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わかる
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ヤサシイワタシ
悲劇でも負けていない!!ひぐちアサの『おおきく振りかぶって』という大仕事に取り掛かる以前の貴重なラインナップその2であります。 その1の『家族のそれから』もそうでしたけれども、死がひとつのモチーフになっている。『家族のそれから』は母親が亡くなることをきっかけに物語が始まっていますが、『ヤサシイキモチ』は主人公とその恋人になるヒロインがいて、終盤でヒロインが亡くなるという悲劇のかたちが明確にとられています。でも、ひぐちアサに悲劇はちょっと似合わないというか、らしくないような感じがしますよね。 やっぱり、そうなんです。形としては古典的な悲劇を踏襲していながら、なんか、どうも負けていないような感じがあるんです。『おお振り』の野球部たちのように、ひたむき且つ賢明な「転んでもタダでは起き上がらない」精神がここにも確かに息づいている。 このことは何べんも書いているような気がしますけど、大事なことだと思うのでもう一度。ひぐちアサは、生があって死がある、というような描き方をしないんです。プラスがあってマイナスがあるんじゃないんです。プラスをマイナスが帳消しにするように、生を死がなかったことにするなんてことはあり得ないんです。 不安で不安で仕方ななくて、いっそ風船に針を刺したい、高い所から手を離したい。そういう気持ちはあるかもしれないし、じっさいに針を刺してしまう人も、手を離してしまう人もいるかもしれない。でも、どんなことだって、それは良いことでも悪いことでも、それがあった起こったということは途方もない事実として消えることがないと思うんです。確かに今はそれはないかもしれない、でも、そんなことがあったという事実そのものはいつまでもそこに残り続けると思うんです。 最後の最後に、あのすっとこどっこいで、がむしゃらで、嫌なところもあるんだけど愛おしくもあるヒロインの弥恵さんの笑顔がコマのなかに現前としたとき、生は死なんかによって帳消しできるもんじゃないと確信せざるを得ないのです。しかも、弥恵さんはとある高校球児として生まれ変わる。そう、三橋くんとして。そして主人公の芹生くんもその後を追う。弥恵さんの、そして三橋くんの手を握って安心させてあげたいのは、芹生くんであり阿部くんなのだから。
悲劇でも負けていない!!ひぐちアサの『おおきく振りかぶって』という大仕事に取り掛かる以前の貴重なラインナップその2であります。 その1の『家族のそれから』もそうでしたけれども、死がひとつのモチーフになっている。『家族のそれから』は母親が亡くなることをきっかけに物語が始まっていますが、『ヤサシイキモチ』は主人公とその恋人になるヒロインがいて、終盤でヒロインが亡くなるという悲劇のかたちが明確にとられています。でも、ひぐちアサに悲劇はちょっと似合わないというか、らしくないような感じがしますよね。 やっぱり、そうなんです。形としては古典的な悲劇を踏襲していながら、なんか、どうも負けていないような感じがあるんです。『おお振り』の野球部たちのように、ひたむき且つ賢明な「転んでもタダでは起き上がらない」精神がここにも確かに息づいている。 このことは何べんも書いているような気がしますけど、大事なことだと思うのでもう一度。ひぐちアサは、生があって死がある、というような描き方をしないんです。プラスがあってマイナスがあるんじゃないんです。プラスをマイナスが帳消しにするように、生を死がなかったことにするなんてことはあり得ないんです。 不安で不安で仕方ななくて、いっそ風船に針を刺したい、高い所から手を離したい。そういう気持ちはあるかもしれないし、じっさいに針を刺してしまう人も、手を離してしまう人もいるかもしれない。でも、どんなことだって、それは良いことでも悪いことでも、それがあった起こったということは途方もない事実として消えることがないと思うんです。確かに今はそれはないかもしれない、でも、そんなことがあったという事実そのものはいつまでもそこに残り続けると思うんです。 最後の最後に、あのすっとこどっこいで、がむしゃらで、嫌なところもあるんだけど愛おしくもあるヒロインの弥恵さんの笑顔がコマのなかに現前としたとき、生は死なんかによって帳消しできるもんじゃないと確信せざるを得ないのです。しかも、弥恵さんはとある高校球児として生まれ変わる。そう、三橋くんとして。そして主人公の芹生くんもその後を追う。弥恵さんの、そして三橋くんの手を握って安心させてあげたいのは、芹生くんであり阿部くんなのだから。
スラムダンク
スラムダンクの続き某編集者がスラムダンクの続きを勝手に考えて書いているブログをご存じでしょうか。単なるブログだと侮るなかれ、これが本当に素晴らしく、毎日のようにグスグスと目に涙を溜め、鼻からは鼻水を垂らしながら読んでいる次第であります。2011年の3月から書き始められ、もうすぐで10年、未だに書き続けられています。 当然、夏のインターハイのあと、すなわち秋の湘北高校を最初の舞台に続きは始まるのですが、牧・藤真・赤木の世代が大学に進学するあたりから時間が複雑に交錯するようになります。彼らの大学入学から一気に三年の時が経ち、4年生の牧世代。この間にいったい何があったのか。ここから現在と過去を、つまり大学編と湘北を中心とした高校編を交互に行き来しながら物語が紡がれていきます。2020年の現在では、牧世代は依然として4年生、過去編は宮城・仙道・神の代が終わり、いよいよ桜木・流川の代に移るところで止まっています。 本家『スラムダンク』もさることながら、もうこの時点で続きのほうも本家と双璧をなす一大叙事詩と胸を張って言えるほどの出来栄えに仕上がっていると思います。と、まあ、ここまでが続きの概要なのですが、続きが書かれれば書かれるほど、本家のほうがまた際立ってくるという事実があります。 以前に『ドカベン』で野球漫画について書いたとき、『スラムダンク』のことにも少し触れたのですが、『スラムダンク』は漫画というものの臨界点を超えた唯一無二の北極星に位置するような漫画だということは疑いのない事実でしょう。『スラムダンク』は単なるバスケ漫画ではない。漫画というものの全てを一身に背負っている漫画漫画と言うほうが相応しいと思います。そして、『スラムダンク』が完結した1996年から約25年の時が経ち、続きのブログが本家の魅力をさらに引き立てている。というのは、この続きが一大叙事詩であるばかりか、そのまま本家の批評にもなり得ているのです。 続きのブログを読んだ人は、その文章のなかで、桜木花道をはじめとした『スラムダンク』のキャラクターたちが生き生きとそこに現前していることに驚かずにはいられないでしょう。これは、ちばあきおの『プレイボール』がコージィ城倉の手により『プレイボール2』として運動を再開させたのにも少し似ています。ちがっているのは『プレイボール2』はあくまでも漫画として再開されなければならなかったという点にあり、『スラムダンク』の続きは文章だけで事足りたという点にあると思います。 そう、続きにおいては、たとえば桜木が「ゴリ、負けるなよ、ゴール下は戦場だぜ」と言うだけで赤木の存在がそこで浮き彫りになる。ゴリ、ルカワ、リョーちん、ミッチー、メガネくん、ヤス、シオ、カク、ハルコさん、アヤコさん、オヤジ、ボス猿、センドー、フク助、じじい、じい、野猿、ホケツくん、丸ゴリ、マル男、ピョン吉、ポール、小坊主、デカ坊主、これらのあだ名が桜木の口から発せられるだけで、ふしぎとそのキャラクターの存在が浮き彫りになってしまうのです。これらは全て桜木の主観と直感により名付けられたあだ名ですが、まずひとつ、こういったあだ名がキャラクターに役割を与えている。続きの書き手はきっと書きながら驚いていると思います。キャラクターたちが各役割に沿って勝手に動いたり話したりしてくれる、と。たとえば、湘北と陵南の試合を清田と神が偵察していたとする。 ガンッ、桜木、宮城のパスからフリーで放った得意の合宿シュートを外してしまう。 桜木「なにッ、この天才としたことが! しかし、みずからとーる!!」 誰よりも高い位置で桜木がリバウンドをキャッチ。 バシーーーッ、仙道だ! 仙道が下で狙っていた! 仙道のスティールだ! 清田「けっ、赤毛猿の野郎、ざまあみろだぜ」 神「いや、でも、いまの湘北のオフェンスは流れがよかったな」 清田「ん・・・」 神「宮城のドライブから、フリーの位置に桜木が飛び込んできただろ。はじめて流川以外のところに攻撃の起点が生まれたんだ。さっきは外れたけど、あれが決まりだしたら陵南のディフェンスは的を絞れないぞ」 清田「ぐぬぬ・・・。(牧さんの後を継ぐこの俺がNo.1ポイントガードだ!)」 宮城「なんだと!(野生の勘で何かを察知)」 桜木「ぬ。(同じく野生の勘で何かを察知)センドーは俺が倒す!」 ディフェンスに戻りながら、 宮城「おう天才、いまの動きだ。流川ひとりにやらせたくなけりゃ、ああやって動くんだ。どんどんパス回してくぜ」 桜木「当然だ、リョーちん。この天才を何だと思っているんだ(センドーもルカワも俺が倒す!)」 ためしにチョロッと書いてみただけで、こうもみんなが勝手に動いたり話したりしてくれるんです。各々がしっかりと役割を担っている。あらかじめ、こうと決められていたみたいに、これしかないという動きを繰り広げるのです。 そう、『スラムダンク』における動きは、あるひとつの方向に行くようあらかじめ定められているのです。『スラムダンク』における動きは、何かの理由があって、そのためにこう展開したというようには運ばず、あらかじめ全ての動きがあるひとつの方向に行くよう、そこに収斂するように定められているのです。 それじゃあ、『スラムダンク』はどういう方向に収斂しているのか。それは、「諦めの悪い根性」と「進化」だと思います。クライマックスの山王戦でみせたような諦めの悪さと進化、これが『スラムダンク』の全編に息づき、全ての動きがそこに向かうようあらかじめ定められている。続きが10年も辛抱強く書き続けられているのは、本家『スラムダンク』がカンブリア爆発のようにみせた諦めの悪さと進化の方向とを今日も持続させているからだと思うのです。常に進化の最前線にいる、このことが『スラムダンク』をいまでもさらに進化させていると思うのです。
スラムダンクの続き某編集者がスラムダンクの続きを勝手に考えて書いているブログをご存じでしょうか。単なるブログだと侮るなかれ、これが本当に素晴らしく、毎日のようにグスグスと目に涙を溜め、鼻からは鼻水を垂らしながら読んでいる次第であります。2011年の3月から書き始められ、もうすぐで10年、未だに書き続けられています。 当然、夏のインターハイのあと、すなわち秋の湘北高校を最初の舞台に続きは始まるのですが、牧・藤真・赤木の世代が大学に進学するあたりから時間が複雑に交錯するようになります。彼らの大学入学から一気に三年の時が経ち、4年生の牧世代。この間にいったい何があったのか。ここから現在と過去を、つまり大学編と湘北を中心とした高校編を交互に行き来しながら物語が紡がれていきます。2020年の現在では、牧世代は依然として4年生、過去編は宮城・仙道・神の代が終わり、いよいよ桜木・流川の代に移るところで止まっています。 本家『スラムダンク』もさることながら、もうこの時点で続きのほうも本家と双璧をなす一大叙事詩と胸を張って言えるほどの出来栄えに仕上がっていると思います。と、まあ、ここまでが続きの概要なのですが、続きが書かれれば書かれるほど、本家のほうがまた際立ってくるという事実があります。 以前に『ドカベン』で野球漫画について書いたとき、『スラムダンク』のことにも少し触れたのですが、『スラムダンク』は漫画というものの臨界点を超えた唯一無二の北極星に位置するような漫画だということは疑いのない事実でしょう。『スラムダンク』は単なるバスケ漫画ではない。漫画というものの全てを一身に背負っている漫画漫画と言うほうが相応しいと思います。そして、『スラムダンク』が完結した1996年から約25年の時が経ち、続きのブログが本家の魅力をさらに引き立てている。というのは、この続きが一大叙事詩であるばかりか、そのまま本家の批評にもなり得ているのです。 続きのブログを読んだ人は、その文章のなかで、桜木花道をはじめとした『スラムダンク』のキャラクターたちが生き生きとそこに現前していることに驚かずにはいられないでしょう。これは、ちばあきおの『プレイボール』がコージィ城倉の手により『プレイボール2』として運動を再開させたのにも少し似ています。ちがっているのは『プレイボール2』はあくまでも漫画として再開されなければならなかったという点にあり、『スラムダンク』の続きは文章だけで事足りたという点にあると思います。 そう、続きにおいては、たとえば桜木が「ゴリ、負けるなよ、ゴール下は戦場だぜ」と言うだけで赤木の存在がそこで浮き彫りになる。ゴリ、ルカワ、リョーちん、ミッチー、メガネくん、ヤス、シオ、カク、ハルコさん、アヤコさん、オヤジ、ボス猿、センドー、フク助、じじい、じい、野猿、ホケツくん、丸ゴリ、マル男、ピョン吉、ポール、小坊主、デカ坊主、これらのあだ名が桜木の口から発せられるだけで、ふしぎとそのキャラクターの存在が浮き彫りになってしまうのです。これらは全て桜木の主観と直感により名付けられたあだ名ですが、まずひとつ、こういったあだ名がキャラクターに役割を与えている。続きの書き手はきっと書きながら驚いていると思います。キャラクターたちが各役割に沿って勝手に動いたり話したりしてくれる、と。たとえば、湘北と陵南の試合を清田と神が偵察していたとする。 ガンッ、桜木、宮城のパスからフリーで放った得意の合宿シュートを外してしまう。 桜木「なにッ、この天才としたことが! しかし、みずからとーる!!」 誰よりも高い位置で桜木がリバウンドをキャッチ。 バシーーーッ、仙道だ! 仙道が下で狙っていた! 仙道のスティールだ! 清田「けっ、赤毛猿の野郎、ざまあみろだぜ」 神「いや、でも、いまの湘北のオフェンスは流れがよかったな」 清田「ん・・・」 神「宮城のドライブから、フリーの位置に桜木が飛び込んできただろ。はじめて流川以外のところに攻撃の起点が生まれたんだ。さっきは外れたけど、あれが決まりだしたら陵南のディフェンスは的を絞れないぞ」 清田「ぐぬぬ・・・。(牧さんの後を継ぐこの俺がNo.1ポイントガードだ!)」 宮城「なんだと!(野生の勘で何かを察知)」 桜木「ぬ。(同じく野生の勘で何かを察知)センドーは俺が倒す!」 ディフェンスに戻りながら、 宮城「おう天才、いまの動きだ。流川ひとりにやらせたくなけりゃ、ああやって動くんだ。どんどんパス回してくぜ」 桜木「当然だ、リョーちん。この天才を何だと思っているんだ(センドーもルカワも俺が倒す!)」 ためしにチョロッと書いてみただけで、こうもみんなが勝手に動いたり話したりしてくれるんです。各々がしっかりと役割を担っている。あらかじめ、こうと決められていたみたいに、これしかないという動きを繰り広げるのです。 そう、『スラムダンク』における動きは、あるひとつの方向に行くようあらかじめ定められているのです。『スラムダンク』における動きは、何かの理由があって、そのためにこう展開したというようには運ばず、あらかじめ全ての動きがあるひとつの方向に行くよう、そこに収斂するように定められているのです。 それじゃあ、『スラムダンク』はどういう方向に収斂しているのか。それは、「諦めの悪い根性」と「進化」だと思います。クライマックスの山王戦でみせたような諦めの悪さと進化、これが『スラムダンク』の全編に息づき、全ての動きがそこに向かうようあらかじめ定められている。続きが10年も辛抱強く書き続けられているのは、本家『スラムダンク』がカンブリア爆発のようにみせた諦めの悪さと進化の方向とを今日も持続させているからだと思うのです。常に進化の最前線にいる、このことが『スラムダンク』をいまでもさらに進化させていると思うのです。
デイト
交わらない視線のメロドラマとして表題作の『デイト』を始めとして、南Q太の漫画のキャラたちは、大抵ひとりあらぬ方角に視線を向けている。メロドラマの描き手として、南Q太は、もうたったのこれだけのことで勝利しているといっても過言ではありません。 メロドラマですから、お年頃の男女が出合う。まあ、南Q太のばあいは、男と男のときもあれば、女と女のときもありますけど、性別はどうであれ、必ずといっていいほど出会った二人が視線をたがいに介そうとしないのです。デビュー当初から比較的ラフな線画でドライなメロドラマをいくつも描いていますが、どれもキャラの黒目には力が入っている。とりわけ、その黒目がどの方角を向いているのかが如実に描かれているのです。 南Q太はこのように視線を中心にしてメロドラマを構築する。視線がたがいに交わらないということで、そこに何かしらの関係性を描いてしまうのです。 表題作の『デイト』で言うなれば、まず交わらない視線劇の積み重ねがあり、その状況を打開するために、居酒屋の座敷で向かい合う男女、のぶおくんはテーブルの下に足を伸ばして、みどりさんのひざを小突く。これが決定的な瞬間となるわけです。視線は交わらないし、会話だって上手くいかないのは分かっている、だからこそ、この些細な行動が決定的な瞬間として利いてくる。事実、次のページで二人はラブホテルにいて、やっぱりおかしいよ、とか何とか言いながら身体を重ねてしまいます。そして、事後にはまた交わらない視線にもどってしまうんですけど、二人の関係性は事前とは大きく変わっているのです。
交わらない視線のメロドラマとして表題作の『デイト』を始めとして、南Q太の漫画のキャラたちは、大抵ひとりあらぬ方角に視線を向けている。メロドラマの描き手として、南Q太は、もうたったのこれだけのことで勝利しているといっても過言ではありません。 メロドラマですから、お年頃の男女が出合う。まあ、南Q太のばあいは、男と男のときもあれば、女と女のときもありますけど、性別はどうであれ、必ずといっていいほど出会った二人が視線をたがいに介そうとしないのです。デビュー当初から比較的ラフな線画でドライなメロドラマをいくつも描いていますが、どれもキャラの黒目には力が入っている。とりわけ、その黒目がどの方角を向いているのかが如実に描かれているのです。 南Q太はこのように視線を中心にしてメロドラマを構築する。視線がたがいに交わらないということで、そこに何かしらの関係性を描いてしまうのです。 表題作の『デイト』で言うなれば、まず交わらない視線劇の積み重ねがあり、その状況を打開するために、居酒屋の座敷で向かい合う男女、のぶおくんはテーブルの下に足を伸ばして、みどりさんのひざを小突く。これが決定的な瞬間となるわけです。視線は交わらないし、会話だって上手くいかないのは分かっている、だからこそ、この些細な行動が決定的な瞬間として利いてくる。事実、次のページで二人はラブホテルにいて、やっぱりおかしいよ、とか何とか言いながら身体を重ねてしまいます。そして、事後にはまた交わらない視線にもどってしまうんですけど、二人の関係性は事前とは大きく変わっているのです。
甲子園へ行こう!
甲子園のない甲子園マンガ甲子園のない夏が過ぎましたね。 それでも野球マンガを頁をめくれば、熱気で湯気の立ちそうな球場に砂塵が舞っている。 しかし、『甲子園へ行こう!』と題されたこの甲子園マンガには甲子園がありません。それは県大会の決勝で負けてしまうからなんですけど、どうでしょう。むしろ、甲子園が描かれないことによって、そこに甲子園の存在が浮き彫りになり、現前としてはいないか。 全国に星の数ほどもある高校のなかで、たったの一校を除いた全ての高校に強いられる敗戦。甲子園のトーナメント表の一校一校には47+2都道府県のトーナメントが全てぶら下がっている。トーナメントを下から追っていくから分かりにくい。優勝の頂点を逆さにして、その一点から遡ってみればいい。それはまさに分岐に次ぐ分岐、あり得たかも知れないほかの可能性の連続、これで本当に正解のかと首を傾げずにはいられないほどの無数の可能性、無数の分岐点。しかも、それはトーナメントの交錯ごとにあるのではありません。その一試合の一回一回ごとに、一打席一打席ごとに、投手の投じる一球一球ごとに、分岐点があり、あり得たかも知れないほかの可能性が存在している。あの斎藤祐樹を擁して優勝した早実の西東京大会の初戦が9回の瀬戸際まで2-2の同点だったことはあまりにも有名でしょう。さらにそれは試合の外の練習の時間にも及びます。あの夏、斎藤祐樹はアウトローに最高の一球を投げられるように練習を重ねました。そのためにインコースの練習を諦めているのです。奇しくも、決勝の駒大苫小牧戦の最後の打者マー君を三振に切ったのはそのアウトローのストレートでした。 弱小校の鎌倉西高校が、優れた凡投手の四ノ宮を擁して、激戦区神奈川の決勝まで勝ち進んだとき何が起こったのか。四ノ宮もまたアウトローへの球を鍛え上げた投手でした。そして、その最も自信のある渾身の一球を打たれてしまう。この大会、四ノ宮は7試合を完投して、防御率はなんと0.60でした。決勝のその一球がほとんど全ての勝敗を分けたといっても過言ではないのです。これがどんなに途方もないことか。 今年の夏、甲子園はありませんでしたけど、交流試合や独自大会をたくさん観戦しました。そのなかには、あのツーランスクイズで金農に負けた近江高校の滋賀県大会決勝も含まれていました。その最後の一球がいまでも脳裏に焼き付いている。近江エースの田中くんが最後の打者をツーストライクまで追い込むと、キャッチャーの長谷川くんが真っ先にここしかないだろと言わんばかりにアウトローにミットを構えたのです。そして、田中くんの最後の一球はサイン通りミットにズバンと吸い込まれたのです。
甲子園のない甲子園マンガ甲子園のない夏が過ぎましたね。 それでも野球マンガを頁をめくれば、熱気で湯気の立ちそうな球場に砂塵が舞っている。 しかし、『甲子園へ行こう!』と題されたこの甲子園マンガには甲子園がありません。それは県大会の決勝で負けてしまうからなんですけど、どうでしょう。むしろ、甲子園が描かれないことによって、そこに甲子園の存在が浮き彫りになり、現前としてはいないか。 全国に星の数ほどもある高校のなかで、たったの一校を除いた全ての高校に強いられる敗戦。甲子園のトーナメント表の一校一校には47+2都道府県のトーナメントが全てぶら下がっている。トーナメントを下から追っていくから分かりにくい。優勝の頂点を逆さにして、その一点から遡ってみればいい。それはまさに分岐に次ぐ分岐、あり得たかも知れないほかの可能性の連続、これで本当に正解のかと首を傾げずにはいられないほどの無数の可能性、無数の分岐点。しかも、それはトーナメントの交錯ごとにあるのではありません。その一試合の一回一回ごとに、一打席一打席ごとに、投手の投じる一球一球ごとに、分岐点があり、あり得たかも知れないほかの可能性が存在している。あの斎藤祐樹を擁して優勝した早実の西東京大会の初戦が9回の瀬戸際まで2-2の同点だったことはあまりにも有名でしょう。さらにそれは試合の外の練習の時間にも及びます。あの夏、斎藤祐樹はアウトローに最高の一球を投げられるように練習を重ねました。そのためにインコースの練習を諦めているのです。奇しくも、決勝の駒大苫小牧戦の最後の打者マー君を三振に切ったのはそのアウトローのストレートでした。 弱小校の鎌倉西高校が、優れた凡投手の四ノ宮を擁して、激戦区神奈川の決勝まで勝ち進んだとき何が起こったのか。四ノ宮もまたアウトローへの球を鍛え上げた投手でした。そして、その最も自信のある渾身の一球を打たれてしまう。この大会、四ノ宮は7試合を完投して、防御率はなんと0.60でした。決勝のその一球がほとんど全ての勝敗を分けたといっても過言ではないのです。これがどんなに途方もないことか。 今年の夏、甲子園はありませんでしたけど、交流試合や独自大会をたくさん観戦しました。そのなかには、あのツーランスクイズで金農に負けた近江高校の滋賀県大会決勝も含まれていました。その最後の一球がいまでも脳裏に焼き付いている。近江エースの田中くんが最後の打者をツーストライクまで追い込むと、キャッチャーの長谷川くんが真っ先にここしかないだろと言わんばかりにアウトローにミットを構えたのです。そして、田中くんの最後の一球はサイン通りミットにズバンと吸い込まれたのです。
日刊吉本良明
永遠の放課後居残り組よしもとよしとも、なんてふざけたペンネームを掲げてしまったことが全ての発端なのかもしれません。永遠の放課後居残り組ことよしもとよしともは、いつまでも漫画界から反省文を書かせられて家に帰れないのです。 大友克洋、高野文子、さべあのま、岡崎京子、望月峰太郎等からの大きな影響を受けて、遅れてきたニューウェーブとして彗星のごとくデビューしたのがこの『日刊吉本良明』になります。基本軸は、業田良家の『自虐の詩』や、吉田秋生の『ハナコ月記』の系譜にあたる同棲4コマ漫画ですね。とはいっても、どこまでが本当なのかは分かりませんけども、作者本人の生活臭が全面に押し出されていて、途中からは同棲生活や大学生活に原稿生活が紛れ込んできますから、そういう意味では漫画家漫画としても機能しています。ファンレターについて描かれた回があったと思ったら、幕間に実際に届いたファンレターを載せたりしている。メタフィクション的というか、挑発的というか、まあ、かなり挑戦的なんですよね。 それで、まあ、1ページめの初っ端から、あからさまに高野文子のジーンズの描き方で同棲する二人が描かれています。そして、ページが進むごとに、大友克洋の漫画を隣に置きながら原稿を描いているとか、『バタアシ金魚』のファンから猛攻撃を受けているとか、人の絵をめちゃくちゃパクって描いていることを隠さなくなる。そういうのをどんどん自虐ギャグにしちゃう。このように数々の作家の長所だけを寄生虫のように吸収し、すげー絵を描いていく俺、将来大物、なんてセリフまでありますからね。いっぽうでは、岡崎京子のところにアシに行く回とか、とても貴重な記録もあったりします。 で、ダラダラとしょうもない4コマが続いていくんですけど、これが不思議と滅法おもしろいんです。ギャグなんかだいたい滑ってるし、絵は人からの借り物だし、それはそうなんだけど、エルヴィス・コステロのPump it upのポスターが部屋に貼ってあったり、XTCのセーターで喧嘩したり、妙にディティールが行き届いていたりするのが憎めないんですね。その後、よしもとよしともは何本かの何とも言えない中編を残して消えてしまい、今となってはテレビ番組の『消えた天才』みたいな状態になっていますけど、デビュー作の『日刊吉本良明』をはじめとしたいくつかの漫画には荒削りで未完成なところが多分にありながら妙な魅力が記憶に残って離れないんです。 たぶん、よしもとよしともという漫画家は、漫画というものを見る目と想起する才能には溢れていたけれども、致命的なことにそれらを自らの手で具現化する体力みたいなものが欠けていたんだと思うんですよね。そういう意味では江口寿史に似ているのかも知れません。そんなこんなで決定的な傑作を残せないまま、いまだに放課後居残り組として家に帰れないでいるわけですけど、じつは二本だけ隠れた大傑作を残しています。 黒田硫黄と組んだ『あさがお』(『大王』収録)と、 衿沢世衣子と組んだ『ファミリー・アフェア』(『おかえりピアニカ』収録) がそれにあたります。両方とも、よしもとよしともがネームまでを描いている。しかも、それらの収録された二冊の短編集は、黒田硫黄にとっても、衿沢世衣子にとっても、ともに単行本デビュー作にあたるわけです。これはただ事ではないというか、なんて怖ろしい目利きをしているんだろうと驚かずにはいられないのです。数打って当たった二本ではなくて、めったに仕事をしなくなったよしもとが重い腰をようやくあげて選んだ二本ですからね。 しかし、まあ、かれこれ10年くらいは沈黙しちゃってますから、そろそろ次の反省文をしたためてもらいたいものですなあ。
永遠の放課後居残り組よしもとよしとも、なんてふざけたペンネームを掲げてしまったことが全ての発端なのかもしれません。永遠の放課後居残り組ことよしもとよしともは、いつまでも漫画界から反省文を書かせられて家に帰れないのです。 大友克洋、高野文子、さべあのま、岡崎京子、望月峰太郎等からの大きな影響を受けて、遅れてきたニューウェーブとして彗星のごとくデビューしたのがこの『日刊吉本良明』になります。基本軸は、業田良家の『自虐の詩』や、吉田秋生の『ハナコ月記』の系譜にあたる同棲4コマ漫画ですね。とはいっても、どこまでが本当なのかは分かりませんけども、作者本人の生活臭が全面に押し出されていて、途中からは同棲生活や大学生活に原稿生活が紛れ込んできますから、そういう意味では漫画家漫画としても機能しています。ファンレターについて描かれた回があったと思ったら、幕間に実際に届いたファンレターを載せたりしている。メタフィクション的というか、挑発的というか、まあ、かなり挑戦的なんですよね。 それで、まあ、1ページめの初っ端から、あからさまに高野文子のジーンズの描き方で同棲する二人が描かれています。そして、ページが進むごとに、大友克洋の漫画を隣に置きながら原稿を描いているとか、『バタアシ金魚』のファンから猛攻撃を受けているとか、人の絵をめちゃくちゃパクって描いていることを隠さなくなる。そういうのをどんどん自虐ギャグにしちゃう。このように数々の作家の長所だけを寄生虫のように吸収し、すげー絵を描いていく俺、将来大物、なんてセリフまでありますからね。いっぽうでは、岡崎京子のところにアシに行く回とか、とても貴重な記録もあったりします。 で、ダラダラとしょうもない4コマが続いていくんですけど、これが不思議と滅法おもしろいんです。ギャグなんかだいたい滑ってるし、絵は人からの借り物だし、それはそうなんだけど、エルヴィス・コステロのPump it upのポスターが部屋に貼ってあったり、XTCのセーターで喧嘩したり、妙にディティールが行き届いていたりするのが憎めないんですね。その後、よしもとよしともは何本かの何とも言えない中編を残して消えてしまい、今となってはテレビ番組の『消えた天才』みたいな状態になっていますけど、デビュー作の『日刊吉本良明』をはじめとしたいくつかの漫画には荒削りで未完成なところが多分にありながら妙な魅力が記憶に残って離れないんです。 たぶん、よしもとよしともという漫画家は、漫画というものを見る目と想起する才能には溢れていたけれども、致命的なことにそれらを自らの手で具現化する体力みたいなものが欠けていたんだと思うんですよね。そういう意味では江口寿史に似ているのかも知れません。そんなこんなで決定的な傑作を残せないまま、いまだに放課後居残り組として家に帰れないでいるわけですけど、じつは二本だけ隠れた大傑作を残しています。 黒田硫黄と組んだ『あさがお』(『大王』収録)と、 衿沢世衣子と組んだ『ファミリー・アフェア』(『おかえりピアニカ』収録) がそれにあたります。両方とも、よしもとよしともがネームまでを描いている。しかも、それらの収録された二冊の短編集は、黒田硫黄にとっても、衿沢世衣子にとっても、ともに単行本デビュー作にあたるわけです。これはただ事ではないというか、なんて怖ろしい目利きをしているんだろうと驚かずにはいられないのです。数打って当たった二本ではなくて、めったに仕事をしなくなったよしもとが重い腰をようやくあげて選んだ二本ですからね。 しかし、まあ、かれこれ10年くらいは沈黙しちゃってますから、そろそろ次の反省文をしたためてもらいたいものですなあ。
初恋甲子園
バカさと、クサさと、ロマンチスムとが、てんでバラバラの全方向から襲いかかる!いやはや、これまたとんでもない漫画に出会ってしまいました。その名も『初恋甲子園』。あだち充と、原作者のやまさき十三の最初期の漫画になります。もう、この漫画の良さをいったいどう語ればいいのか、困り果ててしまうというのが正直なところなんですけど、とにかく訳が分からなくて、とにかくもの凄いんです。 甲子園に例えるならば、まず野球があって、ブラバンの音楽があって、チアリーダーの踊りがあって、応援団の声援があって、甲子園のサイレンがあって等、とにかく色々な要素がごちゃまぜになって甲子園というひとつの魅力を形作っていますよね。一筋縄ではいかないんです。あの混沌としたカオスな空間に誰もが魅かれてやまないわけです。 そして、まあ、この『初恋甲子園』もひと言でいえば、カオス。なんですね。エドガー・G・ウルマーというアメリカの映画監督を黒沢清が評した言葉に「映像と音と俳優と物語とが、てんでバラバラに全方向から襲いかかる。ウルマーの想念が猛獣のようにのし歩く。実はこれが映画本来の姿だった」というのがあるんですけど、『初恋甲子園』を読んですぐにこの言葉を思い出しました。映画というのは元々が大人数のスタッフによる分業制ですから、てんでバラバラなのはある意味当然なんですよね。それにつき、漫画はどちらかといえば一人で描かれがちなんですけど、漫画はそもそも映画を、当時は活動写真と呼ばれていたものを発端にしている。手塚治虫はやはり無類の映画好きでしたし、特にチャップリンの映画から漫画の描き方を学んだようなことを言っています。なので、漫画のなかにも映画の呼吸というやつが息づいていても何ら不思議ではないんですね。 『初恋甲子園』は、漫画にしてはめずらしく作画と原作の分業制をとっています。で、このやまさき十三という原作者は、もとは映画監督志望の若者で、映画会社で10年近く頑張っていたんですけど、色々あって監督への道を断念している。それで、まあ、脚本とかも書いていたし、映画の原作が書けるのなら、漫画の原作も書けるだろうということで漫画界に流れてくるわけです。さすが10年も映画会社で叩き上げただけあって、やはり映画の呼吸というやつが染み付いているんだと思います。彼はのちに100巻を超える大連載になる『釣りバカ日誌』で原作者として大御所になりますけど、『釣りバカ日誌』といえば、やはり、『男はつらいよ』と並んで国民的な映画シリーズにもなっているわけですから、映画の代名詞でもあるわけです。ある意味で、映画から離れて、映画に返り咲いた人といえるのかもしれません。 そんな彼の原作をもとにあだち充が描く。あだち充は、この頃から完全にあだち充として完成しています。冒頭の描写に、主人公の女子マネが「ブォーッ」という擬音とともにバスに乗っていて、その横の歩道をチームのバッテリーが走って練習に向かっている、女子マネは窓から二人に手を振っているんです。はい、もうたったこれだけのさわやかな朝の描写で、何か不吉なことが起こってしまう、くわばら、くわばら、と思わずにはいられないものが、やはり、あだち充にはある。さすがにピッチャーが死ぬことはありませんけど、やっぱり不吉なことがあれよ、あれよと起こってしまう。 ネタバレになってしまうので多くは語りませんけども、まずこういった、いかにもあだち充らしいドラマの筋立てがあるわけです。だけど、あだち充のキャラたちは基本的にはめげないというか、明るいというか、脱力しているというか、飄々としていますよね。こういった土台の上に、突如として異質なものが紛れ込んでくる。サンデーを主な活躍の場にしたあだち充の売りって淡白な雰囲気だと思うんですけど、そこに突如として過剰にバカげた演出や、クサすぎる演出や、叙情たっぷりの演出が矢継ぎ早に挿入されるんです。ときには、うわッと目を背けたくなったり、大笑いしてしまうんですけど、とにかく異様なパワーに圧倒されて、最終的には何かヤバイ漫画を読んでしまった、と、なってしまうからこの漫画は怖ろしいんです。必読!!!
バカさと、クサさと、ロマンチスムとが、てんでバラバラの全方向から襲いかかる!いやはや、これまたとんでもない漫画に出会ってしまいました。その名も『初恋甲子園』。あだち充と、原作者のやまさき十三の最初期の漫画になります。もう、この漫画の良さをいったいどう語ればいいのか、困り果ててしまうというのが正直なところなんですけど、とにかく訳が分からなくて、とにかくもの凄いんです。 甲子園に例えるならば、まず野球があって、ブラバンの音楽があって、チアリーダーの踊りがあって、応援団の声援があって、甲子園のサイレンがあって等、とにかく色々な要素がごちゃまぜになって甲子園というひとつの魅力を形作っていますよね。一筋縄ではいかないんです。あの混沌としたカオスな空間に誰もが魅かれてやまないわけです。 そして、まあ、この『初恋甲子園』もひと言でいえば、カオス。なんですね。エドガー・G・ウルマーというアメリカの映画監督を黒沢清が評した言葉に「映像と音と俳優と物語とが、てんでバラバラに全方向から襲いかかる。ウルマーの想念が猛獣のようにのし歩く。実はこれが映画本来の姿だった」というのがあるんですけど、『初恋甲子園』を読んですぐにこの言葉を思い出しました。映画というのは元々が大人数のスタッフによる分業制ですから、てんでバラバラなのはある意味当然なんですよね。それにつき、漫画はどちらかといえば一人で描かれがちなんですけど、漫画はそもそも映画を、当時は活動写真と呼ばれていたものを発端にしている。手塚治虫はやはり無類の映画好きでしたし、特にチャップリンの映画から漫画の描き方を学んだようなことを言っています。なので、漫画のなかにも映画の呼吸というやつが息づいていても何ら不思議ではないんですね。 『初恋甲子園』は、漫画にしてはめずらしく作画と原作の分業制をとっています。で、このやまさき十三という原作者は、もとは映画監督志望の若者で、映画会社で10年近く頑張っていたんですけど、色々あって監督への道を断念している。それで、まあ、脚本とかも書いていたし、映画の原作が書けるのなら、漫画の原作も書けるだろうということで漫画界に流れてくるわけです。さすが10年も映画会社で叩き上げただけあって、やはり映画の呼吸というやつが染み付いているんだと思います。彼はのちに100巻を超える大連載になる『釣りバカ日誌』で原作者として大御所になりますけど、『釣りバカ日誌』といえば、やはり、『男はつらいよ』と並んで国民的な映画シリーズにもなっているわけですから、映画の代名詞でもあるわけです。ある意味で、映画から離れて、映画に返り咲いた人といえるのかもしれません。 そんな彼の原作をもとにあだち充が描く。あだち充は、この頃から完全にあだち充として完成しています。冒頭の描写に、主人公の女子マネが「ブォーッ」という擬音とともにバスに乗っていて、その横の歩道をチームのバッテリーが走って練習に向かっている、女子マネは窓から二人に手を振っているんです。はい、もうたったこれだけのさわやかな朝の描写で、何か不吉なことが起こってしまう、くわばら、くわばら、と思わずにはいられないものが、やはり、あだち充にはある。さすがにピッチャーが死ぬことはありませんけど、やっぱり不吉なことがあれよ、あれよと起こってしまう。 ネタバレになってしまうので多くは語りませんけども、まずこういった、いかにもあだち充らしいドラマの筋立てがあるわけです。だけど、あだち充のキャラたちは基本的にはめげないというか、明るいというか、脱力しているというか、飄々としていますよね。こういった土台の上に、突如として異質なものが紛れ込んでくる。サンデーを主な活躍の場にしたあだち充の売りって淡白な雰囲気だと思うんですけど、そこに突如として過剰にバカげた演出や、クサすぎる演出や、叙情たっぷりの演出が矢継ぎ早に挿入されるんです。ときには、うわッと目を背けたくなったり、大笑いしてしまうんですけど、とにかく異様なパワーに圧倒されて、最終的には何かヤバイ漫画を読んでしまった、と、なってしまうからこの漫画は怖ろしいんです。必読!!!
三国志
夏草や 兵どもが 夢の跡無類の夏好きとしては、日に日に日没が早くなり、重々しいほどの陽射しと蝉時雨が軽やかに感じられるようになる、この晩夏という季節には、言うに謂われぬ気持ちが沸き起こってくるのですが、そんなときは秋の楽しみを言い連ねて心を落ち着かせています。 秋の夜長、秋晴れの高い空、お月見の秋、紅葉の秋、食欲の秋、芸術の秋、そして、読書の秋。むかしの人は、夏が終わるというのに、今度は秋のなかに次々と醍醐味を見出していて、何て前向きなんだろうと感心してしまいます。 さて、「夏草や 兵どもが 夢の跡」とは、芭蕉が平泉の古戦場(源義経が追い詰められて討ち死にした場所)を目にして詠んだ俳句ですが、夏の終わりが来ると、この句のことを自然と思い浮かべます。兵どもを熱かった夏の思い出に置き換えているんだと思います。兵ども、それは今年も涙した高校球児たちのことかもしれませんし、狂ったように鳴き続けるセミたちのことかもしれません。過ぎていった夏の数々の記憶に、芭蕉の句がふしぎと寄り添うんです。 そうはいっても、時も季節も前にしか進んでいきませんから、せっかくの秋の夜長なら、その時間を読書に費やしてみる。そうだ、長編を読もう。久しぶりに横山光輝の『三国志』を読み返してみよう。 読み始めて驚いてしまう。なんと、桃園の誓いを先駆けに、そこには熱かった夏の記憶のような熱戦や駆け引きが繰り広げられているんです。兵どもが頁のそこかしこで腕を奮っているんです。蜀の面々だけで言えば、劉備、関羽、張飛の三人が出合い、趙雲が仲間に加わり、関羽の右腕として元山賊の周倉、養子として関平が加わり、劉備の養子として劉邦が加わり、そして諸葛亮孔明に三顧の礼をつくし、さらには孔明についで龐統までが加わり、黄忠・厳顔の老将コンビが加わり、馬超一族が加わり、ここに関羽・張飛・趙雲・黄忠・馬超からなる五虎大将軍が生まれます。まさに夏の絶頂。 しかしながら、いつの世だって季節のというものは過ぎてゆきます。関羽、関平、周倉、劉邦の相次ぐ死を皮切りに、五虎大将軍たちがあっけなく逝ってしまいます。季節というものは驚くほど正確に時を刻んでゆくのです。 新世代の台頭として期待された張苞・関興の義兄弟コンビもあっけなく逝ってしまい、泣いて馬謖を斬り、姜維との新たな出会いや馬超一族から馬岱の献身的な活躍などがありながら、蜀の戦力はしだいに痩せ衰えてゆき、ついに孔明が逝き、後を継いだ姜維が孤軍奮闘しているさなかに首都成都を襲われた蜀は簡単に降参してしまう。なんというあっけない最期。 そして、また芭蕉の句が頭によぎるのです。 夏草や 兵どもが 夢の跡
夏草や 兵どもが 夢の跡無類の夏好きとしては、日に日に日没が早くなり、重々しいほどの陽射しと蝉時雨が軽やかに感じられるようになる、この晩夏という季節には、言うに謂われぬ気持ちが沸き起こってくるのですが、そんなときは秋の楽しみを言い連ねて心を落ち着かせています。 秋の夜長、秋晴れの高い空、お月見の秋、紅葉の秋、食欲の秋、芸術の秋、そして、読書の秋。むかしの人は、夏が終わるというのに、今度は秋のなかに次々と醍醐味を見出していて、何て前向きなんだろうと感心してしまいます。 さて、「夏草や 兵どもが 夢の跡」とは、芭蕉が平泉の古戦場(源義経が追い詰められて討ち死にした場所)を目にして詠んだ俳句ですが、夏の終わりが来ると、この句のことを自然と思い浮かべます。兵どもを熱かった夏の思い出に置き換えているんだと思います。兵ども、それは今年も涙した高校球児たちのことかもしれませんし、狂ったように鳴き続けるセミたちのことかもしれません。過ぎていった夏の数々の記憶に、芭蕉の句がふしぎと寄り添うんです。 そうはいっても、時も季節も前にしか進んでいきませんから、せっかくの秋の夜長なら、その時間を読書に費やしてみる。そうだ、長編を読もう。久しぶりに横山光輝の『三国志』を読み返してみよう。 読み始めて驚いてしまう。なんと、桃園の誓いを先駆けに、そこには熱かった夏の記憶のような熱戦や駆け引きが繰り広げられているんです。兵どもが頁のそこかしこで腕を奮っているんです。蜀の面々だけで言えば、劉備、関羽、張飛の三人が出合い、趙雲が仲間に加わり、関羽の右腕として元山賊の周倉、養子として関平が加わり、劉備の養子として劉邦が加わり、そして諸葛亮孔明に三顧の礼をつくし、さらには孔明についで龐統までが加わり、黄忠・厳顔の老将コンビが加わり、馬超一族が加わり、ここに関羽・張飛・趙雲・黄忠・馬超からなる五虎大将軍が生まれます。まさに夏の絶頂。 しかしながら、いつの世だって季節のというものは過ぎてゆきます。関羽、関平、周倉、劉邦の相次ぐ死を皮切りに、五虎大将軍たちがあっけなく逝ってしまいます。季節というものは驚くほど正確に時を刻んでゆくのです。 新世代の台頭として期待された張苞・関興の義兄弟コンビもあっけなく逝ってしまい、泣いて馬謖を斬り、姜維との新たな出会いや馬超一族から馬岱の献身的な活躍などがありながら、蜀の戦力はしだいに痩せ衰えてゆき、ついに孔明が逝き、後を継いだ姜維が孤軍奮闘しているさなかに首都成都を襲われた蜀は簡単に降参してしまう。なんというあっけない最期。 そして、また芭蕉の句が頭によぎるのです。 夏草や 兵どもが 夢の跡
甲子園の空に笑え!
攻撃のない野球 ~その涙のゆくえ~2018年の夏の甲子園といえば、金農旋風が世を席巻しましたが、農業高校が9人の固定メンバーで県予選から甲子園の決勝まで勝ち進んだことが、川原泉の『甲子園の空に笑え!』とまったく同じだと密かに話題になっていました。偶然って、本当におそろしいですね。まさか、川原泉も自分の描いた嘘でたらめのようなマンガの物語が現実に起ころうとは夢にも思わなかったことでしょう。決勝戦で春も制した優勝候補の大本命に負けてしまうところまで同じですからね。 さて、この季節になると、もともとが涙もろい性格なのに、それにさらに拍車がかかります。今年は春夏ともに甲子園はありませんでしたけど、それでも、地方大会や交流試合の中継をみて涙をこぼしてしまう。それだけでは済まなくて、ネットのニュース記事を読んだだけで泣けてきてしまうから困ったものです。それで、まあ、『甲子園の空に笑え!』を読んだら、これまたボロボロに泣いてしまい、今に至るというわけです。こんなに泣けてしまって、自分ってもしかして何かの病気なのかなって思い立ち、色々と調べはじめるぐらいですからね。悲しくて泣いたことっていうのは、たぶん人生で一度もなくて、何かを美しいと思ったときとか、人の懸命な頑張りの軌跡みたいなものを感じとったときにとにかく弱い。つまり、受け身で泣くということはなくて、自分がそこに何かを見出したときに涙が出るみたいなんです。じゃあ、そこに何を見出したのかといって、球児たちの美しさを見出しましたなんていまさら言えるはずもなく、仕方がないので人が泣くことについて調べてみる。 ふむふむ、近年の心理学的見地では「無力感の認知」と泣くことの関連性が言われているらしい。例えば、人が予期せぬ朗報を受け取った時に泣くのは、表向きには、起こっている事態に対して無力である、影響を与えることができないと感じるためである、と。 閑話休題。 野球というスポーツの特異点は、まず何と言っても攻撃と守備の時間が明確に分かれている点にあると思います。攻撃と守備がまったく無関係に独立している、とまでは言いませんが、ルールの上では無関係に徹している。表と裏と言いますけども、表裏一体なんて言葉もありますけども、野球にかぎっては表裏がたがいに独立している。もっといえば、表と裏をひとつの単位にした回というものも、1回から9回までそれぞれに独立しています。三者凡退の回もあれば、ビッグイニングの回もある。さらにもっといえば、各バッターの打席ごとに独立していますし、ピッチャーの投げる一球ごとに独立しています。こうしたひとつびとつのプレイには全て判定があり、名前が付けられています。ストライク/ボール、アウト/セーフ、三振/四球/死球、犠打/単打/長打/本塁打、盗塁/盗塁刺、刺殺/併殺/失策/捕逸、挙げていけばきりがないですね。もちろん記録に残らないプレイというのもあるにはあるんですけども、基本的には全てのプレイに名前があり、記録として残されます。こうしたプレイのひとつびとつが一回一回を進め、野球という時間をつくっていきます。ここらへんがサッカーやバスケといったスポーツと大きく異なる点で、野球は時間のなかで行われるのではなく、ひとつびとつのプレイが野球という時間をつくってゆく。プロ野球のナイターでは、18時に始まって、24時過ぎに終わった試合まであるそうですからね、なんと6時間! ちなみに最短は55分だそうです、短! ちょっと話が逸れましたが、野球というスポーツは、ひとつびとつのプレイ、ひとつびとつに名前があって、それぞれに独立しているプレイのひとつびとつが時間をつくってゆく、尚且つ、それらは記録として残される。良い記録も、悪い記録も、勝敗を分ける点数に結びつく記録も、結びつかない記録も、それぞれに独立していて、それら全てに名前があり、記録として残されるのです。 これは野球にかぎった話ではありませんが、よく失敗を挽回するなんてことが言われます。でも、どんなに次の機会に頑張ったとしても、失敗は失敗としてそこにあるわけで、あったことを無かったことにはできません。失敗は失敗としてあり、挽回は挽回としてあり、それらは表裏一体のような体をなしておらず、あくまでも、それぞれに無関係に独立していると思います。こういった考えは残酷と思われるかもしれませんが、あったことを無かったことにできるというのなら、その逆もまた然りというわけで、成功もまた失敗によって無かったことになってしまう。そんなことが許されますか、めっちゃ頑張っていい球を投げられるようになったのに、たった一球の失投をホームランにされて、それまでの好投は無かったことになる、そんなことが許されてたまるもんですか。でも、試合は試合ですし、相手だってこの一球を逃さないための練習を重ねてきていたからのホームランです。 コロナで春のセンバツが中止になったとき、頻りに救済案ということが言われました。結果として春夏ともに甲子園大会は中止になりましたけど、仮になにか救済案があったとして、それでもセンバツを戦えなかった選手たちの無念は残ると思うんです。救済は救済としてあるかもしれない、でも、それは選手たちの無念とは無関係にすれ違ったままだと思うんです。数学ではマイナス1にプラス1をすれば0になりますけど、人の心はそんなふうにはできていなくて、マイナス1も、プラス1も、ともにそこに変わらずにあり続けると思うんです。 ある意味でこのことは、いっぽうからしてみれば、もういっぽうに影響を及ぼすことができない「無力感の認知」ということにもなり得ます。とくに攻撃と守備が相互に独立している野球というスポーツにおいて、この「無力感の認知」はよりいっそう顕在化されると思います。夏の甲子園の球史に深く刻まれた一試合に「日本文理の夏はまだ終わらない」でよく知られる、中京大中京vs日本文理の決勝戦があります。10-4と大差をつけられた日本文理が9回裏二死から怒涛の追い上げで1点差まで詰め寄ったところで、最後の快音が三塁手のグローブに吸い込まれて終わるのですが、負けた日本文理は負けたのに晴れやかな顔をしていて、勝った中京が悲愴な顔をしている。しかも、優勝インタビューを受けた四番でピッチャーの堂林が帽子で顔を隠して泣いているんです、ほんとうに情けなくて悔しいです、と。このことを書きながら自分もまた泣いてしまっているんですけど、この試合で堂林はホームランを含めた三安打で得点のほとんどに絡んでいるのにもかかわらず、9回裏の情けない自分を悔いて泣いているんです。しかも、10点をとられて負けた日本文理のピッチャーの伊藤、9回裏二死が続いて、なんということか偶然にも彼の打席で満塁となり、三遊間を破るヒットで走者を二人還して二点差まで詰め寄ります。このとき、二塁まで到達した伊藤のガッツポーズもまた忘れられない、さらに次の代打のヒットで伊藤はホームベースを踏んでついに一点差まで! また、このことを書きながらボロボロに泣いてしまっているんですけど。 そして、広岡監督の率いる豆の木高校は守備のチームです。というのも、赴任してきた広岡先生はドライでクールな生物の教師として、何故かやりたくもない野球部の監督を押し付けられ、そもそも汗と涙の高校野球なんてキモチワルイとすら思っている。それで、まあ、ストレス発散にノックで生徒たちをいびっていたら、いつのまにかチームの守備力が向上していたという能天気ぶりなんですけど、そんなドライでクールな広岡先生が不純な動機とは無関係にいつのまにか高校野球にのめりこんでいくんですよ。 守備だけをひたすら鍛えたチームですから、点なんかとれやしない。広岡監督は選手たちに言います「うちのとりえは守備だけなんだから、たとえこっちが0点でも、相手に一点もやらなけりゃ、少なくとも負けることはないのさ」そして、自分自身にも心の中で言うのです「そーだ、守るんだ、それしか生きる道はない」。となれば、攻撃はもはや神頼みしかない、祈ることしかできないわけです。まさに自分たちの守備に誇りを抱いて、人事を尽くして天命を待つですよ。 ところで、甲子園交流試合の鶴岡東5-3日本航空石川では、5-3の9回裏、追いかける航空石川が2アウト1・2塁と逆転のチャンスをつくって、勝利目前の鶴岡東は最後の打者を打ちとったと思ったんですが、それまで投手のピンチを何度も救ってきた遊撃手がエラーしてしまい、満塁の大ピンチを招いてしまいます。結果としては次のセカンドの好守備に助けられて鶴岡東が逃げ切ったんですけど、自分があの遊撃手なら高校最後のエラーを忘れられないと思うんです。だからといって高校最後の試合を勝利でおさめたことが消えてなくなるわけでもない。どちらとも、ともに、それぞれに無関係に独立にして、そこにあり続けると思うんです。 それはちょうど、恋人にフラれてしまっても、かつて恋人と過ごしたきらきらした日々が消えてなくなることのないように、いつか見た川のせせらぎのきらきらが消えてなくなることのないように、全てのあったことは、ネガティブなことでも、ポジティブなことでも、どちらでもないことでも、あったこととして、そこに変わらずにあり続けると思うんです。自分さえそう信じていれば。 思えば、人生なんてどんな人でも負け戦だと思います。あの清原が見事に体現してくれているように、裕福な家に生まれようが生まれまいが、才能があろうがなかろうが、努力で這い上がろうが這い上がるまいが、多かれ少なかれどんな人生もひとしく負け戦だと思います。攻撃のない野球みたいなものです。誰も彼もボコスカに打たれまくって肩で息をしているピッチャーみたいなものだと思います。攻撃のない野球ですから、どんなに上手く守ってもゼロ、最高のパフォーマンスを発揮してもゼロ、ゼロじゃあ試合には勝てません。たぶん、生きるということは大洪水の川のなかにいるのにひとしくて、流されないように辛抱するのがせいぜいで、進むことなんてできやしない。でも、それでも、と信じさえすれば、守備とは無関係のどこかできっと攻撃が繰り広げられていると思うんです。どんなに清原が落ちぶれようとも、かつて清原が打ったホームランは消えてなくならないように、かつて清原が日本シリーズで流した涙がぜったいに消えてなくならないように。 豆の木高校の豆っ子たちが点をとれなくてもあの手この手で(自分たちの手には負えないやり方で、でも、守備だけは懸命に頑張った!)決勝まで勝ち進んだように、今日もどこかで日本文理の終わらない夏が9回裏の奇跡のような猛攻をどこかで繰り広げていると思うんです、すくなくとも自分がそう信じさえすれば!!!!
攻撃のない野球 ~その涙のゆくえ~2018年の夏の甲子園といえば、金農旋風が世を席巻しましたが、農業高校が9人の固定メンバーで県予選から甲子園の決勝まで勝ち進んだことが、川原泉の『甲子園の空に笑え!』とまったく同じだと密かに話題になっていました。偶然って、本当におそろしいですね。まさか、川原泉も自分の描いた嘘でたらめのようなマンガの物語が現実に起ころうとは夢にも思わなかったことでしょう。決勝戦で春も制した優勝候補の大本命に負けてしまうところまで同じですからね。 さて、この季節になると、もともとが涙もろい性格なのに、それにさらに拍車がかかります。今年は春夏ともに甲子園はありませんでしたけど、それでも、地方大会や交流試合の中継をみて涙をこぼしてしまう。それだけでは済まなくて、ネットのニュース記事を読んだだけで泣けてきてしまうから困ったものです。それで、まあ、『甲子園の空に笑え!』を読んだら、これまたボロボロに泣いてしまい、今に至るというわけです。こんなに泣けてしまって、自分ってもしかして何かの病気なのかなって思い立ち、色々と調べはじめるぐらいですからね。悲しくて泣いたことっていうのは、たぶん人生で一度もなくて、何かを美しいと思ったときとか、人の懸命な頑張りの軌跡みたいなものを感じとったときにとにかく弱い。つまり、受け身で泣くということはなくて、自分がそこに何かを見出したときに涙が出るみたいなんです。じゃあ、そこに何を見出したのかといって、球児たちの美しさを見出しましたなんていまさら言えるはずもなく、仕方がないので人が泣くことについて調べてみる。 ふむふむ、近年の心理学的見地では「無力感の認知」と泣くことの関連性が言われているらしい。例えば、人が予期せぬ朗報を受け取った時に泣くのは、表向きには、起こっている事態に対して無力である、影響を与えることができないと感じるためである、と。 閑話休題。 野球というスポーツの特異点は、まず何と言っても攻撃と守備の時間が明確に分かれている点にあると思います。攻撃と守備がまったく無関係に独立している、とまでは言いませんが、ルールの上では無関係に徹している。表と裏と言いますけども、表裏一体なんて言葉もありますけども、野球にかぎっては表裏がたがいに独立している。もっといえば、表と裏をひとつの単位にした回というものも、1回から9回までそれぞれに独立しています。三者凡退の回もあれば、ビッグイニングの回もある。さらにもっといえば、各バッターの打席ごとに独立していますし、ピッチャーの投げる一球ごとに独立しています。こうしたひとつびとつのプレイには全て判定があり、名前が付けられています。ストライク/ボール、アウト/セーフ、三振/四球/死球、犠打/単打/長打/本塁打、盗塁/盗塁刺、刺殺/併殺/失策/捕逸、挙げていけばきりがないですね。もちろん記録に残らないプレイというのもあるにはあるんですけども、基本的には全てのプレイに名前があり、記録として残されます。こうしたプレイのひとつびとつが一回一回を進め、野球という時間をつくっていきます。ここらへんがサッカーやバスケといったスポーツと大きく異なる点で、野球は時間のなかで行われるのではなく、ひとつびとつのプレイが野球という時間をつくってゆく。プロ野球のナイターでは、18時に始まって、24時過ぎに終わった試合まであるそうですからね、なんと6時間! ちなみに最短は55分だそうです、短! ちょっと話が逸れましたが、野球というスポーツは、ひとつびとつのプレイ、ひとつびとつに名前があって、それぞれに独立しているプレイのひとつびとつが時間をつくってゆく、尚且つ、それらは記録として残される。良い記録も、悪い記録も、勝敗を分ける点数に結びつく記録も、結びつかない記録も、それぞれに独立していて、それら全てに名前があり、記録として残されるのです。 これは野球にかぎった話ではありませんが、よく失敗を挽回するなんてことが言われます。でも、どんなに次の機会に頑張ったとしても、失敗は失敗としてそこにあるわけで、あったことを無かったことにはできません。失敗は失敗としてあり、挽回は挽回としてあり、それらは表裏一体のような体をなしておらず、あくまでも、それぞれに無関係に独立していると思います。こういった考えは残酷と思われるかもしれませんが、あったことを無かったことにできるというのなら、その逆もまた然りというわけで、成功もまた失敗によって無かったことになってしまう。そんなことが許されますか、めっちゃ頑張っていい球を投げられるようになったのに、たった一球の失投をホームランにされて、それまでの好投は無かったことになる、そんなことが許されてたまるもんですか。でも、試合は試合ですし、相手だってこの一球を逃さないための練習を重ねてきていたからのホームランです。 コロナで春のセンバツが中止になったとき、頻りに救済案ということが言われました。結果として春夏ともに甲子園大会は中止になりましたけど、仮になにか救済案があったとして、それでもセンバツを戦えなかった選手たちの無念は残ると思うんです。救済は救済としてあるかもしれない、でも、それは選手たちの無念とは無関係にすれ違ったままだと思うんです。数学ではマイナス1にプラス1をすれば0になりますけど、人の心はそんなふうにはできていなくて、マイナス1も、プラス1も、ともにそこに変わらずにあり続けると思うんです。 ある意味でこのことは、いっぽうからしてみれば、もういっぽうに影響を及ぼすことができない「無力感の認知」ということにもなり得ます。とくに攻撃と守備が相互に独立している野球というスポーツにおいて、この「無力感の認知」はよりいっそう顕在化されると思います。夏の甲子園の球史に深く刻まれた一試合に「日本文理の夏はまだ終わらない」でよく知られる、中京大中京vs日本文理の決勝戦があります。10-4と大差をつけられた日本文理が9回裏二死から怒涛の追い上げで1点差まで詰め寄ったところで、最後の快音が三塁手のグローブに吸い込まれて終わるのですが、負けた日本文理は負けたのに晴れやかな顔をしていて、勝った中京が悲愴な顔をしている。しかも、優勝インタビューを受けた四番でピッチャーの堂林が帽子で顔を隠して泣いているんです、ほんとうに情けなくて悔しいです、と。このことを書きながら自分もまた泣いてしまっているんですけど、この試合で堂林はホームランを含めた三安打で得点のほとんどに絡んでいるのにもかかわらず、9回裏の情けない自分を悔いて泣いているんです。しかも、10点をとられて負けた日本文理のピッチャーの伊藤、9回裏二死が続いて、なんということか偶然にも彼の打席で満塁となり、三遊間を破るヒットで走者を二人還して二点差まで詰め寄ります。このとき、二塁まで到達した伊藤のガッツポーズもまた忘れられない、さらに次の代打のヒットで伊藤はホームベースを踏んでついに一点差まで! また、このことを書きながらボロボロに泣いてしまっているんですけど。 そして、広岡監督の率いる豆の木高校は守備のチームです。というのも、赴任してきた広岡先生はドライでクールな生物の教師として、何故かやりたくもない野球部の監督を押し付けられ、そもそも汗と涙の高校野球なんてキモチワルイとすら思っている。それで、まあ、ストレス発散にノックで生徒たちをいびっていたら、いつのまにかチームの守備力が向上していたという能天気ぶりなんですけど、そんなドライでクールな広岡先生が不純な動機とは無関係にいつのまにか高校野球にのめりこんでいくんですよ。 守備だけをひたすら鍛えたチームですから、点なんかとれやしない。広岡監督は選手たちに言います「うちのとりえは守備だけなんだから、たとえこっちが0点でも、相手に一点もやらなけりゃ、少なくとも負けることはないのさ」そして、自分自身にも心の中で言うのです「そーだ、守るんだ、それしか生きる道はない」。となれば、攻撃はもはや神頼みしかない、祈ることしかできないわけです。まさに自分たちの守備に誇りを抱いて、人事を尽くして天命を待つですよ。 ところで、甲子園交流試合の鶴岡東5-3日本航空石川では、5-3の9回裏、追いかける航空石川が2アウト1・2塁と逆転のチャンスをつくって、勝利目前の鶴岡東は最後の打者を打ちとったと思ったんですが、それまで投手のピンチを何度も救ってきた遊撃手がエラーしてしまい、満塁の大ピンチを招いてしまいます。結果としては次のセカンドの好守備に助けられて鶴岡東が逃げ切ったんですけど、自分があの遊撃手なら高校最後のエラーを忘れられないと思うんです。だからといって高校最後の試合を勝利でおさめたことが消えてなくなるわけでもない。どちらとも、ともに、それぞれに無関係に独立にして、そこにあり続けると思うんです。 それはちょうど、恋人にフラれてしまっても、かつて恋人と過ごしたきらきらした日々が消えてなくなることのないように、いつか見た川のせせらぎのきらきらが消えてなくなることのないように、全てのあったことは、ネガティブなことでも、ポジティブなことでも、どちらでもないことでも、あったこととして、そこに変わらずにあり続けると思うんです。自分さえそう信じていれば。 思えば、人生なんてどんな人でも負け戦だと思います。あの清原が見事に体現してくれているように、裕福な家に生まれようが生まれまいが、才能があろうがなかろうが、努力で這い上がろうが這い上がるまいが、多かれ少なかれどんな人生もひとしく負け戦だと思います。攻撃のない野球みたいなものです。誰も彼もボコスカに打たれまくって肩で息をしているピッチャーみたいなものだと思います。攻撃のない野球ですから、どんなに上手く守ってもゼロ、最高のパフォーマンスを発揮してもゼロ、ゼロじゃあ試合には勝てません。たぶん、生きるということは大洪水の川のなかにいるのにひとしくて、流されないように辛抱するのがせいぜいで、進むことなんてできやしない。でも、それでも、と信じさえすれば、守備とは無関係のどこかできっと攻撃が繰り広げられていると思うんです。どんなに清原が落ちぶれようとも、かつて清原が打ったホームランは消えてなくならないように、かつて清原が日本シリーズで流した涙がぜったいに消えてなくならないように。 豆の木高校の豆っ子たちが点をとれなくてもあの手この手で(自分たちの手には負えないやり方で、でも、守備だけは懸命に頑張った!)決勝まで勝ち進んだように、今日もどこかで日本文理の終わらない夏が9回裏の奇跡のような猛攻をどこかで繰り広げていると思うんです、すくなくとも自分がそう信じさえすれば!!!!
ドカベン プロ野球編
じつは滅法おもしろいプロ野球編!数あるドカベンシリーズのなかでも、亜流なのかもしれないですが、地味に好きなのがプロ野球編です。まず、ドラフトからいって滅法おもしろい。巨人とホークスを除いた10球団が、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、と山田を一位指名して、岩鬼が学校のグラウンドでラジオを聞きながら怒っているという。たしか、岩鬼はノックをしながらで、一年か二年の誰かが受けているんですけど、全部かっ飛ばしちゃって、これじゃあ練習にならないですよーとか言われている。とても印象的な始まりでした。そんな岩鬼は、巨人とダイエーから一位指名を受け、気持ちは巨人の長嶋監督だったけれど、ホークスの王監督が当たりくじを引く。岩鬼は涙ぐみながら、これも勝負の定めとか何とかそれっぽいことを言ってホークス入りを決める。外れ一位戦線では山田のライバルたちが次々と指名される。 日ハム→不知火 横浜→土門 中日→影丸 ヤクルト→中 近鉄→坂田 阪神→武蔵 広島→犬神 本格派の好投手を獲ってしっかり育てているイメージのある日ハムが不知火を指名しているのが、いかにもって感じです。こうしてみると、みんなけっこうハマっているような気がします。坂田なんかは地元球団ですしね。 そして、里中が三位で千葉ロッテ、微笑が三位で巨人。五位でオリックスがピアノの道に進む殿馬を強行指名と続きます。 肝心の山田は西武ライオンズ。これは清原から直に打診があったそうなんですね。俺はドカベンから四番バッターの心得を学んだんだ、と。だから、ぜひとも続きを描いてほしい、と。まあ、清原が言うんじゃ仕方ないというわけで、山田は清原が在籍していた西武に入団することになります。ちなみに殿馬のオリックス入りはイチローが頼みこんだみたいですね、ぜひとも殿馬とプレイしたい、と。これはもうナイスアシストとしか言いようがないですね、ここに夢の1・2番が誕生するわけですから。 そんなこんなでプロ野球編がはじまるわけですが、捕手を主役に置いたドカベンの特異な構造が高校のときよりもふんだんに生かされていると思います。これこそがプロ野球編ひいてはドカベンの醍醐味だと思うのですが、本来なら主役におさまるべき投手を主役にせず、あえて捕手を主役にすることで、かえって個性豊かな投手たちをライバルとして描けることになるのです。そればかりではなく、プロ野球編では、山田が受ける投手がもはや里中だけじゃない。何なら里中は高校時代にはなかったスカイフォークを引っさげて山田のライバルとして立ち塞がり、山田は、渡辺久信(ナベQ)、松坂大輔、犬飼知三郎、蔵獅子丸らを巧みにリードしていきます。対ホークス戦では、岩鬼の打席で、大先輩のナベQに対してど真ん中の直球を要求して、マジかよ、なんて言わせるわけですから、これが面白くないわけがないんです。 プロでも山田殺しのワンポイント・リリーバーが大勢現れます。なかでも印象深かったのは、牛虎というピッチャーですね。のらりくらりとした牛のようなフォームから、星野信之ばりのスローカーブと直球を投げ分ける投手で、90キロのスローカーブを見せられたあとの直球に山田は金縛りにあう。しかも、スピードガンには150キロの表示が。まさに牛虎という名を体現した投手でした。 そんなこんなで投手はむしろ、贅沢なことにも有り余ってきたような感じになり、坂田や犬神を野手としても活躍させたりしています。坂田はわかるとしても、犬神の野手転向は渋かったですね。あくまでも、どっちもできるユーティリティープレーヤーみたいな感じでしたけど、一時期はカープの四番打っていましたからね。 時代が進むごとに野手でもオリジナル・キャラクターが増えてきます。いちばん最初は、里中とバッテリーを組むことになる瓢箪だったでしょうか。里中のスカイフォークを捕球できるのが一緒に特訓をした瓢箪だけだったので、里中とともに一軍登録になり、ロッテの守護神バッテリーとして活躍します。のちに山田とバッテリー組むことになる蔵獅子丸も、当初は野手として登場しました。清原の抜けた四番に山田を押しのいて座るんですけれど、まあ、高飛車な選手で山田をコケにしまくる。背番号は440(ししまる)、もうこれだけで勝ちのキャラクターです。でも、じつは変化球がまったく打てないことが判明して、いつのまにか投手として山田のいい相棒になっていましたね。イチローの後釜として、オリックスに入団した不吉霊三郎なんてのもいました。名前のごとく、対戦相手に怪我とかイレギュラーとか不吉なことが起こりまくるというドカベン史上もっとも意味不明なキャラクターでしたけれど、まあ、トリッキーの殿馬との相性はバッチリでした。 岩鬼がバント等の小技に目覚めるなんて年もありました。お客さんからの野次が秀逸で「何でもありじゃあスーパースターじゃなくて、スーパーマーケットだろうが!」とか言われていましたね。大笑いしたのを憶えています。 最後まで名前の出てこなかったことからお察しいただけるように、微笑をいかに活躍させるか、みたいなところもひとつの見所ですね。 シリーズの中では、つまらないと言われがちなプロ野球編ですが、いやあ、滅法おもしろい! ドカベンならではの良さがいちばん出ているのがプロ野球編だと思います!
じつは滅法おもしろいプロ野球編!数あるドカベンシリーズのなかでも、亜流なのかもしれないですが、地味に好きなのがプロ野球編です。まず、ドラフトからいって滅法おもしろい。巨人とホークスを除いた10球団が、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、と山田を一位指名して、岩鬼が学校のグラウンドでラジオを聞きながら怒っているという。たしか、岩鬼はノックをしながらで、一年か二年の誰かが受けているんですけど、全部かっ飛ばしちゃって、これじゃあ練習にならないですよーとか言われている。とても印象的な始まりでした。そんな岩鬼は、巨人とダイエーから一位指名を受け、気持ちは巨人の長嶋監督だったけれど、ホークスの王監督が当たりくじを引く。岩鬼は涙ぐみながら、これも勝負の定めとか何とかそれっぽいことを言ってホークス入りを決める。外れ一位戦線では山田のライバルたちが次々と指名される。 日ハム→不知火 横浜→土門 中日→影丸 ヤクルト→中 近鉄→坂田 阪神→武蔵 広島→犬神 本格派の好投手を獲ってしっかり育てているイメージのある日ハムが不知火を指名しているのが、いかにもって感じです。こうしてみると、みんなけっこうハマっているような気がします。坂田なんかは地元球団ですしね。 そして、里中が三位で千葉ロッテ、微笑が三位で巨人。五位でオリックスがピアノの道に進む殿馬を強行指名と続きます。 肝心の山田は西武ライオンズ。これは清原から直に打診があったそうなんですね。俺はドカベンから四番バッターの心得を学んだんだ、と。だから、ぜひとも続きを描いてほしい、と。まあ、清原が言うんじゃ仕方ないというわけで、山田は清原が在籍していた西武に入団することになります。ちなみに殿馬のオリックス入りはイチローが頼みこんだみたいですね、ぜひとも殿馬とプレイしたい、と。これはもうナイスアシストとしか言いようがないですね、ここに夢の1・2番が誕生するわけですから。 そんなこんなでプロ野球編がはじまるわけですが、捕手を主役に置いたドカベンの特異な構造が高校のときよりもふんだんに生かされていると思います。これこそがプロ野球編ひいてはドカベンの醍醐味だと思うのですが、本来なら主役におさまるべき投手を主役にせず、あえて捕手を主役にすることで、かえって個性豊かな投手たちをライバルとして描けることになるのです。そればかりではなく、プロ野球編では、山田が受ける投手がもはや里中だけじゃない。何なら里中は高校時代にはなかったスカイフォークを引っさげて山田のライバルとして立ち塞がり、山田は、渡辺久信(ナベQ)、松坂大輔、犬飼知三郎、蔵獅子丸らを巧みにリードしていきます。対ホークス戦では、岩鬼の打席で、大先輩のナベQに対してど真ん中の直球を要求して、マジかよ、なんて言わせるわけですから、これが面白くないわけがないんです。 プロでも山田殺しのワンポイント・リリーバーが大勢現れます。なかでも印象深かったのは、牛虎というピッチャーですね。のらりくらりとした牛のようなフォームから、星野信之ばりのスローカーブと直球を投げ分ける投手で、90キロのスローカーブを見せられたあとの直球に山田は金縛りにあう。しかも、スピードガンには150キロの表示が。まさに牛虎という名を体現した投手でした。 そんなこんなで投手はむしろ、贅沢なことにも有り余ってきたような感じになり、坂田や犬神を野手としても活躍させたりしています。坂田はわかるとしても、犬神の野手転向は渋かったですね。あくまでも、どっちもできるユーティリティープレーヤーみたいな感じでしたけど、一時期はカープの四番打っていましたからね。 時代が進むごとに野手でもオリジナル・キャラクターが増えてきます。いちばん最初は、里中とバッテリーを組むことになる瓢箪だったでしょうか。里中のスカイフォークを捕球できるのが一緒に特訓をした瓢箪だけだったので、里中とともに一軍登録になり、ロッテの守護神バッテリーとして活躍します。のちに山田とバッテリー組むことになる蔵獅子丸も、当初は野手として登場しました。清原の抜けた四番に山田を押しのいて座るんですけれど、まあ、高飛車な選手で山田をコケにしまくる。背番号は440(ししまる)、もうこれだけで勝ちのキャラクターです。でも、じつは変化球がまったく打てないことが判明して、いつのまにか投手として山田のいい相棒になっていましたね。イチローの後釜として、オリックスに入団した不吉霊三郎なんてのもいました。名前のごとく、対戦相手に怪我とかイレギュラーとか不吉なことが起こりまくるというドカベン史上もっとも意味不明なキャラクターでしたけれど、まあ、トリッキーの殿馬との相性はバッチリでした。 岩鬼がバント等の小技に目覚めるなんて年もありました。お客さんからの野次が秀逸で「何でもありじゃあスーパースターじゃなくて、スーパーマーケットだろうが!」とか言われていましたね。大笑いしたのを憶えています。 最後まで名前の出てこなかったことからお察しいただけるように、微笑をいかに活躍させるか、みたいなところもひとつの見所ですね。 シリーズの中では、つまらないと言われがちなプロ野球編ですが、いやあ、滅法おもしろい! ドカベンならではの良さがいちばん出ているのがプロ野球編だと思います!
歩くひと
トーンの魔術師『歩くひと』完全版の発売にともない、その一話の『よしずを買って』が暑い季節がらもあって大変話題になっています。喜ばしいことです。『歩くひと』ひいては『よしずを買って』は、谷口ジローの数ある作品のなかでも、もっとも谷口ジローらしいというか、彼の真骨頂が発揮されている一作だと思います。 サイレント映画ならぬ、サイレント漫画とも言うべき、台詞の一切ない『よしずを買って』は、いかにも谷口ジローらしい。もともと谷口ジローの描く作中人物はどちらかといえば寡黙な人物が多い。お茶の間にもっとも迎えられた『孤独のグルメ』の井之頭五郎を筆頭に、いちばんコンビを組んだ狩撫麻礼の作中人物もザ・寡黙という人ばかりです。あるいは『坊っちゃんの時代』の夏目漱石にしても寡黙な人として描かれ、漱石が語るのはなく、漱石が世相を"見る"ことで物語が運ばれてゆきます。 そう、夏目漱石の代表作といえば『吾輩は猫である』ですが、これにも全く同じことがいえて、猫は喋れませんから、猫が世相を観察することで小説が持続してゆきます。この漱石の猫をもっと健気にやってみせたのが、大島弓子の『綿の国星』になると思います。 このことは谷口ジローの作風にとても深く関係していると思います。このことから、漫画家でありながら、原作を置くことをまるで躊躇わない谷口ジローの立場というものが明らかになると思います。ふつう、作者心理としては、イチから全部みずからの手で作りたいという想いがあると思うのですが、谷口ジローにはあんまりそういうところがない。たとえば、黒田硫黄や、最近では田島列島なんかは映画作りの側から漫画に流れてきた人です。彼らは他人との共同作業ができなくて、全部みずからの手でやらなければ気が済まなかったんですね。 なるほど、映画作りは分業制です。とくに映画産業がもっとも盛んだった1920年代から40年代ぐらいの映画監督は往々に職業監督と言われ、つまりは映画会社お抱えのサラリーマン監督として、会社が求める映画をその通りに撮っていました。当時の映画監督はどっかの知らない脚本家が書いた脚本をその通りに忠実に撮っていたのです。たとえば西部劇でよく知られるジョン・フォードという人がそうで、それこそ会社の要請で馬車馬のように西部劇を撮りまくり、100本以上の映画を監督しています。現代の優れた映画人の代表のように言われるクエンティン・タランティーノですら10本そこらしか監督していないのですから、この本数の差はあまりにも如実というほかありません。では、当時の映画監督が手抜きで質の悪い映画を量産していたのかといえば、必ずしもそうではない。これは私見ですが、ジョン・フォードの任意の1本は、タランティーノの10本を束にしても勝てないと思います。それほどまでにジョン・フォードの映画は美しい。そして、その美しさは谷口ジローの美しさにもよく似ていると思うのです。 職業監督とはいっても、腐っても映画監督です。どっかの誰かの脚本をその通り忠実に撮るとはいっても、その撮影現場でカメラが何を映すのかは監督に委ねられています。そういう意味で、職業監督は喋ることのできない猫によく似ている。語ることはできないけれど、カメラの目で映すことはできる。そう、たとえば、脚本にはそんなことが一切書かれていなくても、撮影現場に煌めいている木漏れ日の光や影を映すことはできるのです。 谷口ジローの仕事も、まさしく彼の目に見えたものを丹念に描き映すことに捧げられています。彼が一番影響を受けたと語っているメビウス(=ジャン・ジロー)は、メビウス名義で自由で独創的な作風のものを描き、ジャン・ジロー名義では40年間『ブルーベリー』という硬派な西部劇を描き続けました。ひとつのジャンルにあえて固執し続けるということは、自ら拘束着を身にまとい、寡黙に徹することにひとしいでしょう。メビウスに影響を受けたという漫画家が多いなかで、谷口ジローは『ブルーベリー』のジャン・ジローに影響を受けたという数少ないひとりでした。おそらく、語ることよりも見ることに自身の芸術性の発露を感じるジョン・フォードや、ジャン・ジローや、谷口ジローのような作家は、環境が不自由であるほうがむしろ都合が良いということがあるのではないでしょうか。たとえば、散歩をしていて、頭のなかであれこれと考え事をしているときは、周囲の風景が目に入ってこないものです。同じように語ることと見ることは同居が難しいのではないでしょうか。 ところで、『よしずを買って』は、夏の陽射しをトーンで見事に描き映していますよね。トーンの魔術師とは、『絶対安全剃刀』で世にでた高野文子に当てられた言葉ですが、谷口ジローのトーンもじつに素晴らしい。高野文子は何から何まで全部自分でやらなければ気が済まないほうのタイプだと思いますが、やはり、まずテーマがある。よし、ここはひとつトーンを使って漫画に革命を起こそうじゃないか、そういう気概でもって漫画を描いて、しかも、いちど称されたテーマをその一回限りで暴力的に使い果たしてしまう。同じトーン使いの極致とはいっても、谷口と高野ではアプローチの仕方がちがいます。谷口には良い意味でも悪い意味でも発端となる語りのテーマがなくて、丹念に夏の陽射しを描き映した結果があのような見事なトーンとして表現されているように思えるのです。 いま、谷口ジローの境地に近い存在として、『ちーちゃんはちょっと足りない』の阿部共実がいると思います。連載中の『潮が舞い子が舞い』は、寡黙というよりは、むしろ、コマを台詞で埋め尽くしていくのですが、これが逆説的に寡黙のような作用をしているのです。そして時折、たとえば谷口や高野のような素晴らしいトーン描写が挿入される。なんだか話がだいぶ逸れてしまったので、この辺りで切り上げたいと思います。
トーンの魔術師『歩くひと』完全版の発売にともない、その一話の『よしずを買って』が暑い季節がらもあって大変話題になっています。喜ばしいことです。『歩くひと』ひいては『よしずを買って』は、谷口ジローの数ある作品のなかでも、もっとも谷口ジローらしいというか、彼の真骨頂が発揮されている一作だと思います。 サイレント映画ならぬ、サイレント漫画とも言うべき、台詞の一切ない『よしずを買って』は、いかにも谷口ジローらしい。もともと谷口ジローの描く作中人物はどちらかといえば寡黙な人物が多い。お茶の間にもっとも迎えられた『孤独のグルメ』の井之頭五郎を筆頭に、いちばんコンビを組んだ狩撫麻礼の作中人物もザ・寡黙という人ばかりです。あるいは『坊っちゃんの時代』の夏目漱石にしても寡黙な人として描かれ、漱石が語るのはなく、漱石が世相を"見る"ことで物語が運ばれてゆきます。 そう、夏目漱石の代表作といえば『吾輩は猫である』ですが、これにも全く同じことがいえて、猫は喋れませんから、猫が世相を観察することで小説が持続してゆきます。この漱石の猫をもっと健気にやってみせたのが、大島弓子の『綿の国星』になると思います。 このことは谷口ジローの作風にとても深く関係していると思います。このことから、漫画家でありながら、原作を置くことをまるで躊躇わない谷口ジローの立場というものが明らかになると思います。ふつう、作者心理としては、イチから全部みずからの手で作りたいという想いがあると思うのですが、谷口ジローにはあんまりそういうところがない。たとえば、黒田硫黄や、最近では田島列島なんかは映画作りの側から漫画に流れてきた人です。彼らは他人との共同作業ができなくて、全部みずからの手でやらなければ気が済まなかったんですね。 なるほど、映画作りは分業制です。とくに映画産業がもっとも盛んだった1920年代から40年代ぐらいの映画監督は往々に職業監督と言われ、つまりは映画会社お抱えのサラリーマン監督として、会社が求める映画をその通りに撮っていました。当時の映画監督はどっかの知らない脚本家が書いた脚本をその通りに忠実に撮っていたのです。たとえば西部劇でよく知られるジョン・フォードという人がそうで、それこそ会社の要請で馬車馬のように西部劇を撮りまくり、100本以上の映画を監督しています。現代の優れた映画人の代表のように言われるクエンティン・タランティーノですら10本そこらしか監督していないのですから、この本数の差はあまりにも如実というほかありません。では、当時の映画監督が手抜きで質の悪い映画を量産していたのかといえば、必ずしもそうではない。これは私見ですが、ジョン・フォードの任意の1本は、タランティーノの10本を束にしても勝てないと思います。それほどまでにジョン・フォードの映画は美しい。そして、その美しさは谷口ジローの美しさにもよく似ていると思うのです。 職業監督とはいっても、腐っても映画監督です。どっかの誰かの脚本をその通り忠実に撮るとはいっても、その撮影現場でカメラが何を映すのかは監督に委ねられています。そういう意味で、職業監督は喋ることのできない猫によく似ている。語ることはできないけれど、カメラの目で映すことはできる。そう、たとえば、脚本にはそんなことが一切書かれていなくても、撮影現場に煌めいている木漏れ日の光や影を映すことはできるのです。 谷口ジローの仕事も、まさしく彼の目に見えたものを丹念に描き映すことに捧げられています。彼が一番影響を受けたと語っているメビウス(=ジャン・ジロー)は、メビウス名義で自由で独創的な作風のものを描き、ジャン・ジロー名義では40年間『ブルーベリー』という硬派な西部劇を描き続けました。ひとつのジャンルにあえて固執し続けるということは、自ら拘束着を身にまとい、寡黙に徹することにひとしいでしょう。メビウスに影響を受けたという漫画家が多いなかで、谷口ジローは『ブルーベリー』のジャン・ジローに影響を受けたという数少ないひとりでした。おそらく、語ることよりも見ることに自身の芸術性の発露を感じるジョン・フォードや、ジャン・ジローや、谷口ジローのような作家は、環境が不自由であるほうがむしろ都合が良いということがあるのではないでしょうか。たとえば、散歩をしていて、頭のなかであれこれと考え事をしているときは、周囲の風景が目に入ってこないものです。同じように語ることと見ることは同居が難しいのではないでしょうか。 ところで、『よしずを買って』は、夏の陽射しをトーンで見事に描き映していますよね。トーンの魔術師とは、『絶対安全剃刀』で世にでた高野文子に当てられた言葉ですが、谷口ジローのトーンもじつに素晴らしい。高野文子は何から何まで全部自分でやらなければ気が済まないほうのタイプだと思いますが、やはり、まずテーマがある。よし、ここはひとつトーンを使って漫画に革命を起こそうじゃないか、そういう気概でもって漫画を描いて、しかも、いちど称されたテーマをその一回限りで暴力的に使い果たしてしまう。同じトーン使いの極致とはいっても、谷口と高野ではアプローチの仕方がちがいます。谷口には良い意味でも悪い意味でも発端となる語りのテーマがなくて、丹念に夏の陽射しを描き映した結果があのような見事なトーンとして表現されているように思えるのです。 いま、谷口ジローの境地に近い存在として、『ちーちゃんはちょっと足りない』の阿部共実がいると思います。連載中の『潮が舞い子が舞い』は、寡黙というよりは、むしろ、コマを台詞で埋め尽くしていくのですが、これが逆説的に寡黙のような作用をしているのです。そして時折、たとえば谷口や高野のような素晴らしいトーン描写が挿入される。なんだか話がだいぶ逸れてしまったので、この辺りで切り上げたいと思います。
おーなり由子作品集
りぼんのヘンテコ三人衆あるいは、坂口尚の兄妹としてなが~い梅雨がようやく明けましたね。 7月の31日になってようやく晴れるなんて、今年の夏は、夏休みの最終日になって慌てて宿題をやり始める小学生なんですか。まったくもう、夏の夏休みはもうこれでお終いですからね、これからはちゃんと毎日登校してもらいますからね。これでようやく私たちの夏休みが始まるってもんですよ。夏さんとはちがって、毎日ちょっとずつ「夏の友」は進めるし、日記だって書きます。私は勤勉なんです。それに私は好きなんです、夏休みの終わりが近づいてくる頃に、夏の友のページのめくられる感触がぱらぱらと心地よくなるのが。 さてさて、梅雨明けといえば、おーなり由子の『六月歯医者』という漫画を思い出します。毎年、梅雨になると、カビの生えた乳歯を抜きに怪しい訪問歯医者さんがやってくるというお話です。これがほんとうに素晴らしくて、毎年のことですが、今年もうるうると涙ぐんでしまいました。 りぼんのヘンテコ三人衆といえば、さくらももこ、岡田あーみん、おーなり由子ですが、笑いの岡田、叙情のおーなり、そして、この二人のあいだを行き来したのがさくらでした。特にさくらのおーなり由子からの影響は計り知れず、さくらの初期の絵柄はかなりおーなり由子に似ています。さくらの『ほのぼの劇場』なんかは、ほとんどおーなり由子への私信なんじゃないかと思うくらいです。じっさい、誌面で出会った二人はのちに大親友になったそうです(ちなみにさくらは岡田とも仲が良かった)。大きな画用紙の上に二人で寝転がって、絵を合作したという微笑ましいエピソードもあったりします。 りぼん出身でありながら、気質的には完全にガロだったさくらももこと同じく、おーなり由子も気質的にはガロの系譜を受け継いでいると思います。『六月歯医者』なんかは、つげ義春の『紅い花』へのオマージュと言ってもおかしくないぐらいです。でも、おーなり由子が漫画界で誰の兄妹にあたるかといえば、それはもう坂口尚と言わざるを得ません。 夭折の天才、坂口尚の詩情が、おーなり由子を経由して、国民的アニメの『ちびまる子ちゃん』にも息づいているとするなら、こんなに喜ばしいことはないと思います。
りぼんのヘンテコ三人衆あるいは、坂口尚の兄妹としてなが~い梅雨がようやく明けましたね。 7月の31日になってようやく晴れるなんて、今年の夏は、夏休みの最終日になって慌てて宿題をやり始める小学生なんですか。まったくもう、夏の夏休みはもうこれでお終いですからね、これからはちゃんと毎日登校してもらいますからね。これでようやく私たちの夏休みが始まるってもんですよ。夏さんとはちがって、毎日ちょっとずつ「夏の友」は進めるし、日記だって書きます。私は勤勉なんです。それに私は好きなんです、夏休みの終わりが近づいてくる頃に、夏の友のページのめくられる感触がぱらぱらと心地よくなるのが。 さてさて、梅雨明けといえば、おーなり由子の『六月歯医者』という漫画を思い出します。毎年、梅雨になると、カビの生えた乳歯を抜きに怪しい訪問歯医者さんがやってくるというお話です。これがほんとうに素晴らしくて、毎年のことですが、今年もうるうると涙ぐんでしまいました。 りぼんのヘンテコ三人衆といえば、さくらももこ、岡田あーみん、おーなり由子ですが、笑いの岡田、叙情のおーなり、そして、この二人のあいだを行き来したのがさくらでした。特にさくらのおーなり由子からの影響は計り知れず、さくらの初期の絵柄はかなりおーなり由子に似ています。さくらの『ほのぼの劇場』なんかは、ほとんどおーなり由子への私信なんじゃないかと思うくらいです。じっさい、誌面で出会った二人はのちに大親友になったそうです(ちなみにさくらは岡田とも仲が良かった)。大きな画用紙の上に二人で寝転がって、絵を合作したという微笑ましいエピソードもあったりします。 りぼん出身でありながら、気質的には完全にガロだったさくらももこと同じく、おーなり由子も気質的にはガロの系譜を受け継いでいると思います。『六月歯医者』なんかは、つげ義春の『紅い花』へのオマージュと言ってもおかしくないぐらいです。でも、おーなり由子が漫画界で誰の兄妹にあたるかといえば、それはもう坂口尚と言わざるを得ません。 夭折の天才、坂口尚の詩情が、おーなり由子を経由して、国民的アニメの『ちびまる子ちゃん』にも息づいているとするなら、こんなに喜ばしいことはないと思います。
BUYO BUYO
藤原×竹熊×大塚からの「お詫び」藤原カムイの最初期の短編集『BUYO BUYO』には『おいね』という漫画史上類まれな作品が収録されている。1983年発表の本作は、作画に藤原カムイを置き、原作を竹熊健太郎が務め、編集を大塚英志が担当している。つまり、のちに漫画界をあらゆる意味で席巻することになるこの三人が連名で共作しているということがまず類まれである。しかも、藤原と竹熊においては共に誌面でのデビュー作であり、大塚にいたっては大学を出たばかりの新米編集者として本作に携わり、まだ大塚英志の名前すら世には出ておらず、大塚某の名で本作に登場している。 ここでいう連名の共作に、作画の藤原と原作の竹熊の名があがるのは当然として、編集の大塚の名があげられるのは少々お門違いなのではないか、と思われる方がいるかもしれない。なるほど編集とはあくまでも裏方であり、作者の側とは明確に区別されるべき存在だ。ところが、裏方たる編集がどういうわけか漫画の物語に全面的に関与してしまうという点において、この漫画はまた類まれである。 1頁目のタイトルで連続大河ドラマと銘打たれた『おいね』は、たしかに大河ドラマっぽい感じではじまるのだが、どういうわけか、たかだか20頁あまりの尺で宇宙規模の物語にまで大発展する。漫画史上ほかに例を見ない「お詫び」なる制作者側からの謝罪文を合間合間に挟みながら、物語はさらに加速度を増していく。 あくまでも物語を引っぱっているのは、メビウス(=ジャン・ジロー)から多大なる影響を受けた藤原カムイの確信的なペンタッチであり、その裏で制作者側のギャグ?が大真面目にメタフィクション的に展開されるという、まさかの二重構造が『おいね』を漫画史上類まれな作品たらしめている。 おそらく、このアイデアの発起人は竹熊健太郎だと思われるが、何よりも頭が下がるのは、竹熊も彼を天才と称してやまない藤原カムイの作画である。彼は、コマとコマとがそもそも繋がっていないということを熟知しており、とにかくかっこいい絵を並べておけばそれだけで漫画を引っぱっていけるということを確信していたのだ。この発想はいかにもメビウス(=ジャン・ジロー)的だと思われる。のちの藤原のキャリアが作画を中心に展開されるのも大いに頷けることなのである。 竹熊はのちに『おいね』のメタフィクション要素をさらに過激にした『サルでも描けるまんが教室 サルまん』で漫画制作そのものを漫画にしてみせ、藤原と大塚は『アンラッキーヤングメン』で再び共作して、それぞれ時代を代表する作品を残している。 ちなみに『おいね』は竹熊健太郎が主催する電脳マヴォでも読めるようである。http://mavo.takekuma.jp/viewer.php?id=449 必読! と言わざるを得ない。
藤原×竹熊×大塚からの「お詫び」藤原カムイの最初期の短編集『BUYO BUYO』には『おいね』という漫画史上類まれな作品が収録されている。1983年発表の本作は、作画に藤原カムイを置き、原作を竹熊健太郎が務め、編集を大塚英志が担当している。つまり、のちに漫画界をあらゆる意味で席巻することになるこの三人が連名で共作しているということがまず類まれである。しかも、藤原と竹熊においては共に誌面でのデビュー作であり、大塚にいたっては大学を出たばかりの新米編集者として本作に携わり、まだ大塚英志の名前すら世には出ておらず、大塚某の名で本作に登場している。 ここでいう連名の共作に、作画の藤原と原作の竹熊の名があがるのは当然として、編集の大塚の名があげられるのは少々お門違いなのではないか、と思われる方がいるかもしれない。なるほど編集とはあくまでも裏方であり、作者の側とは明確に区別されるべき存在だ。ところが、裏方たる編集がどういうわけか漫画の物語に全面的に関与してしまうという点において、この漫画はまた類まれである。 1頁目のタイトルで連続大河ドラマと銘打たれた『おいね』は、たしかに大河ドラマっぽい感じではじまるのだが、どういうわけか、たかだか20頁あまりの尺で宇宙規模の物語にまで大発展する。漫画史上ほかに例を見ない「お詫び」なる制作者側からの謝罪文を合間合間に挟みながら、物語はさらに加速度を増していく。 あくまでも物語を引っぱっているのは、メビウス(=ジャン・ジロー)から多大なる影響を受けた藤原カムイの確信的なペンタッチであり、その裏で制作者側のギャグ?が大真面目にメタフィクション的に展開されるという、まさかの二重構造が『おいね』を漫画史上類まれな作品たらしめている。 おそらく、このアイデアの発起人は竹熊健太郎だと思われるが、何よりも頭が下がるのは、竹熊も彼を天才と称してやまない藤原カムイの作画である。彼は、コマとコマとがそもそも繋がっていないということを熟知しており、とにかくかっこいい絵を並べておけばそれだけで漫画を引っぱっていけるということを確信していたのだ。この発想はいかにもメビウス(=ジャン・ジロー)的だと思われる。のちの藤原のキャリアが作画を中心に展開されるのも大いに頷けることなのである。 竹熊はのちに『おいね』のメタフィクション要素をさらに過激にした『サルでも描けるまんが教室 サルまん』で漫画制作そのものを漫画にしてみせ、藤原と大塚は『アンラッキーヤングメン』で再び共作して、それぞれ時代を代表する作品を残している。 ちなみに『おいね』は竹熊健太郎が主催する電脳マヴォでも読めるようである。http://mavo.takekuma.jp/viewer.php?id=449 必読! と言わざるを得ない。
家族のそれから
泣虫のピッチャーではなくて、泣虫のお父さん!?ひぐちアサが『おおきく振りかぶって』という大仕事に取り掛かるまえの貴重なラインナップのうちのひとつです。併録はアフタヌーンへの投稿作の『ゆくところ』。そして、表題の『家族のそれから』は初めての連載作になると思います。最初期の作品だけあって、たしかに絵が拙かったり、読みにくいところが見られます。だけど、すでに光り輝いている、完全にひぐちアサなんですね。私はこれを、ある冬の日のスーパー銭湯の休憩所でたまたま読んだんですけど、読み終わって、胸がいっぱいになって、すぐに買いに行きました。 さて、表題の『家族のそれから』は、お母さんがインフルエンザで急死してしまい、遺されたのは高校生の兄妹と父。で、この父というのが結婚したての26歳の義父なんですね。ここにぎこちない共同生活がはじまるわけです。インフルエンザですから、季節は冬から春にかけて。ページをめくるたびに裸木の描写がみられ、さらにそれが徐々に芽吹いてゆくのが物語とは直接関係はなしに丹念に描かれています。そうした隅々に空気感というか魂が宿っています。とくに兄が新聞配達から帰ってくるときの早朝の空気感なんかは言うに謂われぬものがある。 『おおきく振りかぶって』の西浦高校にメントレが導入されてから、練習前の早朝の空気をみんなでイメージしてリラックスする描写がありましたけど、そういう物語とは直接関係はないけれど、不思議と印象に残っているワンシーンは、ひぐちアサの最初期から得意とする描写なんだと思います。 で、物語的には、ぎくしゃくした三人は三人とも胸に抱えるものはありながら、とにかく行動しようとする。若い義父は兄妹の父になろうとして、兄はお荷物にならないために新聞配達のバイトをして、妹は家事に専念する。優しさや強さを見せようと頑張るんです。でも、やっぱり、ぎくしゃくしているし、三人とも胸に抱えるものはあるわけです。このことは『おおきく振りかぶって』にも書きましたけど、つくづく、ひぐちアサという作家は、たとえば、強さと弱さという二律背反っぽいものを背反させるのでもなければ、向かい合わせるのでもなく、ともに前を向いていこうとする。あるいは、強さが弱さを抱いてあげるというのでもない。強さも弱さも単体でそこにあって、それぞれで、ともに前を向いていこうとする。この揺るぎない姿勢にはほんとうに感服します。 ちなみにあとがきにこんなことを買いていました。 「ワタシのマンガはワタシだけのモノですが、読む人は、その人だけのモノを構築するんだぞ~~~と実感しました」
泣虫のピッチャーではなくて、泣虫のお父さん!?ひぐちアサが『おおきく振りかぶって』という大仕事に取り掛かるまえの貴重なラインナップのうちのひとつです。併録はアフタヌーンへの投稿作の『ゆくところ』。そして、表題の『家族のそれから』は初めての連載作になると思います。最初期の作品だけあって、たしかに絵が拙かったり、読みにくいところが見られます。だけど、すでに光り輝いている、完全にひぐちアサなんですね。私はこれを、ある冬の日のスーパー銭湯の休憩所でたまたま読んだんですけど、読み終わって、胸がいっぱいになって、すぐに買いに行きました。 さて、表題の『家族のそれから』は、お母さんがインフルエンザで急死してしまい、遺されたのは高校生の兄妹と父。で、この父というのが結婚したての26歳の義父なんですね。ここにぎこちない共同生活がはじまるわけです。インフルエンザですから、季節は冬から春にかけて。ページをめくるたびに裸木の描写がみられ、さらにそれが徐々に芽吹いてゆくのが物語とは直接関係はなしに丹念に描かれています。そうした隅々に空気感というか魂が宿っています。とくに兄が新聞配達から帰ってくるときの早朝の空気感なんかは言うに謂われぬものがある。 『おおきく振りかぶって』の西浦高校にメントレが導入されてから、練習前の早朝の空気をみんなでイメージしてリラックスする描写がありましたけど、そういう物語とは直接関係はないけれど、不思議と印象に残っているワンシーンは、ひぐちアサの最初期から得意とする描写なんだと思います。 で、物語的には、ぎくしゃくした三人は三人とも胸に抱えるものはありながら、とにかく行動しようとする。若い義父は兄妹の父になろうとして、兄はお荷物にならないために新聞配達のバイトをして、妹は家事に専念する。優しさや強さを見せようと頑張るんです。でも、やっぱり、ぎくしゃくしているし、三人とも胸に抱えるものはあるわけです。このことは『おおきく振りかぶって』にも書きましたけど、つくづく、ひぐちアサという作家は、たとえば、強さと弱さという二律背反っぽいものを背反させるのでもなければ、向かい合わせるのでもなく、ともに前を向いていこうとする。あるいは、強さが弱さを抱いてあげるというのでもない。強さも弱さも単体でそこにあって、それぞれで、ともに前を向いていこうとする。この揺るぎない姿勢にはほんとうに感服します。 ちなみにあとがきにこんなことを買いていました。 「ワタシのマンガはワタシだけのモノですが、読む人は、その人だけのモノを構築するんだぞ~~~と実感しました」
西岸良平名作集
世良田波波さんの漫画がついに世界に羽ばたいた!!めでたい! なんと目出鯛ことでしょう! 世良田波波さんの漫画がついに世界に羽ばたきました! 世良田波波ってだれ? って人は、いますぐツイッターの世良田さんのアカウントまでいって『きみは、ぼくの東京だったな』という14Pの漫画を読みましょう! 読んでいただければ、どうして西岸良平の短編集に、このことを買いているのかが何となくわかっていただけるかと思います。 世良田さんは無名ながらアックスで細々と活動を続けておられて、もう7、8年になるでしょうか。寡作ながらコツコツと息の長い作家さんで、まだ単行本は出ていません。おそらく今回の件をきっかけに、まずはアックスへの仁義を立てて、青林工藝舎から過去作を集めた初の短編集がでるような気がします。そのあとは、やっぱりトーチでしょうか。まあ、筋金入りの寡作家なので、また沈黙してしまうかもしれません。でも、とにかく、こんなに目出鯛ことはありません。 久しぶりに世良田さんの漫画を読んだら、西岸良平の漫画を思い出しました。比較的最近では『岡崎に捧ぐ』の山本さほなどもそうですが、極端にデフォルメ化された人物が特徴的ですよね。そして特に世良田さんと西岸を結びつけるのは背景への眼差しだと思います。背景への優しい眼差しがあるような気がするんです。お二人とも、背景を人物と同程度に描き込む。背景と人物のタッチがまったく同じなんです。それ故に人物は背景に溶け込んで、背景はただ背景にとどまらず、パースや遠近感を捨てて、コマの平面上に殺到しようとしてくる。背景が後方に逃げていくのではなくて、コマの前面にわらわらと押し寄せてくるのです。語弊を恐れずに言えば、小学生の夏休みの宿題の絵のような気合いの入り様とでも言いますか、おもちゃ箱をひっくり返したようなゴチャゴチャした手触り感覚を平面であるところの漫画に憶えるんですね。これは凄いことだと思います。 今回、世良田さんの短編が深い共感を呼んでいるのは、この背景への優しい眼差しがあるからなのかもしれません。だって、この背景の街々は、私たちが暮らしている街でもあるんですから。あるいは西岸良平の背景に感じる郷愁もそうです。みんな、いっせいに盛り上がれ! このコマの前面に!
世良田波波さんの漫画がついに世界に羽ばたいた!!めでたい! なんと目出鯛ことでしょう! 世良田波波さんの漫画がついに世界に羽ばたきました! 世良田波波ってだれ? って人は、いますぐツイッターの世良田さんのアカウントまでいって『きみは、ぼくの東京だったな』という14Pの漫画を読みましょう! 読んでいただければ、どうして西岸良平の短編集に、このことを買いているのかが何となくわかっていただけるかと思います。 世良田さんは無名ながらアックスで細々と活動を続けておられて、もう7、8年になるでしょうか。寡作ながらコツコツと息の長い作家さんで、まだ単行本は出ていません。おそらく今回の件をきっかけに、まずはアックスへの仁義を立てて、青林工藝舎から過去作を集めた初の短編集がでるような気がします。そのあとは、やっぱりトーチでしょうか。まあ、筋金入りの寡作家なので、また沈黙してしまうかもしれません。でも、とにかく、こんなに目出鯛ことはありません。 久しぶりに世良田さんの漫画を読んだら、西岸良平の漫画を思い出しました。比較的最近では『岡崎に捧ぐ』の山本さほなどもそうですが、極端にデフォルメ化された人物が特徴的ですよね。そして特に世良田さんと西岸を結びつけるのは背景への眼差しだと思います。背景への優しい眼差しがあるような気がするんです。お二人とも、背景を人物と同程度に描き込む。背景と人物のタッチがまったく同じなんです。それ故に人物は背景に溶け込んで、背景はただ背景にとどまらず、パースや遠近感を捨てて、コマの平面上に殺到しようとしてくる。背景が後方に逃げていくのではなくて、コマの前面にわらわらと押し寄せてくるのです。語弊を恐れずに言えば、小学生の夏休みの宿題の絵のような気合いの入り様とでも言いますか、おもちゃ箱をひっくり返したようなゴチャゴチャした手触り感覚を平面であるところの漫画に憶えるんですね。これは凄いことだと思います。 今回、世良田さんの短編が深い共感を呼んでいるのは、この背景への優しい眼差しがあるからなのかもしれません。だって、この背景の街々は、私たちが暮らしている街でもあるんですから。あるいは西岸良平の背景に感じる郷愁もそうです。みんな、いっせいに盛り上がれ! このコマの前面に!
殻都市の夢
泡のような愛の物語集 ~その愛は祈りだね~舞台は近未来の都市か、もしくは、誰からも忘れ去られた過去の都市か。 この外殻都市は、都市の上に都市を重ねる形で成長を続けている。いったい、いつ造られたのかさえ定かではない。下部階層の劣化は激しく、このグラスを伏せたような形の殻構造がなければ、上部階層の安定はおぼつかない。いや、古い下部階層では、その殻構造の強度さえ低下している。 白を基調としたコマに、淡々として、きわめて抑制的なモノローグをそえて展開される七つの愛の物語。それは愛の物語であり、同時に、消えていってしまうものへの祈りの物語でもあると思う。 愛は、その形を定義づけた瞬間にも、泡のように、古くなって崩落する殻都市の一部のように、たちまち立ち消えてしまう。その一瞬一瞬を描くことに注がれた『殻都市の夢』には、痛々しい描写こそ数あれども、そこには不思議と慈しみの表情がある。それは消えていってしまうものへの祈りの態度であると思う。愛が、泡のように、古くなって崩落する殻都市の一部のように消えてしまっても、そこに愛があったことは永遠に変えられない。もはや触れることができず、干渉することができず、だからこそ永遠に不変のかつてそこにあった愛。それは消えてしまうのではなく、そこにずっと在り続ける、私たちが祈ることさえ忘れなければ。 川の水の流れるように、つぎつぎと積み重なる殻都市、あるいは私たちの記憶。その絶え間のない流れは、目に触れた先から流れ去っていってしまう。でも、いつかの川のせせらぎが陽光をきらきら反射させていたのを私はいまも憶えている。見せておきたい景色が、ひとつ、ふたつ、と募ってゆく。それをいつか誰かに話し聞かせたいと思っている、祈りのように。そして、モノローグはようやくセリフへと変わる。 これから話すのは いつか存在した 今では存在すら忘れられた都市 ひたすら上へ上へと積みあがっていった都市 目的もわからず 理由も定かではなく その行為に没頭した都市 そんな 都市の抱いた 夢の残滓の こと そんな 人々の 物語
泡のような愛の物語集 ~その愛は祈りだね~舞台は近未来の都市か、もしくは、誰からも忘れ去られた過去の都市か。 この外殻都市は、都市の上に都市を重ねる形で成長を続けている。いったい、いつ造られたのかさえ定かではない。下部階層の劣化は激しく、このグラスを伏せたような形の殻構造がなければ、上部階層の安定はおぼつかない。いや、古い下部階層では、その殻構造の強度さえ低下している。 白を基調としたコマに、淡々として、きわめて抑制的なモノローグをそえて展開される七つの愛の物語。それは愛の物語であり、同時に、消えていってしまうものへの祈りの物語でもあると思う。 愛は、その形を定義づけた瞬間にも、泡のように、古くなって崩落する殻都市の一部のように、たちまち立ち消えてしまう。その一瞬一瞬を描くことに注がれた『殻都市の夢』には、痛々しい描写こそ数あれども、そこには不思議と慈しみの表情がある。それは消えていってしまうものへの祈りの態度であると思う。愛が、泡のように、古くなって崩落する殻都市の一部のように消えてしまっても、そこに愛があったことは永遠に変えられない。もはや触れることができず、干渉することができず、だからこそ永遠に不変のかつてそこにあった愛。それは消えてしまうのではなく、そこにずっと在り続ける、私たちが祈ることさえ忘れなければ。 川の水の流れるように、つぎつぎと積み重なる殻都市、あるいは私たちの記憶。その絶え間のない流れは、目に触れた先から流れ去っていってしまう。でも、いつかの川のせせらぎが陽光をきらきら反射させていたのを私はいまも憶えている。見せておきたい景色が、ひとつ、ふたつ、と募ってゆく。それをいつか誰かに話し聞かせたいと思っている、祈りのように。そして、モノローグはようやくセリフへと変わる。 これから話すのは いつか存在した 今では存在すら忘れられた都市 ひたすら上へ上へと積みあがっていった都市 目的もわからず 理由も定かではなく その行為に没頭した都市 そんな 都市の抱いた 夢の残滓の こと そんな 人々の 物語
π(パイ)
古屋兎丸の心意気が遺憾なく発揮されているのが・・・月刊ガロのスーパースター(たしか福満しげゆきがそう言っていた)こと、古屋兎丸といえば、まず何といっても『π(パイ)』ですね。 月刊ガロといえば、常軌を逸した漫画家が大勢集まっており、エロ・グロ・ナンセンス・アバンギャルド等の作風で一世を風靡しましたが、古屋兎丸ももれなくこういった作風でガロからデビューしています。そして、まあ、私どもを含めた少々自意識を拗らせた人々がガロ系の漫画を読み漁ることとなったわけですが、こういったいわゆる大道からみれば外れ値にあたる作品というのは、一時こそはセンセーショナルに思われるのですが、その後が続かないということもまた多い。じつに沢山の漫画を読んできましたが、記憶にいつまでも残っているのはごく一部で、ほとんどの作品はタイトルすらも忘れてしまっています、まあ、これはガロ系に限ったはなしではありませんが。 で、こと古屋兎丸についていえば、いつまでも記憶に残っている。彼はガロ系作家の御多分に漏れず、常軌を逸した漫画家のひとりだと思うのですが、たとえば、同じく記憶に残り続けているねこぢるとは常軌の逸し方が違うような気がする。ねこぢるは純粋に外れ値の彼方にいるような漫画家でした。だけども、古屋兎丸の常軌の逸し方というのは、道を大きく踏み外す類いのものではなく、むしろ、あるひとつの習慣を偏狂的に続けるひとのそれであるような気がします。常軌を逸して几帳面なんですね。 それをまさしく体現しているのが『π(パイ)』ということになるでしょうか。ジャンル的にはオッパイのはなしなので、まあ、エロにナンセンスを掛け合わせたようなものになるとは思いますが、どうもそれだけではないような、エロとナンセンスをテーマとして掲げておきながら、それらを縦に貫いている偏狂的な習慣の持続がみられるのです。 主人公の沢木夢人は、オッパイ好きなデブのオタクだったのですが、ある日、オッパイと円周率の神秘に気がつき、これを探求することに人生を捧げようと決意する。しかし、このままでは一生なまのオッパイを見られないかもしれないと思い至り、高校入学まえに壮絶なダイエットをしてイケメンとして生まれ変わる、つまり高校デビューですね。ここまでで一巻の20ページなのですが、どうでしょう、この時点でもうすでに私たちの拗れた自意識が好みそうな漫画の体をなしておらず、気合いの入ったド直球の青春物語なのです。ただ、ちょっと、この気合いの入り方があまりにも偏狂的なんですね。何しろ、オッパイと円周率の神秘を探求して、人類に幸せをもたらし、ノーベル賞を取ろうという夢のようなはなしのですから。だけど、きわめて純粋で誠実で健全な漫画だと思います。自己紹介になりますが、純粋で誠実で健全な漫画が大好きです。
古屋兎丸の心意気が遺憾なく発揮されているのが・・・月刊ガロのスーパースター(たしか福満しげゆきがそう言っていた)こと、古屋兎丸といえば、まず何といっても『π(パイ)』ですね。 月刊ガロといえば、常軌を逸した漫画家が大勢集まっており、エロ・グロ・ナンセンス・アバンギャルド等の作風で一世を風靡しましたが、古屋兎丸ももれなくこういった作風でガロからデビューしています。そして、まあ、私どもを含めた少々自意識を拗らせた人々がガロ系の漫画を読み漁ることとなったわけですが、こういったいわゆる大道からみれば外れ値にあたる作品というのは、一時こそはセンセーショナルに思われるのですが、その後が続かないということもまた多い。じつに沢山の漫画を読んできましたが、記憶にいつまでも残っているのはごく一部で、ほとんどの作品はタイトルすらも忘れてしまっています、まあ、これはガロ系に限ったはなしではありませんが。 で、こと古屋兎丸についていえば、いつまでも記憶に残っている。彼はガロ系作家の御多分に漏れず、常軌を逸した漫画家のひとりだと思うのですが、たとえば、同じく記憶に残り続けているねこぢるとは常軌の逸し方が違うような気がする。ねこぢるは純粋に外れ値の彼方にいるような漫画家でした。だけども、古屋兎丸の常軌の逸し方というのは、道を大きく踏み外す類いのものではなく、むしろ、あるひとつの習慣を偏狂的に続けるひとのそれであるような気がします。常軌を逸して几帳面なんですね。 それをまさしく体現しているのが『π(パイ)』ということになるでしょうか。ジャンル的にはオッパイのはなしなので、まあ、エロにナンセンスを掛け合わせたようなものになるとは思いますが、どうもそれだけではないような、エロとナンセンスをテーマとして掲げておきながら、それらを縦に貫いている偏狂的な習慣の持続がみられるのです。 主人公の沢木夢人は、オッパイ好きなデブのオタクだったのですが、ある日、オッパイと円周率の神秘に気がつき、これを探求することに人生を捧げようと決意する。しかし、このままでは一生なまのオッパイを見られないかもしれないと思い至り、高校入学まえに壮絶なダイエットをしてイケメンとして生まれ変わる、つまり高校デビューですね。ここまでで一巻の20ページなのですが、どうでしょう、この時点でもうすでに私たちの拗れた自意識が好みそうな漫画の体をなしておらず、気合いの入ったド直球の青春物語なのです。ただ、ちょっと、この気合いの入り方があまりにも偏狂的なんですね。何しろ、オッパイと円周率の神秘を探求して、人類に幸せをもたらし、ノーベル賞を取ろうという夢のようなはなしのですから。だけど、きわめて純粋で誠実で健全な漫画だと思います。自己紹介になりますが、純粋で誠実で健全な漫画が大好きです。
僕の小規模な生活
僕の小規模な失敗も!最近、"妻"がツイッターにハマっているらしく、福満しげゆきのアカウントから過去作の切り抜きがたびたびアップされているのを目にする。一世を風靡している100日のワニほどではないにしても数百から数千、ときには万単位のいいねがついている。アックスは青林工藝舎時代からの読者としては真に感慨深いものがある。 (ちなみにマンバさん、福満しげゆきの青林工藝舎から出ているタイトルがすべて載っていないので、何卒載せてあげて下さい) とくに『僕の小規模な生活』のもとになった、というより、小規模な生活がそれの続編にあたる『僕の小規模な失敗』(青林工藝舎)はいったい何度読み返したことだろう。そればかりではなく、家に何冊も備蓄しておいて、遊びにきた友人知人に「これめっちゃオモシロイから読んでくれ!」と半ば強制的に持ち帰らせていた。反応はまずまずだったと思う。 小規模な失敗はとにかく気合いが凄かった。最近の漫画はコマを縦に三段で割るくらいが一般的だが、手塚時代でもせいぜい四段で割るくらいだったが、福満しげゆきは五段とか六段とかまでいっちゃう。コマが豆粒みたいになって読みにくいんだけど、たぶん本人にもその自覚があって、始めのほうは大きくコマを取っているんだけど、だんだん描きたいことと残りのページとの釣り合いがとれなくなってコマが小さくなっていく。それでも加速度的に熱が籠もっているからなのか、小さなコマを追っていってしまう。 気合いの入った熱い漫画家であるいっぽう、大変なひねくれ者でもあるようなので、自身の漫画を自分のツイッターで宣伝するなんてできなさそうなところを妻がナイスアシストでツイートしている。いやあ、なんだか羨ましいですなあ。
僕の小規模な失敗も!最近、"妻"がツイッターにハマっているらしく、福満しげゆきのアカウントから過去作の切り抜きがたびたびアップされているのを目にする。一世を風靡している100日のワニほどではないにしても数百から数千、ときには万単位のいいねがついている。アックスは青林工藝舎時代からの読者としては真に感慨深いものがある。 (ちなみにマンバさん、福満しげゆきの青林工藝舎から出ているタイトルがすべて載っていないので、何卒載せてあげて下さい) とくに『僕の小規模な生活』のもとになった、というより、小規模な生活がそれの続編にあたる『僕の小規模な失敗』(青林工藝舎)はいったい何度読み返したことだろう。そればかりではなく、家に何冊も備蓄しておいて、遊びにきた友人知人に「これめっちゃオモシロイから読んでくれ!」と半ば強制的に持ち帰らせていた。反応はまずまずだったと思う。 小規模な失敗はとにかく気合いが凄かった。最近の漫画はコマを縦に三段で割るくらいが一般的だが、手塚時代でもせいぜい四段で割るくらいだったが、福満しげゆきは五段とか六段とかまでいっちゃう。コマが豆粒みたいになって読みにくいんだけど、たぶん本人にもその自覚があって、始めのほうは大きくコマを取っているんだけど、だんだん描きたいことと残りのページとの釣り合いがとれなくなってコマが小さくなっていく。それでも加速度的に熱が籠もっているからなのか、小さなコマを追っていってしまう。 気合いの入った熱い漫画家であるいっぽう、大変なひねくれ者でもあるようなので、自身の漫画を自分のツイッターで宣伝するなんてできなさそうなところを妻がナイスアシストでツイートしている。いやあ、なんだか羨ましいですなあ。
ONE OUTS
反現代野球 〜神様、仏様、渡久地様〜甲斐谷忍の『ONE OUTS』といえば、正統派の野球マンガからはちょっと離れた洒落っ気のある野球マンガと思われがちですが、じっさい『ONE OUTS』ほど反現代的で泥臭い野球マンガはないでしょう。 NPBのシーズン最多勝記録は42勝で稲尾和久の手にありますが、42勝ですよ、バカなんですか。いまの野球では考えられない。当時は力のあるピッチャーが平気で連投していたんですね。まあ、連投だけなら無理をすれば誰にでもできますけど、連投しながら尚且つチームを勝利に導くとなるとはなしは変わってくる。ある年の日本シリーズにいたっては7試合中6試合に登板、そのうちの4試合で完投し、優勝をもぎとっています。そのときの新聞の見出しには「神様、仏様、稲尾様」と載ったのだとか。 稲尾はシーズン42勝の記録と同じ年に、シーズン与20敬遠という不名誉な記録も持っていて、これまたNPBの最多記録となっている。これらの記録からみえてくるのは、流しどころ、抑えどころをよく知っているということ、つまりは効率のよい勝ち方を知っているということだと思います。 まあ、何というか、連投、勝つ、敬遠、これだけでも渡久地とよく似ている感じがしてきましたけど、稲尾はさらに制球が非常に優れたピッチャーとしても知られている。球速は平凡で、変化球はスライダーとシュート、スライダーが決め球だと周りに吹聴していながら、本当の決め球はシュートのほうだったという食わせ者でもあります。 ほかにも、ささやき投法や、目の細さを利用したポーカーフェイスだったり、投げる直前で握りを変えたり、あらゆる要素を掛け合わせて勝ち星を取りにいく。ピッチャーとして非凡な能力を持っていたのはもちろんですけども、さらにそれに加えて一級の勝負師でもあった。それ故に無茶な連投しながらの42勝があるのでしょう。 マンガの世界の夢の投手だと思っていた渡久地のような選手が、じつは野蛮だったといわれる昔の野球に実在していたのは何とも面白おかしなはなしではありませんか。
反現代野球 〜神様、仏様、渡久地様〜甲斐谷忍の『ONE OUTS』といえば、正統派の野球マンガからはちょっと離れた洒落っ気のある野球マンガと思われがちですが、じっさい『ONE OUTS』ほど反現代的で泥臭い野球マンガはないでしょう。 NPBのシーズン最多勝記録は42勝で稲尾和久の手にありますが、42勝ですよ、バカなんですか。いまの野球では考えられない。当時は力のあるピッチャーが平気で連投していたんですね。まあ、連投だけなら無理をすれば誰にでもできますけど、連投しながら尚且つチームを勝利に導くとなるとはなしは変わってくる。ある年の日本シリーズにいたっては7試合中6試合に登板、そのうちの4試合で完投し、優勝をもぎとっています。そのときの新聞の見出しには「神様、仏様、稲尾様」と載ったのだとか。 稲尾はシーズン42勝の記録と同じ年に、シーズン与20敬遠という不名誉な記録も持っていて、これまたNPBの最多記録となっている。これらの記録からみえてくるのは、流しどころ、抑えどころをよく知っているということ、つまりは効率のよい勝ち方を知っているということだと思います。 まあ、何というか、連投、勝つ、敬遠、これだけでも渡久地とよく似ている感じがしてきましたけど、稲尾はさらに制球が非常に優れたピッチャーとしても知られている。球速は平凡で、変化球はスライダーとシュート、スライダーが決め球だと周りに吹聴していながら、本当の決め球はシュートのほうだったという食わせ者でもあります。 ほかにも、ささやき投法や、目の細さを利用したポーカーフェイスだったり、投げる直前で握りを変えたり、あらゆる要素を掛け合わせて勝ち星を取りにいく。ピッチャーとして非凡な能力を持っていたのはもちろんですけども、さらにそれに加えて一級の勝負師でもあった。それ故に無茶な連投しながらの42勝があるのでしょう。 マンガの世界の夢の投手だと思っていた渡久地のような選手が、じつは野蛮だったといわれる昔の野球に実在していたのは何とも面白おかしなはなしではありませんか。
キャプテン
コロナなんかクソ喰らえ!新型コロナウイルスの影響で春のセンバツが中止になった。コロナなんかクソ喰らえ! 少年の頃から甲子園を夢みて日夜練習に励んでいた球児たちのことを想うとほんとうに涙がでる。色々と救済案が検討されているらしいが、おそらくどれも大した効果は生みはしないだろう。奇跡的にも90回、100回と聖地・甲子園の地で途方もない熱戦を繰り広げ続けている大会だからこそ球児たちの憧れになる。この奇跡的な歴史の積み重ねの上に、こんどは自らが新しい歴史を刻んでゆく、これほどの夢がほかにあるだろうか。 ジタバタしていても仕方ないので、ちばあきおの『キャプテン』を読む。もちろん、イガラシ編の春の選抜大会の巻だ。大会に向けた過激な練習が教育ママの松尾の母ちゃんに問題視され、そんなタイミングで運悪く松尾が怪我してしまい、イガラシは校長から選抜辞退を宣告される。 ジタバタしていても仕方がない。いまこそ我々はちばあきおの『キャプテン』を読むべきなのだ。可哀相な事態が起こったから救済措置を設けますといったって、この世界はマイナス1に1を足せばゼロにもどる数式のようにはできていない。無念は無念のまま残り、救済は救済としてあるかもしれないが無念とはすれちがったままだろう。それどころか、救済が何らかの形で夏の大会にまで及べば、さらなる無念や軋轢を生むことは想像に容易い。いまこそ我々は『キャプテン』を読むべきなのだ。
コロナなんかクソ喰らえ!新型コロナウイルスの影響で春のセンバツが中止になった。コロナなんかクソ喰らえ! 少年の頃から甲子園を夢みて日夜練習に励んでいた球児たちのことを想うとほんとうに涙がでる。色々と救済案が検討されているらしいが、おそらくどれも大した効果は生みはしないだろう。奇跡的にも90回、100回と聖地・甲子園の地で途方もない熱戦を繰り広げ続けている大会だからこそ球児たちの憧れになる。この奇跡的な歴史の積み重ねの上に、こんどは自らが新しい歴史を刻んでゆく、これほどの夢がほかにあるだろうか。 ジタバタしていても仕方ないので、ちばあきおの『キャプテン』を読む。もちろん、イガラシ編の春の選抜大会の巻だ。大会に向けた過激な練習が教育ママの松尾の母ちゃんに問題視され、そんなタイミングで運悪く松尾が怪我してしまい、イガラシは校長から選抜辞退を宣告される。 ジタバタしていても仕方がない。いまこそ我々はちばあきおの『キャプテン』を読むべきなのだ。可哀相な事態が起こったから救済措置を設けますといったって、この世界はマイナス1に1を足せばゼロにもどる数式のようにはできていない。無念は無念のまま残り、救済は救済としてあるかもしれないが無念とはすれちがったままだろう。それどころか、救済が何らかの形で夏の大会にまで及べば、さらなる無念や軋轢を生むことは想像に容易い。いまこそ我々は『キャプテン』を読むべきなのだ。
近所の最果て 澤江ポンプ短編集
トーチは本当にいい仕事をするリイド社のトーチは本当にいい仕事をするよなあ、と、毎度のこと唸らずにはいられません。新人の漫画家は雑誌の読み切りからデビューするという漫画界の定石を覆さんとしていますよね。そればかりではなく、やんごとなき事情で誌面にはどうも上がってこられなさそうな才能であったり、何らかの理由で表舞台には立とうせずアンダーグラウンドの世界に留まっている才能をまさに一本釣りですよ。 初期の窓ハルカさんなんて凄まじかったですよね。パースもヘッタクリもない、そもそも立体が描けていない小学生みたいな絵なんですけど、それをそのまんま載せちゃう。でも、すごい面白いんです。そのほかにも、セミ書房は『架空』の仙人たちというか怪人たち、川勝重徳と斉藤潤一郎の首根っこをしっかり掴んでいるのにも感心する、たぶん大変な気苦労があることでしょう。 そんなこんなで澤江ポンプ。初期の作品集ということもあってか、まだ絵自体は浮気がちで、よしもとよしともじゃないですけど、好きな漫画をよこに置いて描いてるんじゃないかなあという感じ。でも、絵は他人のものでも、このひとは漫画の呼吸をあらかじめ知ってしまっている。どんなに絵に個性があっても馬のエサにもならん漫画しか描けない漫画家が大勢いるなかで、この才能は群を抜いていると思います。とくに、二話目の『夜明けの未来ちゃん』が素晴らしかった。たぶん、黒田硫黄の漫画をよこに置いて描いたんでしょうけど、それ以上に野球マンガならでは呼吸をあらかじめ知ってしまっている。最後は縦に大きく割れるカーブでアウトを取るわけですけど、肝心の曲がっているところは見せないんです。でも、スゲえ! となる! これぞ野球マンガの呼吸!
トーチは本当にいい仕事をするリイド社のトーチは本当にいい仕事をするよなあ、と、毎度のこと唸らずにはいられません。新人の漫画家は雑誌の読み切りからデビューするという漫画界の定石を覆さんとしていますよね。そればかりではなく、やんごとなき事情で誌面にはどうも上がってこられなさそうな才能であったり、何らかの理由で表舞台には立とうせずアンダーグラウンドの世界に留まっている才能をまさに一本釣りですよ。 初期の窓ハルカさんなんて凄まじかったですよね。パースもヘッタクリもない、そもそも立体が描けていない小学生みたいな絵なんですけど、それをそのまんま載せちゃう。でも、すごい面白いんです。そのほかにも、セミ書房は『架空』の仙人たちというか怪人たち、川勝重徳と斉藤潤一郎の首根っこをしっかり掴んでいるのにも感心する、たぶん大変な気苦労があることでしょう。 そんなこんなで澤江ポンプ。初期の作品集ということもあってか、まだ絵自体は浮気がちで、よしもとよしともじゃないですけど、好きな漫画をよこに置いて描いてるんじゃないかなあという感じ。でも、絵は他人のものでも、このひとは漫画の呼吸をあらかじめ知ってしまっている。どんなに絵に個性があっても馬のエサにもならん漫画しか描けない漫画家が大勢いるなかで、この才能は群を抜いていると思います。とくに、二話目の『夜明けの未来ちゃん』が素晴らしかった。たぶん、黒田硫黄の漫画をよこに置いて描いたんでしょうけど、それ以上に野球マンガならでは呼吸をあらかじめ知ってしまっている。最後は縦に大きく割れるカーブでアウトを取るわけですけど、肝心の曲がっているところは見せないんです。でも、スゲえ! となる! これぞ野球マンガの呼吸!
赤灯えれじい
時間に接近する漫画たちいまや漫画には、豊富なジャンルをして、ものすごい数のタイトルが存在しますけども、"時間"というものに接近していった漫画というのはあまり多くないような気がしています。 映画のジャンルのひとつに「ロードムービー」というのがありますけど、まあ、たとえば、主な登場人物が三人いて、オンボロな車でハイウェイを旅している、と。90分なり120分の上映時間のなかで、いくつかのなだらかな展開があり、映画が幕を閉じるときには、三人の関係性が当初とは変わっていた。というときに、その映画は過ぎてゆく時間というものに接近していると思うのです。 ところが、漫画においては、映画においては王道のひとつとさえ言えるロードムービー的なジャンルがふしぎと存在していないんです。むしろ、漫画は永遠に小学三年生を繰り返す『ちびまる子ちゃん』のように時間から遠ざかってゆくのを得意としているらしい。漫画で"時間"を描こうとした『刻刻』が時間を止めるというところに行き着いたのも示唆的だと思います。 そんな状況のなか、時間に接近していった数少ない漫画のひとつに、きらたかしの『赤灯えれじい』があると思います。いきなり原付バイクで富士山に行ってしまったり、まあ、たしかにロードムービー的ではあるんですけど、登場人物をバイクで旅させたからといって時間に接近したことにはなりません。そういう意味では、漫画においても、旅はつきものだと思いますが、どういうわけか漫画における旅は西遊記的な冒険になりがちです。コマは旅(冒険)における数々の展開を披露して、そこに時間を捻出してゆきます。往々にして漫画における時間というのは、このように流れてゆくものではなく、コマによって捻出されるものなんです。だからコマは時間を捻出することはできても、時間を過去に置いてくることはあまり知りません。コマは時間を副次的につくることはできても、時間そのものと出会うことは知らないんです。 そこらへん、きらたかしは普通の漫画家とは感覚がズレているのか、あるいは意識的にそうしているのか、その都度、その都度、時間を過去に置いてくるような描き方をしてしまう。これは大変なことです。彼の漫画は、漫画としては構造があまりにも異形なんです。 そのほか、時間に接近していると思われる漫画を挙げるなら、『ヨコハマ買い出し紀行』、『敷居の住人』、『げんしけん』あたりがそうでしょうか。このほかにも、こういった漫画があれば、ぜひとも教えてください。
時間に接近する漫画たちいまや漫画には、豊富なジャンルをして、ものすごい数のタイトルが存在しますけども、"時間"というものに接近していった漫画というのはあまり多くないような気がしています。 映画のジャンルのひとつに「ロードムービー」というのがありますけど、まあ、たとえば、主な登場人物が三人いて、オンボロな車でハイウェイを旅している、と。90分なり120分の上映時間のなかで、いくつかのなだらかな展開があり、映画が幕を閉じるときには、三人の関係性が当初とは変わっていた。というときに、その映画は過ぎてゆく時間というものに接近していると思うのです。 ところが、漫画においては、映画においては王道のひとつとさえ言えるロードムービー的なジャンルがふしぎと存在していないんです。むしろ、漫画は永遠に小学三年生を繰り返す『ちびまる子ちゃん』のように時間から遠ざかってゆくのを得意としているらしい。漫画で"時間"を描こうとした『刻刻』が時間を止めるというところに行き着いたのも示唆的だと思います。 そんな状況のなか、時間に接近していった数少ない漫画のひとつに、きらたかしの『赤灯えれじい』があると思います。いきなり原付バイクで富士山に行ってしまったり、まあ、たしかにロードムービー的ではあるんですけど、登場人物をバイクで旅させたからといって時間に接近したことにはなりません。そういう意味では、漫画においても、旅はつきものだと思いますが、どういうわけか漫画における旅は西遊記的な冒険になりがちです。コマは旅(冒険)における数々の展開を披露して、そこに時間を捻出してゆきます。往々にして漫画における時間というのは、このように流れてゆくものではなく、コマによって捻出されるものなんです。だからコマは時間を捻出することはできても、時間を過去に置いてくることはあまり知りません。コマは時間を副次的につくることはできても、時間そのものと出会うことは知らないんです。 そこらへん、きらたかしは普通の漫画家とは感覚がズレているのか、あるいは意識的にそうしているのか、その都度、その都度、時間を過去に置いてくるような描き方をしてしまう。これは大変なことです。彼の漫画は、漫画としては構造があまりにも異形なんです。 そのほか、時間に接近していると思われる漫画を挙げるなら、『ヨコハマ買い出し紀行』、『敷居の住人』、『げんしけん』あたりがそうでしょうか。このほかにも、こういった漫画があれば、ぜひとも教えてください。
高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁
優雅で楽天的な日本野球ネット連載でも楽しく読んでいたんですけども、やっぱり実際に本になると、もういちど読みたくなってしまいます。 それにしてもノムさんの亡くなった同じ年に伊藤トモの漫画が世に出るというのは因果なことです。やっぱり伊藤を使い潰したというイメージは拭い切れないですからね。そうなってくると、伊藤トモは不運な男だった、となりそうなものですけど、この漫画は何故か『幸運な男』と題されている。 まあ、漫画内でも野村監督は、めちゃくちゃ悪そうな風貌で描かれています。巻末の対談では、それでも抑えぎみに描いたと言っていましたけど、やっぱり悪そうなジジイにしかみえない(笑) でも、いつでも、どこでも、伊藤トモはノムさんのことを悪く言わないんですね。追悼のインタビューでも ~あまりほめられた記憶がないですが、1度、新人の時にねぎらってもらった試合があって。それは今でも忘れない。5月の中日戦で、勝てはしなかったが9回くらいまで無失点で。次の日に野村監督に『ああやっていけば必ずこの世界で成功できるから』と声をかけてもらって、非常に勇気づけられた~ と言っています。 あるいは、野村監督の25年ぶりの謝罪では ~僕はあそこで代えられたら嫌でした。マウンドを降りるほうが嫌でした。投手は先発したら完投するのが当たり前です。何球投げようが関係ないです。先発として最後まで投げるのが使命だと思います。何とも思っていませんよ、監督~ もう、これだけで泣けてしまいます。 選手の酷使を美談にすり替えるな、という声があるということももちろんわかります。選手は酷使されるべきではない、これは間違いのないことでしょう。でも、そのいっぽうで、伊藤トモのようにマウンドに執着する投手がいてもいいと思うのです。むかしの野球はとても野蛮で、近年ではそれが改善されつつあり、今年の春のセンバツではつい球数制限が導入されて、めでたし、めでたし、というはなしでは必ずしもないと思うのです。じっさいに高校球児から球数制限に反対する声だってありました「僕が最後まで投げられなければチームが負けるから」と。 選手はたしかに酷使されるべきではない。ただ、あれはしてはいけない、これはすべきではない、といった制約が日本の野球をせせこましくしていることもひとつ事実ではあるでしょう。球数制限のような流れは、今後さらに強くなってゆくことでしょう。でも、かつて日本野球は優雅で楽天的だった、ということも忘れたくないなあと思うのです。最高のピッチャーが9回裏に、最高のバッターにホームランを打たれて、でも、ふしぎと笑顔になってしまう、そんなような。 でも、まあ、野球そのものがどんどん窮屈でシビアになってゆくなかで、野球の楽天性をもっとも強く体現している漫画があるうちは、優雅で楽天的な日本野球は滅ぼないでしょう。『高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁』も見事なまでに優雅で楽天的な日本野球を体現しています。最後のページで、それまで若い頃の姿で描かれていた伊藤トモが、とつぜん老けた現在の姿になって言うのです「ラッキーなんだと思います。ただ、それだけです」もう、この野球漫画的な楽天性にあふれた演出には涙を禁じえませんでした。
優雅で楽天的な日本野球ネット連載でも楽しく読んでいたんですけども、やっぱり実際に本になると、もういちど読みたくなってしまいます。 それにしてもノムさんの亡くなった同じ年に伊藤トモの漫画が世に出るというのは因果なことです。やっぱり伊藤を使い潰したというイメージは拭い切れないですからね。そうなってくると、伊藤トモは不運な男だった、となりそうなものですけど、この漫画は何故か『幸運な男』と題されている。 まあ、漫画内でも野村監督は、めちゃくちゃ悪そうな風貌で描かれています。巻末の対談では、それでも抑えぎみに描いたと言っていましたけど、やっぱり悪そうなジジイにしかみえない(笑) でも、いつでも、どこでも、伊藤トモはノムさんのことを悪く言わないんですね。追悼のインタビューでも ~あまりほめられた記憶がないですが、1度、新人の時にねぎらってもらった試合があって。それは今でも忘れない。5月の中日戦で、勝てはしなかったが9回くらいまで無失点で。次の日に野村監督に『ああやっていけば必ずこの世界で成功できるから』と声をかけてもらって、非常に勇気づけられた~ と言っています。 あるいは、野村監督の25年ぶりの謝罪では ~僕はあそこで代えられたら嫌でした。マウンドを降りるほうが嫌でした。投手は先発したら完投するのが当たり前です。何球投げようが関係ないです。先発として最後まで投げるのが使命だと思います。何とも思っていませんよ、監督~ もう、これだけで泣けてしまいます。 選手の酷使を美談にすり替えるな、という声があるということももちろんわかります。選手は酷使されるべきではない、これは間違いのないことでしょう。でも、そのいっぽうで、伊藤トモのようにマウンドに執着する投手がいてもいいと思うのです。むかしの野球はとても野蛮で、近年ではそれが改善されつつあり、今年の春のセンバツではつい球数制限が導入されて、めでたし、めでたし、というはなしでは必ずしもないと思うのです。じっさいに高校球児から球数制限に反対する声だってありました「僕が最後まで投げられなければチームが負けるから」と。 選手はたしかに酷使されるべきではない。ただ、あれはしてはいけない、これはすべきではない、といった制約が日本の野球をせせこましくしていることもひとつ事実ではあるでしょう。球数制限のような流れは、今後さらに強くなってゆくことでしょう。でも、かつて日本野球は優雅で楽天的だった、ということも忘れたくないなあと思うのです。最高のピッチャーが9回裏に、最高のバッターにホームランを打たれて、でも、ふしぎと笑顔になってしまう、そんなような。 でも、まあ、野球そのものがどんどん窮屈でシビアになってゆくなかで、野球の楽天性をもっとも強く体現している漫画があるうちは、優雅で楽天的な日本野球は滅ぼないでしょう。『高速スライダー 幸運な男・伊藤智仁』も見事なまでに優雅で楽天的な日本野球を体現しています。最後のページで、それまで若い頃の姿で描かれていた伊藤トモが、とつぜん老けた現在の姿になって言うのです「ラッキーなんだと思います。ただ、それだけです」もう、この野球漫画的な楽天性にあふれた演出には涙を禁じえませんでした。
わたしは真悟
壮絶なまでの、愛と真実の物語奇跡は 誰にでも 一度おきる だが おきたことには 誰も気がつかない 各巻の冒頭に冠せられる一句です。 このことを産まれてくることのメタファーと捉えるかどうかは、ひとまず端に避けておきたいと思います。 それはともかくとして、皆さんにも憶えがあるでしょうか。子どもの頃に、どうやったら子どもができるんだろう、と悩んだことが。 小学三年生の夏休みでした。私は急性の髄膜炎に罹り、救急車に運ばれました。運ばれた先の入院病棟で、私はAちゃんと知り合ったのでした。 私たちはすぐお互いを好き同士になりました。 それぞれの学校で、日記の宿題がでていたのですが、外へ出られない入院患者の私たちには書くネタがほとんどありません。そこで、ふたりで協力をして、空想の日記をしたためることにしたのです。 この悪巧みは、部屋の消灯時間がきてから秘密裏に行われました。灯りが落とされると、どちらかがカーテンに閉ざされたベッドのなかに忍び込みます。そして布団をあたままで被ってライトのひかりを漏らさないようにしながら日記を綴りました。 ある日の夜、空想の日記を書く延長で筆談をしていたときでした。どうしたら子どもができるのか、という話になったのです。当時の私にとって、その謎はあまりにも大きなものでした。それはAちゃんにとっても同様だったようです。私たちは日頃の空想癖にさらに拍車をかけて、どうしたら子どもができるのかについて筆談しつづけました。しかも、その謎はあまりに大きなものでありながら、あらゆるところで人知れず行われている、もっとも身近で、もっとも不可思議なことなのでした。 Aちゃんはまだ憶えているでしょうか、あの日の夜のことを。私は『わたしは真悟』を読み返して、また、ふと思い出しました。きっと、この本を読み返すたびに思い出すのだと思います。
壮絶なまでの、愛と真実の物語奇跡は 誰にでも 一度おきる だが おきたことには 誰も気がつかない 各巻の冒頭に冠せられる一句です。 このことを産まれてくることのメタファーと捉えるかどうかは、ひとまず端に避けておきたいと思います。 それはともかくとして、皆さんにも憶えがあるでしょうか。子どもの頃に、どうやったら子どもができるんだろう、と悩んだことが。 小学三年生の夏休みでした。私は急性の髄膜炎に罹り、救急車に運ばれました。運ばれた先の入院病棟で、私はAちゃんと知り合ったのでした。 私たちはすぐお互いを好き同士になりました。 それぞれの学校で、日記の宿題がでていたのですが、外へ出られない入院患者の私たちには書くネタがほとんどありません。そこで、ふたりで協力をして、空想の日記をしたためることにしたのです。 この悪巧みは、部屋の消灯時間がきてから秘密裏に行われました。灯りが落とされると、どちらかがカーテンに閉ざされたベッドのなかに忍び込みます。そして布団をあたままで被ってライトのひかりを漏らさないようにしながら日記を綴りました。 ある日の夜、空想の日記を書く延長で筆談をしていたときでした。どうしたら子どもができるのか、という話になったのです。当時の私にとって、その謎はあまりにも大きなものでした。それはAちゃんにとっても同様だったようです。私たちは日頃の空想癖にさらに拍車をかけて、どうしたら子どもができるのかについて筆談しつづけました。しかも、その謎はあまりに大きなものでありながら、あらゆるところで人知れず行われている、もっとも身近で、もっとも不可思議なことなのでした。 Aちゃんはまだ憶えているでしょうか、あの日の夜のことを。私は『わたしは真悟』を読み返して、また、ふと思い出しました。きっと、この本を読み返すたびに思い出すのだと思います。