ガス灯野良犬探偵団

『緋色の研究』より前のホームズと「ベイカー街イレギュラーズ」 #1巻応援

ガス灯野良犬探偵団 松原利光 青崎有吾
兎来栄寿
兎来栄寿

本格ミステリ『体育館の殺人』の青崎有吾さんが原作を、『リクドウ』の松原利光さんが作画を担当する、19世紀末のロンドンを舞台にした新たなミステリ。 19世紀ロンドンといえば、コナン・ドイルが生んだ世界中に愛好家がいる最も有名な探偵、シャーロック・ホームズですね。本作は、そのホームズを助ける浮浪少年のリューイが主人公の物語です。 巻末に北原尚彦さんの解説がある通り、ホームズ正典における「ベイカー街イレギュラーズ」、ホームズからお駄賃をもらって彼を助ける1ダースの浮浪少年たちという存在からリューイは着想されているものと思われます。 レストレード警部のような原作でもよく見かけた登場人物や名前だけ言及された事件名などが登場して、原作で書かれていたわけではないけれど仄めかされていた事柄を上手く繋ぎ合わせながら補完するような立ち位置の新たなシャーロック・ホームズの物語となっています。ホームズがまた開業したばかりでワトソンと出会う前段階ですね。 とはいえ、ミステリとしてサスペンスとして、また明日もわからぬ浮浪少年が今日を必死に生き抜く物語として純粋に面白いので、ホームズをまったく知らなくても面白く読めることでしょう。本格を得意とする青崎さんらしい、質実剛健な謎解きの楽しみを味わえます。 また、松原さんの高い画力で描かれる19世紀末のベイカー街と息衝くようなキャラクターたちがとても魅力的です。リューイの目力が良いですね。ホームズも癖はありながら、ずば抜けた慧眼を発揮するところはやはり格好いいです。アクションシーンも迫力があります。 今後、原作の他の有名なキャラクターたちは登場するのか、どのように料理されて提供されるのか。非常に楽しみです。

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片翼のドロップス

世界でただひとり空を飛べない少女の物語 #1巻応援

片翼のドロップス sora
兎来栄寿
兎来栄寿

『墜落JKと廃人教師』のsoraさんが、並行して短期連載していた作品です。 舞台は西暦3015年。温暖化と海面上昇により海が地球の90%を占めるようになったころ、人類は建物をどんどん高層化しながら自然と空を飛べるように進化したという世界。そんな世の中で唯一空を飛べない人間、「旧世代(ドロップ)」として差別を受けながら生きるのが本作の主人公・深海ツバサです。 「飛べない人間って人間なの?」 とまで言われてしまう世界。階段が設けられている学校すら希少で、移動のために常にマイハシゴを持ち歩いているヒロイン。まず、この設定が独特で面白いです。独自の理がある世界で必死に生きるツバサは白泉社の良きSF感を覚えさせてくれます。 そんな彼女が出会うのは、何やら謎めいた事情を抱えているイケメン・鷹月レン。彼との関係性も見所です。 ファンタジックな設定ですが、ツバサの抱える疎外感や無力感は現実の私たちと地続きであり共感できるものです。そんな中でも、ツバサだから見ることのできる世界の美しさ・素晴らしさもある。設定を上手く利用しながら実に良いシーンを描いているところもあって、好きです。 soraさんの画力がそれらをより引き立てているのもありますし、1話と最終話の対比構造も綺麗で素敵な物語です。 巻末には短編の「アブダクション」も収録。命の危機にあるときのツッコミたくなるところへのツッコミが好きです。

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伽藍の姫 -がらんのひめ-

機械とファンタジーと百合と #1巻応援

伽藍の姫 -がらんのひめ- こるせ
兎来栄寿
兎来栄寿

『きみと世界の終りを訪ねて』や『わたしたちの終わりと』のこるせさん最新作。 今回はSFファンタジーアクションですが、その中でお得意のポストアポカリプスに近しい要素も感じさせてくれる内容です。 『セメルパルス』などもそうですが、『百合姫』の中にもこういう作品が存在する多様性があることがまず良いですね。 本作は、機械文明が滅びた後の世界という設定となっています。それ故に、遺跡や長い時間をかけて自然に侵食された建造物などがたくさん描かれており、そこはこるせさんの持ち味全開です。一話のカラー見開き扉絵なども、一枚絵で昂りを覚えさせてくれます。 かつて力を持った王が作り出したさまざまな生き物が神によって変えられた姿である不死の魔物「モノツキ」の脅威に晒されながら、天使によってもたらされた15の「聖石」(通称:「石様」が作り出す人類の僅かな生存圏。 そんな過酷な世界で出逢いを果たすのは、幼いころの記憶を失っており姉の影を追い求める少女・イサナと、どこか姉に似ている一切の記憶を持たない機械のヒメ。 表紙イラストからして独特さを感じられると思いますか、ヴィジュアル的にもキャラクターからモノツキまで含めてこるせさんのセンスが溢れています。 謎が謎を呼ぶ彼女たちの旅は、危険や未知に満ちておりサスペンスフルで目まぐるしく展開していき、面白く続きが気になります。 『百合姫』らしいキャラクター同士の関係性の変遷もあわせて今後とも楽しみです。

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マンガでわかる!男女で知っておきたい更年期

男性の更年期も、あるんだよ #1巻応援

マンガでわかる!男女で知っておきたい更年期 下地のりこ 佐々木春明 甲賀かをり
兎来栄寿
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「更年期障害」という言葉は知っていても、具体的な中身をよく知らない方は特に若い方では多いのではないでしょうか。漠然と「歳を取るとなる体調不良」みたいなイメージがあるかもしれませんね。そもそも「更年期障害」というと女性をイメージしがちである気もします。 もちろん女性の更年期障害についても詳しく紹介されますが、本著では早ければ30代で訪れるという男性の更年期障害というあまり浸透していない知識についてもマンガと文章を交えて詳しく語られます。 男性の更年期障害、「LOH(Late Onset Hypogonadism)症候群」も原因はさまざまですが、特に長時間労働による疲労やストレス、睡眠不足は大きな要因のひとつだそう。 しかも、女性の更年期障害は5年程度で何もしなくてもおさまることが多いのに対して、男性の方は10年、20年と続いて終わりがないこともあるとか。 また、自分が男性更年期だと解ったときに行くべきなのは精神科や心療内科ではないということも解説されます。現代社会で生きる多くの男性にとっては他人事ではないですね。 自分のみならず家族やパートナーがやたらと不調だったり機嫌が悪かったりするときも、原因が分かっていれば対処できることもあります。 さまざまな病気の症状に紛れやすいため見逃されやすい更年期障害。それをしっかりと見極められるようになることで、またもし更年期障害になってしまったときにもそれをきっかけに生活を見直すことで、80年90年と生きるようになってまだまだこの先が長い人生を健康的に過ごしていくことができると説かれます。 読むと、更年期障害への知識が身につくと共に健康に気を遣っていく気持ちが増す1冊です。

スイーツ・ヤクザの甘杉さん

静岡県民に特薦のグルメ×ギャグ #1巻応援

スイーツ・ヤクザの甘杉さん 並庭マチコ
兎来栄寿
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『プリンセスお母さん』でお馴染みの並庭マチコさんによる主にスイーツを題材にしたギャグマンガ。 人目のないところでひっそりとおやつタイムを楽しむのが大好きな16歳の桃栗ちよ子の平穏が、甘いもの大好きヤクザの甘杉との出会いによって脅かされていく物語です。 ヤクザなのでたまに物騒なところもありますが、基本的に「明日もおシノギがんばろ!」くらいの緩いテンションでかわいく楽しく読めます。 古来のグルメマンガから存在する食べた瞬間のオーバーリアクションのマンガ的表現が、並庭さんらしいテンションで爆裂していてとても楽しいです。特に月餅を食べた時の凄まじいコマがお気に入りです。 また先日発売した『このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉 アンソロジー 埼玉解放戦線調査報告書』でも、「幻影の飯能市」という短編を寄稿していた並庭さんですが、ただでさえギャグが面白いのにローカルネタが加わると鬼に金棒。 本作でも 第2話 うなぎパイvs.こっこ 第7話 「さわやか」のハンバーグ と、静岡に縁のある方ならタイトルだけで笑える2篇が最高です。 私自身もそれなりに静岡に縁があり、特に家族は生粋の静岡県民で「静岡最高!」という郷土愛溢れる民であり、こっこのCMソングを突然歌い出すタイプの人間なので人一倍楽しめました。 アンドロメダ銀河の星々に包まれながらうなぎパイの十字架に磔になっているシーンは最高です。 グルメマンガ誌らしく毎回スイーツの作画に気合が入っていてとてもお腹が空くので、読むタイミングにはお気をつけてください。 あと、御殿場アウトレットのさわやかは本当に8時間待ちとかになるので、基本的に入れないものと思って空いている店舗に行った方が良いです。

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きらきら、あおい

アオハルというリトマス試験紙 #1巻応援

きらきら、あおい ito
兎来栄寿
兎来栄寿

最早、兵器とも言える破壊力です。 人気イラストレーターであるitoさんが描く、淡いフルカラーで彩られる青春の1ページ。 ある人は、若い男女のもどかしくなるようなやり取りに緩む頬やときめく心を止められないことでしょう。 またある人は、異次元のようなできごとに虚無感を覚え魂の慟哭が起こるでしょう。 読む人の人生を照らし浮き彫りにしてしまうほどの、何なら粒子に返してしまうほどの眩さを放つ、純然たるボーイミーツガールです。 高校生になって最初の日に出会った、同じクラスの前の席の男の子。 初めて触れた手。 勉強会。 初めての通話。 初めて一緒にする校外でのお出かけ。 ふたりで乗る観覧車。 席替え。 そして…… ある種『別冊マーガレット』や『デザート』を超える甘さを呈しながら、しかしそれだけでは終わらずアオハルの渦中の繊細な感情を丁寧に掬い取ってつぶさに描いていきます。 高校生の男女が迎えていくひとつひとつのイベントが、itoさんの絵の魅力を伴って心を揺さぶってきます。 「あったなぁ、こんなとき」 と共感するか。 「自分の人生にはまったく存在しないものだ」 と断絶を感じるか。 あなたはどちらでしょうか。

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ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ

誰しもが陥る可能性のある陥穽 #1巻応援

ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ 魚豊
兎来栄寿
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アニメ化も発表された『チ。』や、『ひゃくえむ』の魚豊さんによる待望の最新作1巻が発売されました。 今回は、いわゆる「陰謀論」マンガです。単体でも挑戦的でまさに現代に相応しいテーマなのですが、それを『チ。』の後にやる。人間の知的探究心がいかにして世界を切り拓き動かしていくかという物語をやった後に、それが間違った方に転がったらどうなるかという危うさを描く。素直にすごいな、と思いながら1話から楽しみに、一方で恐ろしく思いながら読んでいました。 現代社会には、情報が蔓延しています。し過ぎています。現代人が1日に触れる情報の量は江戸時代の人間の1年分・平安時代の一生涯分に相当するとか、2002年のインターネット上の情報を10とすると2020年の時点ですら約60000になっていて今も加速度的に増え続けているなどと言われます。 コロナ禍にあっても、不安や困窮から冷静な判断をしにくくなっている状態で玉石混淆の情報が錯綜し、何が正しく何が間違っているのか多くの人が惑う中で分断や対立が起こってしまいました。最近急速に発達しているAIによるフェイク動画や画像なども今後はより氾濫していき、ますます真実を見極めるのが難しく、大事な時代になっていくでしょう。 そんな情勢下において、この物語で語られることは非常にクリティカルです。人は、他の人が気付いていない真実に自分だけが気付いているという甘美な果実の旨味からはなかなか逃れられません。 本作の主人公である渡辺は非正規雇用のいわゆる社会的弱者ではありますが、小学生のころの成功体験を基に論理的思考をする癖をつけてきた人物です。そんな彼が、いかにして陰謀論に堕していくのか。社会から受け入れられてこなかった人間が、少しでも自分を肯定してもらえるとどうなるのか。 そこには、現代社会や資本主義の、あるいは人間自体の構造的な脆弱性があります。そして、その脆弱性を利用して利益を得ようとする悪意が必ず存在し、そこも実に巧妙に描かれます。 客観的に離れた立場から見ている分には論理的な矛盾なども冷静に指摘できるものですが、いざ自分がその場で肉体的・精神的・経済的に弱まって判断力が低下した状態で同様のことをされた際にどうなるかと考えると、誰しもが自分は絶対大丈夫などとは決して言えないのではないでしょうか。 確かに女の子も出てくるのですが、この作品をラブ「コメ」と言ってしまうのはあまりに救いがなさすぎる気もします。読んでいると、共感性羞恥に近い諸々の感情も生じてきます。それでも、圧倒的に目の離せない筆力は流石の魚豊さんです。 反面教師として、戒めとして、大事なことが記されている物語です。

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