ナカタニエイト
ナカタニエイト
7ヶ月前
<ログライン> 受精卵を扱う専門職である胚培養士を主人公とした、不妊治療のヒューマンドラマ。 <ここがオススメ!> 命の凄さと尊さを改めて実感する大傑作! 不妊治療という当事者には辛いけれど、知らない人には全く知らない世界が描かれている作品。 と書いておいて、ごめんなさい。 僕は恥ずかしながら「不妊治療」のことも詳しくは知らないですし、「胚培養士」という職があることすらも知らなかったです。 ただ、この作品を読んで改めて実感したことがあります。 不妊治療に関わらず「知ること」がいかに大事か、ということを。 「知ること」で世界は拡がり、輪郭が変わってくということを。 そして、とにかく作中の言葉の一つ一つが重大で重要。 ネタバレになってしまうので詳しくは書けないですが、どうしてもこの言葉だけは刻んでおきたいので、書かせてください。 「数字にすると0g. でも、背負ってるものが重過ぎて」 琴線を物凄く震わせてくる名作です! <この作品が好きなら……> ・ブラックジャックによろしく https://manba.co.jp/boards/137390 ・高度に発達した医学は魔法と区別がつかない https://manba.co.jp/boards/150837 ・植物病理学は明日の君を願う https://manba.co.jp/boards/168599
兎来栄寿
兎来栄寿
1年以上前
この本に収録された短編「慈悲と修羅」。 私は、この18ページの物語を、世界に住む全ての人に読んで貰いたいと切に切に願っています。この短編が描くのは、チベット問題。あまり大々的にこの問題が報じられることのない現代日本で平和を享受している私達には、およそ実感の湧かない、しかし今もなお現実に起き続けている陰惨極まる悲劇です。ここで描かれる残虐な拷問や、敬虔な仏教徒に対する精神的陵辱の限りは、決して知らないままでいて良いものではありません。読むと、激しい嘆きや憤りが生じることでしょう。実際には、ここに描かれている以上のことも行われているといいます。文章だけでは千の言葉を尽くしても伝わり難い現実が、マンガという表現によって描かれることでその悲惨さをダイレクトに伝えてきます。業田良家先生の絵はかなりデフォルメが効いたタッチですが、しかしこの絵柄でこの内容が描かれるからこそ、その主張が際立ちます。マンガの持つ力という物をも、改めて考えさせられる内容です。私は、中学生や高校生に教科書と一緒にこの短編マンガを配布しても良いと考えます。 この本のメインは、ヒトラーやスターリン、金正日といった世界の独裁者たちへの激しい風刺の効いた4コママンガであり、それも勿論面白いのですが、「慈悲と修羅」及び、北朝鮮を描いた「シャルルの女」「シャルルの男」は非常にシリアスで、人として、この世界に生きる人間として、一読しておくべき作品です。
兎来栄寿
兎来栄寿
7ヶ月前
何者かになりたくて何者にもなれない人。 報われないと解っている恋をしてしまっている人。 そうした人を優しく刺し穿つ力のある作品です。 貝塚道子29歳、通称カイちゃんは一流企業の食堂で最低賃金で働くフリーター。絵を描くのが好きで、他に取り柄はなかったけれど褒めてくれる人がいたから自分が存在していいと思えたという原体験を持っている女性。そんな彼女が心の支えにしているのが、その企業で働くイケメンの白鷺洸27歳。彼のSNSの裏アカウントを特定すると、 自分と同じ高円寺住まいであることが解り、こっそり遠巻きに眺めていた日々から、あるとき大きく運命が動き出します。 29歳で体験する初めての恋。すべてが行動力に結びついてしまうような無尽蔵のエネルギーが生まれるのも、ほんの少しの関わり合いが生まれただけで世界がまるで別次元のように輝きに満ちるのも、痛いほど解ります。それらを絵で演出したシーンは最高です。 とにもかくにもカイちゃんがあまりにも等身大の主人公で、弱い部分も狡い部分もたくさん見せてくるんですが、それでも愛して応援せずにはいられないんですよね。多くの人はどこかしらカイちゃんと自分が重なるところがあるのではないでしょうか。この絶妙なキャラ造形でもう勝ってると思います。 好きなシーンやエピソードはいろいろとありますが、特に好きなのはカイちゃんの新たな勤め先の同僚である、29歳の千林くん。彼は音楽の道を諦めずにいて、ある種自分と似た境遇にいる人物。そんな彼に対してカイが口にする言葉。それに付随する想いや感情。人間的な、あまりにも人間的な言葉と心で堪りません。 単純な画力の高低では表せない魅力も絵にあって、何よりマンガが上手いってこういうことだろうと思わせてくれます。こんな素敵な作品を描ける方が、どうして初単行本を出すまでに十数年もかかってしまったのか不思議でなりません。 かわいい絵柄ですが、深奥まで響く鋭利さを持った作品です。2月を代表するのはもちろん、2024年一押し作品にも数えていくことになりそうです。 あとがきマンガの中野ローカルな小話もすごく共感できて好きです。失われゆくものでもマンガの中にだったら永遠に残しておけるという感性が素敵です。