恋の絶望行進曲

愛故に人は苦しまねばならぬ #1巻応援

恋の絶望行進曲 富沢未知果
兎来栄寿
兎来栄寿

タイトルからして、とても不穏な百合マンガ。 主人公のレイは、ずっと好きだった同姓のアミに思い切って告白したら意外にもすんなりOKをもらえてこの世の春が到来……したかと思いきや、恋人関係になっても周りの友達と扱いがほぼ変わらず「一人の時間を大事にしたい」と言われ、ますます悶々とさせられることに。 そして、何やら他の女の影も見え隠れしてますます不穏さは募っていきます。ただ、この作品のポイントとしては、レイの愛情の深さが挙げられます。何があっても、何をされたとしてもそれでも変わらない、変えられない思いの丈。 その果てに押し寄せてくるのは、まさにタイトル通りの絶望感。読んでいて、「一体どうなっちゃうの〜?」と頭の中の次回予告ヒロインが叫び倒します。 ちょっとしたことでも起こる10代少女の激しい浮沈や、そもそも何故レイはアミを好きになったのかというところのきっかけの些細であるが故のリアルさ、アミのフリーダムな性格がどこに起因しているのかなどのディティールが良いです。 それらを踏まえた上での、決定的なシーンでレイがアミに放つセリフは特に好きです。 1冊で過不足なく完結しており、私は連載で追っていましたが単行本で初めて読むとまた一段と満足感は高まりそうです。 富沢未知果さんの今後の活躍も楽しみです。

フツーと化け物

化け物から習う「普通」の人間のあり方 #1巻応援

フツーと化け物 羽流木はない 篠月しのぶ
兎来栄寿
兎来栄寿

皆のように普通に生きたいのに、それが難しい。 人と同じようにできない。 そんな経験がある方には刺さるかもしれない作品です。 『百合の園にも蟲はいる』や『世界の終わりのオタクたち』の羽流木はないさんと、『幼女戦記』のイラストを担当していた篠月しのぶさんが組んで送る日常異端系ストーリーです。 クラスメイトから「距離感バグってる」と評される伊藤さんは、友達を求める女の子。ある日、同じクラスの高橋さんに成り代わっていた化け物が先生を丸呑みしている現場に遭遇します。殺されてしまうかと思いきや異形の化け物と友達になり、「フツー」の人間らしさを教わっていく奇妙な日々が始まります。 「プリクラを撮ろう」と自分から誘っておいてその場でプリクラを捨てるなど、あまりにフツーに生きることができない伊藤さん。彼女の奇行と、それでも友達が欲しいという切実な願いが哀切を誘います。他の人のように上手く生きられない人は共感したり共感性羞恥を催したりするでしょう。 そんな彼女ですが、初めてできた友人である高橋さんとフツーの女子高生が当たり前にしていることをする時間が訪れ、まるで爽やかな百合を読んでいるかのように錯覚するシーンもあります。ただ、この物語はそれでは終わらず毎回非常にサスペンスフルに進行していきます。連載で読んでいると、毎話毎話ヒキが強くて続きが気になるタイプの作品です。 本作のひとつのテーマである「普通」について、作中でも色々なシーンや言葉を通して語られますが、羽流木はないさんらしい作家性がそこかしこから出ています。ドラッグストアの件とか好きです。 また、黒髪ロングストレートの高橋さん、篠月しのぶさんの絵の魅力もあってすごく好きなんですが(3話や6話の白と黒のコントラストがバチッと利いた絵など特に好きです)、既に怪物に殺されてしまっているのは至極残念。ただ、スマホの操作はもちろんのこと盛れるアプリの使い方にも習熟している怪物は大分愛らしさもあります。ある種、『うしおととら』のような関係性も髣髴とさせる彼女たちの行方が気になります。 また、伊藤さんのおばあちゃんも特筆すべきキャラ立ちをしています。ど派手な服装と車に、抜群のスタイル。格好いいおばあちゃんキャラって良いですよね。おばあちゃんの作った明太子・じゃこ・牛の三種のコロッケ、台風の日に食べたいです。

え、神絵師を追い出すんですか?

ゲームを作るときは自由で豊かで救われていないと。 #1巻応援

え、神絵師を追い出すんですか? 乙津きみ子 宮城こはく
兎来栄寿
兎来栄寿

第6回カクヨムWEB小説コンテスト「キャラクター文芸部門 特別賞」を受賞した宮城こはくさんの原作小説を、『野良猫と便利屋』や『青春ランナウェイ』の乙津きみ子さんがコミカライズした作品です。 最近も追放モノが流行っていますが、本当は優れた稟質を持っているのに理不尽によってそれが生かされず逆襲を果たしていく物語というのは古今東西に存在します。ある種、人間社会の普遍的な不合理が生み出すものなのかもしれません。そして、王道ではあってもそうした不遇に置かれた主人公が八面六臂の活躍をする様は良いですよね。 本作のヒロインは、大人気イラストレーターIrodoriでありながら、憧れのゲームを作った人がいる会社にお忍びで入社した夜住彩(やすみあや)。ブラックな労働を課せられ全力でこなしていましたが、欲深く無能な上司によって窓際部署に飛ばされてしまいます。しかし、彩は自分で自分の限界を決めることを是としてしまうような会社の空気を覆す神ゲーを作るため、同期の真宵学と共に決起します。 彩がいなくなることにより元の部署には当然歪みが生まれるのですが、後の祭です。ただ、現実的にはその皺寄せが無能な上司ではなく残った同僚に行くのが辛いところですね(遠い目)。 そうした理不尽に対するカタルシスもありながら、どちらかというと新しく始めるゲーム作りのワクワク感が大きいです。 個人的に、リアルな今の小学6年生男児3人の反応をマーケティングするシーンが好きです。何をダサいと思い、何をカッコいいと思うのか。ちょっとセクシーな絵にはどう反応するのか。どういうものなら、問答無用で彼らを引き込めるのか。机上の空論ではない、生の反応を掴むことの大事さはモノ作りにおいてとても大事です。ただここ数年はコロナもあってそういったことがやり難くなっていたのは見えない部分で想像以上に損失を生んでいそうだなと思いました。 モノづくりはアニメでもゲームでも「好きが人を繋げる」というのもいい言葉です。一番の本質は、やはりそこにあると私も思います。そうした熱を帯びながら、一度は諦めてしまった人が冷え切っていた魂に再び火を灯して再起していく姿もたまりません。今後、彩たちのチームがどれだけのことを成し得るのか楽しみです。 余談ですが、毎回サブタイトルがゲームタイトルのもじりになっており、それになぞらえた扉絵が入るのもゲーム好きとしてニヤリとします。

瑠璃の宝石

宝石ごろごろ

瑠璃の宝石 渋谷圭一郎
ゆゆゆ
ゆゆゆ

宝石が好きな瑠璃ちゃん。 水晶が高くて買えないのでお小遣いの前借りをねだっていたら、「水晶なら、おじいちゃんが昔、山菜採りのついでに取ってきていた」と、おかあさんから衝撃の発言を聞くことに。 えいやと出かけた先で、鉱物を研究するナギさんと出会い、瑠璃ちゃんの鉱物採集が始まります。 瑠璃ちゃんの行動力、半端ないです。体力もないと言いつつ、半端ないです。 そこからは、ナギさんが瑠璃ちゃんに説明するていで、鉱物の話を取れる場所や取り方とともに、わかりやすく説明されていきます。 天気が石に関係している話など、すごくわかりやすく専門的な話が多いなと思ったら、作者さんは鉱物学を修められているとあって、腑に落ちました。 宝石きれ〜という話だけじゃなく、石そのものというか、自然の雄大さにというか、万物の流れというか、鉱物を鉱物たらしめる環境や存在を説明されていて、さらにその説明に自然への敬意が感じられます。 その人の好きなものの話を、わかりやすく話してもらえると、おもしろくて聞き入ってしまいますよね。そんな感じの漫画です。 あと、そんな格好で山に登って大丈夫なの?!と心配した瑠璃ちゃんが、だんだん服装がしっかりしていく様子も、ハマってるねえと興味深いです。

わたしが誰だかわかりましたか?

作品タイトルは、誰が口にした言葉なのか。

わたしが誰だかわかりましたか? やまもとりえ
ゆゆゆ
ゆゆゆ

癇癪を起こしやすかった我が子。 子育てに夫婦ともに疲れ始めた頃、夫はカルトに傾倒し始めた。 離婚して、シングルマザーとして、中学生の子供を育てている主人公。 主人公は、それぞれのご家庭に少しはありそうな要素がギュギュッと詰め込まれた設定。 離婚したことで、周りの人々がいう言葉が嫌味に覚える。 離婚したことで、年齢に引けを取りつつもお母さんでなく女としての気持ちも揺れ動く。 等身大の、身近にいそうな女性設定。 子どもは手が離れ始める年齢のせいか、主人公はあまり子供を構ってあげられていないように見える。 反抗期だから、構ってあげても大変なんだろうか。 サトルくんなのに、学校が同じだった人に「親がカルトにハマったカトルくん」なんて呼ばれて辛い思いをしているとは、きっと言われるまで気づかないんだろう。 自分の悩み、子どもが抱えている悩み、人付き合い。 生活していると浮上してくる様々な悩みが平行して描かれる。 そして、表題。 誰が口にした言葉なのか。 みんな「わたしが誰だかわかりましたか?」と聞いてきていそうな気がしてくる。 なんなら、主人公も言ってそうな気がしてくる。 最終章で、仕掛けがわかったあとに残る疑問は、主人公が「わたし」の正体に気づいていたかどうか。 わかっているとにおわせる章タイトルや行動だけど、正解を掴んだかどうかは語られない。 読者は「わたし」の正体を知ることができるのに、彼女が、かつてやりとりしていた相手が本当は誰か知っているかどうかは、わからない。 あとがきの前のピアスの写真が、誰かを愛する「女」であること、あったことを想起させて、なんとなく好きだ。 このコミックが出された「シリーズ 立ち行かないわたしたち」はコミックエッセイとセミフィクションのシリーズとあるのだけど、なるほどねと思ってしまった。 たしかにうまく行かないことはあるし、完全なノンフィクションのように劇的なスッキリとしたラストでもない。 モニャモニャしてしまう。 こういうのが、レタスクラブ読者に共感を呼びやすい内容と展開なのだろうか。 とはいえ、どうなったらスッキリとする展開なのかと言われると、悩ましい…。