離婚しない男

社会問題に斬り込む意欲作 #1巻応援

離婚しない男 大竹玲二
兎来栄寿
兎来栄寿

近年、「実子誘拐」が大きな問題になっています。もっと言えば、そうした人権にまつわる問題に関わる弁護士や政治家、官僚、NPO、活動家等に対して強い疑義が呈されるようになってきています。 「実子誘拐」という言葉を聞いたこともない、という方は以下のような記事を読むとその内容が解るかと思います。 「実子誘拐ビジネス」とは?共同親権問題、マスコミが報じない弁護士業界のリアル https://sakisiru.jp/37276 「実子誘拐ビジネス」の闇 人権派弁護士らのあくどい手口 https://findmyparent.org/ja/knowledge-base/「実子誘拐ビジネス」の闇 人権派弁護士らのあ/ 先日、そんなとんでもない助言を行なっていた弁護士と元妻を訴訟した裁判の2審判決が出て、子連れ別居を助言したことは違法とされました。 「子連れ別居を助言」は違法 元妻と弁護士2人、2審も敗訴 - 産経ニュース https://www.sankei.com/article/20230126-GDW6NAGO3FJF3N3YN3VUPZKFXA/ 何とか1審に続いて人倫に悖る判決が出なかったことに安堵しています。しかし、この件で助言をした弁護士のことを数十人もの弁護士が擁護しているのは異様です。子供を不幸にしながら、直接的にしろ間接的にしろ利益を得るなどということが断じてあってはいけません。 どうしてこんなことが起こってしまうのかは上記の記事にもある通りですが、何しろ母親の権利があまりに強く、仮に母親が子供を虐待していて父親の方が適切な子育てを行なっていたとしてもなお父親が親権を得るのが非常に難しく、またその勝ち目の薄い仕事を引き受ける弁護士も非常に少ないという現実があります。 そこに果敢に切り込んでいったのが、本作です。不貞を働くあまりに酷い母親から愛娘を引き離して暮らしたいものの、正当な方法で親権を得るために、法的な制約により離婚をすることすら許されない父親の重苦の戦いが描かれていきます。 娘を大事に育てたいという真っ当なその願いを、人間を守るはずの法が阻害するという矛盾。父親の怒り、悲しみ、憎しみ、無力感、やるせなさ……さまざまな感情が強く伝わってきます。 この物語を読めば、誰もが「こんなことが罷り通るのはおかしい」と思うことでしょう。でも、独身で興味がなくそんな法になっていることを知らなかったという人も多いと思います。それを知ることのできる作品として価値があります。 カバー下の描き下ろしでも、浮気調査の良い依頼の仕方や、離婚の時効が成立するための期間や始点についてなど詳しく解説されています。 既に他のクチコミも複数あり非常に盛り上がっていますが、1巻発売を機により注目されて多くの人に読まれて欲しい、そして不幸になる親や子供が1人でも減って欲しいと思い、書かせていただきました。

スカビオサ【電子単行本版】

煮え切らない彼氏との別れからの意外な展開 #1巻応援

スカビオサ【電子単行本版】 深月くるみ
兎来栄寿
兎来栄寿

スカビオサの花言葉は色によって違いますが、 紫 私はすべてを失った、未亡人 青 悲しむ花嫁、朝の花嫁 白 不幸な愛 ピンク 悲哀の心 黄 再起 赤 感じやすい心 と、基本的にはマイナスのイメージが暗示されます。そして、カラーページや単行本の表紙のカラー的には青や紫系の寒色の印象が強いです。実際にどうなるかは結末を見るまではわかりませんが、現時点では明るい未来が待っている可能性の方が低いように思えます。 5年ほど付き合い同棲中の恋人・拓磨と真剣に結婚を考えているのに、相手には全然その気がなさそうで家政婦のような生活に嫌気が差して別れる決意をする千尋。そんな千尋に、新たに距離を縮めてくる男性・潤平が出現。拓磨より優しくスマートな潤平にどんどん惹かれていく千尋の運命やいかに……というお話です。 女性向けの作品で彼氏や夫のダメっぷりと別れから始まる物語は数多くありますが、その中にあって意外に感じる展開・掘り下げがありました。それ故、読んでいてこの後の物語がどうなっていくのか気になります。 本作は主要キャラ以外の周りのキャラクターも立っていて、特に拓磨のお姉さんは竹を割ったような性格のとても良いキャラで、推せます。 筆者の深月くるみさんの、スタイリッシュな絵柄もお話のテイストにマッチしていて好きです。 大人の男女の痴情のもつれを見たい方にお薦めします。実写化も非常にしやすく人気を得られそうな内容なので、ドラマ化などしたら一気にブレイクするポテンシャルを感じます。 なお、続きは単話で売られていますが、単行本2巻目も3月2日発売予定です。

死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない

笑わせるという仕事の向こうに #1巻応援

死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない ナターシャ
兎来栄寿
兎来栄寿

表紙を捲るとカバー袖に書かれている「続けるも辞めるも、どちらも地獄。」という文言が、重くのしかかってきます。 人を笑わせることが仕事である芸人が、裏で抱える笑えない現実。コントトリオ「ニュークレープ」のナターシャさんが、そのリアルを物語に込めて描いています。 芸人というテーマではありますが、人生をどう生きるかという悩みとして捉えればあらゆる人にとって自分ごとになり得る物語です。やりたいことをやるべきなのか、自分が得意で苦にならないことをすべきなのか。そもそも、自分は本当は何が好きで、何をやりたかったのか。 また、自分より面白くて絶対に売れるべきなのに売れてない人もいれば、堅実な道へと進んだ人もいる。自分はどの道を進むべきなのか、進めるのか。そこに本当に道はあるのか、道が無ければ切り拓けるのか。ともすれば見失いがちなことを、本作の主人公・千葉を通して考えさせられます。 舞台の上に立つときのえもいわれぬ緊張感にはゾクッとしますし、逆に何気ない日常シーンの掛け合いに笑い癒されもします。 特に好きなのは、終盤のとあるシーン。主人公が得る気付きは、私たちも同様に見落としていてもっと大事にすべきものかもしれません。 同じくコンビ芸人を描いた『相方が俺を好きすぎる』と同日発売するというシンクロニシティが起きており、そちらのクチコミも書いていますが、併せて読むと面白味が増します。

やまさん~山小屋三姉妹~

峻険で辺鄙。けど、壮麗で霊妙。 #1巻応援

やまさん~山小屋三姉妹~ 坂盛
兎来栄寿
兎来栄寿

山の上に登り、雲海の上に昇る朝日を見るのが大好きです。 草木も眠る丑三つ時に目を覚まして、身を切るような冷気を頬に感じながら一切の光がない暗黒の山道を登る。登る。登る。息も絶え絶えになりながらも、徐々に白んでいく世界を感じつつ頂上に辿り着く。興奮で疲れを忘れた体を少し休めながら、紫がかる大好きな色の空の移ろいを眺める。清澄な空気は一呼吸ごとに自分を再生させてくれるようで。暫くして山の向こうから一際眩いご来光が立ち昇る。照らされる霧のかかった山々と、どこまでも美しく広がる空は現世とは思えないように霊妙で、思わずただありゆるものへの感謝が湧いてくる。 そんな瞬間を、こよなく愛しています。そして、この『やまさん~山小屋三姉妹~』は、そんな瞬間の素晴らしさを疑似体験させてくれる作品です。 私が主に登る山はまだギリギリ電波も届き、ある程度までは車も走れますが、この作品の舞台となる徳盛連峰の「雲海小屋」はもっと僻地にあり、電波も電気も通っておらずスマホも使えなければ、車では登れず人の足でないと辿り着けない場所。 そんな所とは知らずに、クラスメイトにプリントを届けようとして迷い込み滑落してしまった無謀な少年と、山小屋を運営する三姉妹の物語です。 山はただ美しいばかりではなく人の命を容易く奪う危険な場所であることを大前提に、それでもなお余りある山と山小屋での暮らしぶりの魅力をディティール豊かに描いて行きます。 まず何と言っても山の景色の絵が美しく、上で述べたような雲海とご来光のシーンなどは最高です。なるべく大きな画面で見ていただくと、よりその美しさや迫力が伝わることでしょう。雄大な景色を目の当たりにする主人公に、400%シンクロします。 山小屋も設備は古く、虫や獣などの対策やトイレなど不便も多く、歩いて運んでこないと物資も何もなく管理の大変さも伝わってきますが、それでも魅力的な露天風呂の存在だったり、山小屋ならではの濃密なコミュニケーションの楽しさだったりが描かれていることで「良いなぁ、行ってみたいなぁ」と思わせてくれます。 三姉妹のキャラクターもそれぞれ個性があり魅力的で、主人公との関係性の変化が気になるところです。 今現在、となりのヤングジャンプで無料で読めるのは3話までなのですが、4話のご来光シーンは読んでみて欲しいなと思います。 単行本発売に際してボイスコミック化もされたので、まずはそちらから試しに入ってみるのも良いかと思います。上記のご来光シーンがこちらでは観られます。 https://twitter.com/sakamori1234/status/1626474263548157952?s=46&t=xX9mwSH03C3O_y9AgLQTYQ

わたしが誰だかわかりましたか?

イヤミスのような読み心地 #1巻応援

わたしが誰だかわかりましたか? やまもとりえ
野愛
野愛

恋愛、子育て、仕事、友人関係に悩むシングルマザーの等身大の人間ドラマ。プラス、ミステリー要素があるのが面白い。 主人公はアラフォーのシングルマザー・海野サチ。 毎日毎日仕事に追われ、家に帰れば思春期かつ反抗期の息子がいる。女友達もなんだか優しくない。 変わり映えのしない日々を送るサチだったが、会社のパーティーで出会った男性・川上樹と意気投合。 恋の予感に胸を躍らせながら、毎日毎日メールのやりとりをし始める……。 この作品の魅力は、良くも悪くもサチが等身大の人間として描かれているところ。 友人に対しても息子に対しても鈍感で無神経な発言を繰り返すけれど、自分に対する悪意には敏感。 久しぶりの恋に浮かれてしまうのも、自分の弱みを隠そうとするのも、人間としてめちゃくちゃリアル。 人間のちょっと醜い部分が誇張なしでしっかり描かれている上にミステリー要素がプラスされているので、イヤミスを読んでいるかのようなハラハラドキドキ感がある。 レタスクラブ公式サイトで先行配信されているけれど、レタスクラブに縁がない層にも読んでほしい。

推しが死んだのでタイムリープして生存ルート確保します!

歪んだ、女性同士の”感情” #1巻応援

推しが死んだのでタイムリープして生存ルート確保します! 鈴木二三江
兎来栄寿
兎来栄寿

「ドラえも~ん! 感情の矢印が巨大オブ巨大な幼馴染の女の子同士の関係性を描いていて、かつそこそこ闇を感じるマンガが読みたいよ~」 「しょうがないなあ、のび太くんは……そんなときにはこれ。『推しが死んだのでタイムリープして生存ルート確保します!』!(SE)」 「どんな内容なの?」 「主役のふたりは幼馴染の親友同士。片方は生きるのに向いておらず、自分を『劣等種』と自認しているユキちゃん。そんな彼女の人生を唯一照らす光が、マルチ俳優で五輪の開会式に出るほどの大スター・ハルコちゃん。ユキちゃんのハルコちゃんに対する感情は大好きすら超えて、唯一神として”信仰”や”崇拝”の域に達しているんだ。ハルコちゃんの方は、そんなユキちゃんの想いを受けながらよく家に遊びに来てユキちゃんのために料理も作ってくれる」 「推しがそんな神対応してくれたら死んじゃう! でも、タイトルからすると推しの方が死んじゃうんだよね」 「そう。ハルコちゃんは謎の死を遂げてしまう。自分のすべてである唯一神を喪失してしまったユキちゃんは茫然自失。でも、ハルコちゃんを殺したと思しき”不純物”に行き当たるんだ。すると、ある瞬間突然に6年前の学生時代にタイムリープしちゃってもう大変」 「ぼくたちみたいな急展開だ」 「ユキちゃんがなぜタイムリープしてしまったのかはわからないけど、とにかく過去に戻って生きているハルコちゃんに再会したユキちゃんは決意するんだ。今度は地獄までだってハルコちゃんに着いていき、クソ未来をぶち壊すと」 「いいぞいいぞ~!」 「過去に戻って未来を変えるのは本当は良くないけど、幼馴染百合だったらタイムパトロールも許してくれるはずさ。ともかくハルコちゃんと常に一緒にいるために、ユキちゃんはハルコちゃんが入っている劇団に入ろうとするんだ。だけど、基本的に社会不適合者で運動も勉強もコミュニケーションも苦手なハルコちゃんが演技なんてできるわけもない。それでもユキちゃんのために強引に試練を突破していくんだけど、その様子も見どころだよ」 「ユキちゃんからハルコちゃんへの感情はわかったけど、ハルコちゃんからのユキちゃんへの感情はどうなのさ。」 「うふふふふふ。そこは読んでみてのお楽しみだよ」 「うわーん、てんとう虫コミックス26巻『空気中継衛星』で途中から突然絵のタッチが変わったときくらい気になるよう!」 「それは当時のチーフアシスタントたかや健二先生が代筆したからだね。絵のタッチといえば、この作品も作者の鈴木二三江先生の絵がとても魅力的なんだ。かわいさと危うさが同居してて、喜怒哀楽の表情もそれぞれすごくいい。多分初連載だと思うし初々しい荒さはあるけど、これから更にどんどん上手くなっていくと思う。表紙の絵もかわいいけど表紙とタイトルだけ見たらコメディチックな内容なのかな? と思っちゃう人も多い気がする。サスペンス性も強いし、のび太くんみたいに闇のあるお話が好きな人にも届いてほしいなぁ」 「ありがとう、読んでみるね!」 (15分後) 「ドラえも~ん! カバー下のおまけもいいし、何より続き! 続きが気になるよぉ!」 「そう言うと思った。コミックスの続きは『マガジンエッジ』2023年1月号、2月号で読めるよ」 「わ~い! じゃあさっそく……」 「その前に、宿題はやったのかい?」 「ええー!?」 「世の中はなにかほしいと思ったらそのためにそれなりの努力をしないといけない」 「ドラえも~~~ん!!」

ラブらず 恋が分からない男女の話

現代人に激しい共感を生む「ラブらないコメ」 #1巻応援

ラブらず 恋が分からない男女の話 梅里汐
兎来栄寿
兎来栄寿

結婚するときに「互いの好きなものを尊重して否定しない」というのは大事な条件だと思います。世間ではたまに夫の鉄道模型やガンプラが留守の間にすべて処分されるなどの悲劇も起こってしまっています。お互いに同じものが好きであれば理想ですが、せめて自分にとっては興味がなくとも相手の中ではそうではないかもと想像できるとこの世の悲しみは幾分減ります。趣味嗜好がより細分化していっている現代ではなおさらでしょう。 私の家族は「ジャンルは何にせよオタクはオタクと結婚するのが幸せ」と主張しています。自分に命より大切にしているものがあるからこそ、相手のそれを侵さないということを自然に行える人が多いからです。 1話を読んだときから大好きになって、こうして1巻が発売して紹介できるのを楽しみにしていた『ラブらず 恋が分からない男女の話』のふたりは、そういう意味では夫婦としてはある種理想的です。 塚瀬清春と早見りこ。恋愛という感情をまるで理解できない同僚の男女同士が、互いに協力してその気持ちを何とか理解してみようと悪戦苦闘する「ラブらないコメ」です。現代ではこのふたりの考えに共感できる方も非常に多くなってきているでしょう。 清春は、握手会などにも行く推しに生かされているドルオタ。一方りこは、鉄オタで同人誌を作って即売会にも参加するほどの熱量。このお互いの趣味に対して、無関心でいてくれるならそれだけでもういい伴侶でしょう。しかし、清春はりこのサークルの売り子として即売会に参加するのみならずりこの本を熟読してツボを押さえた感想を述べてくれるし、りこはりこで清春の推しへの想いを最大限に尊重しながらも握手会にも付き合ってくれるのです。 もちろん、実際に結婚して一緒に生活するとなったら他の細かい部分に関する許容値の多寡も問題になってきますが、入口はパーフェクトではないかと思わされます。 ふたりは本物の恋人同士がやるようなこと、例えば高いレストランに行ったり綺麗な夜景を見に行ったりといったことにも一生懸命トライするのですが、それでも恋愛が理解できず変な思考と言動に陥る様は笑えながらも人によっては強く共感するところでしょう。 私自身、三次元の人間と恋愛したりましてや結婚したりする気はさらさらなかったので、清春とりこの気持ちは非常に解ります。ただ、気付けば至極円満な結婚生活を送って数年。私も恋愛という過程はほぼ経ずに「何だか一緒にいることによるストレスが全くないなぁ」で結婚に漕ぎ着けたので、彼らもきっと夫婦になったらいい関係性でやっていけるだろうと思います。 そこまで行くかどうかはわかりませんが、普段は穏やかでありながら熱い心も持ち思い遣りに溢れたふたりのやり取りだけでも微笑ましく楽しいので、今後も見届けて行きたい物語です。

イケメン女子と金髪ショタ

おねショタ好きでなくとも響く物語 #1巻応援

イケメン女子と金髪ショタ ふじもとまめ
兎来栄寿
兎来栄寿

第1,2話がバレンタインデーのエピソードから始まる『イケメン女子と金髪ショタ』。正に本日2月14日に読むに相応しい作品です。 背が高く容姿端麗で運動神経がよく性格も優しく料理やお菓子作りも得意な愛波昴(まなみすばる)は、女子校で王子様ポジション。バレンタインデーにはチョコレートで山が築かれるほど大人気。そんな昴の家の隣に、最近引っ越してきたのが日本人の父とアメリカ人の母を持つハーフの少年・マルクくん。物怖じしながらも、ときには海外流のスキンシップも厭わない無垢な少年によって昴の心は掻き乱されていきます。 いわゆる「おねショタ」ですが、王子様系女子のクールな佇まいが崩され、ドギマギするのが好きな方も多いのではないでしょうか。ふじもとまめさんの可愛らしい絵柄もあいまって、ラブコメとして非常に秀逸です。 ただ、タイトルからしてもライトな内容を想像するかもしれませんが、この物語の価値を高めているのは一見穏やかに見える状態の裏に登場人物たちが秘めている気持ちとその描き方です。昴は、周囲からは完璧な王子様であることを求められているが故にその役割を全うすることを半ば自分にも強いています。しかし、どこかでそれは本当の自分ではないのではないかという気持ちも抱いています。そんな自分の素の気持ちを引き出してくれる役割がマルクくんという存在。 マルクくんはマルクくんで、友達と別れてやってきた異国の慣れない環境で、ひとり色の違う自分が新しく通う学校で無事に友達ができて上手くやっていけるか不安を抱えています。そんなときに手を差し伸べてくれた昴の存在は、彼にとってどんなにか大きくありがたいものだったか。 ただ明るく楽しいだけではない仄暗さもありながら、お互いが関わり合うことによって光の差す方へと進んでいく。一見すればタイトル通りのおねショタではあるのですが、その奥にある本質的な部分での繋がり、救い合う関係性は、もしふたりがまた違った年齢・性別であったとしても変わりなく尊いものです。そうした関係性が丁寧に描かれているからこそ、読んだときにハートフルさが胸を温めてくれます。 個人的には、昴の本質に気付いておりその上で自分の想いに自覚的な幼馴染みの紀代乃ちゃんがとっても気になります。本作のタイトルからしても概ね大道寺さくらちゃんポジションになってしまうとは思うのですが、だからこそ美しい。そういうものもあります。 おねショタ好きの方はもちろんですが、そうでない方にも広くお薦めしたい作品です。

東千石さんのメイクアップドール

ガール meets かわいいを作れるスパダリ #1巻応援

東千石さんのメイクアップドール ことぶきりー
兎来栄寿
兎来栄寿

シンデレラの原型として最古のものと考えられているロドピスのお話は紀元前から存在し、類型となる物語は世界中にあるといいます。 少女マンガはもちろんのこと、少年マンガにおいても「変身」は普遍的なテーマです。普段の自分を脱して、憧れていた特別な存在に変わること。潜在的に多くの人が持つ願望を叶える物語は、2000年以上前から現代でも王道として親しまれる強靭な型です。 『東千石さんのメイクアップドール』は、そんなシンデレラ・ストーリーの最先端。万年ジャージ女子大生・玲(あきら)が、美容学生である東千石に「練習用人形(メイクアップドール)」として起用されることで、今までとまったく違う日常を過ごしていく物語です。 この最新鋭シンデレラ・ストーリーにおいては、シンデレラを着飾るのも綺麗にするのも魔女ではなく王子様である東千石さん自身。パーティ用のガッツリメイクから、普段用のナチュラルメイクまで完璧に仕上げてくれます。しかも、お召しになる素敵なドレスや衣類もすべて当然王子様からのプレゼント。何なら、ガラスの靴ではなく初めてのヒールすら王子様が跪いて履かせてくれるとなっては、 「こっ こんなの頭おかしくなっちゃうよ」 という反応が現れるのもむべなるかな。 更には、王子様はメイクの傍らで美味しい食事まで拵えてご馳走してくれるし、オイルマッサージなどエステ的な施術もしてくれます。旧来の少女マンガならヒロインが料理をして好感度を上げるところですが、ある意味ではシンデレラ以上の好待遇。玲に関してはやっかむような家族や貴族的な人もほぼ存在しません。逆に、美しくなったことを讃えてくれたり、王子様との関係性を囃し立てながらも応援してくれる良き友人がいるばかり。この辺りの優しい世界観も令和的です。 それでも、玲がこんな厚遇を受けるのを素直に納得できて応援できるのは、玲が気は優しくて力持ちで、「義理と人情」を金科玉条のように掲げて日々人助けをしながら生きており、王子様に料理を振る舞われたならお返しに自分も作ってあげようとするような気立ての良さ。また、幼い頃にかわいい格好をして笑われたトラウマから、半ばかわいくなることを諦めていたという事情。何の躊躇いもなく幸せになって欲しいと応援できるふたりです。 筆者のことぶきりーさんが、フリーのヘアメイクのお仕事をしながら漫画家も兼業しているということで、「丸顔だからヘアは額出して縦のライン強調させた方が大人っぽくなる」など、作中のメイク関連の技術や知識、アイテムなどかなり細かくしっかりと描かれています。玲の髪型も、細かく描き分けられていてそれぞれ可愛いです。そう、純粋に絵がかわいいしカッコよくて魅力的です。巻末のオマケマンガ「〜玲のめいくあっぷ道場〜 突然ですが教えてくださいっ東千石さん」も非常に実践的な内容となっていました。 ただ、「練習用人形」でいられる期間は1ヶ月。その12時の鐘が鳴ってしまったら、果たしてどうなってしまうのか。 スパダリ王子が登場する甘い王道恋愛が読みたい方に強くお薦めです。 余談ですが、単行本の作者コメントから感じる地元愛にも共感します。

東くんの恋猫

コントラスト巧みに紡がれるそれぞれの想い #1巻応援

東くんの恋猫 菅原亮きん
兎来栄寿
兎来栄寿

『猫で人魚を釣る話』の菅原亮きんさんによる新作です。今回も「猫」がタイトルに含まれており、内容ともども猫愛を感じます。 菅原亮きんさんの作品は、『猫で人魚を釣る話』からそうでしたが菅原亮きんさんだけにしか描けない世界が醸し出す雰囲気を持っているのがまず魅力です。 それを生じさせている要因のひとつが、独特の画面作り。純粋に絵柄による部分もありますが、1話の扉絵のような明暗の描き方であったり、輪郭を描かない絵本のような樹木や植え込みであったり、モノローグの並べ方であったり、ハイライトの描き方であったり、構図であったり……諸々ありますが、特に特徴的なのはオノマトペです。 「ガー」や「ポーン」の「ー」がベクトルを感じさせる矢印になっていたり、「キーンコーンカーンコーン」の「ン」の上の部分がベルになっていたり、『猫で人魚を釣る話』1話冒頭の雪が降るシーンの「しんしん」は猫のしっぽのように柔らかそうな質感であったりします。2話の見開きで猫が撫でられるシーンは5種類の感触に併せて5種類のオノマトペがそれぞれ特徴的に描かれている顕著なシーンです。「サラサラ」は薄く、「つるつる」はつややかで、「ゴツゴツ」はいかにも太く硬く、「ピリピリ」は刺々しく、「ベタベタ」は気色悪げに。オノマトペに「(笑)」や「(集)」などの感情や様態の情報が付加されていたり、読者から見ると鏡写しでキャラクターから見たときに正位置になるように描かれているものも。最初は無意識に読んでいることが多いと思いますが、再読するときにでもオノマトペに注目しながら読んでみると色々な遊び心や工夫が見られて面白いです。表紙や各話の題字も、それに倣ってか空間に溶け込んでいるのも良いです。ちなみに私が好きなのは、猫がご飯を食べるときの「ガシャガシャ グァつぐァつ」です。 そして、そんなオノマトペによって普段は全体的に賑やかな雰囲気を纏っているだけに、静かに感情を強く表出させるシーンがより抑揚を持って響いてきます。 本作は、主人公の16歳の少年・東大和(あずまやまと)の担任・椎名先生への初恋と、そんな大和のことを大好きな猫の來瞳(くるめ)が中心となって繰り広げられる群像劇。大和も椎名先生もそれぞれ過去に生じた出来事により抱えている想いがあり、その描写と共にそれぞれの想いも深掘られていきます。そこに、猫である來瞳の視点から見た世界と強い感情も上乗せされることで、より立体的な関係性が浮かび上がってきます。しっかりと「人間」が描かれているのが良いですし、また猫に限らず人間以外の家族がいる・いた人には強く響きそうなエピソードもあります。 菅原亮きんさんの作品は派手な解りやすいエンターテインメント作品ではないですが、じんわりじんわりと沁みてきて気付いたときに涙が零れているような良さがあります。1巻の後、雑誌連載分は更に見逃せない展開になってきており、静かにゆっくりと味わって行きたい作品です。

星屑家族

「親の資格」の法制化 #1巻応援 #完結応援

星屑家族 幌山あき
兎来栄寿
兎来栄寿

『マーブルビターチョコレート』や「二番目の運命」、「マイハートドライバー」などの幌山あきさんが送る2作目の単行本です。 『マーブルビターチョコレート』のクチコミでも描きましたが、幌山(と書いて読み方は「ぽろやま」)さんの描くマンガは本当に良いです。ジャンプ+で掲載となった読切もそれぞれ内容は全然違いますが、ただ「良い」という部分だけはすべて共通しています。出版社を横断していますが、短編集なども出して欲しいですね。 さて、この『星屑家族』ですが、「親になるのが免許制」という社会を描いています。 作中でも、 「親……扶養者というのは子どもに対して  無自覚な強権を得ています」 と語られる通り、しばしばその権力をもって暴虐を振るう親が存在します。また、扶養者たる資格を持たず本人の意志もないまま実質的に扶養者となってしまうケースもあります。ひとつの命に対して責任を持つべき存在である扶養者に、資質や資格を問うべきではないのかという話はしばしば出てきます。もしそれを実現したら、という思考実験として秀逸です。 子供の姿をした「扶養審査官」が扶養者になりたい者たちをジャッジしていく様はなかなかのディストピア感ですが、実際にその判断を行う者・される者の間に生じる歪みや困難が非常に的確に描写されています。 扶養者の資格を得た人は「正しい」人とされる社会で、それを望まず審査に落として欲しいと望む男性の下での生活が営まれていきます。そこで芽生える様々な感情と振れ幅が見所です。 ネタバレせずに言えるとしたら、繰り返しになりますが幌山さんの描く作品群のこのテイストは本当に好きだなぁということです。ひとつひとつのセリフも冴えていて心の内に響くものが多くあります。 読み終えたとき、1,2巻の表紙を見比べながら改めてタイトルの意味を考え返しました。星屑、スターダスト。美しく、儚いもの。僕たちも星屑のかけらである地球から発生し、その血はいわば星屑の液体であると歌った曲もありました。簡潔にして、秀逸なタイトルです。 単行本が上下巻同時に発売となったのは、英断だと思います。上巻から1冊ずつ買うことを否定はしませんが、上下巻一気に買ってしまうことを強くお薦めします。

ハロー・マイ・ホーム

たどたどしくとも、顔を上げて前を向いて。 #1巻応援

ハロー・マイ・ホーム 空翔俊介
兎来栄寿
兎来栄寿

『三白眼ちゃんは伝えたい。』の空翔俊介さんが、『なつめとなつめ』連載の傍ら更にもう一本立ち上げたのがこちら。 ハートフルな擬似家族もので、1話目からがっしりと心を掴まれました。 かつて、大好きだった漫画家の父親と自分の絵を褒めてくれる母親を一度に亡くし、上手く喋ることも笑うこともできなくなってしまったヒロイン・たまをの境遇に、最初から感情移入してしまいます。 碌でもない親戚の下で更に心を壊され、たらい回しにされた結果優しい柏木夫妻に育てられたのは彼女の不幸中の幸い。小さい頃からの夢である漫画家にはなれなかったものの、漫画に関わる仕事をしたいということで編集者の道へ。しかし、コミュニケーション能力の不足により、担当作家や同僚からも疎まれてしまっている状態。それでも、大好きな漫画の仕事を諦めたくないという所は強いシンパシーを覚えます。 そんな彼女が、かつての自分と似た境遇の少年・海に出逢い、勇気を出して引き取って二人で暮らすようになるという筋書きです。欠けた者同士が不器用に寄り添って生きて行く話、どうしたって好きにならずにはいられません。その描き方も、1話を試し読んでいただければ解る通り美しいのです。 そして、思っていることを口に出さないことで海もまた学校という社会で疎外・迫害されていくのですが、そこにおける展開に令和的なものを感じました。かつての物語であったらこういうキャラクターがこんな役割を持たされて物語を動かして行くのだろうな、というものが綺麗に覆されていくエピソードは、逆に近年のリアルさを感じさせられました。 読んだら皆好きにならざるを得ないだろうというキャラクターがいるのですが、こういう人が実世界にも増えてもっともっと優しい世界が広がって行けば良いと思います。 読んだ後は心が暖められます。このような作品があることが、世界の優しさの総量を増やしてくれることでしょう。実写化などされて広く読まれて欲しい作品です。

相方が俺を好きすぎる

愛は重く、日常は面白く。 #1巻応援 #完結応援

相方が俺を好きすぎる パン崎まろやか
兎来栄寿
兎来栄寿

お笑い芸人における相方という特殊で特別な関係性もさまざまな作品で見るようになって久しいですが、少女マンガで好き合う者同士の物語が時代を越えてさまざまなシチュエーションや設定の下に無数に存在することを考えれば、コンビ芸人の物語も無数にあって然るべきでしょう。 本作は、ちょっと特殊ないきさつでコンビを結成することになったふたりの芸人としての日常を描いた微BLストーリー4コマです。 常在戦場、日常生活からボケとツッコミが溢れていてシンプルに笑えます。最初こそやや強引ですが、それが段々馴染んできた後に出てくる味は非常に良いです。カリカチュアライズされている部分はありますが、芯はしっかり捉えている印象です。BL要素もおつまみ程度で、ギャグ要素の方が強いので普段BLを読まない男性でも楽しく読めることでしょう。 徐々に進行していくM-1がモデルになっているであろう大型大会であったり、割と強火の推しであることを自覚していないもののギャルファンとの絡みにイラっとする自分を見付け承認欲求の暴走に悩む女性ファン視点のお話もあったりと、多角的に現代の芸人像が描かれます。昨年のM-1覇者であるウエストランドを髣髴とさせるような、SNSで漫才のネタを批評する人たちを扱ったネタも。 「寝起き即プリンセス芸できんの何?」 「″神″を図形ツールで作んなよ」 辺りのツッコミが個人的に大好きです。 一方で、 「人生の漫才以外の部分は相方じゃない  でも どんな関係になっても舞台上には二人だけだ」 というシリアス部の本質を突いたモノローグも印象的です。 同じく本日発売の『死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない』と併せて読むことで面白さが相乗します。本当はもっと厳しいリアルがある世界でしょうけど、劇場での楽しい夢のような時間を切り取って提示してくれるこの作品も、それはそれで尊いものです。作者のお笑いと芸人への愛を感じる作品です。 1冊完結ですが、もっともっとずっと浸っていたい空気感でした。

彼と私のチ×チ×チャンス!!

チ。 -オチ×チ×の運動について- #1巻応援

彼と私のチ×チ×チャンス!! 花丘れもん
兎来栄寿
兎来栄寿

人類は本当におち×ち×が好きだと思います。 ギリシャに行ったときは、アテネでも離島でもどこのお土産物屋さんにも色とりどりのファルスが並べられていました。古代ローマ人も、おち×ち×に翼を生やしたものを魔除けにしていたとのこと。そのセンスに感銘すら受けました。 日本でも、「かなまら!」「でっかいまら!」と声を上げピンクの御神体を御輿として担ぎながら練り歩く川崎のかなまら祭は、例年5〜6万人を動員する大人気の奇祭として続いています。 『コロコロコミック』が行った「うんこちんちん総選挙」では、のべ数十万の投票結果で第1回・第2回ともちんちんの勝ちでした。最近でも『炎の闘球児 ドッジ弾平』の正統続編として始まった『炎の闘球女 ドッジ弾子』に登場するキャラクター「珍子」を巡って、大の大人たちが平日の昼間から大はしゃぎです。 『コロコロコミック』が国語学者にその人気の秘密を訊ねた記事は一読の価値ありです。 https://corocoro.jp/news/97249/ 前置きが長くなりましたが、 第1話「おちんちんチャンス到来!」 で始まり 第5話「初めての朝勃ちおちんちん」 で終わるおちんちんに満ち満ちた『彼と私のチ×チ×チャンス!!』1巻。 11歳のときの保健体育の授業でおちんちんが硬くなるという事実を知ったときの衝撃、通称「おちんちんショック」以来、性的な欲求というよりは「自分の体にはない未知なるものへの探究心」が高じておちんちんへの興味が暴走気味のヒロイン・モモと、彼女といい感じになりおちんちんを狙われるモデルの出雲とのラブコメです。 おちんちんがどうして、どうやって硬くなり大きくなるのか、見て触って確かめてみたい……。そして、遂にやって来る .☆.。.:.+*:゚+。 .゚・*..☆.。.:* お ち ん ち ん チ ャ ン ス .☆.。.:.+*:゚+。 .゚・*..☆.。.:* 本当に作中でもこのワードに豪華な枠が宛てがわれており、見どころです。果たして、モモはおちんちんチャンスを掴めるのか? その後も毎回のようにおちんちんチャンスはやってきます。チャンスの女神は前髪だけといいますが、おちんちんチャンスの女神に限ってはフサフサのようです。 人間の「知りたい」という欲求がいかに根源的で抗い難いものであるかは、近年だと『チ。-地球の運動について-』でも壮絶に描かれました。ラファウは地動説の美しさに魅せられ、モモはおちんちんの神秘に魅せられた。そこに本質的な違いなどありはしないのではないでしょうか。 性的接触に興味はなく「おちんちん目的」であるという歪みを抱えながら、普通のラブコメ以上にラブがコメっておりヤリチンであるはずの出雲が絆されていく様はいとおかし。かつてこんなにピュアな「おちんちん目的」があったでしょうか。ふたりの関係性がどうなって行くのか、楽しみです。 なお、巻末に収録の1巻発売記念4コマのポイントくんのところが個人的にツボでした。ポイントくんかわいいよポイントくん。 おちんちんに性的なものとはまた別の興味や魅力を感じる方は、読むと不思議なシンパシーを得られるかもしれません。

ふわふわ志保のほっこりごはん

2023年「亜月裕先生の新刊」 #1巻応援

ふわふわ志保のほっこりごはん 亜月裕
兎来栄寿
兎来栄寿

「亜月裕先生の新刊」が本日発売! 令和5年になって、この言葉を発せられる驚きと嬉しさたるや。 電子版のみではありますが、2016年に発売された『伊賀野カバ丸★そりから』以来7年ぶりとなる新刊です。亜月さんももう古稀、再来年でデビュー50周年なんですね。先日クチコミを描いた『ぼっち死の館』もそうですが、若い体であっても大変な作業であるマンガの執筆を、歳を重ねてもずっと続けられている方々には畏敬の念を抱きます。 この『ひとりでほっこりくつろぎごはん』シリーズで連載されていた『ふわふわ志保のほっこりごはん』は、非常に伸び伸びと描いている感があって、読んでいてどこか安心します。 本作は1話完結型で、30歳のOL志保が毎回どこかで何か特定のメニューを食べるグルメマンガ。 某所で行われているさんま祭であったり、50円でボルシチとコールスローを付けられるお店の「タンポポオムライス」と言ったら、解る方には解る実在のイベントやお店でしょう。 どこかのお店に食べに行く話でなく、「雪中キャベツのポトフセット」など話題になったお取り寄せ品のお話であったり、もらった材料から自分で料理をするお話もありバラエティ豊かです。実際に食べたときの感動をそのまま表現されているようで、読んだらすべての品を食べたくなります。少なくとも、私は昨日ポトフを食べたばかりなのにまたポトフを食べたくなりました。 たまに過去回想も入りつつ基本はゆるく進行していくのですが、たまにポトフの回のような読者の記憶を刺して来る味のあるエピソードもあり、流石の力量を感じさせてくれます。 何より、亜月さんの醸し出す雰囲気が端々から心地よく伝わってきて、古の少女マンガ読みとしては感慨深さを覚えずにはいられません。 末長く元気で美味しいものをたくさん食べて、またこのシリーズでも『カバ丸』でも描いてくださったら、一ファンとして嬉しいです。

白地図のライゼンデ

大注目の測量士ファンタジー #1巻応援

白地図のライゼンデ パミラ
兎来栄寿
兎来栄寿

大昔はRPGをプレイするときに自分で紙にダンジョンのマップを描いて攻略していて、悪質な罠や凶悪な敵に阻まれながらも少しずつ乗り越えていくのが楽しかったなぁと思い出します。 その頃、方向音痴なマッパーを主人公とする大人気ファンタジーライトノベルにハマっていたので、地図を作るという行為に対しては基本的に好意的な思い出しかありません。オープンワールドで少しずつ未開拓の地図を広げていくのも大好きです。 本日1巻発売の『白地図のライゼンデ』は、正にそんな地図作りがキーワードとなる物語。測量士が主軸となる、今年注目のファンタジーです。『ヤングマガジン』で連載されていますが、どちらかというと『シリウス』や『good!アフタヌーン』などに載っていそうなタイプのお話です。系統としては流行りのなろう系ではなく、独自の世界観を作り込んでいる純然たるファンタジーです。個人的には断然好みです。 この世界においては、″未測定領域″と呼ばれる地図の空白部分からは魔物が生まれてくるという大きな設定がまずあります。未確定領域を狭めるために、この世界の住人たちは測量士たちの力によって地図で描かれた場所を拡大していっています。そして、並の測量士と比べてもとんでもない力を持つ少女との突然の出逢いから、この物語の歯車は動き出します。もしこの能力を伊能忠敬が持っていたら日本の測量史も大きく変わっただろうなという詮無い感想はともかく、単に地図を作るというだけでなくその行為自体が戦闘面でも有用というのが独特で面白味を生んでいます。 特にこの作品で好きなのは、ところどころ見開きで描かれる壮大な世界。実際に歩いてみたくなるような豊かな自然の風景もあれば、旅の目的地となる廃都アムステルムのように禍々しくも美しさを感じさせる光景もあり。ここではないどこかであるファンタジーの世界を絵で魅力的に表現してくれる作品は堪りません。作者のパミラさんはpixivで公開されている「モルブスの子供たち」からしてファンタジーに向いた味わいのある絵の上手さを感じましたが、更に研鑽して遂にこの『白地図のライゼンデ』を結実させたのは素晴らしいことです。 旅を進めるごとに新たに個性豊かなキャラクターが加わっていくのも、実にRPG感があります。そんなキャラクターたちにも、そして世界にもさまざまな謎がありそれらが少しずつ解き明かされていくのが楽しみです。 ファンタジーが好きな方、作り込まれた世界観に酔いしれたい方にお薦めします。

絹上愛子作品集「かわいいと言わせたい!!」

王道恋愛ものの良さを感じる短編集 #1巻応援

絹上愛子作品集「かわいいと言わせたい!!」 絹上愛子
兎来栄寿
兎来栄寿

周りからは「かっこいい」と言われているけど、内心では好きな人に「かわいい」と言われたい女子は問答無用で素晴らしいと日本書紀にも書いてある気がします。 表題作「かわいいと言わせたい!!」を始めとする、絹上愛子さんの短編が5つ収録された短編集です。 幼いころ、並み居る男子よりもドッジボールが強いクラスメイトの女の子に「か、かっこいい……」とときめいたことがあります。『可愛いだけじゃない式守さん』が人気を博す現代、「かっこいい」によって男子から惚れられる女子のお話はもっともっとあっても良いのではないかと思う今日この頃。首肯される方には、こちらの『かわいいと言わせたい!!』をそっと差し出させていただきます。 ″出来る事ならカイルの体積内容量全部 私の作ったもので形成したいと思ってる″ と、ほんのちょっぴり強火で料理をしてくれる、かわいくてかっこいいヒロインの物語です。 そう、絹上愛子さんの作品はファンタジー系のラブストーリー多めなんですが、個人的にはそのコメディ部分がかなり好きです。 魔女ロリおばあちゃんがとてもかわいく、悪魔とのハーフでありながら無能な父と、普通の人間の母とのクォーターという情報量盛り盛り「血婚コントラクト」。 唯一ファンタジー要素のない「イケメン殺しの朝森さん」は、正にラブがコメっており、ヒロインの朝森さんが黒髪ロングの清楚な外見とは裏腹にどぎついことを言ってくるギャップ、そして最後の1ページが堪りません。 シリアスめのファンタジーな「ササとヤシロの千夜一食物語」、「ノアの赤い瞳」を含め全体的に、王道展開ですがそれがいい。目新しいものはなくても、読んでいて安心するものがあります。こういう王道が読みたい瞬間、確実に存在します。 残念ながら電子書籍でしか出されていないのですが、それを勿体なく感じる1冊です。こういう王道を小〜高校生くらいの読者に読んで育って欲しい。どんどん上手くなる絹上さんの作品が、今後もっともっと広く読まれるようになるといいなと思います。

破滅の恋人

少女と魔女と幻想廃墟 #1巻応援

破滅の恋人 郷本
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

『明日ちゃんのセーラー服』や『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』、あるいは海島千本先生の作品などは、絵を眺めているだけでも幸せになれる作品だと思いますが、この『破滅の恋人』もそんな作品です。 緻密な書き込みの中にザラっとしたペンタッチを残す絵。コマ割りを、ストーリーを飛び出す空想的な画面にうっとりしながら、肝試しに使われるような廃洋館に住むお姉さんと真面目そうな少女(中学生?)との出会いに導かれます。 少女の思考もふわふわしていて、二人の間には、今のところ何もない。何もないはずなのに、既に何かが生まれている気配は散りばめられていて、それが友情なのか恋なのか、あるいは……と想像が止まりません。 お姉さんと、ある男性との物語も描かれるのですが、そこも不穏。1巻時点では不明な点が多く、百合ジャンルと明言しづらいのですが、それでも少女の心の機微とガサツなお姉さん=魔女の謎が心をざわつかせる、不思議な百合魔力のある作品なのです。 そしてこの魔力に胸を掴まれた方は、ぜひ作者・郷本先生の前作で「薄い繋がりなのにエモい百合」として名高い『夜と海』も読んでみてほしいと思います。