音や阿弥陀如来を意味する梵字) 「正解!」 というSASUKEの新しいファイナルステージより高そうな難易度をあっさりクリアしていく様。 「織りなす布作戦(オペレーションウィービングクロース)!」 と題して 「縦の移動はあなた!」 「横の移動はあーし!」 と、ギャル言葉も忘れずにクレーンゲームを攻略していく図。2010年代でも中島みゆきさんの「糸」は度々いろんなCMに使われていたので、JKがギリギリ知っていてもおかしくはないという絶妙な匙加減。でもクトゥルフや梵字は説明がつかないですが、それがいい。 丁度、今日Twitterに投稿されてバズっていた4Pマンガが、本作の雰囲気を掴むのにはうってつけです。 https://twitter.com/manosejiro/status/1619181635429355520?s=46&t=ousazNCobpW3eJ58V_V4vQ JKとは本来縁遠いものを滑らかに語るJK、良いですよね。この小ネタ満載感は、小路啓之さんやTAGROさん、道満晴明さん辺りの作品が好きな方は大好きな雰囲気ではないでしょうか。 しかし、ただネタに走っているだけではなく、本筋のラブコメ部分の破壊力も高いのが本作です。 『顔がこの世に向いてない。』のときよりも絵の魅力が強くなっており、決してずば抜けた画力というわけではないのですがシーンによってヒロインのかわいさと魅力は天元突破。 また、殺し屋として孤独に生きてきて、今後も孤独に生きていくつもりだった主人公が天真爛漫なギャルによって絆されていく構図がいいです。それはまるで、根雪を解かす太陽のようで。主人公がひとりでダイナーに行ったときのエピソードなど、本当に大好き。 不思議な魅力の詰まった作品で、ラブコメ好きの方にはもちろんそうでない方にもお薦めしたいです。
坂本太郎さんのマンガに出会った日のことは今でも鮮明に覚えています。 『ドラゴンクエスト』が大好きで大好きで仕方がなかった小学生時代。毎巻楽しみにしていた『ドラゴンクエスト 4コママンガ劇場』の最新11巻を馴染みの書店でウキウキしながら買ってきて早速読み始めると、ひとつ異質な作品が載っていました。 「ピエール」というシンプルなタイトルと共に描かれていたのは、鋭い眼光で黒光りする「グレートスライムZ」。当時はパロディ元のマジンガーZのことも知らなかったにも関わらず30分くらい笑い続け、「抱腹絶倒」という言葉を身を持って体験をしました。従来の作家さんは「ふんどし!」などはありながらも、基本的に『ドラクエ』の世界観を忠実に守った作品を描いていました。しかし、それを清々しい程にガン無視した坂本太郎さんのマンガは、破壊的インパクトを与えてくれました。 その後も『スターオーシャン』や『ヴァルキリープロファイル』、『モンスターファーム』など私も死ぬほどやり込んだゲームの4コマ作品や、『ギャグ王』や『ヤングガンガン』等で連載していたオリジナル作品でもそのハイセンスぶりを遺憾なく発揮し続けた坂本太郎さん。徐々にかわいくなる女の子キャラに対して、濃すぎるおっさんたちの存在感は常に一定。「スポーティな視線」や「スペース朧ノエル」が解る方はソウルメイトです。 しかし、当時から一部でカルト的な人気を博していたにも関わらず、オリジナル作品の単行本化は一切されてきませんでした。一時期はwebで読めたものもありましたが、それでもファンとしては単行本で欲しいもの。やがてwebで読めた作品も閲覧できなくなり 「ああ、坂本太郎さんは今何をしているんだろう……」 と、ことあるごとに思い返しながら時は2015年。1994年から1999年まで発刊されていた雑誌『ギャグ王』がエイプリルフールで1日だけオンラインに復活するという椿事が起こり、そこに何と坂本太郎さんの新作マンガも掲載されたのです! これには狂喜乱舞でした。女の子の絵柄はまた少し可愛くなりながら、汚いおっさん入り乱れる狂気的作風は健在。坂本太郎さんが元気に生きてらっしゃるだけで、嬉しかったです。 そして更に時は流れ、2020年11月。『週刊少年ジャンプ』で同姓同名の「坂本太郎」を主人公とする『SAKAMOTO DAYS』が始まり、記憶を刺激されずにはいられませんでした。 「ああ、坂本太郎さんは今何をしているんだろう……」 と思いを馳せること幾星霜。すると、その1ヶ月後に奇跡が。 https://twitter.com/hiromoka_09/status/1341274354324127745?s=46&t=qkYMagUe7ZxV5G5YoVLrLA !?!?!?!?!? さ、坂本太郎さん御本人が…………!? Twitterを!! それから、日々コンスタントに過去作品やリメイクなどを発表してくださり、飢えに飢えていた坂本太郎さんのマンガからしか得られない栄養素を数十年分補給させてもらっています。 そして、権利関係などの整理が行われた結果、遂に遂に遂に世界が待ち望んだ坂本太郎さんの単行本が今日、令和5年1月27日に発売となりました!(スタンディングオベーション) 今夜は祝杯を傾けながら、細かすぎるドラクエネタから当時の時事ネタまでエロスとカオスの入り混じった世界を堪能しようと思います。今読んでもまだ時代の方が追い付けていない、この世界観が大好きです。 そして、嬉しいことに『坂本太郎 名作劇場 1』というタイトルなので、未収録作品を収めた続刊も心から楽しみに待ちたいと思います。 (なお、現在は坂本太郎改め「坂本博義」または「坂本ヒロヨシ」名義となっています。恐らく坂本太郎名義の方が通りが良いと思い、文中では坂本太郎名義での表記とさせていただきました)
最強寒波などの影響で各地「運転見合わせ」が起こったにより「見合わせ」がTwitterのトレンドワードになると、それを「貝合わせ」に空目した人によって「貝合わせ」までトレンド入りし、その流れで「兜合わせ」までトレンド入りするという日本のTwitterらしすぎる展開が起こった本日。 日本で「兜合わせ」がトレンド入りしている間に、Twitterアカウントの名前がMr.Tweetに固定されてしまっていたイーロン・マスク氏はかつて ″Some people don’t like change, but you need to embrace change if the alternative is disaster.″(変化を好まない人もいるが、その結果不幸になるのであれば変化を受け入れる必要がある) という名言を残しました。 しかし、果たしてそんなMr.Tweetでも着いていけるのでしょうか。クレイジーな日本Twitterのスピードに。 BL大手サイトのちるちるさんも好機とばかりに「兜合わせ」の解説ページの再掲などされていましたが、私も今日のこの機会に最近発売された「兜合わせ」シーンが印象的な名作BLを紹介します。 作者の遠浅よるべさんは2020年に『潮騒のふたり』を出された方。『潮騒のふたり』は個人的に2020年でもトップクラスのBLで、こちらもクチコミを書いているので良かったら参考にしてください。 https://manba.co.jp/topics/26809 『潮騒のふたり』はガッツリシリアスですが、この『ばらとたんぽぽ』はシリアス面もありつつギャグ色も強い、愛すべきエロコメです。連載自体は『潮騒のふたり』より前からwebで行われていて、遂に書籍化され先日上下巻同時発売となりました。 32歳になっても一切家事など自分のことができず感情表現も下手なものの役者としては優れた才能を発揮するトモちゃんと、彼と同棲して身の回りの世話を全部行っている大人気少女漫画家でモデル体型・筋肉質で顔も良く歌も上手く絶対音感があり文才もあり経済力もある超スパダリな時田征士郎。 征士郎は性欲モンスターでセフレも複数いながら、トモちゃんが重度のEDであることなどによりプラトニックな関係を続けており、けれど内心は日頃からトモちゃんを滅茶苦茶に抱きたいと欲望しているという、属性モリモリの二人の関係性が愉快にエロく描かれていきます。 2巻で描かれる、二人のち◯ち◯が擬人化される場面は名シーンとして語り継がれています。そう、兜合わせも擬人化したち◯ち◯同士で行われるのです! 何卒、刮目して見てください。 ただ、そんな突き抜けたバカエロ感の裏には非常に情緒に溢れたシーンもあり。実は上記の兜合わせのシーンにすら莫大なエモさが溢れており、やはり遠浅よるべさんの描かれる男性同士の関係性、想いと重みの宿し方は素晴らしいなぁとしみじみ感じ入ります。ピンクタイガーとチェ・ゲバラと北海道のタトゥーを入れている佐智先輩や、征士郎を「スケベを鋳型に流し込んでできた怪物」と形容するみち子ママなど、脇役たちも個性的で輝いています。 おじさん同士のBLに抵抗がない方には強くお薦めです。
『ハム子とガオくん』、『ヘヴィ×ヘヴィ』の桃白茉乃さんによる、初の紙単行本作品です。 心の中の井之頭五郎が「ほーいいじゃないか こういうのでいいんだよ こういうので」と独りごちる、別マ作品に求めるど真ん中のような甘酸っぱい正統派学園恋愛マンガです。 自分より勉強も運動もできて容姿も良くて人気者というクラスメイトの同じ苗字の女の子に、何も持たない平凡な主人公の少年によるコンプレックス・嫉妬から始まる恋物語。転校で離れ離れになった後、苗字の変わったヒロインに高校で再会するというベタな設定ですが、こんなんナンボベタベタでも良いですからね。 この作品の良さを挙げて行きますと、まず絵がかわいい。シンプルに大事な要素です。桃白茉乃さんはここぞというシーンの絶妙な表情の描き方なども良いです。 また、良い学園恋愛マンガの要素として「周りの友人キャラが良い」というのがありますが、そこもしっかり押さえられています。個人的にはクールビューティーでイケメンな泉野さんなどは、今後掘り下げられたらとても好きになって行きそうな予感がします。そして、ある意味主人公以上にヒロインを好きな女の子である空の存在が、この物語では大事な鍵を握っています。 そして、何と言っても平凡な主人公を魅力的に描いているところが良いですね。特に何かSFやファンタジー的な設定があるわけでもない。芸能人や動画配信者やインフルエンサーでも、何か特殊な才能や特技があるわけでもない。本当にどこにでもいる、ただの普通の男の子。何ならずっと劣等感を抱えて生きてきた彼の、普通の人間としての優しさや魅力を丁寧にたっぷり描き出していくところが良いんです。そういった部分をヒロインが認めて、関係性が徐々に深まっていく展開への安心感があります。 男子主人公視点でヒロインの言動に振り回されながらも、彼女が抱える秘密のヴェールを少しずつ脱がしていく構成も続きを気にさせます。 ケンカップル好きの人、王道恋愛少女マンガが好きな人にお薦めです。
溜息が出そうなほど美しい表紙・裏表紙に惹かれたなら、その直感を信じて手に取ってみて欲しいです。 『休日のわるものさん』や『ひるとよるのおいしい時間』の森川侑さん最新作は、滅びた世界で目覚めた少年と、彼をコールドスリープから目覚めさせた自称・大魔法使いの青年が、人間を探して旅をする物語です。 この作品は、表紙・裏表紙や広告のイラストを見てもらえば解る通りまず絵が素晴らしいです。文明が滅びて、植物に侵食された世界が緻密に美しくたくさん描かれていきます。カラーも美しいですし、白黒で細かく描き込まれた背景も魅力的です。樹々の間を差す木漏れ日、苔むした朽ちた建造物、人のいない静寂の世界でも美しく広がる空……廃墟好き・ポストアポカリプス好きには堪らない作品でしょう。 私自身もそういう趣味嗜好が多少ありますが、そのルーツを辿ると幼い頃に無限にリピート視聴していた『天空の城ラピュタ』に行き着く気がします。特に、ラピュタに着いた後に周囲を探索しているときの水面下で魚が泳ぎながらその下に滅びた都市が広がっているという構図が大好きです。『リュシオルは夢をみる』の中でも正にそういった感じの描写が行われていて「ああ、好きだなぁ」となりました。『DQⅢ』で大魔王ゾーマが「死にゆく者ほど美しい」と言っていた気持ちもちょっとだけ解る気がします。 即座に命を脅かすような危機もなくゆったりと静かに進んで行く物語ですが、その中でしみじみと感じ入るようなエピソードも描かれます。 滅びた世界を旅したい方、美しい背景に浸りたい方にお薦めです。
日本列島に最強寒波が襲来して、各地でとんでもない寒さになるとのこと。皆さんも暖かくしてご自愛しながら、部屋でゆっくりマンガなど読みながら過ごすのが良いのではないでしょうか。 そんなゆったりとした時間のお供にお薦めなのが、こちらの『サテライト・コインランドリー』。心の洗濯になる、SF洗濯マンガです。 表紙や1話だけでも見ていただければ解りますが、とてもゆるくて可愛らしい絵で可愛いらしいお話が展開されていきます。ちょっと疲れて、難しいことを考えたくないときにもスッと入ってくる作品です。 聞いた話ですが、アメリカの砂漠地帯の方だとコインランドリーのような施設が極端に少ないところがあり、またホテルの洗濯サービスもコロナの影響で使えなくなってしまっていた時期があって、結果洗濯をできるところが全然ないため旅行者向けに臨時の洗濯代行サービスを行ったら日本円にして1回8000円ほどでも大人気だったということです。 地球上ですらそうなので、とある銀河系で唯一水が豊かにある星で営まれているコインランドリーはさぞ大人気だろうなと思いました。 お客さんとして多種多様な宇宙の住人たちが来訪し、想像力を刺激されます。基本的に1話完結ですが、SFならではのスケールで描かれるお話もあれば、緩いだけではないお話もあり、楽しませてくれます。また、ピニャコなど可愛いサブキャラも魅力的です。 『ドラえもん』や、高橋聖一さんの作品が好きな方にお薦めしたい一作です。
胡原おみさん、以前に描かれていた『赤毛のアンの食卓から』や『みけねこ鍼灸院』などが隠れた良作で大好きだったので、新作も楽しみにしておりました。 すると、期待以上に素晴らしい作品が登場して嬉しい限りです。 『逢沢小春は死に急ぐ』は、日本でも安楽死が法的に認められるようになった世界の物語です。有名人を多数含んだ集団自殺が契機となり、本人の意志を尊重して自由意志により安楽死を選択することが可能となっています。 世界的にも類を見ない少子高齢化社会であり、労働人口は減る一方であるのに対して医療費は青天井である日本。今後ますます医療技術が発達して平均寿命が伸びていけば同時に尊厳死の問題も広がり、安楽死に関する議論もより活発になっていくことでしょう。本作は、そんな社会を先取りした思考実験的な作品でもあります。 端的に言えば、本作のヒロインである逢沢小春はタイトル通り「高校を卒業したら安楽死する」と決めています。その理由は、聞けば理解できてしまうものであるため、主人公の柏原常(とき)も軽々に止めることは難しい。しかしながら、常もとある理由により小春の安楽死を止められるものなら止めたいと強く思っています。 そんな彼らにより、限られた時の中での青春が繰り広げられていきます。高校生の頃なんて時間は無限にあるように感じられるのが普通で、無為に時を過ごすのも青春の一部という感すらありますが、死を意識している状態だからこそ日々を無駄にしないように大切にやりたいことに全力で生きる彼らは輝いて見えます(純粋に胡原おみさんの絵がかわいいのもあります)。 この作品が良いなぁと思うのは、周囲の脇役たち。ヤンキーやカースト高め女子など、普通の作品であれば悪役や嫌なキャラとして配置されそうなところが、徹底的に良いヤツらとして描かれる優しい世界であるのが、逆に今の時代のリアルも感じさせます。色々な人たちと徐々に繋がって、助け合って。そういう学生生活の描写が本当に気持ち良いんですね。 普通、良いヤツだけだと盛り上がりに欠けそうなものですが、本作は主軸となるテーマとそれに寄り添った全力の青春の気持ち良さだけで十分素晴らしいものになっています。 果たして、小春の死を止めることはできるのか。彼らの時が終わらないことを祈りながら、続きを楽しみに待ちます。
39歳での初産が無事に終わり、ようやく家に帰れるぞ〜!父子の対面だ〜!というところで旦那さんがコロナ陽性になってしまうピンチもあったりしますが、どんなことでも美味しいご飯があれば乗り越えられるッ!!という心強いエッセイ漫画になっております。大町テラスさんちのご飯は手間がかからないのにオシャレで美味しそうで、カルディに行っておすすめ調味料を買ってこようと思いました。息子のミロちゃんが薄毛なのがかわゆいですね〜!!
人間より大きい犬に乗って、広大な世界を走り回って冒険の旅をしてみたいと思ったことはありませんか? これは、そんな夢を叶えてくれる作品です。 氷河期(スノウボールアース)が訪れた未来の北海道を舞台に、体が氷雪でできている「凍犬」のしらこと旅をする青年・太一が主人公。 世界は徐々に温暖化が進んで春が訪れようとしていますが、しかし人間の体温でも溶けてしまう凍犬は、春になると消えてしまう定めを背負った儚い存在。そんな凍犬のしらこを生かすために、太一は世界が暖かくなっても冷たいままの場所である虹の根を求めて旅をします。 設定から既に切なさが溢れ出ているのですが、それを吹き飛ばすくらいにしらこの犬としての動きが愛らしくてかわいいです。サイズは大きくても、行動は犬そのもの。ボールを投げてもらうのは大好きだし、人間に構ってもらうのも大好き。はぁ〜〜〜、わっしゃわしゃに撫で回したい。雪原の上で思い切りのしかかられたい。毛の中に埋もれて一緒にお昼寝したい。はぁ〜〜〜〜〜…………。おやつに氷柱を齧るのもかわいい。ただかわいいだけではなく、時にはとてもカッコ良いシーンも見せてくれるしらこにもうメロメロです。 作品としては、ポストアポカリプスを北海道でやるというのが面白いですね。地元の方や、北海道の地理に詳しい方なら、色々とニヤニヤしながら楽しめるのではないでしょうか。「あ、ここは残っているんだ」とか。『ゴールデンカムイ 』などとはまた違った楽しみがあります。 世界観的には当然なのですが、シリアスな描写のところはちょっと衝撃もあり、どうか最後のときまでしらこが元気なままでいて欲しいなぁと祈るばかりです。
古くは島本和彦さんの『ガレキの翔』から、最近では『となりのフィギュア原型師』など実は良作が多い造形ジャンルのマンガ。 本日発売したこの『ガレキ!-造形乙女の放課後-』も、そこに名を連ねるべき名作です。フィギュアとガレージキット、何が違うのか判らない。そんな人こそ、このマンガを読むと楽しめることでしょう。知らない世界を知ることは楽しいものです。 本作の主人公である、うどん屋の娘の真白もフィギュアのことなどまったく知らなかったのですが、ガレージキットを自作しワンフェスに出展しているクラスメイトの雛瑚と出逢ったことで、未知の世界へと入門していきます。 真白の性格がとても良く、ややもすれば否定的になられてもおかしくない雛瑚の趣味に対して、優しく積極的な理解を示す姿勢を見せてくれます。何なら創作元のアニメも一晩で観てくれるなど、雛瑚にとっては神対応の真白。しかし、ガレキの道は1日にしてならず。何なら有毒ガスの出る作業や危険の伴う工程もあり、文字通り命を削って作られている側面もあって素人には厳しい道ですが、真白は果敢に挑戦していきます。そうなったらもう、雛瑚との距離は縮まっていかざるを得ません。優しい世界がそこには広がっています。 読者としては、何も知識がなくとも真白と同じ目線で少しずついろいろなことを知りながら楽しく物語を追っていけますし、詳しい人はあるあると共感しながら真白の成長・沼へと脚を沈めていく様を笑顔で眺めていく楽しみ方もあろうと思います。 「無いなら自分で作る」 という、ガレキや引いては二次創作の究極的な部分も非常に気持ちよく描かれていて、好感触です。 令和的な感覚ですが、世間的にはこうした趣味も20〜30年前より格段に受け入れられ易くなっているのだろうと思います。アニメを観るのは普通のことになり、フィギュアもより身近なものになりました。真白のように、自分で積極的に手にしたことはなくても、それを創っている人に対して尊敬を持ち、好意的になる若い世代の子は増えていることでしょう。そう考えると、ある意味では良い時代になってきているなと。 気が早いですが、この作品がアニメ化されて人気が出たらそこから原型師になる人も出てくるでしょう。長く続いていって欲しいです。
「第3回百合文芸小説コンテスト」百合姫賞作品が原作ということですが、そんな雰囲気をひしひしと感じる良きお点前の現代的な百合でした。 売れない声優でコンビニバイトをしながら配信で小銭を得ているゆにまる。が、ある日「インスタやってそうなキラキラ女」こと大企業に勤めるOLのさやかから「自分の遺書を読んで欲しい」という依頼を受けるところから、二人の関係性と物語の歯車が回り始めます。 猥雑なカオスに満たされたTwitterランドを居心地の良い安息の地とする人にとっては、InstagramやFacebookの意識の高いキラキラ感は眩し過ぎて直視できない違う世界の住人であるように思うことがあるのではないでしょうか(というか、私自身がそうなのですが)。本作の主人公ゆにまる。も、最初の内はまったく属性の違うはずのさやかに対して警戒心を抱きます。 やたらと羽振りも気前も良く、金払いが良いのは生活的にはありがたいにしても、普段たんぱく質を卵と豆腐でしか摂っていないような自分と全然違うさやか。金銭感覚を含めた差異に、苛立ちすら募らせます。しかし、こんなに側から見たら恵まれていそうな人間が、何故死を希求してそこに向かっていくのか。色々な感情が綯い交ぜになりながらもこの物語における最大のミステリーに少しずつ近付き、同時に二人の距離感も徐々に縮まっていくそのスピード感が絶妙でした。 以前はミヤハラミヤコ名義で『一度だけでも、後悔してます。』や『ものつく~手作り生活、はじめました。~』などを描かれていた宮原都さんの美しい絵も、本作にはピッタリとハマっていて良かったです。 英語におけるlemonの「不良品」や「役立たず」という果物とは別の意味を思いながら、そういったものに宿る価値を見出してこそ人生も輝くというものです。 今日は一段と冷え込みが厳しい冬の日でしたが、読んでいる間は夏の香を感じられました。レモネードでも飲みながら読みたい上質な1冊完結の百合です。
『ろくぶんのいち ~ぼくたちの格差~』や「宝くじが当たったら、母が家を出て行った。」の神波アユミさんによる1冊完結のBL作品です。 喘息持ちの少年・内田と、病院が実家で吸入器の使い方に詳しかったことで内田と仲良くなり惹かれて行く月城の二人が主軸です。しかしながら、元々内田は主治医であり月城の従兄弟にあたる圭介に対して昔から憧れの気持ちを持っていて、月城にとっても圭介はとある理由から尊敬という言葉では足りないくらいに想っている相手であると、最初から少し拗れた関係性となっています。更に、途中からはそこに薔薇に挟まる女性も介入してきて、なかなかにヤキモキさせられる両方想い系のストーリーです。 ただ、背景や心情描写もかなり丁寧に重ねられるのでそれぞれのシーンの納得感も強く、全員の気持ちにしっかり共感していくことができました。物理的・心理的な閉塞感をアングルでしっかり描き表す演出や、文字の処理の演出なども良いです。 本作で特徴的なのは、昔の雑誌の2色刷りのような、黒い線を基調にモノクロのトーンも使われながらもミントグリーンとイエローの2色だけカラーとして通常のトーンを貼るような部分に彩色がなされる特殊な作画。元々の絵が美しいこともあいまって、これがクリアで淡い読感をより強めています。空や海やプールの碧、夏の碧、青春の碧、緑蔭の碧が澄み渡って伝わってきます。 時として内田は思考が負の方向に進んでしまい、それに伴って起きる喘息の発作は爽やかな色合いと画風とは裏腹に、非常に胸に迫る苦しさを感じさせます。私も幼い頃は喘息持ちだったので、内田の苦しみが多少は解ります。苦しむ内田に対して、自分が何をできるのか必死に考えた結果、月城が行う決断をどうか見届けてください。 とても細かいところで言うと、国籍不明の「お前らネット張るの手伝エーヨ」と言ってくるキャラと、ワンシーンでとても良いことを言っていく野球部のガタイの良い阿部くんが地味に好きです。 絵良し話良しで、直接的な性描写までは行かないライトめなBLなので、この系統の作品をあまり嗜まない初心者の方にも推せます。
舞台は“巫(ムラ)”と呼ばれる共同体を巨大な神様が守っているという形で人々が生活している世界。 スクモという巫に住む少年ツチマルは、巫を襲おうとする魔獣と神様が戦う姿を目の当たりにし、自身を含めた人間のあまりの無力さに絶望を感じていました。 そんな彼が見つけた自身の役割、それが、神様が武器として使う剣を作る鍛冶という仕事。 この作品はそんなツチマルが鍛冶として神様に身を捧げていく様子を描く作品です。 神様と巫人との関係性や生活様式など世界観が細かく作り込まれていることが感じられて、 その壮大さに冒頭から圧倒される作品です。 そんな中でも主人公のツチマルに待ち受ける運命はあまりに厳しく、 導入となる3話までは必ず読んでこの物語の過酷さと壮大さを感じてほしい、そんな作品です! 1巻まで読了
令和5年1月14日。『四十九日のお終いに 田沼朝作品集』と初連載作品の『いやはや熱海くん』が同時発売となり、世界に田沼朝さんの才能が広がる記念すべき日となりました。 こちらの『四十九日のお終いに』の方は、ハルタで公開された3編に、商業未公開の5編と表題作の描き下ろし1編を加えたものとなっています。絵の変化が商業以前以後で顕著ですが、現在の画風は男女問わず間口広く受け入れられ易いであろう良いもので、好きです。 田沼朝さんは、絵の性質もあいまって何でもない日常における雑談を心地良く描く技術がとても高いです。それは、本作収録の最初の「海はいかない」を読んでも『いやはや熱海』くんの1話目を読んでも伝わるでしょう。 その最たるお話が「旅は道連れ」。大阪環状線に乗った受験生の少年が、たまたま出逢ったクラスメイトの彼女と西九条から天王寺方面まで同乗して駄弁るだけのお話なのですが、これが面白い。電車で移動してるだけの時間をこれだけ面白く描けるのがすごいなと思います。551など大阪ローカルのネタが多いですが、伝わらなかったとしても雰囲気だけでも全然楽しめる1編かなと思います。 表題作の「四十九日のお終いに」などは、主人公の葛藤や関係性などもう少しいろいろな要素が盛り込まれており読ませるお話です。これも連載作の『いやはや熱海くん』と共通するところですが、人間関係の絶妙なぎこちなさの描き方が良く、そこを乗り越えて関係性が進展して行くだけで気持ち良さが生まれているのも美点です。ダイレクトな行為や言葉だけでなく、些細な言動が誰かを傷付けもするが救いもするこの世界の美しさを掬い取っています。 「桃と道行き」の最後の1ページがくれる軽やかさなども本当に良いですね。 お薦めの短編集ですし、ぜひ『いやはや熱海くん』と併せて読んでみて欲しいです。両方を読むことで、お互いの味わい深さもより増します。
1巻完結の物語としては、早くも2023年最高峰ではないかと思わせる非常に上質な作品が登場しました。 シンガーソングライター・多野小夜子とそれぞれ多様な関わりを持つ男女数名が織り成す、連作短編です。 作者はごめん名義でも描かれていた、西野カナさんのMVなども描かれた川野倫さん。 誰しも一度は「特別」になりたいと憧れ、そして多くの人は夢破れて「平凡」になるわけですが、本作では「特別」な小夜子と、それを取り巻く「平凡」な人々で構成されています。さまざまな感情の堆積がやがて歪みを生み発露するさまが、多様な角度から描かれていきます。人間の持つ嫉妬心や他人の不幸を願う気持ち、自分の心を安定させたいがための卑しい行為などが非常にリアルで丁寧で、読み応えがあります。 また言葉のセンスにも光るものを感じました。 ″恥ずかしくて死にたくなれよ。 生きてるなら。″ といった切れ味鋭いセリフや、作中で小夜子が「なぜ歌を歌うのか」と問われた時の ″ただの自傷行為だよこんなの。 曲を作ることも歌うことも。 でもさ、それで救われたって人もいたんだよね。 そういう人のために歌うわけじゃないけどさ、 そういう人もいるんだなって思ったよねー。″ というセリフなどは、特に好きです。 ある種神格化さえされている創り手の神聖に見える創造行為が、本人の認識ではただの自傷や自慰行為に過ぎない。でも、それは決して悪いことではなく、それでもその被造物によって救われる人も確かに存在する。そのことは、創り手にとってのささやかな救いともなる。 理不尽に覆われたこの世界がそれでも美しいと思える理由が、ここにあると思いました。
※ネタバレを含むクチコミです。
主人公の携帯電話を鳴らす見知らぬ番号、電話の主は都市伝説の「メリーさん」。彼女は徐々に主人公の家の近くまで迫ってくるのですが、主人公の隣人が行っていた謎の儀式に巻き込まれ、メリーさんは異世界に転移させられてしまいます。 それでもなお主人公に電話を掛けてくるメリーさんですが、異世界で魔物に襲われて命の危機に陥りますが、そこで主人公が電話越しにアドバイスを伝えたことでなんとかその場を乗り切ることに成功します。 そもそもメリーさんのことをただのイタズラ少女だと思っている主人公が子供の戯言だと思って電話に付き合い続け、その結果としてメリーさんが異世界でのトラブルを乗り越えていく、そんな不思議な構図で現実と異世界を繋ぎながら進んでいくドタバタコメディです! 1巻まで読了
『三体』の劉慈欣さんが原作。 『三体』の劉慈欣さんが原作。 『三体』の劉慈欣さんが原作。 最初に『神様の介護係』の存在を知ったとき、驚きのあまり三度見してしまいました。そして、同時にこうも思いました。 そんなの、絶対面白いじゃあないですか……。 皆さんは『三体』は読まれていますでしょうか。今世紀を代表するSF小説で、『火の鳥』を髣髴とさせるほどの超大なスケールの物語。『三体』自体も中国国内ではコミカライズされているようですが、日本でも可能なら『アフタヌーン』辺りで本気のコミカライズをして欲しいですね。 この『神様の介護係』で気になる作画を担当するのは『 午後9時15分の演劇論』の横山旬さん。この組み合わせを考えた方が誰かは分かりませんが、英断だと思いました。劉慈欣さんの原作に対してどんな絵を当てるかと考えると、結構ハード目で青年誌寄りのタッチの方を選ぶのが自然な気がします。しかし、そこであえて少年マンガ系の横山旬さん。これがピッタリとハマっています。 1話を試し読んでいただければ解る通り、開幕からバリバリに独自世界の色を出してきます。濃密な作画と設定によって倍くらいのページを読んでいるような感覚に陥るほど情報量が多いです。それは、松井優征さんも授業で行っていた通りマンガとしては非常に優れている状態です。 横山旬さんの絵は、アクションや表情も気持ちいいんですよね。少年誌的テイストで間口の広いエンターテインメント色を出しながらも、そこは劉慈欣さんの世界ということでセンスオブワンダーを与えてくれます。 1冊完結で、非常にコンパクトですが満足感の高い仕上がりとなっています。SF好きの方は、押さえておいて損はありません。 そんな今夜、漫勉新シーズンが手塚治虫さん回放映なのは因果を感じますね。