一番下のコメントへ

甲子園のない夏が過ぎましたね。

それでも野球マンガを頁をめくれば、熱気で湯気の立ちそうな球場に砂塵が舞っている。

しかし、『甲子園へ行こう!』と題されたこの甲子園マンガには甲子園がありません。それは県大会の決勝で負けてしまうからなんですけど、どうでしょう。むしろ、甲子園が描かれないことによって、そこに甲子園の存在が浮き彫りになり、現前としてはいないか。

全国に星の数ほどもある高校のなかで、たったの一校を除いた全ての高校に強いられる敗戦。甲子園のトーナメント表の一校一校には47+2都道府県のトーナメントが全てぶら下がっている。トーナメントを下から追っていくから分かりにくい。優勝の頂点を逆さにして、その一点から遡ってみればいい。それはまさに分岐に次ぐ分岐、あり得たかも知れないほかの可能性の連続、これで本当に正解のかと首を傾げずにはいられないほどの無数の可能性、無数の分岐点。しかも、それはトーナメントの交錯ごとにあるのではありません。その一試合の一回一回ごとに、一打席一打席ごとに、投手の投じる一球一球ごとに、分岐点があり、あり得たかも知れないほかの可能性が存在している。あの斎藤祐樹を擁して優勝した早実の西東京大会の初戦が9回の瀬戸際まで2-2の同点だったことはあまりにも有名でしょう。さらにそれは試合の外の練習の時間にも及びます。あの夏、斎藤祐樹はアウトローに最高の一球を投げられるように練習を重ねました。そのためにインコースの練習を諦めているのです。奇しくも、決勝の駒大苫小牧戦の最後の打者マー君を三振に切ったのはそのアウトローのストレートでした。

弱小校の鎌倉西高校が、優れた凡投手の四ノ宮を擁して、激戦区神奈川の決勝まで勝ち進んだとき何が起こったのか。四ノ宮もまたアウトローへの球を鍛え上げた投手でした。そして、その最も自信のある渾身の一球を打たれてしまう。この大会、四ノ宮は7試合を完投して、防御率はなんと0.60でした。決勝のその一球がほとんど全ての勝敗を分けたといっても過言ではないのです。これがどんなに途方もないことか。

今年の夏、甲子園はありませんでしたけど、交流試合や独自大会をたくさん観戦しました。そのなかには、あのツーランスクイズで金農に負けた近江高校の滋賀県大会決勝も含まれていました。その最後の一球がいまでも脳裏に焼き付いている。近江エースの田中くんが最後の打者をツーストライクまで追い込むと、キャッチャーの長谷川くんが真っ先にここしかないだろと言わんばかりにアウトローにミットを構えたのです。そして、田中くんの最後の一球はサイン通りミットにズバンと吸い込まれたのです。

コメントする
icon_reread
また読みたい
フォロー