戦争は女の顔をしていない

生きている内に一度は読むべき名著

戦争は女の顔をしていない 小梅けいと 速水螺旋人 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
兎来栄寿
兎来栄寿

ノーベル文学賞を受賞したジャーナリストであるスヴェトラーナ・アレクシェービチさんが500人以上の従軍女性に取材して書いた原作を、『大砲とスタンプ Guns and Stamps』などでも戦争の裏側で直接の戦闘行為を行わない人々の闘いを描いた速水螺旋人さんが監修し、『サフィズムの舷窓』のキャラクターデザインや『ビビッドレッドオペーション』のコミカライズを行なっている小梅けいとさんがマンガにする。 企画の勝利、と言う他ない作品です。ちょっと普通には思い付かないですし、思い付いてもやらない、そんなことをやってのけてこのクオリティで出してしまったことに敬服するしかないです。 こうして本にされることが無ければ絶対に意識もしなかったであろう戦時下の数々の事柄。様々な部隊、部署に女性でありながら従軍した者たちの実体験からくる生々しい苦しみの証言が今回マンガにされたことでより克明に伝わってきます。 兵士の服は誰がどのように洗っていたのか。 女性兵士はなぜ脚が緑色になるのか。 なぜズボンがガラスのようになるのか。 戦火の中での彼女たちが感じる幸せとは何なのか。 その過酷な答はすべて読めば解ります。 「戦争はなんでも真っ黒よ  血だけが別の色  血だけが赤いの……」 といった、心に深々と刺さる生々しいセリフも溢れています。 戦争は手段に過ぎず、双方が望まずとも起こってしまうこともあります。それでも、なるべくその手段を取らなくて済むように、かつて先人が味わわねばならなかったこの悲哀と辛苦をこの先の時代に生まぬように、人類が知識として未来へ伝承していかねばならない大切なものが詰まった本です。 『アンネの日記』や『夜と霧』などと同様に読み継がれて欲しい、あらゆる人に一読を推奨したい名著です。

ミンゴ イタリア人がみんなモテると思うなよ

日本の文化と文法に精通しすぎたイタリア人のマンガ

ミンゴ イタリア人がみんなモテると思うなよ ペッペ
兎来栄寿
兎来栄寿

初めてトニー・ヴァレントさんの『ラディアン』を読んだ時、「絵のみならず日本の少年マンガの文法をここまで取り入れた作品をヨーロッパの作家が描く時代かー!」と驚愕しました。 最近は海外のマンガも沢山読めるようになってきましたが、当然ながらその国のテイストが強く出ている作品が基本的に多いです。その上で、完全に日本マンガナイズされていた『ラディアン』は衝撃的でした。 そして、この『ミンゴ』に関しては同様のことが今度は日本の青年マンガの文脈をしっかりと汲み取った上で為されていることに感嘆しました。 主人公のちょっと残念で、でも一念発起して頑張ろうとする姿に苦笑しつつ憎めず応援したくなる感じや、友人の無茶苦茶な振る舞い、ヒロインの絶妙なかわいくなさは正に『アフロ田中』などを読んでいる時の感覚そのもの。 絵はもっと上手くなると思いますが、今くらいの画力が平成前半位の青年マンガ感を生み出すのに一役買っていて丁度良い気もします。 テラスハウス出演のイケメンイタリア人が描くマンガの内容がこれ、というのもまた物語として面白いです。本人が主人公で実写化するなどしたらまた話題になって面白そうですけどね。

高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁

優雅で楽天的な日本野球

高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁 渡辺保裕 長谷川晶一
影絵が趣味
影絵が趣味

ネット連載でも楽しく読んでいたんですけども、やっぱり実際に本になると、もういちど読みたくなってしまいます。 それにしてもノムさんの亡くなった同じ年に伊藤トモの漫画が世に出るというのは因果なことです。やっぱり伊藤を使い潰したというイメージは拭い切れないですからね。そうなってくると、伊藤トモは不運な男だった、となりそうなものですけど、この漫画は何故か『幸運な男』と題されている。 まあ、漫画内でも野村監督は、めちゃくちゃ悪そうな風貌で描かれています。巻末の対談では、それでも抑えぎみに描いたと言っていましたけど、やっぱり悪そうなジジイにしかみえない(笑) でも、いつでも、どこでも、伊藤トモはノムさんのことを悪く言わないんですね。追悼のインタビューでも ~あまりほめられた記憶がないですが、1度、新人の時にねぎらってもらった試合があって。それは今でも忘れない。5月の中日戦で、勝てはしなかったが9回くらいまで無失点で。次の日に野村監督に『ああやっていけば必ずこの世界で成功できるから』と声をかけてもらって、非常に勇気づけられた~ と言っています。 あるいは、野村監督の25年ぶりの謝罪では ~僕はあそこで代えられたら嫌でした。マウンドを降りるほうが嫌でした。投手は先発したら完投するのが当たり前です。何球投げようが関係ないです。先発として最後まで投げるのが使命だと思います。何とも思っていませんよ、監督~ もう、これだけで泣けてしまいます。 選手の酷使を美談にすり替えるな、という声があるということももちろんわかります。選手は酷使されるべきではない、これは間違いのないことでしょう。でも、そのいっぽうで、伊藤トモのようにマウンドに執着する投手がいてもいいと思うのです。むかしの野球はとても野蛮で、近年ではそれが改善されつつあり、今年の春のセンバツではつい球数制限が導入されて、めでたし、めでたし、というはなしでは必ずしもないと思うのです。じっさいに高校球児から球数制限に反対する声だってありました「僕が最後まで投げられなければチームが負けるから」と。 選手はたしかに酷使されるべきではない。ただ、あれはしてはいけない、これはすべきではない、といった制約が日本の野球をせせこましくしていることもひとつ事実ではあるでしょう。球数制限のような流れは、今後さらに強くなってゆくことでしょう。でも、かつて日本野球は優雅で楽天的だった、ということも忘れたくないなあと思うのです。最高のピッチャーが9回裏に、最高のバッターにホームランを打たれて、でも、ふしぎと笑顔になってしまう、そんなような。 でも、まあ、野球そのものがどんどん窮屈でシビアになってゆくなかで、野球の楽天性をもっとも強く体現している漫画があるうちは、優雅で楽天的な日本野球は滅ぼないでしょう。『高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁』も見事なまでに優雅で楽天的な日本野球を体現しています。最後のページで、それまで若い頃の姿で描かれていた伊藤トモが、とつぜん老けた現在の姿になって言うのです「ラッキーなんだと思います。ただ、それだけです」もう、この野球漫画的な楽天性にあふれた演出には涙を禁じえませんでした。

Shrink~精神科医ヨワイ~

「もっと精神病患者が増えればいい」というセリフの真意

Shrink~精神科医ヨワイ~ 月子 七海仁
兎来栄寿
兎来栄寿

マンガ好きにとっては「シュリンク」というと、書店でマンガを買った時に本を覆っているビニールのカバーをまず想起してしまいます。が、本作のタイトルである『Shrink』が意味するのは精神科医のこと。 純粋に英語で精神科医を表すのであればpsychiatrist、therapistといった語の方が一般的でありshrinkと言ってしまうとやや侮蔑的な意味もこもってしまうのですが、それでもしばしば使われる語彙です。 特に、海外ドラマでは本当によくshrinkが登場します。親族やペットの死、仕事や恋愛での痛手などメンタルにダメージを与えられることが起きたらすぐにshrinkのところに行くのが当たり前だそうです。それによって、精神病の人の数は日本より遥かに高いんだとか。 翻って日本では精神病の人の数は表向きは少ないですが、実際にはストレス大国であり同じような水準でカウントしたら精神病の人は海外より高い割合で存在するのではないか、そういう意味では精神科にかかる人が増えて精神病と判定される人が増えた方がより人々は幸せになれるのではないか、という問題提起をしてくれるのがこの作品です。 「微笑みうつ」を「新しい自分として生き直すチャンスをくれる病」と非常に前向きに捉える視座にはなるほど、と思わされました。 パニック障害や自閉症など、聞いたことはあってもまさか自分がそうだとは微塵も思ってなかった、という人も世の中には多いことでしょう。本作を読むことで、精神科医にかかるかからないに関わらず少しでも生き易くなる人が増えれば良いなと思います。

こころのナース夜野さん

「本当のその人」を取り戻すささやかで優しいお手伝い

こころのナース夜野さん 水谷緑 山登敬之
兎来栄寿
兎来栄寿

『精神科ナースになったわけ』、『大切な人が死ぬとき ~私の後悔を緩和ケアナースに相談してみた~』など、医療系エッセイマンガを著してきた水谷緑さんが5年間の取材を通して描き出す、新たなる精神科ナースの物語です。 絵柄はとてもかわいらしいのですが、描かれている内容はとてもシリアスで重みのあるもの。幻覚が見える人、幻聴が聴こえる人、リストカットする女の子………… なるほど、こういう場合はそういう風に対応するのか、得心するところもあります。もし自分が担当医だったらどうするだろう、突然のショッキングな事態にこんなに上手く立ち回れる自信はないな、と考えてしまうようなエピソードも多々描かれます。 でも、世の中には確実にこういったことで苦しんでいる人が今この瞬間にもおり、そしてこのように尽力している精神科の方々がいるのだろうと考えさせられました。 「本来のその人になっていく。私たちはそのささやかなお手伝いをする仕事だ」 という節が心に残ります。 誰しもが心のバランスを崩して、本来のその人でなくなってしまうことがある世界。その中で、無言でそっと抱きしめてくれるような優しさがここにあります。その優しさの存在に、ただ本を読んだ身ではありますが感謝せずにはいられないのでした。

ハックス!

「野生のプロ」が出来るまで。

ハックス! 今井哲也
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

ニコニコ動画のタグで「野生のプロ」って、ありますよね?無名だけれど、凄い技術力の動画に付されるタグ。 この『ハックス!』は、そんな「野生のプロ」が誕生する瞬間を描いた物語です。 ★ ★ ★ ★ ★ 高校に入学した阿佐実みよしは、新歓で見たアニメに感動と既視感を覚え、アニメーション研究部へ。 新歓アニメフィルムの保護を訴える美少年・児島に教わった既視感の正体は、「前半だけ伝説」の商業アニメ。第一話を観て興奮したみよしは翌日、衝動に任せてパラパラ漫画を描いてきて、それを映像技術に詳しい児島が動画にし、ニ⚪︎動(にまるどう、と読んでね)にアップ。すると…… ……すごい!観られてる! この感動を足がかりに、みよしは動画を、もの凄い勢いで描き始めます。 面白いのは、みよしの才能がアニメーションの面白さと「手の速さ」であること。ひと月で6本のパラパラ漫画を描きつつ、出来た作品からフィードバックを得て質を上げていく様は、最高のOJT。 彼女、結構「現場」向きかも知れません。 文化祭で上映するアニメ制作に突き進むみよしと児島。しかし、やる気はあったが煮え切らない部長、部外者だけれど部長と遊び、邪魔な先輩、逆恨みで難癖をつけてくる人……マイペースなくせに意外と他人のことを考えてしまうみよしは、モヤモヤしてしまいます。 果たして文化祭アニメは完成するのか?そして例の新歓アニメの製作者の謎は……? ★ ★ ★ ★ ★ 部室に残っていた本格的な機材や、かつての製作の遺跡、フィルムに埃が映り込む感じなど、生々しい感触があるこの作品は、同時期のアニメ製作漫画『空色動画』を「スーパー系」とすれば、「リアル系」と分類できるでしょうか。(スパロボ的分類) ニコニコ動画の当時のネタっぽい物が出てくるのも面白く、細かな見所の多い作品になっています。 アニメ製作の面白さを描きつつ、何かに打ち込む人と何もせず腐る人のコントラストが複雑な感慨を与えてくれる、骨のあるドラマ。古びない普遍性のある作品です!

不思議なゆうなぎ

不思議ペン画の微エッチ純情百合SF #1巻応援

不思議なゆうなぎ 大庭直仁
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

要素が多い! ……とにかく独特な点が多くて、斬新な表現を見ているはずなのに、最終的に「可愛いし、ホロっとくる!」と誰もがほっこり納得してしまう……これいいですね! ●大好き同士の女の子、ユウとナギは、ナギの体質のせいで(とユウは思っている)お互いの身に不思議なことが!どんな困難も友情力で解決する、ほんわか百合が堪能できます。 真っ直ぐに互いを求める百合尊い! ●問題が起こるたび、二人は裸が見えてしまったりするのですが、いやらしくならず、互いの秘密を共有する表現になっています。 でもちょっぴりエッチに扱われるお尻もあります。 ●均一なペン画で、幾何学的な背景やメカ的なSF表現がされる一方、背景の木や雲などは屏風絵から発想を援用したような感じか。ユウとナギの髪が版画的な表現でアクセントになっており、几帳面なタッチながら、絵のアイデアが豊かで楽しい! ●不思議事件に巻き込まれるうち、次第に行動範囲が広がり、不思議な街の秘密が二人の目の前に。これ、続刊がめっちゃ楽しみなやつだ! 石黒正数先生やつばな先生が好きな方は、たぶん好きかなぁ。 不思議世界に翻弄される二人と、少しずつ縮まる様でいて実は両想いでしょ?な二人の距離を、目から星をキラキラさせて楽しみましょう! 1巻は2月7日発売。 出たばっかりだよ!読もう! (すみません、当初 #1巻応援 のタグを入れる場所を間違えていたのですが、改めてタイトルに入れました。実は2巻で終了、しかも2巻は電子書籍のみというアナウンスがありました。非常に残念ですが、せめて2巻が売れて大庭直仁先生の応援になればと思います。本当に面白いのでみんな読んで!)