百年の恋も覚めてしまう

くらもちふさこの良さをギュッと凝縮したような短編

百年の恋も覚めてしまう くらもちふさこ
かしこ
かしこ

ちょっと誤解しがちなタイトルだと思うんですけど「百年の恋も覚めてしまう」なので「冷めてしまう」話とはちょっと違います。けれどもストーリーとしては主人公の笙子が小学生〜大人になるまでの成長物語で、その時々で好きになった片想いの相手に何度も「冷める」からダブルミーニングでもあるのですが。そういうところもくらもちふさこらしくて面白いです。 小学生の時は魚屋さんちの新田君が好きだった笙子ですが、ママから「あの子目と目が離れてておもしろい顔してるわよねー」と言われて急に新田君のことが嫌いになってしまいます。中学生の時に好きだった広瀬君は声変わりする瞬間を聞いて嫌いになってしまいました。高校生の時は友達に紹介された宇佐美君のことを出会った瞬間から「もう会わないだろうな」と思ってたけど、笙子の本心に気づきながら優しくしてくれた宇佐美君の気持ちを知って切なくなったりしました。大人になった笙子は編集者になり漫画家のおつかいで昔住んでいた町の商店街に行きます。そこには新田君ちの魚屋があって二人は再会します。 ほとんどネタバレしてしまいましたが、あらすじを知っていても心に響く作品なのでぜひ読んでください。こんなに少女の気持ちに寄り添って描けるってすごいです。あんなに好きだったのに些細なことで嫌いになったり、自分の不誠実さに反省したり、誰もが経験したことあると思う。そういうことを大げさじゃないエピソードで語れる素晴らしさもある。現実の人生って細やかなことの積み重ねだから、そこを汲み取ってくれることがとても嬉しいんです。 この短編の為に作られたような一冊ですが、その判断はめちゃくちゃ正しいと思います。

純(ジューン)ブライド

愛するという一つの例として

純(ジューン)ブライド 𠮷田聡
ナベテツ
ナベテツ

まだ少年と呼ばれる頃に、何も知らずにこの作品を買って読みました。マセガギと言われても仕方ないし、母親にこっぴどく叱られたこともあります(それでも捨てられたりはしなかったんで良い親だと思います) 恋愛が甘い物である、ということは流石に否定出来ません。ただ、二人が一つ屋根に暮らすということは、終わらない「日常」に暮らすということでもあります。そこは決して天国ではないし、息が詰まるようなこともある。 それが「愛」という感情によって始まることだと、この作品はかつての少年に見せてくれました。恋人は決して美しいだけの存在ではない。自分と同じように肉体を持った存在であり、そのことで苦しめられることもあるんだと、異性のことを何も知らなかった頃に学んだものでした。 バブルの頃、恐らくこの作品のような生き方は現実感を失っていたのではないかと思います。今の時代にはどうでしょう。若者が貧しくなっている現実もありますが、こんな関係からは恐らく逃避するんじゃないかとも思います。ただ、作中に登場する人達は、自分自身を取り巻く日常に対して必死で生きています。誰に笑われても構わない。唯一人のために生きているという現実は、自分のためだけに生きている人間には、まっすぐで美しいものに映ります。 この時期スローニンやDADAを描いていた吉田聡先生にとって、明らかに異なる作品であり、ある年代にとっては忘れられない作品だと思っています。

虚構推理

だんだん理解が追い付いて、だんだん面白くなる

虚構推理 城平京 片瀬茶柴
mampuku
mampuku

 ファンタジーとミステリーは相いれないと思われがちだが案外そうでもない。米澤穂信の『折れた竜骨』は中世欧州は海賊の時代が舞台のローファンタジーで、魔法ありバトルあり殺人事件の謎解きありのなんでもありなのに美しくまとめられており、魔法も込みで見事な推理で事件解決してみせている。世界のルールや常識を読者に押し付ける「説得力」とか「強度」が凄いのかもしれない。この『虚構推理』もそのような意味では面白いリアリティを持っている作品だと思う。  妖怪や幽霊のような存在と密接に関わり合いながら、都市伝説じみた事件を解決していく伝記ファンタジー。謎解きモノとして読者が掴まっていられる拠り所となるリアリティの線引き(世界観の輪郭みたいなもの)が1巻2巻と読み進めていくうちに徐々に鮮明になっていく。  たとえば、第1章『鋼人七瀬編』の1巻で登場する怪人「鋼人七瀬」は、それまでの流れ的になんとなく異物感があって腑に落ちない感じがするが、登場人物の思考や「七瀬」への感じ方を通して読み手が抱く「七瀬」に対する違和感の正体がだんだんわかってくる。これがなんとも快感なのだ。  本編には関係ないが、裏表紙の紹介文が1巻では「伝記×ミステリー」だったのが2巻で「伝記バトル」、3巻では伝記ミステリーに戻っている。変遷に意味はあるのかないのか・・・

こちらから入れましょうか?…アレを

夫婦の行き違いを描く実はセンシティブな物語

こちらから入れましょうか?…アレを 松田環
sogor25
sogor25

1話掲載の段階で結構話題になっていた作品。1話を読むとかなり突飛な設定のエロコメディに見えるけど、その実もっとセンシティブなテーマを扱ってる作品、のように見える。 夫・敦が「入れられなく」なった理由。それはひょんなことから妻の優の過去を知ってしまったことに起因する。夫婦だって当然今までの過去の全てを共有してるわけではないから優のほうに落ち度はなく、落ち度がないからこそ自身の現状に対して負い目を感じてしまっている。 一方の妻・優は「こちらから入れる」という方法でなんとか目的を達成しようとするのだが、以前よりは幾分かマシになったものの満たされたかと言われるとそんなことはない。そして自身の知られたくない過去をよく知る男の登場により、彼と夫との間で板挟みの状態になってしまう。 それぞれがやや特殊な秘密を抱えた夫婦だけど、この作品の1番のポイントはその秘密をお互いが相手に打ち明けることなく悩み続けているという点にあると思う。生きていれば誰にだってある"秘密"を極大まで強烈なものとして描いているけど、程度の差こそあれ相手のことを思うためにその秘密を打ち明けられず苦悩する様子には誰もが共感できるはず。むしろ、悩み自体にインパクトがあるからこそ、夫婦の両方に共感できる物語になってるような気がする。 夫婦2人の内面の描写も丁寧だし、内容的には少女マンガと言っても全然差し支えない。そう、アレさえなければね。 1話まで読了

理想と恋

地に足ついた最高の大人百合…!!!

理想と恋 日野雄飛
たか
たか

日野雄飛先生は、老若男女に好まれるであろうマンガらしい絵柄であらゆるシチュエーションの百合とBLを生み出す天才です。 その日野先生による初の百合短編集が本作「理想と恋」…! https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000078010000_68/ 収録作品は、元アイドル×配達員を描く「チャイムとアイドル」、アパレル店員×パン屋を描く「ピクニック」(はWEBでも読めますのでまずはぜひこちらをご覧ください)、そして劇団員×新入団員「れんげがさいたら」の3編。 大人百合がテーマで、自分の心に蹴りをつけた自立した女性たちがお仕事を通じて出会う、その地に足ついた恋のリアリティにギュンギュンします…。 3組ともカップルの片方が背が高くてどストライクで最高です…ありがとうございます。 そしていつも思うことですが、日野先生のコマ割りのセンスが最高すぎます…美しい。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「チャイムとアイドル」…元アイドル×配達員 推しが武道館いってくれたら死ぬを彷彿とさせるカップル。配達員っていう設定が良すぎる。2人とも再会をキッカケにそれぞれオシャレしたり、自分磨きに励むシーンがたまらなく可愛かったです。 https://i.imgur.com/Vop33ym.png 「つん」無理…好き…  (『理想と恋』日野雄飛「チャイムとアイドル」より) 「ピクニック」…アパレル店員×パン屋 ダメ人間との恋愛はNL・BL・GL問わずよく描かれ大抵は「掃除ができない/料理下手」程度に留められることが多いのですが、このお話はさらに掘り下げてリアリティを出していて、しかもそれが絵だけできちんと伝わるように描かれているところが最高でした。 「れんげがさいたら」…劇団員×新入団員 あとがきによると、「もともと舞台マンガを描きたいと思っていた」そうで、連載は怖いのでオムニバスの1つにしたとのこと。そのため劇中劇も演劇の世界の文化の描写もメチャクチャ読み応えがありました。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 絵が可愛い、女の子が可愛い、ストーリー・設定が上手い…!間違いなく面白い短編集なのでぜひお手にとってください。 https://twitter.com/youhe_o/status/1114371575967444992?s=20