『魔獣密猟取締官になったんだけど、保護した魔獣に喰われそうです。』のけんいちさん太郎さんが描く、オリジナルファンタジーです。 大地が裂けて数百年が経ち、裂けた陸を渡るために空路のみが発達した世界。ただ、地名的には日本のものが登場し、主に元日本だった場所が舞台になっているようです。世界がどのようになってしまっているのかの情報は小出しにされていくので、先を読みたくなるポイントのひとつとなっています。 この作品の最大の特色は、そうした部分も含めた大量に存在する独自設定です。 「虹色雲海(イリスウェル)」という輝く雲の発生しているところでは、時空間の歪曲が起こって一歩歩いただけでも数キロメートル進んでしまったり、空想の生物である竜や鬼や天使などが出現したりする。 更に、この世界には「現実性」という概念が存在し、虹色雲海の中などで現実性が低下すると「考えたことが現実となる」。ナイフを見て目に刺さることを想像してしまったら一瞬で失明するような世界で、訓練していなければ非常に危険。 しかし、それを逆手に取って人類が武器として行使するのが「思考投影(ファンタズマゴリア)」。意識的に想像を現実に投影して、それぞれ固有の能力として発動させることでさまざまな脅威に対処しています。念能力バトルのような趣もあり、思考投影によるバトルアクションがときに見開きも使いながら派手に描かれるところや、どんな能力が登場するのかは本作の見所のひとつとなっています。 また、人類を敵視する謎に包まれた「上位存在」という大敵が存在しています。開始数ページでその脅威の具合は伝わるのでぜひ試し読みしてみてください。そのデザインの良さや恐ろしさも物語を盛り上げます。 世界における実力者たちとの邂逅や、謎めいた危険な存在などワクワクする要素が満載。こうした世界観がお好きな方にはお薦めです。
『埼玉の女子高生ってどう思いますか?』の渡邉ポポさん最新作です。今作も推せます。 最強にして最凶でありながら、その性格は圧倒的に陰キャでコミュ障というアンバランスな魔王が本作の主人公。 ″骨″との闘いに疲れて 「知っているか 魔王は逃げられる」 とばかりに魔界から人間界の田舎に逃げてきた彼女が、奇妙な新生活を送っていくゆるいコメディとなっています。 話しかけられることを極端に忌み嫌い、無人販売所や自販機を見ては人間界とは何とコミュ障に優しい住みやすい世界かと感激する魔王が憎めず楽しいです。 個人的に特に好きなのは、ゆるさ極まったドラゴンちゃんたち。ヴィジュアルからしてとてもかわいくて大好きですが、いろいろな仕草もまたかわいい。ぬいぐるみなどがもしあったら欲しいレベルです。 渡邉ポポさんの描くかわいいキャラと田舎の風景とゆるい空気を纏ったギャグが合わさった心地よさときたらないのですが、本作はそれだけでは終わりません。エピソードによっては少し切なくなるところもまた味わいのひとつ。普段のゆるさとのギャップもあって堪りません。 『よつばと!』と『ぼっち・ざ・ろっく!』と『葬送のフリーレン』の要素を併せ持つ作品、というと売れ線感がある気がしてきますね。
読切掲載時に人気を博し、連載化された期待作の単行本1巻が満を持して発売されました。 中学時代から吹奏楽部の経験者で、地味で根暗な眼鏡っ子のおはぎこと萩野(チューバ)。 高校から吹奏楽を始めて吹くどころか腹式呼吸もろくにできないものの、顔はかわいい桐谷(バスクラリネット)。 そのふたりが中心となって、高校の吹奏楽部を舞台に繰り広げられるコメディです。作者本人が公言している通り阿部共実さんのフォロワーであることがよく伝わるアニメ塗り調のパキッとしていてかわいい画風に、独特のギャグがミックスされた心地よい世界が展開されています。 特に、各所でのセリフのセンスがとても光っています。たとえば1,2話から引用すると 「猟奇的な偏見!」 「何そのモールス信号みたいな呼び方」 「先輩は私の毒牙に侵された生ける屍」 「人生は! かさぶただらけが丁度いい! この屈辱は私の命を彩り焦がす青春の研鑽だ!」 といった具合で、ボケもツッコミも普通には思いつかなさそうな言葉の並びが出てきます。かわいい絵柄ながら、パワーを感じる表情や勢いとワードセンスのマリアージュが絶妙です。 話が進むにつれて魅力的なキャラが増えていきますが、個人的には芒乃さんや藤村さんが好きです。2年のトランペットの鶴巻先輩を巡るラブがコメるようなコメらないようなところも楽しいです。 阿部共実さんのダークな部分やブラックな部分を取り除いて、残った光の部分に独自のスパイスをかけたような作品となっているので、気軽に何かを読みたい方や笑いたい方にお薦めします。 どうでも良いのですが、「バァァスゥゥクゥゥラァァア!?」は某看護師ドラマの「あ〜さ〜く〜ら〜〜〜!?」を意識しているのかがほんの少しだけ気になります。
最近、Amazonプライムを開くと大々的に宣伝が出てくる『ナックルガール』。三吉彩花さん主演の映画が公開され、それと同時に元々webtoon形式だった本作を、見開きマンガ化した書籍版が発売されました。 本作は、ボクシングガールだった主人公・蘭が、妹を酷い目に遭わせた犯人の正体を探して復讐を果たそうとする物語です。 韓国作品では、このように家族に何かが起こり主人公が奮起する復讐譚の建て付けの物語はかなり多く、人気を博しやすい印象です(『梨泰院クラス』しかり、『外見至上主義』しかり)。家族というのは国を越えて普遍的ですし、感情移入がし易くなるからでしょう。 本作が優れているのは、まず作画。キャラクターがスタイリッシュでありながら、激しいバトルアクションもカラーで繰り広げられていきます。 そして、物語内容としては『ホーリーランド』を思わせるような路上格闘×下剋上的要素。蘭はボクシングではかなりの腕前を持っていますが、とはいえ体重50kgの女性。彼女の前には、体重90kgの柔道使いや剣道の有段者などが続々と立ち塞がります。ストリートファイトにおいて絶対的である体格差やリーチの差をどのように克服して、攻略していくのか。そこに大きな楽しみがあります。 更に、妹を酷い目に遭わせたのは一体誰なのかという謎を巡る物語も見どころのひとつ。1,2巻の範囲でも、話は2転3転していきます。果たして、蘭は本懐を遂げることができるのか。 スタイリッシュな絵柄で、サスペンスフルなストーリーと手に汗握るストリートファイトを楽しめる作品です。webtoonから見開きマンガ化された作品としてはコマ割りの違和感も小さく、一般的なマンガと変わらない感覚で読めるでしょう。 屈強な男たち相手にバチボコに闘う女の子が見たい方にお薦めです。
探偵も助手もかわいい女の子の推理モノないかな〜、あんまり人が死なないグロくないミステリが読みたいな〜、と思っているそこのあなたに推薦したい作品がこちらです。 鋭い観察眼と考察力を持ちながらも 「推理なんてはしたない」 という論理をお持ちのスイリ先生こと化学教師の御神琴翠璃(おみごとすいり)が、名探偵の助手になりたいという願望を抱く生徒・家達和音(やだちわと)と共に、学校で起こるさまざまな謎を解き明かしていく学園ミステリです。 ・シュークリーム消失事件 ・図書室の本バラバラ事件 ・セーラー夏服大量消失事件 などなど、日常で起こり得る範囲の人が死なない事件が発生して、それを解決していきます。 メインキャラはもちろんのこと脇役の生徒ひとりひとりにも味があって、幕間のおまけでは更にそこが補強されていて良いです。学園ミステリといえばつきものなのが青春成分ですが、そこもバッチリです。読んでいて思わずニコニコしてしまうシーンも。井上とさずさんの描く子がシンプルにかわいいのも相まって良い風味を醸し出しています。 推理をはしたないと思いながらも、毎回「生徒のため」というお題目を掲げられたスイリ先生が恵体を披露しながら健康的に推理を行っていく解決シーンも見どころのひとつ。学園の風紀が乱れる! 殺人事件のように解りやすい見せ場を作れないので話作りが毎回大変とのことですが、こういったタイプのミステリももっと増えて欲しいなと思っていた身としては嬉しいですし続けていって欲しいです。 『氷菓』のような作品がお好きな方はぜひ。
1巻完結の作品です。 母子の話が中心の作品が多い中、父親目線、男性側の目線から妊娠そして出産を見た作品でした。 伊吹くん、少し口は悪いけれど、固くなってしまう方が肩に力入ってしまうしあの口調は彼なりの思いやり、心遣いなのではと思う。 そして、お父さんの心を知って救うことがお母さんの為になることも沢山あるなと思った。 どの家族も根底には愛が溢れてすぎていて、赤ちゃんは当たり前ながら可愛くて、じんわりとしました。
10月発売の中でも最注目作品のひとつでしょう。 スピードワゴンは 「環境で悪人になっただと? ちがうねッ!! こいつは生まれついての悪だッ! 」 と、かの名台詞で説いていましたが、この社会には間違いなく環境が生み出してしまう悪があります。 本作の主人公たちは、まさにそういった類の人種。凄絶な家庭で生まれ育ち、若くして天涯孤独の身となって薬の売人をして口に糊している雪人。彼の親友であるメイジ。世界が彼らに生ませたグチャグチャな感情を、音楽として世の中に吐き出すことで昇華していく物語です。 助けてくれる大人もいない世界で、身も心もボロクズになりながら生きてきた日々。どうにもならない絶望の泥濘の中で溺れながら辛うじて息をしている雪人の仮面のような笑顔からは、熱さのような痛みが、飛沫となった血潮が溢れ出しています。 それでも、確かに雪人は亡くなってしまった母や姉に愛されていた。だからこそ、失わずに済んだものがある。それ故に、曲げられない生き方とそこから紡ぎ出せる雪人だけのリリックが存在する。それを最大熱量で、親友と共に解き放つ。そんなエモい話があるでしょうか。 生き方も言葉も真っ直ぐにぶつけてくるリリーとの出逢いを始め、違うけれど同じように苦しんでいる同じ時と場所に生きている人物たちと交差しながら、クソみたいな人生が少しだけマシになっていく。 雪人ほど酷くはありませんが、碌でもない家庭で育ったもの同士だからこそ解り合えることというのはあるので、メイジとの絆が芽生えたときのエピソードなどは強く共感します。 単体で見ればかわいらしさもありながら、それ以上に斬り刻むようなリアルさを迫力として体現する薄場圭さんの絵も作品にガッチリとハマっています。 荒々しく、血を流してマンガを描いている。鋭利に突きつけてくる、愛しい作品です。
北福佳猫さんの作品集が遂に! 北福佳猫さんといえば『原始人彼氏』のインパクトがあまりにも大きかったと思いますが、この1冊を読めば解るはずです。デビュー作の「明日へのla」から始まり、感情を揺さぶる正統派学園ラブストーリーの巧さや良さが煌めいているということが。 ミモザに染まった表紙絵がとても鮮やかで目を引きますが、表題作でありこの作品集に収録されている中では最も最近描かれた(それでも2021年ですが)「君に降るミモザ」は特に好きな1篇です。ドイツ系アメリカ人と日本人のハーフで、友達もいない時代を長く過ごしてきた立花クラウゼ瑠輝(るか)が転校をして新たな環境で不安で一杯の最初の日に、クラスの人気者である真風保(まかぜたもつ)と良い出逢いを果たすことでこれまでにない充実した学校生活を送っていけるようになる話です。居場所がない苦しさ、馴染めなかったらどうしようという不安で一杯の転校先で受け入れられる嬉しさ、絆が芽生え花咲く瞬間の輝きが鮮烈に描かれています。3~4月に咲いて春の訪れを告げるミモザのごとく、人生の新しい季節が降り注ぐ様子が過去の自分の想いと重なりながら感情を揺れ動かしてくれます。 男子校から転校してきた都と運命的(?)な出逢いを果たした、ちょっと重くて痛いオンナである宮本きらりを描いた「今日もやってんなキラリ」は、ヒロインの突き抜けたキャラクターが特徴的。ただ、その理由付けが上手くなされており20ページほどの短さの中で綺麗にまとめられていてもっとこのふたりの関係性を見ていたくなります。 前後編で80ページほどある「夜明けの星が燃える」は、歌劇部が非常に人気で精力的な活動をしている中高一貫の女子校に高校から入り、廃部寸前の演劇部に入部する女の子・晶の物語。数少ない演劇部員の伊万里と千世の3人だけで歌劇部に対抗すべく奮闘していく中で、徐々に明らかになっていく晶の才能とその影響も受けて変化していく関係性が見どころです。自分がやってきたことが誰かに影響を与えたとして、それが目に見えないと無かったものと思ってしまいがちですが、それでも確かに動かしたものがあってそれを知覚できたときは代え難い歓びを得るものだよなあとしみじみと思います。 デビュー作の「明日へのla」は、優等生のヒロインと、落ちこぼれながらギターに命を懸ける少年の物語でまさに青春。抑圧されて秘めた想いや憧れを解き放つ、その瞬間の気持ちよさ。無限の前途がある若者たちの相貌が瑞々しいです。 あとがきで筆者が描いていたように、今や直視できないそうですが、読者としては「明日へのla」から「君に降るミモザ」の数年間での大きな成長が見て取れて、そこもまた味わい深いです。 『原始人彼氏』のような作品も描けることを既に示している北福佳猫さん、これからまたどのようなものを生み出してくださるのか楽しみです。 余談ですが、田中メカさんとの合作の「かわいいふたり」なども今後どこかで収録して欲しいですね。
最近、人の心を持たない大手ペットショップが話題に上がり怒りと悲しみに包まれますが、小説原作のこちらの作品に登場するペットショップの素敵さには膝を打ちました。 何といっても、陳列販売をしておらずブリーダーさんとの仲介に徹していること。また、餌に関しても成分表示をしっかり行なっている輸入品のみを扱っていること。また、そんなお店の心意気を汲んで多少高くても応援しようとそこで買い物を日々行う人もいて、とても良いサイクルになっているのが良いです。 何ならもう「ペットショップ」という名前を使わない方が良いのではという提言も作中でなされており、昨今のペットショップ問題がある今だからこそより考えられるべき論点も含まれていて意義のある内容です。 本作は、ペットショップ「ケネル」で働く19歳の陽斗が、大豪邸でたくさんの犬・猫・らんちゅうを飼っているお得意様の桐山家の当主で大の動物好きである志信とお近づきになり、さまざまな事件に巻き込まれていく物語です。 日本家屋と洋館両方があり、家の中にドッグランがある豪邸、良いですね。グレートピレニーズ(『SPY×FAMILY』のボンドが有名)を飼うなら、こんなお家でないとですからね。猫とらんちゅうを一緒に飼って大丈夫? などの湧きそうな疑問にも丁寧にケアがされており、何よりペットへの愛と気遣いをそこかしこから感じます。 そんな無垢な生き物たちが巻き込まれる事件が起こり人間の愚かさに腹立たしくもなりますが、そうした部分も含めて生き物を飼うということを改めて考えさせてくれます。大変ではありながらもそれ以上のものを与えてくれる共生、今一緒に暮らしている子をより一層大事にしていきたいと思いました。 コミカライズに当たってはからけみさんの絵がとても良く、人間も動物たちも魅力的に描かれています。巻末の原作者書き下ろし小説も心が和む良きものでした。
『欠けた月とドーナッツ』や『女ともだちと結婚してみた。』の雨水汐さんが描く、12歳の差がある男女の恋愛物語。 強い結婚願望を持ちながら2年付き合っていた彼氏と別れ、一方で仕事では順調に出世コースに乗りますます恋愛や結婚から遠ざかりそうな30歳春を迎えたファミレス会社勤務の本田沙綾。 彼女を幼い頃から慕い、将来結婚して欲しいとおもちゃの指輪を渡して申し込んだこともある弟の友人である12歳年下の春太と再会して猛アプローチされるラブコメです。 物語の中では多少の歳の差など問題になりませんが、実際に12歳も歳が離れていたら現実的な問題も色々とあります。 結婚費用。 家賃などの生活費。 35までに子供を産みたい。 23で父親になれるか。 子育てはできるか。 総合的に考えて、「好き」という感情だけで結婚できる年齢ではない。 そうしたハードルがあることを踏まえながら、それでも歩みを進めて行こうとするふたりのラブのコメり方に「いいぞ、もっとやれ」となる作品です。 再会後最初に春太が取ったムーブには思わず『グラップラー刃牙』1話の空手家になってしまいましたが……。 何しろ、雨水汐さんの絵が綺麗で魅力的です。感情が溢れる大ゴマのときの表情など、とても良いです。 1巻完結ですが、おまけにあるようなこの先のふたりの掛け合いをもっともっと見ていたかったというのが正直なところ。多分、これからふたりには大変なことも押し寄せると思うんですが、それを乗り越えていくところなんかもあわせて見たかったなぁと。 細かいところでは、ファミレスの従業員の「推しと同じ身長なんですけど」という空気の読めない強火オタクちゃん、地味に好きです。ヤニカスの林さんなど、彼らのキャラクターの良さからエピソードもどんどん膨らみそうだったので総じて続きが読みたいなと思いました。 年上のお姉さんと子犬のような男子の関係性が好きな人にお薦めです。
渋谷ハロウィンにも大規模な規制が入り大人しかった今年。代わりに池袋ハロウィンでは小林幸子さんが鬼舞辻無惨のコスプレをするなど大いに盛り上がっていたようですね。 ハロウィン本番は今日10月31日なわけですが、そんな本日にこそ読みたいのがこのアメリカ発のアクションモンスターコメディです。さまざまな悪魔や怪物たちが暮らす世界で、幽霊が暴れ、コウモリが舞い、骸骨が郵便配達を行う。そして、ヒロインはフランケンシュタイン的な美少女。これ以上ハロウィンにぴったりなマンガもなかなかありません。 物語は、主にヘムロックアカデミーという学校を舞台に、人造悪魔のパンドラを作ったインプの少年・カズを中心としたドタバタ劇です。生徒も教師も軒並み強い個性を持っていて、ひとりひとりの濃ゆい特徴も見所となっています。 特に、カズのことが好きなサイクロプスの女の子・ヒトミの片思いラブコメ部分は力が入れられており注目です。 アメコミというともっとコテコテな画風をイメージすると思うのですが、本作の画風は表紙絵だけでも解るようにとても日本のマンガに寄っています。またページこそアメコミと同じく右開きですが、ネームや演出などもかなり日本のマンガに寄っており多くの日本人が親しみ易いことでしょう。 ファンタジーならではの架空のさまざまな競技が登場し、アクションの見せ場となるシーンの演出も派手で楽しく、国境を越えて目で見ているだけでも楽しめる作品です。 果たしてカズの作ったパンドラはどのように成長していくのか、その道程を見守る楽しみもあります。 皆さんが良きハロウィンを過ごせますように。 HAPPY HALLOWEEN!
『リボーンの棋士』鍋倉夫さんの新作です。 人間はどうしたって他人の目が気になる生き物。 SNS全盛の現代社会ではますますその傾向は強まり、承認欲求に囚われてしまう人は数限りありません。 しかし、そんな世の中の潮流に逆行するように自らの道をマイペースに突き進む男・藤井こそがこの作品の主人公です。 同僚から見れば、存在感がなく冴えない40歳の独身非正規社員。真面目ではあるものの鈍くて友達もいなさそうで、こうはなりたくないと思われるような存在です。しかし、そんな彼の中にはこのご時世では稀有な豊かさが宿っているのです。 映画や小説、昆虫の飼育、DIY、絵画や陶芸、ギターなど無数の趣味を持っていて、どれもさして上手くはないものの本人は心の底から好きで楽しんでいる。孤独であることを厭わず、何なら不老不死になってずっと永く人生を謳歌していたいというその在りようが、本当に素晴らしいです。藤井のように、真に豊かで自由な人生を謳歌できている人は少ないのではないでしょうか。 それ故に、すべてがつまらなくなってしまっていた青年・田中や、とある事情を抱える職場のクール美人の石川さんらの方に多くの人は共感しやすいことでしょう。ある種、藤井が鏡のように自らを写し出す存在としてさまざまなキャラクターの藤井との関わりを通して生まれる変化が描かれていきますが、その様子ひとつひとつに感じ入ります。 分かりやすい地位や名誉や物質的な豊かさ。多くの人が欲して憧れる、何ならそれを持つことこそが「普通」とされるものに特に興味を示さない。そのせいで、異端扱いされ疎外されても気にすることはない。私もどうしたってそんな藤井の生き方や精神性の側なので、それをこんな形でマンガにしてくださる鍋倉夫さんの着眼点や言語化能力の高さに感謝してしまいます。 『リボーンの棋士』より一層地味な主人公と物語ですが、静かで深い味わいがありこちらも大好きです。 余談ですがスピリッツ本誌の筆者コメントの欄で「漫画史上最高のカップル」というお題の際に鍋倉夫さんとジョージ朝倉さんが共に『狂四郎2030』の狂四郎と志乃を挙げシンクロしていたのが何とも言えない感慨がありました。
『青騎士』の目次を見ると、いつも「コロッケ」や「ハンバーガー」などの文字列が並んでいてお腹が空くというのはさておき。 本作は、ある街で起こるさまざまな事件を描いた群像劇です。 最初のエピソードは、書店の娘である仁美とその幼馴染で仁美に好意を抱く肉屋の一樹、そして突然現れる来訪者のお話から始まります。タイトルの「栞」は仁美を、「コロッケ」は一樹を表しているのでしょう。 そのふたりが中心となって進行していく物語かと思いきや、その次はアイドルのYUKINAを神推ししている等々力とそのアイドルになぜか似ている部分のあるイケメン転校生のお話。その後は、神社の娘で物語のような恋に憧れる巴と彼女の想い人である藍沢先輩と神社のお狐様のお話と続いていきます。 舞台は同じ街・同じ学校ですが、エピソードごとに主軸となる人物がシフトしていく構成となっています。共通しているのは、女の子が少し不思議な存在に出逢うところから始まっていくというところ。もし涼宮ハルヒがいたら歓喜しそうな街です。 それぞれのエピソードに連関があるところがこの作品の要となっていそうで、最終的にどうまとめ上げられていくのか楽しみです。 なお、この作品の商店街は大山商店街をモデルにしているようです。大山といえば『上京生活録イチジョウ』で一条が住んでいた街であり、私も聖地巡礼に行ったことがあります。大山はカレーパンやチーズメンチカツが有名ですが、再び訪れてコロッケを食べながら書店に行くのもアリかもしれません。
作家、画家、漫画家など、創作者の物語はたいてい苦しい。独自の表現を追求する戦いは必ず、己のつまらなさ、発想の貧困、そして個人的な問題とどう向き合うかのせめぎ合いになる。 まだ幼い子どもが創作と向き合うのは、さらに困難だ。絵が上手な本作の主人公・ヘレナは孤児で、弟の命も失われようとしている。そんな中で「願いを絵にしてみよう」と絵本作家「悪いオオカミさん」に言われ、できずに涙を流すが、自分でもその苦しみを理解できていない。 物語を完成させるために「悪いオオカミさん」と共同作業に挑むヘレナは、その過程で作家に煽られ、引っ張られて、自分の本心に踏み込んでゆく……それまで明るく振る舞ってきたヘレナが感情をむき出しにする様に、苦しみを感じると共に、子供らしさを見出して少し安堵してしまう。 泣いて眠った夢の中で見せる心の解決は、切なくも美しい。 ヘレナのあまりの境遇に、彼女の明るさがいつか崩れてしまうことを想像しながら読むことになる物語だが、優しい大人たちの支えでヘレナは心に安寧を取り戻す。そしてその感動的なラストから、さらに彼女が創作者としても成長することまで想像してしまう。ヘレナはきっと素敵な絵本作家になると思う(もちろん悪いオオカミさんとは全然違う方向性で)。 (『ヘレナとオオカミさん』台湾の漫画賞「金漫奨」の年度漫畫奨&金漫大奨をダブル受賞おめでとうございます!)
強気に攻める美少女・攻められて悶え赤面するイケメンを見たい方にうってつけな、『君をダメにするキス』、『聖なる夜に×××』の遠山あちはさんによる新作ラブコメです。 ヒロインの鈴は、箱入りのお嬢様として育てられながら8歳のときに映画で責め苦を受けている男子を見て密かに"覚醒"してしまった少女。クラスメイトにも大人しい女の子と思われていた鈴ですが、その内心ではめちゃめちゃにされているM男子を求め続けていました。 そんな鈴の前に現れたのは、同じクラスの遊び人と話題の鳴川くん。彼が強がれば強がるほどはちゃめちゃにして泣かせたくなる鈴が、鳴川くんの秘めたるドMの素質を開花させていく物語となっています。 イキがるイケメンが美少女に主導権を奪われ、自分でも知らなかった感情や快楽を引き起こされていく描写がシンプルに最高です。こんなに良い反応を見せてくれる人がいたらもう……ね? と心の中の何か小さくてかわいい生き物が首肯します。 遠山あちはさんがノリノリで描いていることが伝わってくる、美麗で表情に艶のあるキャリアハイの作画。鈴も鈴で天性のドSの気質を持っており、クラスメイトを調教していく背徳的な楽しさを満喫していきます。ずっと秘めていた誰にも明かせない欲望を心置きなく解放できる瞬間の訪れ、堪らないことでしょう。鈴が楽しそうにしている姿を見ると、心がほっこりします。 ふたりは一体どこまで駆け昇っていくのか? この作品を読むことで、新たな開眼を果たし向こう側へ至る方も現れるかもしれません。
お酒を片手に、こういう百合を読んで破顔したい秋の夜長もあるでしょう。 レズビアンバーで出逢い、酔ってホテルであられもない写真を撮られたことで半ば脅される形で関係を深めていく27歳ドラッグストア勤務の陰キャ芭蕉口と、彼女に迫ろうと同じドラッグストアに応募してきた20歳陽キャ大学生木村のふたりを描く百合コメディです。 作者のおきぬさんの絵の上手さは商業レベルで、まず絵が魅力的です。前作の『後は野となれ山となれ』はBLでしたが、百合も描けるのは素敵滅法。 多少嫌がられても気にせずグイグイ強引に迫り籠絡していきすぐに下の方に行きがちな木村のキャラの濃さと、それに対するウブな芭蕉口のリアクションがたまりません。お酒を飲みながら読むくらいが丁度いいです。 これが陽キャの手管か!! 陰と陽は、対立はしても孤立しないもの。共鳴し合いながら、自らにないものを補い合って変化しながらバランスを生むもの。 両極的な、しかしそれが故に抜群の相性をもって末永く幸せな掛け合いをしていって欲しいです。 年下ガン攻め・年上受けが好きな方には特にお薦めです。
表紙やタイトルからはかなりイロモノ的な印象を受けるかもしれませんが、笑って感じ入ることのできる素敵な作品です。 40歳で女子高生になる、というタイトルは主人公の森梅(もりうめ)が定時制高校に通い始めることを意味しています。10代で娘を産むも、夫に逃げられ高校もしっかり卒業できなかった梅。母子家庭で身を粉にして必死に働いてきた梅が、定時制高校で出逢うさまざまな人々との交流を通して人生の後悔を取り戻していく物語となっています。 それなりの苦労をし、人生経験を積んできた梅ですが、そんな彼女ですら想像が及ばないような生き方や思考をしている人がたくさん通う定時制。花ちゃんやキララなど、一筋縄ではいかない訳アリでキャラの濃いクラスメイトひとりひとりのエピソードに見どころがあります。 さまざまな不遇の原因を「個々人の努力不足」と断じることに対して、近年はそもそも努力ができる環境にあった人は自分が恵まれていたことを理解していないケースが非常に多く、また身体的な理由や精神的な理由によって同じ環境であっても同じパフォーマンスが出せない人もいるという当たり前のことが少しずつ浸透してきてはいます。しかし、まだ十分ではありません。人間は自分の当たり前を基準に他人のことも推し量ってしまいがちですが、それが通じない相手も数多くいることを肝に銘じておかねばならないと感じさせてくれます。 ともあれ、コミュニケーションや言動で失敗を重ねながら、それでも持ち前の性格や行動力で道を切り拓いていく梅を見ているととても元気が出ます。 少女マンガのカテゴリーですが、恋愛メインではなく人間ドラマが中心なので男性にも非常にお薦めしやすいですし、実写化も映えそうです。古き良き少女マンガの性別を問わない人情コメディを思わせながら、価値観としては令和の今に応じて描かれている、そんな作品です。
原作小説を読んだのは中学生の頃、近所の図書館で借りたことがきっかけでした。30年後にこの作品がコミカライズされると聞かされたら、少年はどんな感想を抱いたのでしょうか。 ドラクエなどのRPGに多大な影響を与えたウィザードリィ。死亡したキャラの蘇生に失敗すると灰になり消滅してしまうというシビアな設定が、この世界を伝える物語のタイトルとなり、やがてコミックへと転生を遂げました。 版権の都合で、ウィザードリィの固有名詞は一切使えず、アイテムや呪文、固有のモンスター名などは全て変わっています(ガディは原作よりだいぶおっとりしてる気もします)し、気を抜くと先の展開のネタばらしをしてしまいそうになりますし、ここでもなるべく注意をして言葉を選びたいと思います。 昭和~平成のファンタジーのコミックも好きなタイトルはあります。ただ、令和に描かれるとやはり迫力が違うなあと感心しますし、(物語を既に知っているとはいえ)迷宮での冒険がどのように描かれるのか、展開を楽しみにしています。ペース的に、原作を描ききるには相応の話数が必要だとは思います(稲田先生はかなり丁寧にストーリーを紡いでいますし、連載の継続の一助にでもなれば、との思いでこの口コミを投稿しています)。 魅力的なキャラはこれからも沢山登場しますし、日本のファンタジーの金字塔として語り継がれるベニー松山さんの傑作を、1人でも多くの人に知って貰えれば(原作小説、紙だと高騰してるんですよねえ。電子で簡単に買えるんでまあ良い時代になったなあと思います)。 続編の「風よ、龍に届いているか」や外伝の「不死王」もコミカライズされて欲しいもんだと、古いオタクは願ってます(不死王はKindleで100円ですからほんと良い時代です。一応紙でも持ってます)。
よしながふみさんの円熟味、精髄をたっぷりと堪能することができる連作短編です。 https://shueisha.online/entertainment/167862 上記のインタビューによると16年前から構想はあったものの、『大奥』と『きのう何食べた?』の2本の長期連載があったため、集英社のラブコールを保留し続けてようやく始まったというこの連載作。 「環(たまき)」と「周(あまね)」。 どちらも円の意味を持ち、古来から男女どちらでも使えるふたつの名前。本作はタイトル通り、すべて時代や性別や関係性は異なれど「周」と「環」という名前を持つふたりを中心にした物語を描いた連作短編です。 よしながふみさんらしく、時代や設定を変えてさまざまな形での人と人との絆が抒情性豊かに綴られていきます。中学生の女の子同士がキスをするシーンから始まるのも、とてもらしさが出ています。 上記のインタビューでも触れられている通り、当たり前の男女のすれ違いを描くだけではなく会話が成立しているけれど上手くいかない部分であったり、希望も絶望も同居しているさまであったり、人間が生きる世界の片隅にあるリアルを鋭敏な感覚と卓抜した手腕で的確に切り取り料理して提示してくれます。さりげないシーンであっても、ひとつひとつのセリフや表情、間に宿る重みに良さが溢れています。 人の裡にあるものは誰にもわからない。周りからどんな風に見えていようと、いかに恵まれた環境にあろうと、そこで抱えている芯にあるものは当の本人にしかわからない。その、当たり前のようで忘れがちなことが切々と語られているところは沁みます。 もし今までよしながふみ作品を読んだことがないという方でも、令和の今お薦めする最初の入門の1冊としても申し分ありません。生きていることに、生きていくことにこの1冊から勇気をもらえる方は必ずいることでしょう。
普通の女の子だったヨイは、ある時から顔に黒いアザが広がってゆき、それと同時に体調や成績も悪化していったことで、学校でも家庭でも居場所を失ってしまいます。 それからずっと引きこもっていた彼女は、両親のある会話を偶然聞いてしまったことをきっかけに、家を飛び出し、居場所のない者が集まる“サンサンロード”という商店街に流れ着きます。 親切だけど何か秘密を抱えていそうなサンサンロードの人々、ヨイ自身も知らない彼女の体に秘められた特殊な能力、そして聞こえてくる「遺伝子改良」というワード… 序盤から様々な謎がストーリーの中に散りばめられ、どこに物語が転がってゆくのか全く読めないままに突き進んでゆくSFアクションです。 1巻まで読了
以前に『モーニング・ツー』で「超長編読切」として発表された作品が、1冊の本となって電子でのみ発売となりました。 https://twitter.com/muukasa/status/1716108312281002167?s=46&t=S5wm4E-TmT39NBg4BgQsPA 電子単行本発売日に、作者が途中までの試し読みではなく全ページTwitterに公開というのはなかなか思い切ったことをされているなと。 最近、私は『サピエンス全史』から『ホモ・デウス』を経て『21 Lessons』とユヴァル・ノア・ハラリ氏の人類史にまつわる著作を読んでいるのですが、その中でも度々AIとその影響に関する記述が出てきます。 向こう20年ほどで、現存する多くの職業はAIに取って代わられていく。それと同時にまた新たな職業が誕生する。しかし、それは何も珍しいことではなく産業革命の前後などでも起こってきたこと。いわば「歴史は繰り返す」と。 特に私の観測範囲でも話題なのはイラストレーターや漫画家です。AIを使ったイラスト制作が飛躍的に簡便になり、まさにゲームチェンジャーと言えるでしょう。「私の絵をAIに学習させないで欲しい」という作家さんもいれば、AIを用いて背景やシナリオを作ることに挑戦する方もいます。さまざまな理由により新しい物事に挑戦するのが難しい人もおり、どうしたってそこには明暗が生じざるを得ません。変化に適応できる生き物が生存していくのが世の流れとはいえ、何十年も研鑽してきた技術が汎化し仕事が奪われてしまうのは個人としては厳しいものがあるでしょう。 本作は、そういった難しくデリケートな部分を漫画家である樺ユキさんが直々に描いているというところにまず構造的な面白さがあります。 自分の描画したものをそのまま模倣できるばかりか、更にその画風のまま応用的なものまで生み出せる小さなノームの出現により画家が仕事を失っていく世界。その中で、その新技術の台頭を素晴らしいことであると肯定していく画家・モーリスが主人公の物語です。 更に本作はAIに加えて戦争という現在の地球上で特に重大なテーマを扱いながら、芸術の意義や価値といった領域にも触れていきます。これだけ大きいテーマをひとつの作品の中で扱おうとすると普通は散逸してしまいそうなものですが、メインのストーリーラインにそのどれもが密接に関わってきており綺麗にまとまっています。 テーマも挑戦的で良いですが、何よりストーリーが、そしてそれを支える絵の良さが際立っています。議論の尽きないテーマですし、人によって各論に賛否はあるでしょうけれど、1冊という短い時間の中でありながら読めば何かを確実に残してくれる作品です。 無料で読めてしまうのがもったいないくらいの作品ですので、とりあえずこの芸術の秋の夜長に読んでみてはいかがでしょうか。
女体を最上に美しいものであると思う高校三年生の主人公が、理想のヌード画を描こうとする物語。 かつて桂正和さんの下でアシスタントをされていた古味慎也さんが描く内容として、これ以上ない強い納得感があります。かつて『I”s<アイズ>』や『電影少女』などで描かれた柔らかい女体の美しさや布地の質感に魅了された人は数多いと思いますが、そのDNAが確かに受け継がれていることは1話だけでも読めば言葉でなく心で伝わってきます。 もとよりデッサン力が高く女の子のかわいさに定評のあった古味慎也さんですが、「人生を変えるほどの魔的な裸婦画」という本作のコアの部分にその画力がふんだんに生かされていて説得力を生んでいます。こんなものに幼くして出逢ってしまったら、魅了されてしまったら、それはもう呪いでしかありません。しかし、その呪いが人生を駆動させる純粋で強力なエネルギーの源ともなっていきます。 「美しい、最高のヌードを描きたい」 というシンプルで強固な動機が根元にあることは、物語に自然に乗っていける要因となっています。 そんな彼を狂わせた「魔女」も非常に魅力的で、彼女との関係性も見所です。その他の脇役にもキャラが立っている人物が複数いて楽しめます。豪快に応援してくれるお母さん、とても好き。 1巻の範囲で出てくるエピソードだと、ある女の子の絵を完成させるシーンや「自分の手」をどちらが面白く描けるかという勝負が好きです。私自身も昔、学校で図画工作や美術の先生に習った気がしますが、小さなキャンバスに切り取られた部分の外に広がる無限性を感じられる絵画の面白さや素晴らしさが詰まっています。答えのない世界で見つけなければならない答え。果たして主人公は、そこへ辿り着くことができるのか。 ヌードのことを「空をまとう」と表現するタイトルもまた趣深くて好きです。最近の美術系作品の中でも、また違った切り口で存在感を放つ一作で、注目です。
9月まで続いた猛暑の和らぎから一転、急速に寒さが増してきて秋が短すぎると感じる昨今。 いいとこ探しをするならば、温かいものが美味しく感じる季節になってきたというところですね。そう、たとえばおでん。皆さんはおでんの具では何が一番好きですか? 私はかつてはちくわぶ一択だったのですが、近年は大根・玉子という鉄板に加えてもち巾着も非常に好きで、なかなか選ぶのが難しいです。そんなわずかな好みの変遷も人生の一部だなあと、このおでんの向こう側に人生を見るマンガを読んでいると思い耽ってしまいます。 本作はおでんとコーヒーを提供するお店を舞台に、訪れる多種多様なお客さんたちが繰り広げる人情劇です。 お酒は置いておらず、あくまでコーヒーとおでんだけを楽しむというちょっと変わったお店。その取り合わせは未体験ですが、コーヒーも多様なのでおでんと合うコーヒーもきっとあるのでしょう。一度試してみたいです(ちなみに、作中で登場するおでんの残り汁とカレーを合わせたおでんカレーはたまに作って美味しいことは知っています。和風だしとカレーの相性はカレーうどんで証明されていますしね)。 こういった小さなお店は何より店主の存在が大きいのですが、このお店の店主は「粋」が解る人物で読んでいて安心できます。お店が人気になるのも納得です。 昔から変わらずある練り物やこんにゃくなどのベーシックな具材。ロールキャベツのような、後年にニューフェイスとして登場した具材。新旧どちらにも良さがあるおでんの具材たちですが、それは人間社会にも同様に言えることであるなど、おでんを通して人間ドラマの数々が描かれていきます。 個人的に、終盤のあるエピソードは特に共感するところが多く自分の過去を思い返しながらしみじみと読みました。 この作品の前身となる「さかえ通りO.D.N」も収録されているのですが、高田馬場のさかえ通りも少し馴染みがあるところなので親近感が湧きました。 おでんのように素朴で温かい、味の染みた作品が読みたいときにお薦めです。 なお、あとがきによると連載前にコルクの合宿で大谷翔平選手もすなるマンダラチャートをしてみんとてするなりと中央に「WEBメディアで連載する」と書いて、実際に連載を始められて、こうして本にもできたそうで驚きました。まさか、こんなところでも大谷選手のすごさを見せつけられるとは。
「真面目で常識的で理性的で倫理的」 「故に平凡 凡庸」 主人公・マコトを断罪する、天才である後輩・黄泉野のセリフに身を切り裂かれる想いでした。 何者かになりたいという願望を抱き、小説というジャンルで黄泉野が意識する程の才気の片鱗は見せながらも、社会的な地位やパートナーを得て凡愚に成り下がって仮初の安寧を得ながら緩やかに魂の熱的死を迎えつつあったマコト。 私は、才能ある人を見たら素直に賞賛してしまいます。殺したいどころか、負けたくないという感情すら生まれません。そんな平凡な感性で、誰かを心の底から突き動かしたり震えさせるようなものを創ることなどできるわけがないだろうと、その温さや甘さをまざまざと突き付けられた思いでした。 「もっとちんぽを出せ」 という黄泉野の言葉は、死に体になっていた主人公を通して確かに私を貫きました。 「そちら側」の人間と、「こちら側」の人間。その間に聳え立つ壁を穿って、砕いて、崩して、乗り越えていけるのか。否か。 確実に「そちら側」に立てるであろうマコトに及ぶべくもないですが、それでも痛いほどの共感を覚えます。 結婚して、家族を持ち、家庭内に不和は皆無で世間的に見ればそれなりに幸せに暮らしている状態。でも、ある意味でそれはぬるま湯の幸せでもあります。 一方、一部の親友たちは今も日々命を削って創作しています。彼らの紡いだ作品が世界の誰かの深部に届き、人生に新たな彩りを与える。それは本当に素晴らしく喜ばしいことです。しかし、自身がそれを為せないままで今に至っていることに悔しさや歯痒さがあることは否めません。どこかで、燻る想いを抱えたままです。大企業でバリバリ働いて結果を出し、彼女もいる順風満帆だったマコトには、そういう意味でも深く共感します。人間はどこまで行っても満足することはなく、成功は次の成功を欲望させ、他者を見て相対比較しては羨望する生き物だということは痛いほどに解っていますが、それでもです。 最近話題の編集者が、物語は苦しみからの解放であると定義しました。その論は非常によく解ります。そして、こうも思います。作家の負の感情が、出力される物語を研ぎ澄まし輝かせると。幸せから生まれる物語も、もちろんあるでしょう。しかしながら、そもそも現実が幸せである人には物語はなくても生きていけるもので必要ではないのです。本当に物語を必要とするのは、現実の中で生きるのに苦しんでいる人。そういう人の怒りや嘆き、劣等感や嫉妬、喪失や諦観など諸々の負の感情が作品という形で解き放たれ、奇跡的な熱量や煌めきを生むケースが非常に多いです。極論を言えば、創作者は幸せにならない方が凄まじい作品を創れる確率は高いのでしょう(中には、自身は概ね幸せなままで凄い作品を作れる人もいますが、そういう方は感受性が飛び抜けていて他者の悲しみや苦しみを自分のこと以上に捉える力、それを出力する能力などが非常に優れているのだろうと思います)。 この作品でマコトが見せる「そちら側」に立つ資質の一片、狂気や没入力。かつて、私もそうした狂気に駆られて創作に励んだ時間はありました。しかし、ぬるま湯の温度に慣れ切った今もう一度同じようにできるか、あの狂熱を持てるかというと自信がありません。何なら、そこに憂いを持つ時点でもうダメだろうとも思います。 「編集者は作家と一緒に死んでくれませんよ?」 「最後の決定権は命懸けてる方が握ったって良いでしょ」 などの黄泉野のセリフであったり、遊園地での担当編集のリアクションであったり、心を掴まれる部分がたくさんあります。 燻る火種から大火が起きるのか。狂おしい感情に身を焦がされながらも、マコトの筆がどこまで走っていくのか目が離せない物語です。
『魔獣密猟取締官になったんだけど、保護した魔獣に喰われそうです。』のけんいちさん太郎さんが描く、オリジナルファンタジーです。 大地が裂けて数百年が経ち、裂けた陸を渡るために空路のみが発達した世界。ただ、地名的には日本のものが登場し、主に元日本だった場所が舞台になっているようです。世界がどのようになってしまっているのかの情報は小出しにされていくので、先を読みたくなるポイントのひとつとなっています。 この作品の最大の特色は、そうした部分も含めた大量に存在する独自設定です。 「虹色雲海(イリスウェル)」という輝く雲の発生しているところでは、時空間の歪曲が起こって一歩歩いただけでも数キロメートル進んでしまったり、空想の生物である竜や鬼や天使などが出現したりする。 更に、この世界には「現実性」という概念が存在し、虹色雲海の中などで現実性が低下すると「考えたことが現実となる」。ナイフを見て目に刺さることを想像してしまったら一瞬で失明するような世界で、訓練していなければ非常に危険。 しかし、それを逆手に取って人類が武器として行使するのが「思考投影(ファンタズマゴリア)」。意識的に想像を現実に投影して、それぞれ固有の能力として発動させることでさまざまな脅威に対処しています。念能力バトルのような趣もあり、思考投影によるバトルアクションがときに見開きも使いながら派手に描かれるところや、どんな能力が登場するのかは本作の見所のひとつとなっています。 また、人類を敵視する謎に包まれた「上位存在」という大敵が存在しています。開始数ページでその脅威の具合は伝わるのでぜひ試し読みしてみてください。そのデザインの良さや恐ろしさも物語を盛り上げます。 世界における実力者たちとの邂逅や、謎めいた危険な存在などワクワクする要素が満載。こうした世界観がお好きな方にはお薦めです。