アップルシードα

士郎正宗から黒田硫黄に辿り着く発想力がヤバい

アップルシードα 黒田硫黄
ひさぴよ
ひさぴよ

まず、この本を企画した人の発想と、本当に実現させてしまう力量が凄いと思います。士郎正宗原作を黒田硫黄に依頼するなんて考え方、一体全体、何をどうしたら思い付くのでしょうか。私はアップルシードも、黒田硫黄作品も好きでしたが、何かが激しく合いそうな気がする一方で、これはどうなんだという両方の気持ちが同居する作品でした。 蓋を開けてみれば、作風は真逆ながらしっかりとハードSFしてまして、特にごちゃごちゃした「雑多さ」なんかは、本家とは別の方向でしっくりくるものがあります。いやいや、原作版アップルシードと全然違うじゃないか!とおっしゃる方もいるかと思いますが、私にはこのアップルシードαはもう一つの世界のアップルシードとして存分に楽しめました。 とはいえ、アップルシードの世界観にはいまひとつマッチしてない部分もあったのは確かです。特に戦闘シーンは泥臭くスタイリッシュさがないなんてことは言いませんが、黒すぎて何が何だかわからない場面が少なからずありました。まぁ元々、相反する性質のものが融合してるので、それくらいは仕方ないという気持ちもありつつ、何ならアクション抜きの「アップルシード」でも全然良かったのになぁと思ったり。

修羅の門

ジャージィ・ローマンと九十九の敬意

修羅の門 川原正敏
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

陸奥九十九の闘い方は二通りある、と描かれる。一つは、陸奥圓明流としての効率的な殺人拳。そしてもう一つは、敢えてそれをしない闘い方だ。 陸奥九十九は、これはと思った相手……本能的に恐怖を感じる、それ故尊敬に値する相手と試合う時、わざと相手の土俵に乗る。 相手の得意分野で闘い、正面から互角以上に渡り合った末に、遂に相手を凌駕する。その象徴的な闘いが、第三部・ボクシング編のジャージィ・ローマン戦だ。 「神の声」を聞き、完璧な読みで攻撃を封殺するローマンに対し、陸奥九十九はスピードを何段階も上げ続ける事で「神の声」を置き去りにし、無効化しようとする。 陸奥九十九は試合前も後も、常に言い続ける、「ローマンが怖い」と。そこには「神が怖いのでは無く」という含意と、〈人間〉であるローマンへの敬意があるだろう。 相手の得意分野を凌駕して見せる事で、陸奥九十九は、敵の全てを折る。ローマンの「神」もそうだが、所属団体や流派のプライド、最強の称号、等々。しかし陸奥九十九は恨まれない。敗者は皆、そんな負け方に納得してしまうのである。そして負けて全てを失っても、陸奥との闘いを胸に、先へ進める。 陸奥圓明流という殺人拳を使いながら、相手の土俵で闘うという「敬意」によって陸奥九十九は、相手に爽やかな敗北感と次へ向かう力を与える。こんなに「精神的な」美しさがある格闘マンガもなかなか無い。 ジャージィ・ローマンの、身体では無く〈心〉が闘いを止める瞬間の印象的な1ページを眺めながら、そんな事を思った。 #マンバ読書会 #少年マンガの名バトル

魔法先生ネギま! MAGISTER NEGI MAGI

ヒーローは博士ポジ?(「らしさ」の解体)

魔法先生ネギま! MAGISTER NEGI MAGI 赤松健
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

『魔法先生ネギま!』の私的ベストバウトは、27巻のネギ・スプリングフィールド対ジャック・ラカン戦です。 犬上小太郎とのタッグ戦ですが、終始ラカンとネギの力比べが繰り広げられます。しかし魔法世界最強傭兵に対し、実力的に劣るネギ。それをカバーしたのは、何重にも仕掛けた罠と、天才的な魔法開発力、そしてあらゆる力を取り入れた、なりふり構わぬ戦術でした。 戦いの後、ネギは称賛と共に揶揄されます。「(筆者注:それはヒーローというより)どう考えてもハカセポジションやで!」 (27巻249時間目より引用。口調からして味方の小太郎ですね……) ヒーローらしくない博士ポジの主役……そうネギが呼ばれる時、私は同時代に週刊少年マガジンで連載されたテニス漫画『ベイビーステップ』を思い出します。 ベイビーステップの主人公・丸尾栄一郎は、浅いキャリアと肉体的な不足を補うべく、「研究」と「コントロール」を武器として強豪と対峙する。遂に世界ランカーになる彼ですが、最後までコートで研究ノートを書き続けました。 2000年代末から2010年代にかけて同じ誌面に描かれた、二人の「博士ポジ」主人公。彼らはヒーロー「らしく無さ」がカッコ良くなる、と言う事を示してくれました。 この10年でマンガに描かれてきた、ジェンダーの揺らぎや、新たな文化系ジャンル、もしくはスポーツ漫画の新たな価値観や育成観。そこでは少年マンガに顕著な従来のヒーロー「らしさ」は、解体されて行く。 そしてそこで描かれるバトルは、従来のヒーローバトルよりも更に複雑で、新たな視点からの面白さに満ちている。旧世代代表のラカンを乗り越えるネギの戦いは、その代表例と言えるでしょう。 #マンバ読書会 #少年マンガの名バトル