治癒の魔法使いとして働いていたアレクサンドラ・オリエールは、 60年に1度現れると言われる召喚魔法により突然違う世界に飛ばされてしまいます。 召喚後の過酷な未来を想像し絶望するアレクサンドラですが、 彼女が飛ばされたのは、元いた国と比べて恐ろしく安全で文化レベルも高い日本という国でした。 唯一神を信仰し、魔法による恩恵を受けている、そんな国から離れたどり着いたのは、 八百万の神が存在し、だけど魔法は存在しない現代の日本。 そんな日本に“召喚”されたアレクサンドラが「夏川レイ」と名を変え、魔法の力を隠して日本で生きる中で触れる、穏やかな日常と少しの不思議を描く作品です。 1巻まで読了
悪政を敷く女王カサンドラが乗る鉄道に現れた彼女の命を狙う異民の女・ヴァルタナ。 幸か不幸か暗殺は未遂に終わり、ヴァルタナは捕らえられ処刑されるのですが、 彼女の背景にこんな“予言”が存在したことが判明します。 ―遠くない未来、同じ場所に居合わせる7人の女性 その全員が皆、殺されるであろう― 奇しくも女王の暗殺未遂の場に居合わせた女性の数、それが、 カサンドラとヴァルタナを含めてちょうど7人でした。 予言の存在を知ったその日から確実に“変化”してゆく彼女たちの日常。 その“変化”のそばに必ず現れるもう1人の女性の影。 そして警戒していた矢先に起こってしまう“2つ目の殺人”… 果たして予言の通り“そして誰もいなくなった”となってしまうのか、 それとも彼女たちは死の連鎖を止めることができるのか、 予想もつかない展開の連続で駆け抜けてゆくファンタジーサスペンスです! 1巻まで読了
以前の作品である『ヒロインはじめました。』は上質な学園ラブコメでしたが、本作では大人の恋愛を見せてくれます。 ヒロインの旭は黒髪ロングと八重歯がチャームポイントな小説家。七海は祖母の店を継いだ金魚屋さん経営。そんなふたりが、政略結婚とまでは行きませんが互いの利害の一致によりかりそめの夫婦として結婚という契約を交わし共に暮らす様子が描かれます。 理由はともあれ、妙齢の男女が一緒にひとつ屋根の下で暮らせば何も起こらないわけはなく。よく恋愛ドラマで主演した俳優同士が付き合うということも起こりますが、単純接触効果的にもずっといることで互いへの好感度ゲージは否が応でも高まっていきます。その際の、社会的には夫婦という関係でありながらも実際には違うというギャップから生み出される初々しい反応の数々が旨味となって読者に波濤のように押し寄せます。 特に好きなのは、町祭りにおけるイベント「ラブラブ夫婦大会」。新婚夫婦の仲の良さにニコニコする年配の方々とのシンクロ率が400%を超えていきます。 何より天倉ふゆさんの絵の魅力です。本作ではますます磨きがかかっており、女子はかわいいし男性はかっこいいのが最大の魅力と言って良いでしょう。少女マンガ的に大事なシーンを、しっかり絵で魅せてくれます。そして、心の中の井之頭五郎が「うんうん こういうのでいいんだよ」とひとりごち、私は「否、こういうのがいい」と応じます。適度にラブがコメり、されど大人らしく適度にしっとり。とてと良い塩梅です。 金魚屋という職業の部分がフィーチャーされるパートも好きです。 今後も良い感じに幸せに、末長く爆発してほしいです。
『ゆめぐりっ!』のいしいゆかさんが手掛ける新作は、「アイドル×仕立て」の物語。 クラスメイトの隠れ美少女が実はアイドルだったというのはよくある設定だと思いますが、その子のために主人公・鬼島一犀(きじまいっせい)が衣装を仕立てるという筋書きになっています。 一犀は見た目は強面でヤンキーですが、かわいい妹を始めとして母子家庭での節約の一環として針仕事が得意になった少年。そんな彼の作った服を見た白坂凛々花ことアイドルグループ″Piemier″のリリィが、自分たちが輝くための衣装作りを依頼するところから物語が始まります。 この作品の何が良いかといえば、人生で熱くなれるものなんてないと思い込んでいた少年が同年代の女の子のひたむきな姿を見て、初めて本気で打ち込めることを見つけていくところです。 格闘家の那須川天心さんがファンからの質問で 「今日しんどいからやめとことか思う事もあると思いますがその時はどのように自分自身奮いあげますか?」 と問われて 「そのレベルで物事をやってないっす」 と答えたのが話題になっており良いなと思ったのですが、一犀の心を動かしたのもまさにそれに通ずる凛々花の真剣な瞳と、ひたむきに最高のものを観客に届けようと努力する姿。 答えのないものに向き合い続けながら華やかな舞台の裏側では泥臭く汗をかいてひたすら上を目指すその姿勢に魅せられた一犀に訪れる、憧れも悔しさもすべて綯い交ぜになりながら自らを大きく突き動かす感情が芽生える瞬間の描かれ方がとても良いです。自分が携わればこの輝きをもっと増すことができる、自分が存在する意味があると確信してしまう瞬間。人間の生が、ここにあります。 王道的な熱量に支えられながらどんなかわいい衣装ができ上がっていくのか、ふたりの関係性がどうなっていくのかも楽しみです。
『ゆうべはお楽しみでしたね』を連載しているヤングガンガンで立ち上がった、もうひとつの金田一蓮十郎さんの連載作品が1巻発売となりました。 今期はちょうどアニメ・映画化もあって『ゾン100』が国内外盛り上がっていますが、この『ぼくらはみんな*んでいる』もゾンビと現代日本の日常が融合した作品です。ただ、本作が普通のゾンビものと大きく一線を画しているのは、ほとんどの人類が死後にゾンビ化するウイルスの保菌者となっているという世界でゾンビが日常に溶け込んだ存在になっていることです。 ジャンルとしてはゾンビが人を襲うことによるパニックホラーではなく、ゾンビが人間社会で普通に共存している中での金田一さんらしいコメディや人間関係のあれやこれやなどのヒューマンドラマが主軸となっています。 ゾンビ化ウイルスは12歳頃から3割ほどの発症率で、年々発症率は上昇中。 「今ゾンビ彼氏がブーム! ゾンビ彼氏のメリット大特集」のような記事がネット上では流布しています。 ゾンビになると人間にはない体のケアなどは必要ですが、睡眠の必要もなくなるので多くのゾンビは暇を持て余しているそう。私は読んでいてネトフリを無限に観ていられるゾンビたちが非常に羨ましくなりました。私も一睡もせずにこの世にあるマンガを読んでアニメや映画やドラマを観てゲームをしていたい。 こうした世界観の中で、毎回主人公が代わりさまざまな人及びゾンビの生きる(?)姿が描かれていきます。 死んだ体をそのまま描くと少々グロいので、本作ではモザイクの代わりに綺麗なお花がたくさん描かれているため目にも優しいです。普通のゾンビものが見られない方も、安心して楽しめるでしょう。 ゾンビという特殊設定をひとさじ入れることで、金田一蓮十郎さんらしい味わい深い人間(ゾンビ)たちのコクが引き立っています。 以前ヤンガンに掲載されていた金田一蓮十郎さんのリアルな妹さんである芋Utoさんとの合作読切「鳳凰院くんと何も始まらない話」も連載化して欲しかったですが、流石にこれ以上連載を増やすのは難しいと思うので、今後どこかの巻末にでも収録して欲しいです。
今までの今日マチ子さんの作品の中でも、個人的に特に刺さった作品です。 『セキ☆ララ中学受験 経験者だから描けた、ホントの中学受験&中高一貫校ライフ!』から10年と思うと月日の流れの早さに戦慄しますが、自身も中学受験を経験して中高一貫校に入学したという今日マチ子さんが改めて物語として描く中学受験。 小学校高学年の頃、私は受験とは無縁で近くの公立中学にのほほんと進学する予定でしたが、周囲の半数以上の同学年の子たちは受験戦争に駆り立てられていました。私が小学校1年生の時から最も仲の良かった親友は、某有名幼稚舎に落ちて公立にきた社長の息子で、せめて中学からはそこへと連日猛勉強で特に高学年になってからは遊ぶことが少なくなってしまいました。 この『すずめの学校』で描かれるのは、私立小4年生のめだかと公立小4年生のすずめ。そして、そのふたりを取り巻く親類や友人知人たちが織りなす中学受験にまつわる群像劇です。とりわけ、厳しい教育ママであるめだかの母親の様子を見ていると、自分の小学生時代を思い出さずにはいられませんでした。 日々、習い事や塾で忙しくしていた親友が疲れ果てていた時、習い事をサボって我が家で一緒にマンガを読みゲームをした日がありました。それが親友の母親に発覚した時、きっとめだかの母と同じような表情で同じようなことを考えていたんだろうなと今考えて思います。家の経済状況も違いすぎ、私の親の職業も合わせて心の中では嘲笑されていたかもしれません。 子供の人生を良くするためというのはもちろん一定の割合であるはずですが、世間の熱心な教育ママの裡には世間体や自尊心が大きな理由になっている人もおり、そういった大人の機微、今で言うマウント合戦のようなものが行われている様を私は子供心に醜く忌避したいものだと感じていました。 マンガもゲームも友達と遊ぶことも禁じられ、勉強して、いい大学に入って、いい会社に入ったり公務員になったりする。そこにちゃんと幸せがあればいいのですが、残念ながら受験戦争に明け暮れた友人たちが大きくなってから発露した歪みのようなものも複数目にしてきており複雑です。 ただ、それぞれの母親たちにも幼い頃からの人生があり、それに基づいた考え方になっていることも本作では丁寧に描かれます。憧れとコンプレックスという表裏一体の感情や、自分がした苦労や辛い思いを子供にはさせたくないというプリミティブな思い。子供たちも大人たちも、いろいろなものが綯い交ぜになって形作られている。そんなリアルさが、かつての自分の記憶を喚起して胸を刺してきます。 ただ、あとがきで今日マチ子さんは「しんどかったけど友達もできて楽しかった」「自分がのびのびとしていられるのが塾でした」と書かれており、少し救われる思いがしました。 あの頃、死ぬほど我慢を強いられて勉強に明け暮れていた友人たちが今幸せに暮らしていたらいいなと思います。
サンドロビッチ・ヤバ子さんとMAAMさんの『ダンベル何キロ持てる?』コンビによる新連載。 『ケンガンアシュラ』がアニメシーズン2配信と共に期間限定無料公開で盛り上がっていますが、その「ケンガンアシュラ』や続編である『ケンガンオメガ』、『ダンベル』とも世界観を共有している作品です。それらの作品を読んできた方であればニヤリとできる点があり、今後もたくさんのファンサービスがされていくことが期待されます。 内容としても、完全に女の子版『ケンガンアシュラ』。ネームもオノマトペもフォントもストーリーも全部ケンガンの魂が宿っています。 ひとつ、特色としては本作最強にして最狂にして最凶のヒロインである革命姫・本郷姫奈の底知れぬヤバさ。他の精強な女戦士たちがゴラクやヤングキングにいそうな顔だとすれば、姫奈はきららから飛び出してきたようなヴィジュアルでお嬢様学校に通う女子高生。しかし、かわいい外見とは裏腹に国家転覆を企てたこともあるというあまりにもヤバ過ぎるエピソードを持ち「日本一危険な女子高生」と呼ばれています。頭脳も明晰で、何よりも戦闘狂。彼女の深淵の謎に迫っていくサスペンス性も本作の見どころのひとつです。 決め台詞の 「革命のッッ 時間だよーーーッッッ⭐︎」 は声に出して叫びたくなります。 姫奈を登用して裏闘技興業「戦乙女(ヴァルキュリア)」を行う三羽烏の天馬希望、美谷はな、伊織いちかや、彼女たちが呼んでくる戦士たちも一様にキャラが立っていて魅力的です。瀬名姉妹も良い敵キャラで今後関林のような立ち位置になってくれないかなと期待しています。 MAAMさんの高い画力で描かれるバトルシーンの迫力と疾走感も堪らず、頭を空っぽにしてシンプルにのめり込めます。 革命デュアリズムや輪舞-revolutionを聴きながら読むとキマる作品です。
中学2年の時に告白されて付き合った相手から1週間でフラれたことで、相手からの好意を信じられなくなってしまった主人公の不思議 麻衣。 恋愛への憧れは持ちつつも心に空いた穴を埋められないままアラサーになってしまった彼女は、 ひょんなことから店員も客も店内で声を発しないというコンセプトの「サイレントカフェ」で働くことになります。 そこで麻衣が出会った4歳年下のスタッフ・上下 亮は、次第に麻衣に対して好意を抱き始めるのですが、 麻衣の繊細さを察知して慎重にアプローチをしようとした結果、 「いつも恋愛が上手く行かないから」という謎の言い訳と共にちょっと変わった提案をしてしまいます。 他のカフェの店員たちもキャラが濃くてかつ魅力的で、群像劇的な雰囲気も醸し出していますが、 その中で、クールな見た目ながら麻衣との接し方に手こずる亮と、 亮の好意をあっさりとは受け止めてくれない麻衣という2人のままならない恋模様が描かれる作品です。 1~2巻同時発売で一気に期待値を上げてくれるので、1話で気になった人は2冊まとめて買うのをオススメしたい、そんな作品です! 2巻まで読了
舞台は身体の一部が変化した“変異種”が生まれるようになった世界。 “ヒト科変異種五級”である絶背藍(ぜつぜあい)は両手に口があり、奇異の目で見られてきた経験から人間嫌いになっていました。 そんな中でも唯一、職場の先輩である神崎葉鳥に対してだけは心を許していて、いつしか恋心を自覚する用になっていたのですが、 ある日彼はその葉鳥のことをとある場所で見かけます。 それは“変異種のみ”が義務付けられた定期検査の会場。 しかも葉鳥は人類に対する危険度によって分類された等級の一番上、一級以上の変異種が並ぶ列の中にいたのです。 『フラレガール』の堤翔さんの新作はそんな導入から始まるティーンズラブ作品。 それも、実は“変異種”であった葉鳥の身体に隠されたある秘密が、藍の変異のとある特徴と奇跡的な噛み合わせを見せたことで、 官能的な美しさとともに切なさを秘めた2人の物語へと展開してゆきます。 1巻まで読了
『日々ロック』の榎屋克優さんが、ブルースを描く。それだけで事件ですし、熱いものがこみ上げてきます。 忌野清志郎と甲本ヒロトを愛していて「ブルースはどちらかというと古臭い」「ビートルズやストーンズの方がかっこいい」と思っていたという榎屋さん。ですが、この作品を描くにあたってブルースを聴いてみたらどハマりしてしまったそう。 そもそも、作中でも語られる通りロックのルーツもブルースですからね。必然的な帰着なのかもしれません。私自身も元々はロックが大好きでしたが、ジャズやブルースをこよなく愛する親族の影響で有名どころは聴いてきています。ブルースにはブルースの、また違った良さがありますよね。 本作では第1話「Change My Way」からサブタイトルがブルースの有名楽曲名となっています。ブルースに馴染みのない方も、まずはこのサブタイトルになっている曲辺りから聴いてみると良いのではないでしょうか(第2話の「Everything's Gonna Be Alright」は検索するとSweetboxの方が先に出ると思いますが、Muddy Watersの方でしょう)。 本題の作品内容は、26歳の健康食品会社の営業である田中が十字路で悪魔に40年の寿命と引き換えに「ブルースマンになりたい」という願いを叶えてもらう契約することで、憧れの66歳のブルース奏者である仲村弦と入れ替わってしまうというものです。27歳で逝去した伝説のブルース歌手ロバート・ジョンソンのクロスロード伝説に擬えているのは言うまでもないですね。 ただ、ロバート・ジョンソンは恐るべきギターの腕前を手に入れましたが、田中はさしてギターも上手くないまま弦と入れ替わってしまったことで、むしろ苦労します。 通常、転生モノや入れ替わりモノだと、元の体での経験や知識を活かして無双したり、あるいは替わった先の体の超絶技能を駆使する展開だったりが多いですが、田中はその逆を行っているのが面白いところです。もし自分が推しに転生したらと想像すると、恐れ多すぎて慄きまともに動けないことでしょう。田中の苦労は察するに余りあります。 一方、元の田中の体には弦が入り、ミュージシャンとして自由を謳歌してきた人生から一転して毎日満員電車に乗って出勤するサラリーマンとしての生活をスタートします。弦が未経験ながら持ち前のコミュニケーション能力で見事に営業の仕事を行うシーンでは、アンドリュー・カーネギーを思い出しました。このふたりの入れ替わり生活の対照的な様、それでも根底にある音楽の楽しさや素晴らしさが読んでいて心に響きます。 3月に発売した『メゾン・ド・レインボー』などでも顕著でしたが、榎屋さんの描くキャラクターたちの何とも言えない人間臭さや温かみが心地良く、随所で利いています。人生のどこかで交差したことがあるようにも感じられるサブキャラクターたちもとても魅力的で、ふたりと彼らの関係性も見どころのひとつとなっています。会社のメンバーとのカラオケのシーンや、ボトルネック奏法のシーン、京都の一幕など好きな良いシーンがたくさんあります。音楽が絡むシーンの熱量は流石です。 物語の行く末は開幕1ページ目で暗示されており、まさに憂歌の様相を感じさせていますが、40年の寿命を捧げた田中と40歳差の弦は果たしてこれからどうなっていくのか。 ウイスキーと音楽と一緒に嗜めば、良い夜になること請け合いの作品です。
※ネタバレを含むクチコミです。
今年の4月に発足したこども家庭庁によれば、 "「ヤングケアラー」とは、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っているこどものこと" と定義されています。現実には数多く存在し、私自身もヤングケアラーでしたがこの言葉を知ったのも10年は遡らないほどでした。近年は少しずつ認知されてきているように思いますが、高齢化が進む社会では子供の数は少なくなりながらもヤングケアラー化してしまう子供はなかなか減っていかなそうにも思います。未来の担い手が不条理にその先の道を閉ざされてしまうことは誰のプラスにもならないので、何とか社会のシステムでケアしていくべき課題のひとつでしょう。 本作は、自身もヤングケアラーとしての経験がある筆者によって描かれるヤングケアラーたちの短編集です。1話~数話完結型で、自宅介護や病院通いなどそれぞれ異なる事情を抱える少年少女たちが描かれます。 学業やバイト、友人たちとの交遊などは著しく制限され自分が本来やりたかったことも諦めざるを得ず周囲の「普通」から取り残されてしまうこと。元々は大好きだったはずの人が認知症の進行によってその優しさや知性や尊厳をみるみる失っていってしまい、あまつさえ自分へ加害するようになってしまったときの言葉に表せない絶望感・虚無感。子育てと違って終わりの見えない状況の中で痩せ細っていく思考力や判断力。閉ざされた将来への不安。そういったことに対する理解を得るのが経験者でないと非常に難しいという側面も、丁寧に描写されています。 そしてまた、そんな状況で人生において金輪際関わりたくない(しかしながら関わらざるを得ないことがまた多大なストレスを生む)と思うような親類が存在することの苦しさも生々しいです。 ただ、そんな中でも同じような経験をしている人や暖かく手を差し伸べてくれる人も世の中にはいるのだという大事なことを伝えてもくれます。現代社会の暗部が描かれていますが、決して辛く苦しいだけではなく希望の光も見せてくれます。 今現在も苦しんでいる人は多くいると思いますが、そういった方々には頼れる人やものには頼って欲しいですし、そういう道もあるのだと気付かせてくれる作品です。渦中にあると、心身の疲弊で正しい判断を下したり新しく誰かに会ったり何かをしたりする気力体力がないということも往々にしてありますが、だからこそ自分が壊れるという最悪の結末を迎えないように自愛して欲しいです。 相葉キョウコさんの絵が美しくかつ読みやすいのも特筆すべき点で、10代が背負うには重すぎるものを抱えた心情もよく伝わってきます。 ヤングケアラーという言葉を知っている人も知らない人も、当事者もそうでない方も読む価値のある作品です。
円安が話題に上ることの多い昨今、かわいらしい絵柄のマンガを楽しみながら、気軽にマクロ経済について学ぶことができる素敵な本が出ました。 自分がマクロ経済学を大学で受講していたときにこの本があったらなぁと思うレベルで良い本です。 高校3年生にして投資クラブを立ち上げたサヤ先輩と、彼女の師である立花先生が、2年生のユカとナオヤに教えていくという建て付けでマクロ経済の入門編が解説されていきます。 例えば 「″国民総生産″は実は悪訳」 というように、単なる用語暗記にならず強固なエピソード記憶に繋がるようなさまざまな細かい話や解説も差し挟まれながら進行します。 経済的な用語で言う「限界」とは? 「ビルトイン・スタビライザー」 「IS-LM分析」 「クラウディングアウト効果」 などなど、聞いたことがあるかもしれないけどよく分からない言葉の意味とは? それぞれの概念を浮島として理解するのではなく、経済指標における有機的な繋がりとして意味が分かるように書かれているので、非常に分かりやすくためになります。 これから経済学を学んでいこうという人も、門外漢だけど投資などに興味があって世間の動きや流れを知っておきたいという人にもお薦めです。
その活動を追いかけることを心の支えにしていたアイドルが薬物による中毒死をした、という報道を見てしまった主人公の専業主婦の女性。 立ち直れないほどのショックを受けた彼女はそのアイドルの残像を追ううちに、なぜか20年前にタイムリープ。 奇しくもそれはそのアイドルが子役としてデビューする直前でした。 そのことに気付いた主人公は“推しの死”を回避するためにある行動に出ます。 いわゆるタイムリープものですが、今のところアイドルの死に事件性は見られず、その死を回避するための描写はサスペンスというよりはアイドルが抱えていた心の闇に主人公がどうにかアプローチしようとする、ヒューマンドラマのような側面の強い作品です。 ここからどう“過去が変わる”のかはまだ分かりませんが、20年という長いスパンで“推しの死”を回避しようと奔走する主人公の姿、そしてタイムリープによって生まれた主人公とそのアイドルとの関係性に注目してゆきたい作品です! 1巻まで読了
派遣社員として働く34歳の女性・深津ケイは、仕事も恋愛もちゃんと自分で選んで生きてきたはずなのに 、どこか自分の存在が自分から遠いような感覚を覚えていました。 そんな中で彼女は友人からあるお店を紹介されます。 「予約をしている」と言われたそのお店は自分では入らないような下着店。 そこで店員さんに選んでもらったブラジャーは、サイズや着心地が合う以上の衝撃を彼女にもたらします。 言うなればそれは「私が私をつかまえた感覚」。 この作品はともすれば性的なアイコンとして捉えられてしまいがちな下着というものを 誰のためでもない“自分のために選ぶ”という経験をきっかけにして ケイが新たな人生のステップを歩み始める様子を描く作品です。 下着から自身をエンカレッジする感覚はもしかしたら女性特有のものかもしれませんが、どんなアイデンティティを持っていても読めば何か心に引っ掛かりが生まれるような物語づくりがされているので、表紙に気負うことなくいろんな方に手にとってもらいたい作品です!
ひよどり祥子/うぐいす祥子さんの代表作である『死人の声をきくがよい』は、 ″担当の編集者から「女の子をいっぱい出す」「タイトルをラノベっぽく」という指示を受け、「主人公の男の子が幼なじみの幽霊やいろんな女の子に囲まれてキャッキャウフフな内容の作品をホラーマンガ家が描い」て出来上がった″ (Wikipediaより) という成り立ちだったそうです。 翻って、本作はあとがきで書かれているように前作『ときめきのいけにえ』が少年誌での少女ラブコメホラーへの挑戦だったことを踏まえて、今回は「メジャー感ある少年マンガを描いて下さい」と担当編集からオーダーされたのが始まりなのだとか。 うぐいす祥子さんに………… メジャー感ある少年マンガを…………? 思わず、自分の背景に宇宙空間に佇む何とも言えない顔の猫が浮き上がってきた気がしました。名古屋の喫茶マウンテンに行ってブレンドコーヒーを注文するようなものですよ。 『ドラゴンボール』や『名探偵コナン』くらいしか少年マンガを読んだことがないといううぐいす祥子さんは色々と勉強をして、少年マンガの何たるかを自分なりに解釈して、そうして出来上がったのがこの『僕に殺されろ』だそうです。 …………なるほど。 それはそうです。 うぐいす祥子さんが少年マンガを描いたら、こうなるのは必然ですよね。うんうん、なるほどなー。 ……どうして、どうして…………。 範馬勇次郎も言っています。 「持ち味をイカせッッ」 と。その意味でいえば、うぐいす祥子さんの持ち味は少年マンガを目指したというこの作品でもたっぷりと堪能できます。ただ、やはりその味が顕現すると王道少年マンガとはちょっと、いやかなりベクトルにズレが生じます。そこを楽しめる人にはとても良い作品でしょう。 担当編集さん的には、最初のオーダーから弾道計算したらこの辺に着弾するだろうと見越していたのか、それとも何だか凄いの出てきたけどこれはこれで面白いから良いやなのか、どういう風に捉えているのか気になります。 でも、マウンテンのコーヒーも実は本格的な豆を使用していて飲むと普通に美味しいということは実際に飲んでみなければ分からない訳で。たまにはマウンテンでコーヒーを頼むのも良いと私は思います。 この作品自体もそうですし、この作品を経て更に幅が広がるであろううぐいす祥子さんのこれからがますます楽しみです。
タイトルからして、とても不穏な百合マンガ。 主人公のレイは、ずっと好きだった同姓のアミに思い切って告白したら意外にもすんなりOKをもらえてこの世の春が到来……したかと思いきや、恋人関係になっても周りの友達と扱いがほぼ変わらず「一人の時間を大事にしたい」と言われ、ますます悶々とさせられることに。 そして、何やら他の女の影も見え隠れしてますます不穏さは募っていきます。ただ、この作品のポイントとしては、レイの愛情の深さが挙げられます。何があっても、何をされたとしてもそれでも変わらない、変えられない思いの丈。 その果てに押し寄せてくるのは、まさにタイトル通りの絶望感。読んでいて、「一体どうなっちゃうの〜?」と頭の中の次回予告ヒロインが叫び倒します。 ちょっとしたことでも起こる10代少女の激しい浮沈や、そもそも何故レイはアミを好きになったのかというところのきっかけの些細であるが故のリアルさ、アミのフリーダムな性格がどこに起因しているのかなどのディティールが良いです。 それらを踏まえた上での、決定的なシーンでレイがアミに放つセリフは特に好きです。 1冊で過不足なく完結しており、私は連載で追っていましたが単行本で初めて読むとまた一段と満足感は高まりそうです。 富沢未知果さんの今後の活躍も楽しみです。
癒し漫画。 古書店店主の栞さん良いなあ〜肩の力抜けてる感じ。そしてヨウくん、身長高くて、少し強面たけども内気な性格。 ゆったりと時間が流れていくような波がほとんど無い漫画で、1日最後とか読んだらホッとするし癒されると思う。 この緩い感じのまま続いて欲しいなぁ〜。 また、ヨウくんの姉のホムラがいいスパイスになりそうで、それも良かったです。
『暴力亭主から逃れる10の方法』の作者の方の新作です。この方の人生はいい意味でも悪い意味でもドラマチックで目が離せません。 このエッセイは娘の月子ちゃんが小5のときから始まっていて、全1巻なだけあり省略部分もかなりあるけれど読み応えは抜群です。受験勉強真っ只中な親子や、難関大学受験を検討している方々の背中を押してくれるような内容だと思います。 自分の実力よりもはるか上のレベルの難関大学合格を目指すとなると、やっていることやマインドは控えめに言ってもまさに「戦い」だということがわかります。それに10代の子どもたちが人生をかけて挑んでいる。親としても自分のできることはすべてやってサポートしてあげないと!という気持ちになりますよね。 この数年間、落ち込んだり心が折れそうになったりしたこともあっただろうに、いつでも強気で前向きで自分を信じることを貫いた月子ちゃんに拍手。 果たして月子ちゃんは東大に受かることができるのか!? 衝撃のラストをぜひ読んで確かめて欲しい。
「権威への服従原理」は実体験として感じたことがある方も多いかもしれません。シンプルに言えば、人間は権威に対して弱い性質を持っているということです。 本作は、有名な芸術家・花屋敷千雄(ゆきお)の娘であるみもざが父親に似ずまったく技術も才能も無いのに自身を天才であると信じて疑わず、また周囲も明らかに下手なみもざの作品を礼賛する奇妙なシチュエーションを基軸としたコメディです。 守銭奴キュレーター主人公・福沢。 芸術家であることを盾に人間としてのまともな生活も難しいみもざ。 デザイン学科服飾専攻の関西人インフルエンサー山本瑠衣。 拗らせアラサー画廊経営者・旗小次郎。 「マンガはキャラクター」という言葉を体現したような作品で、生き生きとして癖の強いメインキャラクターたちだけで十二分に物語が回っていくのを感じられます。全員、もし現実にいたら友達になるのも厳しそうな面倒くさい性格の持ち主たちですが、マンガで読んでいる分にはそこが良いです。 松尾あきさんの特徴的なオノマトペも、美術がテーマになっているこの作品だと一際ハマっています。 そして、全体を通してネームがとてもスッキリしており、とても読みやすいです。多少長めのセリフがあるシーンでも全然疲れずにスルッと入ってきます。 全ルビなので子供でも読みやすい一方、冒頭のシーンで提示させられる「アートの本質」などのテーマは考えさせられます。 「花屋敷の娘」という、強力な権威をもっているが故に彼女に対して物を言える人が極端に少ない様、また「花屋敷の娘」であると知った瞬間にそれまでの自分の価値判断を忘れて何となく凄く見えてくる様は、コメディとして描かれていて実に滑稽ですが、実は非常に恐ろしいことでもあります。私たちも、意識せずに彼女のような存在を持て囃していないとも限りません。 美大が舞台の名作は近年増えていますが、また少し違った角度から絵がかれる注目作品です。
皆のように普通に生きたいのに、それが難しい。 人と同じようにできない。 そんな経験がある方には刺さるかもしれない作品です。 『百合の園にも蟲はいる』や『世界の終わりのオタクたち』の羽流木はないさんと、『幼女戦記』のイラストを担当していた篠月しのぶさんが組んで送る日常異端系ストーリーです。 クラスメイトから「距離感バグってる」と評される伊藤さんは、友達を求める女の子。ある日、同じクラスの高橋さんに成り代わっていた化け物が先生を丸呑みしている現場に遭遇します。殺されてしまうかと思いきや異形の化け物と友達になり、「フツー」の人間らしさを教わっていく奇妙な日々が始まります。 「プリクラを撮ろう」と自分から誘っておいてその場でプリクラを捨てるなど、あまりにフツーに生きることができない伊藤さん。彼女の奇行と、それでも友達が欲しいという切実な願いが哀切を誘います。他の人のように上手く生きられない人は共感したり共感性羞恥を催したりするでしょう。 そんな彼女ですが、初めてできた友人である高橋さんとフツーの女子高生が当たり前にしていることをする時間が訪れ、まるで爽やかな百合を読んでいるかのように錯覚するシーンもあります。ただ、この物語はそれでは終わらず毎回非常にサスペンスフルに進行していきます。連載で読んでいると、毎話毎話ヒキが強くて続きが気になるタイプの作品です。 本作のひとつのテーマである「普通」について、作中でも色々なシーンや言葉を通して語られますが、羽流木はないさんらしい作家性がそこかしこから出ています。ドラッグストアの件とか好きです。 また、黒髪ロングストレートの高橋さん、篠月しのぶさんの絵の魅力もあってすごく好きなんですが(3話や6話の白と黒のコントラストがバチッと利いた絵など特に好きです)、既に怪物に殺されてしまっているのは至極残念。ただ、スマホの操作はもちろんのこと盛れるアプリの使い方にも習熟している怪物は大分愛らしさもあります。ある種、『うしおととら』のような関係性も髣髴とさせる彼女たちの行方が気になります。 また、伊藤さんのおばあちゃんも特筆すべきキャラ立ちをしています。ど派手な服装と車に、抜群のスタイル。格好いいおばあちゃんキャラって良いですよね。おばあちゃんの作った明太子・じゃこ・牛の三種のコロッケ、台風の日に食べたいです。
『騎士譚は城壁の中に花ひらく』に連なる、ゆづか正成さんの新作です。 『アンドロイドはごちそうの夢を見る』や『神食の値段』など食にまつわる過去作も複数ありましたので、中世と掛け合わさったことで筆者の趣味嗜好の集大成的な作品となっている印象です。 「美味を求めるなら紅花(カルタモ)に行け」と謳われる紅花の修道院で育った主人公・レノが、築城中の「樫の城(クエルクス)」で新たな生活を始めていく物語です。 『騎士譚は城壁の中に花ひらく』と同様に、華美な表紙から伝わる通りまず絵が素晴らしいです。中世ヨーロッパの雰囲気と非常に合っており、精緻に描かれる建造物や風景、服飾や料理や小物を眺めているだけでも世界観に浸れて楽しめます。 本作は、料理が上手なレノがその腕を振るうグルメマンガとしての一面が大きな見どころとなっています。裏表紙でも描かれているように、うさぎのパイやひよこ豆のスープなど実際に中世ヨーロッパの人々が作って食べていたであろうメニューが考証の末にシズル感たっぷりに描かれています。 何と、作中のレシピを公式が実際に作ってみたという動画も公開中です。 https://twitter.com/shonen_sirius/status/1700687664910045616?s=20 作品を描くにあたって実際に講談社のキッチンスタジオを使って試作し、現代のものと当時の材料でできるものを比較試食してみたそうですが、やはり現代人からすれば現代のものの方が美味しく感じるとか。でも、当時使える材料や器具だけで作ったものというのもロマンがあって良いですよね。マンガ飯を作るイベントやお店などをまたやる際には、作って食べてみたいと思わされます。 また、お城を建てるところから描いているというのがなかなか珍しいのですが、私は昔から古城に憧れがあり古城ホテルにいつか泊まるのを夢見ているので、丁寧に描かれた築城工程や完成予定図なども見ているだけで楽しいです。 幕間に差し挟まれるさまざまな注釈からも、綿密な下調べの上で愛を持って西欧世界を描いていることが伝わってくるのも心地よいです。そうしてひとつひとつの物を丁寧に描いていくことによって、そこで暮らす人々の温度や息遣い、生活感が感じられるような世界が生まれています。神は細部に宿る、のお手本のような作品です。 絵に惹かれた方は間違いないと思いますので、まず試し読みで数ページでも読んでみてください。
第6回カクヨムWEB小説コンテスト「キャラクター文芸部門 特別賞」を受賞した宮城こはくさんの原作小説を、『野良猫と便利屋』や『青春ランナウェイ』の乙津きみ子さんがコミカライズした作品です。 最近も追放モノが流行っていますが、本当は優れた稟質を持っているのに理不尽によってそれが生かされず逆襲を果たしていく物語というのは古今東西に存在します。ある種、人間社会の普遍的な不合理が生み出すものなのかもしれません。そして、王道ではあってもそうした不遇に置かれた主人公が八面六臂の活躍をする様は良いですよね。 本作のヒロインは、大人気イラストレーターIrodoriでありながら、憧れのゲームを作った人がいる会社にお忍びで入社した夜住彩(やすみあや)。ブラックな労働を課せられ全力でこなしていましたが、欲深く無能な上司によって窓際部署に飛ばされてしまいます。しかし、彩は自分で自分の限界を決めることを是としてしまうような会社の空気を覆す神ゲーを作るため、同期の真宵学と共に決起します。 彩がいなくなることにより元の部署には当然歪みが生まれるのですが、後の祭です。ただ、現実的にはその皺寄せが無能な上司ではなく残った同僚に行くのが辛いところですね(遠い目)。 そうした理不尽に対するカタルシスもありながら、どちらかというと新しく始めるゲーム作りのワクワク感が大きいです。 個人的に、リアルな今の小学6年生男児3人の反応をマーケティングするシーンが好きです。何をダサいと思い、何をカッコいいと思うのか。ちょっとセクシーな絵にはどう反応するのか。どういうものなら、問答無用で彼らを引き込めるのか。机上の空論ではない、生の反応を掴むことの大事さはモノ作りにおいてとても大事です。ただここ数年はコロナもあってそういったことがやり難くなっていたのは見えない部分で想像以上に損失を生んでいそうだなと思いました。 モノづくりはアニメでもゲームでも「好きが人を繋げる」というのもいい言葉です。一番の本質は、やはりそこにあると私も思います。そうした熱を帯びながら、一度は諦めてしまった人が冷え切っていた魂に再び火を灯して再起していく姿もたまりません。今後、彩たちのチームがどれだけのことを成し得るのか楽しみです。 余談ですが、毎回サブタイトルがゲームタイトルのもじりになっており、それになぞらえた扉絵が入るのもゲーム好きとしてニヤリとします。
先月の新刊でもトップクラスに大好きな『133cmの景色』に続いて、こちらも『月刊コミックバンチ』で連載中の大好きな新作です。 タイトルがすべてを物語っていますが、端的に言えば42歳の冴えないおじさんがドール沼にハマるお話です。 まず作者のさとうはるみさんの絵がとても良く、もうひとりの主役であるスターレットちゃんを始めドールたちが美麗なタッチで抜群に可愛らしく描かれているのが大きな魅力です。絵の説得力により、おじさんが急激にドール沼の深みにハマっていくのも自然に感じられます。今後、どんどん可愛くさまざまなおめかしをしていくであろうスターレットちゃんも楽しみです。 そして何より、本作で良いなと思うのはドールに出逢ったことで輝き出すおじさんの「生」です。 人生すべてを賭けることに何ら躊躇いのない推しとの運命的な出逢いを果たした瞬間のドラマチックさ、その出逢いによって世界が輝きに満ち、日々自然と人に優しくなり善行を積めるようになったり今まで気にも留めていなかった路傍の花の美しさに感動したり、といった描写が実に鮮やかに行われているのが良いのです。 彼は、いい歳をしたおじさんの自分が人形に興味を持ち好きであるということが社会的にどう見られるか、というところにはしっかりと自覚的です。それでもなお堰き止め切れず想いが溢れるシーンの数々を見ていると、しみじみとしながら口元が緩んでしまいます。 "ただの挨拶なのに… なんでこんな染みんだよ" というシーンなどは本当に好きです。 少しずつ、明らかになっていくおじさんの過去の事情がまた良いんです。 恋人もおらず会社でも疎まれて何のために生きていたのか解らない日々から一転、ドールによって「救われた」男性の物語は、きっと誰かの人生を救ってくれることでしょう。何もないと思っている人生にも、ある日突然予想もしないところから何かが起きることは往々にしてあります。 球体関節人形を作る友人はいても私自身はドールにそこまで詳しくなく、ラジオ会館の店の前も通ったことはあるくらいですが、読んでいるとドール知識が身に付いていくのも楽しいです。 細かい好きポイントとしては、 "ウィドマンシュテッテンの輝きは幾星霜の祈りの記憶" という1ページ目冒頭の文学的な書き出しからして、最高です。 マンガイントロクイズがあったら「ウィドマンシュ/」くらいで押して「『ドルおじ #ドールに沼ったおじさんの話』!」と力強く回答したいです。人の力では作り出せないものたちと、人によって生み出され人の形をしているドールという存在の絶妙な対比も美しさを感じます。 読んでいて心底幸せになれる作品で、人間ドラマとしての面白さがあるので特にドールに興味がない人にもお薦めです。
治癒の魔法使いとして働いていたアレクサンドラ・オリエールは、 60年に1度現れると言われる召喚魔法により突然違う世界に飛ばされてしまいます。 召喚後の過酷な未来を想像し絶望するアレクサンドラですが、 彼女が飛ばされたのは、元いた国と比べて恐ろしく安全で文化レベルも高い日本という国でした。 唯一神を信仰し、魔法による恩恵を受けている、そんな国から離れたどり着いたのは、 八百万の神が存在し、だけど魔法は存在しない現代の日本。 そんな日本に“召喚”されたアレクサンドラが「夏川レイ」と名を変え、魔法の力を隠して日本で生きる中で触れる、穏やかな日常と少しの不思議を描く作品です。 1巻まで読了