φとか「名無し」とか名乗った果てに
お恥ずかしい事ですが、『ぶるう』が世に出た直後だった旨記憶しています。一組のLPが氏の許に届きました。それの起爆剤になったのは、他ならぬ私なのですが、実はこの事で今も悩んで居る事があります。〈氏の芸風に、何か悪影響を及ぼしてしまったのでは?〉これです。
六根広子(むつねひろこ)、通称「ろこ」。笹五位小学校4年1組、「ささごい新聞」の記者だ。同じく4年1組、「クリ坊」こと甘栗敏(あまぐりびん)、4年3組白井珠音(しらいじゅね)、通称「ジュネ」、4年2組、井田飛男(いだたかお)通称「タカ」と一緒にささごい新聞4年生取材班を務めている。ろこのお父さんは新聞社のカメラマン。ある日、ろこはお父さんからお古のカメラ・オリンパスOM30を譲り受け、大喜びしていた。そんな時、笹五位小学校に一つの事件が持ち上がった。3年生が飼っていたアヒルの「ガッピー」が行方不明になったというのだ。「ささごい新聞」4年生取材班、初の大仕事だ。はたして、あひるの「ガッピー」を見つけることができるのか?? 学校新聞の記者4人組が編集委員としての活動を通じ、走り、泣き、笑い、様々な出来事と出会う『こどもの光(現・ちゃぐりん)』(家の光協会)に掲載された小山田いくの学園ストーリー! 小山田いく先生の当時の単行本コメント『僕は子どものころ、体育が苦手で、人を笑わせるのが好きで、髪の毛の長い女の子にあこがれていて、カメラがほしくてしかたありませんでした。そのころの夢を集めて、タカ、クリ坊、ジュネ、ろこを生み出しました。よかったらこの四人といっしょに走り、笑ってください。四人は思いきり走り回ります。なにせ僕の夢なんですから。』
私は今小山田論をツイートする際、一般党員が九割方首を捻る事請合のタグを必ず付ける。〈#幸福の科学〉これだ。理由は「小山田を後者が見たら」という自問自答だ。その結論は、〈小山田の過去生は、欧州美術史の一等星の一・ラファエロ〉という物だった。その香を私に最も深く味わわせてくれるのが、そう、これ!