先月の新刊でもトップクラスに大好きな『133cmの景色』に続いて、こちらも『月刊コミックバンチ』で連載中の大好きな新作です。
タイトルがすべてを物語っていますが、端的に言えば42歳の冴えないおじさんがドール沼にハマるお話です。
まず作者のさとうはるみさんの絵がとても良く、もうひとりの主役であるスターレットちゃんを始めドールたちが美麗なタッチで抜群に可愛らしく描かれているのが大きな魅力です。絵の説得力により、おじさんが急激にドール沼の深みにハマっていくのも自然に感じられます。今後、どんどん可愛くさまざまなおめかしをしていくであろうスターレットちゃんも楽しみです。
そして何より、本作で良いなと思うのはドールに出逢ったことで輝き出すおじさんの「生」です。
人生すべてを賭けることに何ら躊躇いのない推しとの運命的な出逢いを果たした瞬間のドラマチックさ、その出逢いによって世界が輝きに満ち、日々自然と人に優しくなり善行を積めるようになったり今まで気にも留めていなかった路傍の花の美しさに感動したり、といった描写が実に鮮やかに行われているのが良いのです。
彼は、いい歳をしたおじさんの自分が人形に興味を持ち好きであるということが社会的にどう見られるか、というところにはしっかりと自覚的です。それでもなお堰き止め切れず想いが溢れるシーンの数々を見ていると、しみじみとしながら口元が緩んでしまいます。
"ただの挨拶なのに…
なんでこんな染みんだよ"
というシーンなどは本当に好きです。
少しずつ、明らかになっていくおじさんの過去の事情がまた良いんです。
恋人もおらず会社でも疎まれて何のために生きていたのか解らない日々から一転、ドールによって「救われた」男性の物語は、きっと誰かの人生を救ってくれることでしょう。何もないと思っている人生にも、ある日突然予想もしないところから何かが起きることは往々にしてあります。
球体関節人形を作る友人はいても私自身はドールにそこまで詳しくなく、ラジオ会館の店の前も通ったことはあるくらいですが、読んでいるとドール知識が身に付いていくのも楽しいです。
細かい好きポイントとしては、
"ウィドマンシュテッテンの輝きは幾星霜の祈りの記憶"
という1ページ目冒頭の文学的な書き出しからして、最高です。
マンガイントロクイズがあったら「ウィドマンシュ/」くらいで押して「『ドルおじ #ドールに沼ったおじさんの話』!」と力強く回答したいです。人の力では作り出せないものたちと、人によって生み出され人の形をしているドールという存在の絶妙な対比も美しさを感じます。
読んでいて心底幸せになれる作品で、人間ドラマとしての面白さがあるので特にドールに興味がない人にもお薦めです。
矛橋真澄は42歳のサラリーマン。会社で部下からは疎まれ、恋人もおらず、これといった趣味もない。日々の仕事で疲れ、渇き切ったおじさんだった。しかしある日オークションで幻と呼ばれる人形、【エーテルドール】“スターレット”を見つける。その可憐な姿と星の輝きを秘めた瞳に一目惚れし、気付けば競りに参加しており……。
矛橋真澄は42歳のサラリーマン。会社で部下からは疎まれ、恋人もおらず、これといった趣味もない。日々の仕事で疲れ、渇き切ったおじさんだった。しかしある日オークションで幻と呼ばれる人形、【エーテルドール】“スターレット”を見つける。その可憐な姿と星の輝きを秘めた瞳に一目惚れし、気付けば競りに参加しており……。