つつがない生活

幸と不幸が重なり合うつつがない日々の尊さ #1巻応援

つつがない生活 INA
兎来栄寿
兎来栄寿

前作の『牛乳配達DIARY』の時から、INAさんはまるで清少納言のように何気ない日常の一コマを巧みに面白くマンガとして切り出す方だなあとしみじみ感じます。 本作『つつがない生活』も、前作に続いて筆者の実体験を基に描かれています。中盤以降にはバンドでアメリカツアーに行った話や妻とのヨーロッパでの新婚旅行など日常の中の非日常もあって、そこでは刺激的なエピソードもあります。一方で、前半はありふれた日々の中の何気ない情景が描かれます。 20代新婚でありながら先月仕事を辞めたばかり、フリーランスでコミュ力の高い妻の仕事を手伝いながら家事をこなし、中学生になる手前の義妹の面倒を見るという生活。 こたつでみかんを食べて寝落ちたり、コンビニにアイスを買いに行ったり……本当にミニマムな日常。でも、それらはもし人生の終わりに振り返ることがあるならばどこまでも掛け替えのない価値のある時間なんですよね。 仕事でピリピリする妻と時には喧嘩もしながらも愛情に触れ心を救われる瞬間や、義妹の成長に感じ入る時。つつがない生活の中で訪れる大いなる幸せこそ、人間が真にこれ以上なく大切にすべきものであろうと思います。 しかし、人生は幸せなことばかりではありません。時には辛いことも起きてしまいます。コロナ禍のように、個人だけではなく人類全体に訪れる試練も襲い掛かります。でも、それこそが人生でもあります。 最終回の素晴らしいモノローグは、『自虐の詩』の至高の名言である「幸や不幸はもういい。どちらにも等しく価値がある。人生には明らかに意味がある」を髣髴とさせ、この作品の読後感を非常に豊かにしてくれるものでした。 この本を彩る「優しく鮮やかな筆致が照らし出す、暮らしの中の、なんてことなくて美しい瞬間」といった帯文も、作品に対する慈愛に溢れていて大好きです。こういうマンガが絶えずに生み出される世界は何と美しいことでしょう。 余談ですが、現代っ子で『天空の城ラピュタ』よりYouTubeの方が楽しい義妹にジェネレーションギャップを感じるシーンは、幼少期に無限にラピュタをループしていた身としては筆者同様に切なくなりました。

千年ダーリン

古き良きこの手触り!

千年ダーリン 岩澤美翠
兎来栄寿
兎来栄寿

1980年代、不良、喧嘩、改造人間、怪人、ロボ、束ノ間一平(つかのまいっぺい)や仮初銀色(かりそめぎんいろ)といったネーミングセンス…… 令和3年に発売されたこの作品、まるで80年代〜90年代前半の少年誌に載っていた作品のようで、絵柄も含めてあまりにもノスタルジーを感じさせます。 コミティアなどで活躍しながらこの作品がデビュー作となる作者の岩澤美翠さんの机の前には明菜ちゃんが貼ってあるそうです。納得。 デジタル作画がダメという訳では全くないです。が、この手描きのアミナワやベタフラッシュ、トーンの削り、枠線のカドのインク溜まり……今はもうあまり見なくなったアナログ感が無性に愛しく感じられます。 「今日も地獄の炎がマックスだよ!!!」 と猛る食堂のおばちゃんがいる滅茶苦茶な高校生活、好きです。 カバー下の遊び心も好きです。 何より1巻収録のジグザグのお話が大好きです。毛布をプレゼントして貰った時のジグザグのかわいさときたら、もう。ジグザグが何不自由しないような暮らしを一緒に営みたい。 荒唐無稽な設定と展開の裏で、丁寧に切なく紡がれるドラマもあり心に沁みます。 益荒雄×美少年という組み合わせに非常に愛と拘りを感じる内容で、そうしたキャラクターの絡みが好きな人に特にお薦めです。 岩澤さんには今後も自らの好きな物を好きなように書き連ねていって頂きたいと思う、才気溢れるデビュー単行本でした。

自転車屋さんの高橋くん

メンドクサイ者どうしが出会ったら

自転車屋さんの高橋くん 松虫あられ
名無し

OLの飯野朋子は仕事にしろ飲み会などのお誘いにしろ、 周囲に気を使いすぎて頼まれたら断れない。 それでいて周りとは馴染めずストレスは溜まる一方。 自転車屋さんの高橋くんは一見チンピラなんだけれども、 それは、したいことしかしない、 自分にも他人にも嘘がつけない、 そういう性格で、他人をいらつかせる事もあるということ。 実際には高橋君は、困っている人をみたりしたら ほうっておけなくて手助けしてしまう良い人なのだが、 それも含めて自分は好き勝手にやりすぎると自覚していて 自分の感情に素直に行動をしていながらも、 不必要なほどにヒケメを感じたりしている。 ようするにこの二人、どちらもメンドクサイ性格だ。 上手に人と向き合えない。 だがこのメンドクサイ二人が出会い、 互いをそして自分を開放して理解していくストーリーは とても面白く、そして考えさせられる。 人と上手につきあうってどういうこと? 上手に付き合うことが正しいの?偉いの? それでみな、幸せなの?幸せになれるの? 一見いい人が見方によってはそうでもない。 その人のしていることが、すべて、したくてやっていることで それに満足しているというわけでもない。 そしてその逆だってありうる。 そういうものかもしれないと思ってしまう漫画。

僕のジル

11.27発売の作品集は絶対買ったほうがいい、たぶん

僕のジル 鯨庭
野愛
野愛

優しくて悲しくて痛くて甘くて、鍵のかかる箱に入れてそっとしまって置きたくなるような作品でした。 トーチwebでは『僕のジル』と『君はそれでも優しかった』の2作が公開されています(20.11.05現在)。 どちらもユニコーンやグリフィン、ピポグリフといった伝説の生き物と人間による物語が描かれています。 自分以外のなにものかに対して、側にいたいとか優しくしたいというのは人間の身勝手な感情なのでしょうか。自分が傷つきたくないから、寂しくなりたくないから、愛するという言葉を使って行動するのかもしれません。 人間が作り出したものならどうなるのでしょう。教育された優しさは本当の優しさとは異なるのでしょうか。 自然に生まれ出づるものだけが真実だとしたら、ひどく人道的に道徳的に産まれ落ち、十分な教育を受けて生きてきた私たちは作られたものなのかもしれません。 愛って何なんでしょう。馬鹿みたいに泣きたくなりました。 でも、悲しいだけの物語ではありません。愛に満ちた悲しくも優しい物語です。 作品集、手元に置いておきたい。優しさも悲しさも忘れないように、鍵はかけずにしまっておきたいです。