兎来栄寿
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足が早いイワシと私 ~河野別荘地短編集~

奇想から情緒まで #1巻応援

足が早いイワシと私 ~河野別荘地短編集~ 河野別荘地
兎来栄寿
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河野別荘地さんが大学生の頃に初めて描いた作品から、オモコロ 、『フォアミセス』、『モーニング』などに掲載された近年の作品までを10作品を収録した作品集です。 『足が早いイワシと私』というタイトルの本で、一番最初に載っているのが「足を洗う」、一番最後がそれを後年にセルフリメイクした「ネオ足を洗う」という構成なのが何とも面白いです。 大学時代に初めてまともに原稿用紙に描いた作品であるという「おばあちゃんのほほ袋」からして、不思議な作家性が滲み出ています。他の大学生時代に描いた「足を洗う」、「爪の垢」も画的にはまだ洗練されていないものの独特の雰囲気をまとった面白い作品です。この1冊で、その後の画力の大きな向上のビフォーアフターも楽しめます。 表題作の「足が早いイワシと私」や「冬眠休暇」、「労働監督」などは『世にも奇妙な物語』な星新一さんのショートショートを髣髴とさせるような、設定に面白さのある作品。 「Fly me too the moon」や「私の先輩」では非常に良い情緒を味わえます。個人的にはこの本の中でも特に好きなお話です。 1冊を通して、フレッシュで奇抜な作品から円熟味を感じるヒューマンドラマまでバラエティ豊かに楽しめるお薦めの短編集です。

ピエタとトランジ

謎解きはシスターフッドの後で #1巻応援

ピエタとトランジ キスガエ 藤野可織
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元々は芥川賞作家の藤野可織さんが、芥川賞受賞第一作の『おはなしして子ちゃん』に収録された短編「ピエタとトランジ」から始まっており、それが長編として単行本化され、更にそこからさまざまな反省を経て練られた原作を基にしてキスガエさんの作画によって描かれたのがこのコミック版『ピエタとトランジ』となっています。 不勉強で恐縮ですが、原作未読で何も知らずにまっさらな状態で読み始めた私はちょっとダークな学園百合かな、絵が綺麗だなぁと安穏としていましたが、ちょっとダークどころではありませんでした。 本作のふたりのヒロインであるピエタとトランジの内、トランジの方は「事件を呼び寄せる体質」を持っているという設定になっています。この設定は、誰もが思う「金田一やコナン君は事件に遭いすぎでは?」「何なら厄病神なのでは?」という素朴な疑問から立脚しているといいます。かわいいんですが、キングボンビーや飛行機に乗っているジョセフ・ジョースターくらい近寄りたくないですね。 更に、世の探偵もののバディが大抵男性同士であることから、そのカウンターとして生まれたとも。確かに、ほぼ男性が出てこないような作品でもないとミステリ系で女性同士のバディものというのはなかなかないですね。 トランジが引き起こす事件はテンポも凄まじくドライヴ感すらありますが、何よりそれよりどれよりもその中でのピエタとのやり取りや関係性の動向が気になります。 大事なことなので何度も言いますが、作画担当のキスガエさんの絵が本当に良いのですよ。表紙にいわゆる「売れ感」を覚えます。中の絵もとてもよく、絶妙な表情や目を引く大ゴマなどディモールトベネです。逆から読むと「絵が好き」だそうで、納得です。 表紙の絵に惹かれる方、軽口を叩き合える気さくな女の子同士の関係性を楽しみたい方、そんな子たちがさまざまな事件に挑む姿を見たい方にお薦めです。

SAN値直葬!闇バイト

名状しがたい冒瀆的労働4コマ #1巻応援

SAN値直葬!闇バイト ムクロメ
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「きらら×クトゥルフ!」という公称からあまりにも強大な狂気とパワーを感じずにはいられません。 「美少女×クトゥルフ」の道はかつて『這いよれ! ニャル子さん』が颯爽と切り拓いて行きましたが、それでも今をときめく『ぼっち・ざ・ろっく!』や『ご注文はうさぎですか?』と一緒に『まんがタイムきららMAX』にこれだけ濃厚なコズミックホラーを含んだ作品が連載されているのは非常に攻めた姿勢で大好きです。 病的に清々しいほど守銭奴である主人公・黒乃あかりが、そのブレない欲望によってオカルトショップ「輝くトラペゾヘドロン」の店主アメンパインの命により深きものどもや邪神らと対峙する、闇というにもあまりに深淵すぎる宇宙的闇バイトに手を染めていくお話です。同日入店の明治こよとの『きらら』らしい展開もあるような、ないような。 基本的にコメディとして進行していきながらも、その中で忌避すべき地獄のような恐怖が襲いかかる瞬間も訪れ、ギャグとホラーの温度差が良い抑揚で独特の味わいになっています。 何より好きなのは、単行本描き下ろしの冒頭8ページのフルカラープロローグ。これはもう、買って読んで頂くしかないのですが、クトゥルフの粋が僅かなページの中に詰まっていて本当に素晴らしかったです。特に、8ページ目は2023年に読んだすべてのマンガの中でもトップクラスに好きです。 あとがきマンガも良い作家性が出ており、ムクロメさん、あなたのマンガが私は大好きです! もっと読みたいです!!(愛の告白)

この世はガマンが多すぎる!

ガマンは人生のスパイス #1巻応援

この世はガマンが多すぎる! 御眼鏡
兎来栄寿
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誘惑や欲望、あるいは辛いことも多きこの現代社会において、皆さんは日頃何をガマンしていますか? 私は、少し前まで花粉症シーズンに備えグルテンをセーブすべくパン・うどん・ラーメン・パスタ・ピザ・餃子・ケーキ・ビールなど多数の好物を泣く泣くガマンする生活をしていました。また、仕事やタスクが落ち着いたら読もうと思っている去年の12月から3ヶ月連続刊行された人生で一番好きなラノベを未だガマンしています。『オクトパストラベラー2』や『サクラノ刻』も心の底からプレイしたいと思いつつ、未開封のままでガマンです。『FF14』も誘われていてずっとやりたいのですが、始めたら「終焉る」と解っています故ガマン……。確定申告と年度末進行と花粉を闘わせて共倒れさせたいですね。 というわけで、この作品はダメなOL詩乃がさまざまなものをガマンしようと頑張る作品です(※ただし、ガマンできるとは限らない)。第1、2話ではセンリツみたいな容姿の医師に警告を受け、お酒や暴食をガマン。他にも、クソ上司に対するガマンや、休日をダラダラ過ごしてしまうことへのガマン、サウナでのガマンなど欲求に対するもののみならず多種多様なガマンを断行するお話たちが描かれていきます。 人間、ガマンするからこそその後に訪れる時間がより輝いたものになるんですよね。先日のWBCの準決勝・日本VSメキシコなどでも、チャンスを活かし切れずずっとビハインドか同点で最後の最後までガマンし続ける展開が続いて、そこからのあの9回裏の劇的なサヨナラ攻勢。脳汁が出ましたよね。普段野球を全く見ない家族すらも「こんな試合を見せられたら脳がおかしくなる」と言っていたのですが、ある種ガマンの時間を続けさせた後に爆発的な快楽を与えるパチンコなどのギャンブルに通ずるものすらあるなと思ってしまいました。 そして、まさに人間の脳のバグを利用しているとも言われるギャンブルと同等に恐ろしい誘惑を持つソシャゲのガチャをガマンする回も描かれます。無課金のままでいたい、いないと自分はダメになると解っていても煽られる射幸心をいかにして堪えるのか。見所の回となっています。 最近の『ヤニねこ』の隆盛などを見ていても思いますが、ダメ人間やクズのお話が好きな人は少なくないですよね。『カイジ』然り、『連ちゃんパパ』然り。彼らほど酷くはありませんが、少なからずそうした作品を好きな人が好む要素が本作にもあると思います。 宇宙猫、「麦茶だこれ」、「やったねたえちゃん」、『HUNTER×HUNTER』や『進撃の巨人』などそこかしこにネットミームやパロディなど小ネタが豊富に小気味よく盛り込まれており、細かい所でも楽しませてくれます。 本当はダメだと思っていてもガマンできず飲み食いしてしまったり、課金してしまったりする貴方にお薦めです。

みずほ、中学生、世界崩壊は突然に

世界のバグに挑むJC #1巻応援

みずほ、中学生、世界崩壊は突然に まつだこうた からあげたろう
兎来栄寿
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『おかか』や『骸積みのボルテ』のまつだこうたさんが原作を、『わたしのカイロス』や『コーヒーカンタータ』のからあげたろうさんが作画を担当する作品です。 お二方とも好きなので良いコラボレーションだなぁと嬉しさを覚えながら読み始めたら、なかなかにぶっ飛んでいてある意味期待通りの作品でした。 『時をかける少女』、『時間の歩き方』、『片翼のラビリンス』etc... 主人公が思春期の女の子の時間遡行ループ系物語は、往々にして面白い作品が多いです。 本作は、様々なバグによりすぐに崩壊する世界に対して、干渉が可能な唯一の存在である女子中学生みずほが何度も時間を巻き戻しながら世界崩壊の引き金となるバグたる事象を改変していくというのが大まかな筋です。 ただ、そのバグの原因となるものがかなり卑近であることも多々。例えば第1話ではおじさんが電車に乗ることであったり、他の話ではスマホで自撮りをすることであったり。それらを、硬軟さまざまな手段で再現しないよう対処していきます。やっていることは岡部倫太郎なのですが、雰囲気としては非常にコミカルに進行していきカジュアルに世界が崩壊し続けます。 4月に発売される『SFマガジン』では「藤子・F・不二雄のSF短編」特集が行われるそうですが、まさに藤子さんのとある短編を髣髴とさせるような1話も。「すこしふしぎ」感をゆるく楽しく味わえます。 何しろからあげたろうさんの絵がかわいらしく、みずほの表情もとてもとても豊かで魅力的。第6話などは一番純粋なかわいさが出ていて、好きなお話です。 まずは1話試し読みをしてみてください。そこで気に入れば間違いない作品です。

ギャル義姉とみっくん

クールに徹せないギャル義姉のかわいさ #1巻応援

ギャル義姉とみっくん 卯月ミヤ
兎来栄寿
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『望月さん家のヤンキー』の卯月ミヤさんによる、義姉弟ラブコメです。 現実に兄弟姉妹がいる人には「こんなのはマンガの中だけ!」と言われがちですが、マンガの中の妙なる関係性からいつだって栄養を獲得して生きてきている皆さま、こんばんは。 たとえそれが刹那の幻想だとしても、良いではないですか。この世とて胡蝶の夢かもしれないのですから。 本作は、心の中では義弟・みっくん大しゅき状態でありながらそれを外側には出さず普段はクールなギャルの体裁を保っている義姉・亜純(あすみ)を描いた作品です。 亜純の友人たちはビッチで「筆おろし真希さん」の二つ名すらある様相ですが、そんな彼女らの毒牙にかからぬよう亜純は必死に義弟を守護(まも)ります。一方、みっくんの友人たちはオタク揃い。脇役も良い味を出しています。色々と対照的なふたりですが、そうであるからこそ関係性に趣深さも宿るというものです。 クールを貫こうとするも、みっくんのあまりの尊さに装甲を貫通され素が出てしまう亜純の姿が、この作品の一番の美点でしょう。いじましくかわいらしく面白いです。それを補強するのが卯月さんの魅力的な絵。スタイリッシュで非常に読みやすいのも、本作のストロングポイントです。 義姉弟なので、実の兄弟ではなし得ないこともできてしまう関係であるということもあり、ふたりの今後がどうなっていくのか楽しみです。

夏・ユートピアノ

安易に語らず雄弁に語る物語 #1巻応援

夏・ユートピアノ ほそやゆきの
兎来栄寿
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ほそやゆきのさんの待望の作品集が発売されました。 四季賞2021春で四季大賞を受賞した「あさがくる」は公開当時非常に話題になった名作短編です。その作者が昨年秋に&Sofaで連載を始めるとして注目されていたのが表題作の「夏・ユートピアノ」です。 ピアノの調律師の娘で進路に迷いを抱いている新(あらた)と、有名ピアニスト駒木牧子の娘である弱視のピアニスト・響子が出逢うことで生じるハーモニーが描かれる「夏・ユートピアノ」。 宝塚の受験に4回落ち続けた19歳の朝顔が、同じく宝塚を目指す少女・胡桃と邂逅によって運命のクロワゼが紡がれる「あさがくる」。 いずれも、芸術に関わるものに人生を捧げるうら若き乙女たちとそれぞれの懊悩が描かれている作品を2作品収録しています。 ほそやゆきのさんの良さの最たるところは、(特に要となるシーンにおける)間や静寂の使い方。大切なことや想いを安易にセリフに託さず、むしろそういった部分をこそ絵で、表情で、無言のままに表現します。文字の密度が非常に濃いページもあり、コントラストがよりその効果を引き上げています。 そして、そのような演出の巧さによって引き立てられるキャラクターたちの複雑な感情の丈が、大きく胸を打ちます。それは、個々人の記憶の奥底にある思い出と結びついたり、重ねたりする大きな力を持ちます。 このふたつのお話には、どちらも希望があります。すべての願いが叶うほど安易で優しくはないこの世界ではないですが、叶わなかった願いを抱えて歩み行く先の道を照らしてくれる暖かな光のような作品です。 待ち望んでいた人も多いであろう短編集、この機会に多くの未読の方にも届けたいです。

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