哲学的な世紀末
しりあがり寿、と言えばシュールなギャグが持ち味。しかしこの作品はシュールはシュールですが、意図したギャグは一切なし。水の中に全てのもやもやしたことをぶち込んで世界は終わるのだ、といわんばかりの哲学的な終末を淡々と描き切っています。発端はやまない雨。歯みがき会社の方舟による世界一周キャンペーンが大ヒットする中、人々の生活は少しずつ壊れ始めます。この雨、というファクターは、物語を語る上で非常に重要なパーツ。群集心理によって起こる暴動の喧騒は雨音にかき消され、死体は雨に流され、たまった水に世の中の雑多な物は沈んでいく。そして残るは島影ひとつ見えない大海原。作品に”静かな”というイメージを与えるのにこれほど効果的な使い方はないと思います。この作品が描かれたのは西暦2000年。いわゆる世紀末。あとがきには著者による「輝ける未来」が創造できなくなった趣旨のコメントがあります。それから10年経ちましたが、この世界よりも、もっと閉塞感のある氷の時代になってしまったように感じるのは気のせいでしょうか。
2019年にも大雨があって大変だったが、やはり新型コロナウイルスの流行は2020年という年を忘れられないものにするだろう。
歯磨き粉のキャンペーンとして考えられた「方舟で世界一周」というギャグみたいな企画が、いつまでも止まない雨の恐怖と被害によって生き残るための方舟になり、分断が生まれる。
不安になる女性、強がる男性、リーダーシップを取らない政府、希望を見出す人、それをバカかと怒る人、アルバムを見返す人、タメ息を数える人…自分ならどうするか(引用したコマの男と同じようにネットとかで色々調べるけどよく分からないな、と思いながら手遅れになってそう)。個人的にはこの「ぜんぜんダメじゃん」という終末が逆に元気が出た。
描かれたのは20年前。しばらくこんな物語が世に出ることはないような気がしている。