バトンの星

作者の成長速度がスポ根的!

バトンの星 矢島光
兎来栄寿
兎来栄寿

『彼女のいる彼氏』の矢島光さんによる新作です。 矢島さんとは活動初期の頃から知り合いで、矢島さんが人生史上初めて描くというサイン色紙も頂きお店に飾っておりました。 それから2年と少し経ってから再びサイン色紙を頂いた時、見違えるほど画力が上達していて驚きました。 そして、この『バトンの星』を読んだ時に画力のみならず漫画力そのものが圧倒的に上がっていると感じました。 『潔癖男子!青山くん』の坂本拓さんの下でアシスタントをしながら美術予備校でデッサンなどの修行も積んだとのことですが、この短期間でここまで総合力が上がった方はなかなか見たことがありません。 テーマとなるバトントワリングへの愛。バトンを知らない読者をも惹きつけるバトンアクションのカッコよさ。イケメンと可愛い女の子を始めとする魅力的なキャラクターたち。テンポの良さ。 昔から「バトンマンガを描きたいんです!」と仰っており、原型となる作品のネームを見せて頂いたこともあって僭越ながらアドバイスもさせて頂いたのですが、『バトンの星』は本当に素晴らしい作品として結実したと思います。 連載は終わってしまっていましたがもっともっと見ていたい物語でした。矢島さんの今後の活躍もとても楽しみです。

キャプテン

キャプテン試論 ースポ根とは言われない何かー

キャプテン ちばあきお
影絵が趣味
影絵が趣味

いわゆるスポーツ漫画一般を分類する言葉として「スポ根」というものがあるが、ちばあきおの『キャプテン』ならびにその続編の『プレイボール』は、その内容的には「スポ根」と呼べそうな要素を多分にもっていながら、どうしても「スポ根」とはいいがたい何かがあるように思う。それはいったい何なのか。 スポーツとはそもそもが不平等である。そんなスポーツ界で頂点に立つような人々というのは、生まれながらにして神に愛されており、尚且つ、努力にいっさいの身を惜しまないような人であろうと思う。それはそれは残酷で切ないことではありませんか。 そうであれば、少なくとも、青葉から墨谷二中に転校してきた谷口タカオをはじめ、体格にも才能にも恵まれない人々は二倍も三倍も、もっともっと、もっともっと、がんばらなくっちゃならない、その間にも、生まれながらにして神に愛されており、尚且つ、努力に身を惜しまない人々は先へ先へと進んでいくのだから。しかし、あえて言及してみるまでもなく、これほど当然の理屈もないだろう。劣っているものが優れたものに勝つには、もっともっと、もっともっと、がんばらなくっちゃならない。三分の一ノックで身体がボロボロになろうとも、向こう見ずのダイビングキャッチで脳震盪を起こそうとも、それでも、それでも、がんばらなくっちゃならない。なにせ相手は生まれながらにして神に愛されており、尚且つ、努力に身を惜しむことのない猛者たちなのだ、これほど至極当然の理屈がこの世にほかにあるだろうか。これほど残酷で切ないはなしがほかにあるだろうか。 しかし、ちばあきおという作家は、この残酷で切ない至極当然の法則から目を背けることはけっしてしない。むしろ、それを剥き出しの状態のまま直視しようとしているようにみえる。この眼差しには、残酷で切ないだけではない、どこか優しさめいたものがあるように思う。この優しさは、けっして、困っているひとを、あるいは劣っているひとを、助けるといったたぐいの優しさではない。もし、そうであれば、島田は二度も三度もフェンスに激突して脳震盪を起こさずに済んだにちがいない。 思うに、いわゆる「スポ根」なるものは、当然なるものを当然のこととして描くのではなく、この残酷で切ないがんばりそのものを直視するのではなく、それを問題的に、あるいは問題-解決的に覆うことで物語を構築しているのではないか。そうすることで残酷で切ないがんばりそのものは問題的なもののベールに包まれて見えにくくはなるが、登場人物たちは野性的で不平等きわまりない野晒しの世界からは守られることになる、しかし、これもある種の優しさではあろう。 それにしても、この野晒しの世界で、墨谷二中はどうなったか。なんと全国制覇を成し遂げたのである。当然のことを当然のこととして丹念に描いた結果が、荒唐無稽な夢のよう話になってしまうという、これほど感動的な事態がほかにあり得ようか。数あるスポ根の登場人物たちには勝つために理由-問題が必要だった、裏を返してみれば、彼らの勝利にはそれ相応の理由があった。そうと理由があるのなら、なんだ、そういうことかと腑に落ちることができる。しかし、ほんとうに感動的な体験とは、まだ見たことのない信じられないようなものを目の当たりにするときに起こるのではないだろうか。そして、それを少なくとも可能にするのは、努力は必ずしも、いや、ほとんど場合において実を結びはしないが、それでも、それでも、がんばらなくっちゃと思う、なにか対象のない漠とした祈りのような姿勢のなかにあるということを谷口たちは身をもって教えてくれる。

キャプテン

根尾くんはイガラシではないか!

キャプテン ちばあきお
影絵が趣味
影絵が趣味

第100目の開催となった夏の甲子園~ドラフト会議までのあいだには数々のドラマがあったと思いますが、そのなかにひとつ、遊撃手対決というのがありましたね。立役者はもちろん、報徳学園→広島東洋カープに入団した小園選手と、大阪桐蔭→中日ドラゴンズに入団した根尾選手、野手の華とも言われる遊撃手というポジションをめぐる二人の関係はそろって4球団競合ドラフト1位という決着に一旦終止符を打ちました。 しかし、それにしても、小園選手は見事なまでのショート顔をしている。将来は球界を代表する名ショートストップになること間違いナシと太鼓判を押したくなります。内野手の要として、すえながく渋い活躍でチームのピンチを救ってくれそうな選手です。いっぽうで根尾選手はと言うと、どうやら、必ずしも遊撃の名手としてドラフト指名されたのではないらしい、しかも、プロでは二刀流とは決別して野手一本でいくと表明していたのにも関わらずです。根尾選手は、いちプレーヤーとしての質の高さだけではなく彼の人間性全体からくる伸びしろの高さを評価されているらしいのです。 根尾選手にまつわる各界からのコメントをみてみますと、これが実にバラエティにとんでいて非常におもしろい。ショートの他にも、いまだピッチャー説もあれば、センター説もあり、挙句の果てにはキャッチャー説まででてくる始末。さらに特筆すべきはチームリーダーとしての資質です。単なるチームのまとめ役ではなく、根尾ひとりがいるだけで他のチームメイトにも良い影響を及ぼしてチーム全体の力能がこぞって向上するような類のチームリーダーとしての資質です。 こんな選手がかつていただろうかと思い巡らせてみますと、そんな選手をわたしはひとりよく知っているのです。そう、墨谷二中を全国優勝に導いたイガラシです。もう、見た目からして、あの猿か忍者のような身のこなし、ひん曲がった眉毛、根尾くんはまさにイガラシの体現だとしか思えないのです。

さくらのはなみち

横綱になりたかった女性の熱血相撲物語

さくらのはなみち 希戸塚一示 西山田
兎来栄寿
兎来栄寿

初めて読んだ時は「また新しい、そして面白い相撲マンガが出てきたな!!」と思いました。そしてようやく単行本になってくれて嬉しかったです。 この作品、始まりが良いんですよね。主人公は相撲部屋の親方の娘として生まれ女子相撲でチャンピオンになった美女。しかし、所詮は女子の世界。どんなに望んでも、願っても、自分は女の体であるので国技館で闘うことは叶わないし、横綱にはなれない。その深い深い絶望感。しかし、彼女はそれならば自分は横綱を作り出してやる、と涙ながらに熱弁します。そのシーンにまず心打たれました。 誰しも一番なりたいものになれる訳ではなく、どこかで諦めた結果の今という部分を抱えていると思います。しかし、そうした道の先でも花は咲くのだと語ってくれる希望に満ちた物語でもあります。 そして、実際に意外な所から意外な男を見つけてきて横綱にするべく鍛え上げていくのですが、『マネーベースボール』的な科学的に捉え直した相撲論や成功も失敗も入り混じった成長過程がまた楽しいです。また、脇役も含めてキャラクターが魅力的に描かれており、相撲以外のシーンも面白く読めます。 相撲に興味がないにもオススメできるマンガです。

アノナツ―1959―

自分用感想覚え書き

アノナツ―1959― 福井あしび
はんぺん

第1球 晴天の霹靂 ・雷でタイムスリップがいい 落雷では1.21ジゴワットの電力が得られる(BTTF並感) ・おじいちゃんの前作主人公感すこ ・主人公が「21世紀のアスリート」なのがいい 「試合後に腕をアイシングしながら、スマホでフォームをチェック」という、スポーツ科学とテクノロジーを使い倒し、アスリートととして、受け入れられないことはハッキリと断るのは今っぽい ・高校野球文化を描くのがうまい 県大会決勝の朝。祖父世代の後援会長、商店街の人々、少年野球チームの子どもたちが万歳三唱で主人公を送り出す…。 主人公を老若男女が応援している姿で、「高校野球」という日本文化をこれ以上なくわかりやすく描いている。 ・タイトルが覚えやすい やたら長い文章タイトルや、「○○と誰々」のようなタイトルが氾濫するいま、4文字で覚えやすく、かつ掛詞になっていてヒネリも利いているタイトルは高感度高い ・主人公の名前めっちゃ推してくる 祖父・正也とバッテリーを組んでいた友呂岐さんが、主人公のことを何度もフルネームで呼ぶのが上手いな〜と思う。 基本的に、登場人物の名前は覚えないで漫画を読む自分でも、こう連呼されたら覚えざるを得ない。

ALL OUT!!

ラグビーマンガ界を牽引する本格ラグビーマンガの雄

ALL OUT!! 雨瀬シオリ
兎来栄寿
兎来栄寿

『オールアウト!!』は、超王道スポ根。身長190cmの長身でラグビー経験者ながら気の弱い岩清水と、小さい体ながら持ち前の威勢の良さで未経験のラグビーに挑む祇園の二人を中心に、神奈川高校の面々が花園(野球でいう甲子園)を目指して闘っていく青春群像ラグビーマンガです。 ラグビーは一チーム十五人、敵味方合わせれば三十人。他のスポーツに比べると描かねばならないキャラクターが多く、ある意味マンガ化するのが大変な競技です。実際、登場する多くのキャラ全員を覚えるのは最初は困難に感じるかもしれません。 しかし、『オールアウト!!』の強みはそのキャラクター描写。読み進めるにつれて個性豊かなチームメイト一人一人のエピソードが丁寧に描かれ、自然と感情移入します。バカなヤツ、クールなヤツ、仲間思いなヤツ、食事シーンで真価を発揮するヤツ、重い事情を背負ってるヤツ……気付けば控えのメンバーも含めて自然と愛着が湧き、応援したくなります。敵となる相手校にも魅力的なキャラが沢山出てきて、今後の新キャラの活躍も楽しみです。 そんな中で私が最も惚れ込んでいるのは、キャプテンの赤山。チーム内でも最も剛健であり、外見も謎のメッシュで厳つい男ですが、その実とても情に厚く優しい頼れるキャプテン。誰よりも勝利に貪欲で、ストイックに上を目指し続ける姿勢にシビれます。厳しい練習に、 「もっムリ…」「死ぬ…」 と喘ぎ倒れ込みそうな部員への一喝。 「愚痴る力あるならっ 走れ! 今のっ 俺たちでも 出し切ることはできるっ」 と、気持ちを強く引っ張って行く姿は堪りません。そして、その「全てを出し切る」ということこそがタイトルでもある「オールアウト」。一度きりの人生。一秒も無駄にせず、今の自分を生かしてくれる周囲に感謝しつつ、オールアウトで行きたいものです。そんな熱量を『オールアウト!!』を読むと貰えます。 主人公たちを導いて行く大人もまた魅力的。熱い激闘の間に挟まれる、人生の年輪を感じさせる大人同士の呑みシーンの会話がとても良いメリハリを生んでいます。一人一人を叱咤激励し、チームをマネジメントしていく側の想いや葛藤、あるいは楽しさといったものも描かれ、こんな良い酒宴をしたいなと思わせてくれる稀有なスポーツマンガです。 キャラクターの良さに加えて、ラグビーという競技を知らなくても楽しめる丁寧な作りもポイント。細かいルールも、ラグビーを知らない主人公祇園と同じ目線で学びながら読み進めて行くことができます。『オールアウト!!』を読んでおけば、ラグビー観戦がより楽しくなること間違い無し! 2019年には、日本で9回目のラグビーワールドカップも開催されます。『オールアウト!!』のアニメ化も伴って、今後ますますラグビー旋風が吹くことでしょう。ぜひ今の内から『オールアウト!!』を読み、ラグビーの熱き世界に触れてみてはいかがでしょうか。

メイプル戦記

漫画史に煌々と輝く魔球、その名もハクション大魔球!!

メイプル戦記 川原泉
影絵が趣味
影絵が趣味

マンガとはひとつに夢をみさせてくれるものでしょう。そして魔球とは正しくすべての野球ファンにとっての夢……。そんな夢をみさせてくれるマンガとは、あるいは魔球とともに歩んできた歴史なのかもしれません。 そもそも事の始まりはこうなのです。プロ野球界に女性だけで構成された新球団ができる、その名も「スイート・メイプルス」。もうこの時点で夢のような話なのです。こういって差し支えなければ、メイプルスの面々は、男だらけの球団を相手にまったく出鱈目と積極的に言っていきたいほどの懸命さと天真爛漫さで勝ち上がっていきます。この途方もない出鱈目さ加減がほんとうに感動的で胸を打つ。男たちを相手に女性だけのチームがどうやって勝っていくのか、なんていう、説明責任はこのマンガには端から存在していないのです。 マンガに関わらず、いま、あらゆるものに説明責任なるものが蔓延しているように思われます。しかし、それはなんと窮屈で不自由なことだろうとも思うのです。説明責任とは、アレはしていけない、コレはしてはいけない、というふうな否定的で不自由に方向にしか物語を運んでいかないことでしょう。そんな説明責任なるものから始めから自由になっている『メイプル戦記』は、それ故に感動的としか言いようがないのです。私たちはまだ見たことのない魔球を見てみたくてマンガに熱中するのではなかったか、私たちはまだ見たことのない夢を目の当たりにしたくてマンガに熱中するのではなかったか。私は『メイプル戦記』ほど自由で豊かで感動的なマンガを他にあまり知りません。