兎来栄寿
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2023/10/10
画力が高く続きが気になる台湾マンガ #1巻応援
良い台湾マンガが最近はどんどん邦訳されて読めるようになっていて、嬉しいですね。 本作は「#続きが気になる台湾漫画大賞」を受賞した作品という触れ込みですが、1巻最後まで読んだら「続き……! 続きをください!」とならずにはいられないでしょう。 近所に住む綺麗で何でもできるお姉さんに、子供のから憧れを抱き続けていた少年の物語です。 立派で素敵な大人になると思っていたお姉さんは、ちょっと思ったのと違う感じにはなってしまいましたが、それでも惹かれる部分をたくさん持ち合わせており思春期の少年の複雑な想いが揺れ動く様を堪能できます。また、彼の周りの人物にまつわる物語も、対照的に進行していきます。 恋愛の話もありますが、思春期に誰もが悩む未来についての普遍的なパートもあり感情移入はしやすいでしょう。 何より筆者の画力がシンプルに高く、キャラクターたちの豊かで魅力的な表情やアングル、日本とかなり似ていながらも細かい違いのある台湾の日常風景(スーパー、学食、ゲーセンetc...)を絵でたっぷりと楽しむことができます。ルーローハンがチャーハンより安いのは羨ましい限り。基本的には沁みいるようなお話なので静と動で言うなら圧倒的に静のシーンが多いのですが、幕間や合間合間で激しく動く描写も挟まれます。勢いのあるアクションを描くのも得意な方のようで、そういったタイプの作品も見てみたいと思わされました。 「はっ」と日本語に訳される効果音は「回神」であるなど、中国語のまま残されたオノマトペなども楽しいです。主人公が「和」と書いて「ホー」と読むのは、麻雀好きには馴染み深いことでしょう。 おまけマンガもかなりカオスで、作者の趣味嗜好がダダ漏れている感じも好きです。余談ですが、作中で登場する城に迷い込んだ少年が幽閉された少女と城を脱出するゲームは私も大好きです。
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2023/10/10
アンドロイドをレンタルして何をしたいですか? #1巻応援
ソフトバンクの孫さんが「ChatGPTを使ってない人は人生を悔い改めた方がいい」と発言して物議を醸していますが、AI分野が非常に盛り上がっている昨今。 『並木橋通りアオバ自転車店』の宮尾岳さんが描く、AIを駆使したアンドロイドをテーマにしたオムニバス作品です。 近未来の日本を舞台に、「貸人サービス」というアンドロイドを好きな容姿や人格に設定して一定期間レンタルできるサービスに関わる人々を描いていきます。 第1話の1コマ目が ″だから父さん! 免許返納してくれよ! もう80歳なんだぞ!″ というセリフから始まる辺りは現代的ですね。 家族の代わりとして利用する人もいれば、彼氏が欲しい女性や二次元の推しキャラに似せる少年など、目的やニーズは多種多様。 ヒューマンドラマの名手が描くAIと人間の交流ということで、素朴な温かさが感じられる話が多いです。派手な面白さや非常に斬新な発想や設定があるわけではないですが、それがいい。 個人的には、現在AIと人力を合わせて生み出すサービスに関わっており日々人間にできてAIにできないことやそれをどうシステムに落とし込めるかなどを考えているのですが、そのひとつの例となるお話もあってこのタイミングで読めたことに意義を感じました。ガンプラ的なものを大好きすぎる男性の話なども好きです。 「アンドロイドがいる未来に最も柔軟に付き合えるのは、アトム以来何十年もアンドロイドを見つめてきた日本人ではないでしょうか」 という宮尾さんのあとがきにも首肯します。これくらい精巧なアンドロイドが現実世界で活躍するのはいつくらいになるでしょうね。
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2023/10/07
咲-Saki-に人生を変えられた者として #1巻応援
「伊達朱里紗さんのマンガを、『アエカナル』や『ホーキーベカコン』の笹倉綾人さんが描く」。 初めてそれを聞いた時は正に驚天動地でした。思い入れがある方と、大好きな漫画家のコラボ。歓喜せずにはいられないな、と心の中の池田がリー棒をおもむろに掲げました。 伊達朱里紗さんと言えば今や押しも押されもせぬ大人気Mリーガーで、リーグMVPも獲得した 選手です。 そんな伊達さんは声優としても活躍されていますが、その初めての大きな役どころは『咲-Saki- 全国編』の上重漫役でした。『全国編』放映に際して最初に行われた新声優陣による数十人参加のお渡し会に伊達さんも出ており、私もそこで伊達さんに初めてお会いしたのですが、そのときはまさかこんな展開になるとは思ってもいませんでした。 そう、『咲-Saki-』に人生を変えられたといえば私もです。 アニメとしては前作にあたる『咲-Saki- 阿知賀編』の熱が冷めやらず、『全国編』が放映され始めた年から私は『咲-Saki-』を愛しすぎて聖地であり世界遺産でもある吉野山に移住して働き始めることになりました。それによって、さまざまな出逢いがあり経験があって、普通の人生では考えられないようなことをたくさん積み重ねてきました。『咲-Saki-』がなかったら、文字通りまったく違った人生を歩んでいたことでしょう。 私は子供のころから麻雀と『ガンガン』が大好きで、その延長線上に『咲-Saki-』が存在した形なのですが、伊達さんは麻雀とアニメの延長上で『咲-Saki-』を発見し、より麻雀の深みにハマっていったそうで。親近感を抱かずにはいられません。『咲-Saki-』が最初ではないにせよ、『咲-Saki-』きっかけで麻雀の深奥へと歩む人がどんどんでてきているのは大変にすばらなことだと思います。 このマンガでは、そんな伊達さんがプロ雀士を目指していく姿、またプロになってから奮闘する姿が、笹倉綾人さんの美麗な絵で描かれています。伊達さん以外のプロ雀士たちも、笹倉さんの絵の魅力もあってキャラが現実以上に立っているように感じられます。 美しくて強い女性麻雀プロが世間から注目され、闘牌が配信されて大人気を博す。まさに実世界が『咲-Saki-』のような世界となってきているのですが、その立役者のひとりである伊達さんの軌跡をマンガで楽しく読めるというのも、またすばらなことです。ここから実際にMリーグも観てファンになるという人も多いことでしょう。 ひとりの麻雀好きとして麻雀業界がますます盛り上がっていって欲しいですし、その過程で今後ますます増えていくであろうこうした展開も応援しています。伊達さんを初期から応援している者としても、今後もより一層のご活躍を楽しみにしています。
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2023/10/06
幼馴染を取り巻く″縁″ #1巻応援
幼馴染の結婚式に出席するシーンから始まり、中学高校時代の回想にたっぷりと尺を割いて各々の背景事情と揺れ動く感情の変遷をとても丁寧に描かれていく物語です。 幼馴染……その関係性からしか摂取できない成分は確実にあります。積み重ねた時間の長さの分だけ、さまざまな思い出も想いも堆積しているわけで。知り合って数年では生まれ得ない濃厚なものがそこには確かにあります。 ただ、一口に幼馴染と言ってもそこには無限の色合いがあり形があり化学反応が存在します。冒頭のシーンからも解るように、決してこれは仲睦まじく結ばれる幼馴染の物語ではありません。むしろ、特別で大切な関係だからこそ行なっておかなければならないものを描いています。 それでも、ふたりの間には周囲からは届かず理解が難しいふたりにしか共有できないものがありました。その何ともいえない愛おしさと、綺麗な感情とは裏腹に生じてしまう歪さのリアリティが胸を焦がします。 また、そんなふたりを遠巻きに取り巻く外野の存在の描き方も大変良いです。巻末の描き下ろしは最高でした。 濃厚な学生時代の描写と大人になった後とを読んで、人生は往々にしてままならないけれどこうやって一歩一歩進んで行くものだよなぁとしみじみ感じ入りました。 上質な感情が紡がれている物語です。
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2023/10/05
将来性を感じる短編集 #1巻応援
タイトルと、独特の世界観を感じる表紙に惹かれて手に取りました。 五つのお話を収録した同人短編集です。 最初の、2017年に出された『怖そうで怖くないちょっとだけ怖いホラー同人誌』に収録されていたという女子バスケ部の強化合宿の夜の話を描いた「合宿の夜」は、まだ少しこなれていない感じもありながら既に独特の感性の萌芽が見て取れます。 続く「大社会地域評議会」も、同人的な自由さを感じられる作品です。ただ、設定を踏まえながらしっかりと結びまで描いているところは単なる混沌だけではなく構成力を感じさせます。なお、たまたま隣にポメラニアンがいる時にページを捲ったら「ぽめ」というオノマトペが出てくるという謎のシンクロニシティに笑ってしまいました。 「マイナンバーナイ」は、未来の超管理社会を描くディストピア系の物語。設定の面白さや味のあるセリフ、主人公に起こるサスペンス性溢れるドラマなど個人的には本書の中でも特に好きな作品です。作画やネーム的にも、かなり熟れてきておりマンガとしての読みやすさも格段に上がっています。 「亜種特捜課」は、さまざまな怪物や異形が解き放たれた世界で見られた者は死ぬというベアードについて捜査する物語。ネットミームのイメージが強いベアードですが、フェルミ粒子やボース粒子といった単語が出てきてそうした妖怪的な存在と結び付けて説明するパートが非常に好みです。魅せシーンでのタチキリや見開きの使い方など、一層マンガ的なテクニカルさも見せてくれます。カルビクッパが食べたくなりました。 一番楽しみにしていた「世界が終わった世界」は、クトゥルフ的な香も感じさせてくれるフルカラー作品。こういう世界観は大好物です。この遺跡を、そこに刻まれた歴史をもっと見たくなりました。 個人制作で学漫的なテイストは強いですが、独特の世界を持っており描くたびに成長しているのが感じられるので、今後の活躍を楽しみにしたい方です。
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2023/10/04
ママ友の友情破壊ミステリー #1巻応援
何の変哲もない日常風景が舞台であっても、殺人のような大きな事件ではなく今もどこかで起きているようなありふれたことを題材にしても、面白いミステリーは描けるという良いお手本のような作品です。 同じバス停から通園する子供を持つ、月村家・西井家・雪田家・高見家の4家族がメインメンバー。ある日、母親たち4人が話し込んでいる隙に子供たちの誰かが高級車に傷をつけてしまいます。一体誰がやったのか? 犯人はわからないまま高額の賠償金を支払わねばならなくなり、それまで仲の良かった4人はその事件をきっかけに諍いが起きたり距離を取ったりすることになり、生活が変わっていきます。 七夕の短冊に「ひとをけしたい」と書いたライムくん。 社宅で起きたボヤ騒ぎ。 続発する自転車のサドル損壊事件。 ある真相を知る人物の存在。 不穏さを煽るできごとが次々と起こりながら、物語は実にサスペンスフルに駆動していきます。 かわいらしい絵柄ながら、人間社会における歪みが表出したキャラクターたちのリアルさが見事です。特に、断片的な情報しか得ていないにも関わらず、真実を知った気になって誰かを断罪しようとしたり、それによって更に当事者を傷つける結果を生んだりしてしまう人間。そして、それに対してほとんど罪悪感などあるわけもないという。現実でも仮想空間でもありふれた人間の在りようですが、非常に恐ろしいです。 ママ友や子育ての闇の部分が、うまい具合にサスペンスの雰囲気と溶け合っています。それでも、醜い部分だけではなく人間の良い面も描かれているところは一抹の救いです。 すべての謎は、最終的に綺麗に氷解します。そこで一旦スッキリはするのですが、その更に奥底にあるものに対して考え始めるとまた大きな難題の壁が立ちはだかるような気分です。1冊完結のミステリーマンガとしては非常にお薦めです。
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2023/10/02
殺すだけでは足らない夫への復讐 #1巻応援
三田たたみさん原作の、今年の初めにドラマ化もされた作品です。 元々は縦スクロールのフルカラー作品でしたが、単行本版として一般的な左捲り見開きマンガとしても今回発売されました。 最近また「旦那デスノート」における旦那の飲食物に不凍液を仕込み続けて秘密裏に衰弱させる手口が話題になっており戦慄しましたが、事実は小説より奇なり。とはいえ、言うまでもなく重大な犯罪ですのでそんなことは絶対にしてはいけません。 現実でひどい夫に苦しめられている妻の方は、せめて本作を読んで溜飲を下げるくらいにしておいていただければと思います。 こちらはモラハラやDVが酷すぎる旦那に対して物理的・精神的に復讐を果たしていく物語で、激しい抑圧からのカタルシスが描かれます。読んでいて妻のあまりの窮状がかわいそうになり、ただ殺すだけでは飽き足らない生き地獄を味わわせるための復讐に駆られるのも無理からぬことだと感じます。 主人公にはこんな男のことは人生のゴミ箱からも削除して20代の内に新たな人と新たな幸せを見つけて欲しいと思いますが、それでも復讐せずにはいられないほどの辛み、悲しみ、苦しみ、憎しみが募ってしまっています。 人が鬼と化するほど傷つけられた心というのは外からは見えないですし、ましてや傷つけた方は軽い気持ちでしかないというのがえてして不条理です。 不倫や夫への殺意などのキーワードに引っ掛かる方にお薦めします。
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2023/09/29
紙の本の良さに感じ入る物語 #1巻応援
先日五反田に行ったのですが、数年前にあおい書店が閉店してしまったのに加えて、とてもマンガの品揃えや陳列センスが良かったかつてのあゆみブックスであるTSUTAYA五反田店すらもなくなってしまっており非常に寂しくなりました。 最近は書店がどんどん減っています。私が子供のころにお世話になった書店も今はほとんど無くなってしまいました。それは中古書店も例外ではありません。 本作は中古書店を営んでいた父親を亡くした息子の物語です。本にばかり感けていて自分の方を向いてくれなかった父親を、サッカー少年であった主人公・樹(たつる)は厭っていました。そんな父親が亡くなってしまい、経営していた古書店「佳日」に父親を下の名前で呼複雑な想いを抱えていたところ謎の少年がやってきて物語の車輪が回り始めます。 『めくり、めぐる』というタイトルの通り、古書店にある本はみな読まれた誰かの手から、また別の誰かの手へと渡っていくもの。考えてみれば、そこに置かれている本はみんな誰かが読みたいと思ったり、あるいは誰かに読んでもらいたいと思われたりした本なのだと思うと、その1冊1冊の裏側にある見えない無限の物語に想いを馳せます。こればかりは、電子書籍ではできない紙の本ならではの魅力ですね。 本が繋ぐ、世代や背景などを超えて生まれる絆。たとえ言葉が通じない人とでも、本が共通言語となって心を交わし合うことができる瞬間が確かにある。自分が長年心の底から探し求めていた本や、昔は興味がなくて読まなかったけど年月を経てから改めて読んでみたら夢中になった本のことなどを想いました。 1話から本当にいいお話ですし、中陸なかさんの絵がまた叙情性溢れる物語にぴったりハマっています。思春期の少年たちの眼がいいですね。 今月に上巻が、1ヶ月後に下巻が発売となるので、まずは上巻だけ買って続きを楽しみにするのも良し、上下巻あわせて買って一気に読むのも良しです。
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2023/09/26
金魚屋×小説家の良きラブコメ #1巻応援
以前の作品である『ヒロインはじめました。』は上質な学園ラブコメでしたが、本作では大人の恋愛を見せてくれます。 ヒロインの旭は黒髪ロングと八重歯がチャームポイントな小説家。七海は祖母の店を継いだ金魚屋さん経営。そんなふたりが、政略結婚とまでは行きませんが互いの利害の一致によりかりそめの夫婦として結婚という契約を交わし共に暮らす様子が描かれます。 理由はともあれ、妙齢の男女が一緒にひとつ屋根の下で暮らせば何も起こらないわけはなく。よく恋愛ドラマで主演した俳優同士が付き合うということも起こりますが、単純接触効果的にもずっといることで互いへの好感度ゲージは否が応でも高まっていきます。その際の、社会的には夫婦という関係でありながらも実際には違うというギャップから生み出される初々しい反応の数々が旨味となって読者に波濤のように押し寄せます。 特に好きなのは、町祭りにおけるイベント「ラブラブ夫婦大会」。新婚夫婦の仲の良さにニコニコする年配の方々とのシンクロ率が400%を超えていきます。 何より天倉ふゆさんの絵の魅力です。本作ではますます磨きがかかっており、女子はかわいいし男性はかっこいいのが最大の魅力と言って良いでしょう。少女マンガ的に大事なシーンを、しっかり絵で魅せてくれます。そして、心の中の井之頭五郎が「うんうん こういうのでいいんだよ」とひとりごち、私は「否、こういうのがいい」と応じます。適度にラブがコメり、されど大人らしく適度にしっとり。とてと良い塩梅です。 金魚屋という職業の部分がフィーチャーされるパートも好きです。 今後も良い感じに幸せに、末長く爆発してほしいです。
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2023/09/26
華やかな衣装と舞台の裏側にある苦悩と熱 #1巻応援
『ゆめぐりっ!』のいしいゆかさんが手掛ける新作は、「アイドル×仕立て」の物語。 クラスメイトの隠れ美少女が実はアイドルだったというのはよくある設定だと思いますが、その子のために主人公・鬼島一犀(きじまいっせい)が衣装を仕立てるという筋書きになっています。 一犀は見た目は強面でヤンキーですが、かわいい妹を始めとして母子家庭での節約の一環として針仕事が得意になった少年。そんな彼の作った服を見た白坂凛々花ことアイドルグループ″Piemier″のリリィが、自分たちが輝くための衣装作りを依頼するところから物語が始まります。 この作品の何が良いかといえば、人生で熱くなれるものなんてないと思い込んでいた少年が同年代の女の子のひたむきな姿を見て、初めて本気で打ち込めることを見つけていくところです。 格闘家の那須川天心さんがファンからの質問で 「今日しんどいからやめとことか思う事もあると思いますがその時はどのように自分自身奮いあげますか?」 と問われて 「そのレベルで物事をやってないっす」 と答えたのが話題になっており良いなと思ったのですが、一犀の心を動かしたのもまさにそれに通ずる凛々花の真剣な瞳と、ひたむきに最高のものを観客に届けようと努力する姿。 答えのないものに向き合い続けながら華やかな舞台の裏側では泥臭く汗をかいてひたすら上を目指すその姿勢に魅せられた一犀に訪れる、憧れも悔しさもすべて綯い交ぜになりながら自らを大きく突き動かす感情が芽生える瞬間の描かれ方がとても良いです。自分が携わればこの輝きをもっと増すことができる、自分が存在する意味があると確信してしまう瞬間。人間の生が、ここにあります。 王道的な熱量に支えられながらどんなかわいい衣装ができ上がっていくのか、ふたりの関係性がどうなっていくのかも楽しみです。
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2023/09/25
もしもゾンビになったら何をしたい? #1巻応援
『ゆうべはお楽しみでしたね』を連載しているヤングガンガンで立ち上がった、もうひとつの金田一蓮十郎さんの連載作品が1巻発売となりました。 今期はちょうどアニメ・映画化もあって『ゾン100』が国内外盛り上がっていますが、この『ぼくらはみんな*んでいる』もゾンビと現代日本の日常が融合した作品です。ただ、本作が普通のゾンビものと大きく一線を画しているのは、ほとんどの人類が死後にゾンビ化するウイルスの保菌者となっているという世界でゾンビが日常に溶け込んだ存在になっていることです。 ジャンルとしてはゾンビが人を襲うことによるパニックホラーではなく、ゾンビが人間社会で普通に共存している中での金田一さんらしいコメディや人間関係のあれやこれやなどのヒューマンドラマが主軸となっています。 ゾンビ化ウイルスは12歳頃から3割ほどの発症率で、年々発症率は上昇中。 「今ゾンビ彼氏がブーム! ゾンビ彼氏のメリット大特集」のような記事がネット上では流布しています。 ゾンビになると人間にはない体のケアなどは必要ですが、睡眠の必要もなくなるので多くのゾンビは暇を持て余しているそう。私は読んでいてネトフリを無限に観ていられるゾンビたちが非常に羨ましくなりました。私も一睡もせずにこの世にあるマンガを読んでアニメや映画やドラマを観てゲームをしていたい。 こうした世界観の中で、毎回主人公が代わりさまざまな人及びゾンビの生きる(?)姿が描かれていきます。 死んだ体をそのまま描くと少々グロいので、本作ではモザイクの代わりに綺麗なお花がたくさん描かれているため目にも優しいです。普通のゾンビものが見られない方も、安心して楽しめるでしょう。 ゾンビという特殊設定をひとさじ入れることで、金田一蓮十郎さんらしい味わい深い人間(ゾンビ)たちのコクが引き立っています。 以前ヤンガンに掲載されていた金田一蓮十郎さんのリアルな妹さんである芋Utoさんとの合作読切「鳳凰院くんと何も始まらない話」も連載化して欲しかったですが、流石にこれ以上連載を増やすのは難しいと思うので、今後どこかの巻末にでも収録して欲しいです。
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2023/09/23
中学受験、子供と大人の感情 #1巻応援
今までの今日マチ子さんの作品の中でも、個人的に特に刺さった作品です。 『セキ☆ララ中学受験 経験者だから描けた、ホントの中学受験&中高一貫校ライフ!』から10年と思うと月日の流れの早さに戦慄しますが、自身も中学受験を経験して中高一貫校に入学したという今日マチ子さんが改めて物語として描く中学受験。 小学校高学年の頃、私は受験とは無縁で近くの公立中学にのほほんと進学する予定でしたが、周囲の半数以上の同学年の子たちは受験戦争に駆り立てられていました。私が小学校1年生の時から最も仲の良かった親友は、某有名幼稚舎に落ちて公立にきた社長の息子で、せめて中学からはそこへと連日猛勉強で特に高学年になってからは遊ぶことが少なくなってしまいました。 この『すずめの学校』で描かれるのは、私立小4年生のめだかと公立小4年生のすずめ。そして、そのふたりを取り巻く親類や友人知人たちが織りなす中学受験にまつわる群像劇です。とりわけ、厳しい教育ママであるめだかの母親の様子を見ていると、自分の小学生時代を思い出さずにはいられませんでした。 日々、習い事や塾で忙しくしていた親友が疲れ果てていた時、習い事をサボって我が家で一緒にマンガを読みゲームをした日がありました。それが親友の母親に発覚した時、きっとめだかの母と同じような表情で同じようなことを考えていたんだろうなと今考えて思います。家の経済状況も違いすぎ、私の親の職業も合わせて心の中では嘲笑されていたかもしれません。 子供の人生を良くするためというのはもちろん一定の割合であるはずですが、世間の熱心な教育ママの裡には世間体や自尊心が大きな理由になっている人もおり、そういった大人の機微、今で言うマウント合戦のようなものが行われている様を私は子供心に醜く忌避したいものだと感じていました。 マンガもゲームも友達と遊ぶことも禁じられ、勉強して、いい大学に入って、いい会社に入ったり公務員になったりする。そこにちゃんと幸せがあればいいのですが、残念ながら受験戦争に明け暮れた友人たちが大きくなってから発露した歪みのようなものも複数目にしてきており複雑です。 ただ、それぞれの母親たちにも幼い頃からの人生があり、それに基づいた考え方になっていることも本作では丁寧に描かれます。憧れとコンプレックスという表裏一体の感情や、自分がした苦労や辛い思いを子供にはさせたくないというプリミティブな思い。子供たちも大人たちも、いろいろなものが綯い交ぜになって形作られている。そんなリアルさが、かつての自分の記憶を喚起して胸を刺してきます。 ただ、あとがきで今日マチ子さんは「しんどかったけど友達もできて楽しかった」「自分がのびのびとしていられるのが塾でした」と書かれており、少し救われる思いがしました。 あの頃、死ぬほど我慢を強いられて勉強に明け暮れていた友人たちが今幸せに暮らしていたらいいなと思います。
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2023/09/22
革命を叫ぶ闘姫に滾れ! #1巻応援
サンドロビッチ・ヤバ子さんとMAAMさんの『ダンベル何キロ持てる?』コンビによる新連載。 『ケンガンアシュラ』がアニメシーズン2配信と共に期間限定無料公開で盛り上がっていますが、その「ケンガンアシュラ』や続編である『ケンガンオメガ』、『ダンベル』とも世界観を共有している作品です。それらの作品を読んできた方であればニヤリとできる点があり、今後もたくさんのファンサービスがされていくことが期待されます。 内容としても、完全に女の子版『ケンガンアシュラ』。ネームもオノマトペもフォントもストーリーも全部ケンガンの魂が宿っています。 ひとつ、特色としては本作最強にして最狂にして最凶のヒロインである革命姫・本郷姫奈の底知れぬヤバさ。他の精強な女戦士たちがゴラクやヤングキングにいそうな顔だとすれば、姫奈はきららから飛び出してきたようなヴィジュアルでお嬢様学校に通う女子高生。しかし、かわいい外見とは裏腹に国家転覆を企てたこともあるというあまりにもヤバ過ぎるエピソードを持ち「日本一危険な女子高生」と呼ばれています。頭脳も明晰で、何よりも戦闘狂。彼女の深淵の謎に迫っていくサスペンス性も本作の見どころのひとつです。 決め台詞の 「革命のッッ 時間だよーーーッッッ⭐︎」 は声に出して叫びたくなります。 姫奈を登用して裏闘技興業「戦乙女(ヴァルキュリア)」を行う三羽烏の天馬希望、美谷はな、伊織いちかや、彼女たちが呼んでくる戦士たちも一様にキャラが立っていて魅力的です。瀬名姉妹も良い敵キャラで今後関林のような立ち位置になってくれないかなと期待しています。 MAAMさんの高い画力で描かれるバトルシーンの迫力と疾走感も堪らず、頭を空っぽにしてシンプルにのめり込めます。 革命デュアリズムや輪舞-revolutionを聴きながら読むとキマる作品です。
兎来栄寿
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2023/09/21
26歳と66歳のクロスロードブルース #1巻応援
『日々ロック』の榎屋克優さんが、ブルースを描く。それだけで事件ですし、熱いものがこみ上げてきます。 忌野清志郎と甲本ヒロトを愛していて「ブルースはどちらかというと古臭い」「ビートルズやストーンズの方がかっこいい」と思っていたという榎屋さん。ですが、この作品を描くにあたってブルースを聴いてみたらどハマりしてしまったそう。 そもそも、作中でも語られる通りロックのルーツもブルースですからね。必然的な帰着なのかもしれません。私自身も元々はロックが大好きでしたが、ジャズやブルースをこよなく愛する親族の影響で有名どころは聴いてきています。ブルースにはブルースの、また違った良さがありますよね。 本作では第1話「Change My Way」からサブタイトルがブルースの有名楽曲名となっています。ブルースに馴染みのない方も、まずはこのサブタイトルになっている曲辺りから聴いてみると良いのではないでしょうか(第2話の「Everything's Gonna Be Alright」は検索するとSweetboxの方が先に出ると思いますが、Muddy Watersの方でしょう)。 本題の作品内容は、26歳の健康食品会社の営業である田中が十字路で悪魔に40年の寿命と引き換えに「ブルースマンになりたい」という願いを叶えてもらう契約することで、憧れの66歳のブルース奏者である仲村弦と入れ替わってしまうというものです。27歳で逝去した伝説のブルース歌手ロバート・ジョンソンのクロスロード伝説に擬えているのは言うまでもないですね。 ただ、ロバート・ジョンソンは恐るべきギターの腕前を手に入れましたが、田中はさしてギターも上手くないまま弦と入れ替わってしまったことで、むしろ苦労します。 通常、転生モノや入れ替わりモノだと、元の体での経験や知識を活かして無双したり、あるいは替わった先の体の超絶技能を駆使する展開だったりが多いですが、田中はその逆を行っているのが面白いところです。もし自分が推しに転生したらと想像すると、恐れ多すぎて慄きまともに動けないことでしょう。田中の苦労は察するに余りあります。 一方、元の田中の体には弦が入り、ミュージシャンとして自由を謳歌してきた人生から一転して毎日満員電車に乗って出勤するサラリーマンとしての生活をスタートします。弦が未経験ながら持ち前のコミュニケーション能力で見事に営業の仕事を行うシーンでは、アンドリュー・カーネギーを思い出しました。このふたりの入れ替わり生活の対照的な様、それでも根底にある音楽の楽しさや素晴らしさが読んでいて心に響きます。 3月に発売した『メゾン・ド・レインボー』などでも顕著でしたが、榎屋さんの描くキャラクターたちの何とも言えない人間臭さや温かみが心地良く、随所で利いています。人生のどこかで交差したことがあるようにも感じられるサブキャラクターたちもとても魅力的で、ふたりと彼らの関係性も見どころのひとつとなっています。会社のメンバーとのカラオケのシーンや、ボトルネック奏法のシーン、京都の一幕など好きな良いシーンがたくさんあります。音楽が絡むシーンの熱量は流石です。 物語の行く末は開幕1ページ目で暗示されており、まさに憂歌の様相を感じさせていますが、40年の寿命を捧げた田中と40歳差の弦は果たしてこれからどうなっていくのか。 ウイスキーと音楽と一緒に嗜めば、良い夜になること請け合いの作品です。
兎来栄寿
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2023/09/20
ヤングケアラー問題を丁寧に提起する1冊 #1巻応援
今年の4月に発足したこども家庭庁によれば、 "「ヤングケアラー」とは、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っているこどものこと" と定義されています。現実には数多く存在し、私自身もヤングケアラーでしたがこの言葉を知ったのも10年は遡らないほどでした。近年は少しずつ認知されてきているように思いますが、高齢化が進む社会では子供の数は少なくなりながらもヤングケアラー化してしまう子供はなかなか減っていかなそうにも思います。未来の担い手が不条理にその先の道を閉ざされてしまうことは誰のプラスにもならないので、何とか社会のシステムでケアしていくべき課題のひとつでしょう。 本作は、自身もヤングケアラーとしての経験がある筆者によって描かれるヤングケアラーたちの短編集です。1話~数話完結型で、自宅介護や病院通いなどそれぞれ異なる事情を抱える少年少女たちが描かれます。 学業やバイト、友人たちとの交遊などは著しく制限され自分が本来やりたかったことも諦めざるを得ず周囲の「普通」から取り残されてしまうこと。元々は大好きだったはずの人が認知症の進行によってその優しさや知性や尊厳をみるみる失っていってしまい、あまつさえ自分へ加害するようになってしまったときの言葉に表せない絶望感・虚無感。子育てと違って終わりの見えない状況の中で痩せ細っていく思考力や判断力。閉ざされた将来への不安。そういったことに対する理解を得るのが経験者でないと非常に難しいという側面も、丁寧に描写されています。 そしてまた、そんな状況で人生において金輪際関わりたくない(しかしながら関わらざるを得ないことがまた多大なストレスを生む)と思うような親類が存在することの苦しさも生々しいです。 ただ、そんな中でも同じような経験をしている人や暖かく手を差し伸べてくれる人も世の中にはいるのだという大事なことを伝えてもくれます。現代社会の暗部が描かれていますが、決して辛く苦しいだけではなく希望の光も見せてくれます。 今現在も苦しんでいる人は多くいると思いますが、そういった方々には頼れる人やものには頼って欲しいですし、そういう道もあるのだと気付かせてくれる作品です。渦中にあると、心身の疲弊で正しい判断を下したり新しく誰かに会ったり何かをしたりする気力体力がないということも往々にしてありますが、だからこそ自分が壊れるという最悪の結末を迎えないように自愛して欲しいです。 相葉キョウコさんの絵が美しくかつ読みやすいのも特筆すべき点で、10代が背負うには重すぎるものを抱えた心情もよく伝わってきます。 ヤングケアラーという言葉を知っている人も知らない人も、当事者もそうでない方も読む価値のある作品です。
兎来栄寿
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2023/09/18
かわいい絵柄で中身はしっかり分かりやすく #1巻応援
円安が話題に上ることの多い昨今、かわいらしい絵柄のマンガを楽しみながら、気軽にマクロ経済について学ぶことができる素敵な本が出ました。 自分がマクロ経済学を大学で受講していたときにこの本があったらなぁと思うレベルで良い本です。 高校3年生にして投資クラブを立ち上げたサヤ先輩と、彼女の師である立花先生が、2年生のユカとナオヤに教えていくという建て付けでマクロ経済の入門編が解説されていきます。 例えば 「″国民総生産″は実は悪訳」 というように、単なる用語暗記にならず強固なエピソード記憶に繋がるようなさまざまな細かい話や解説も差し挟まれながら進行します。 経済的な用語で言う「限界」とは? 「ビルトイン・スタビライザー」 「IS-LM分析」 「クラウディングアウト効果」 などなど、聞いたことがあるかもしれないけどよく分からない言葉の意味とは? それぞれの概念を浮島として理解するのではなく、経済指標における有機的な繋がりとして意味が分かるように書かれているので、非常に分かりやすくためになります。 これから経済学を学んでいこうという人も、門外漢だけど投資などに興味があって世間の動きや流れを知っておきたいという人にもお薦めです。
兎来栄寿
兎来栄寿
2023/09/15
もしも、うぐいす祥子さんが少年マンガを描いたら #1巻応援
ひよどり祥子/うぐいす祥子さんの代表作である『死人の声をきくがよい』は、 ″担当の編集者から「女の子をいっぱい出す」「タイトルをラノベっぽく」という指示を受け、「主人公の男の子が幼なじみの幽霊やいろんな女の子に囲まれてキャッキャウフフな内容の作品をホラーマンガ家が描い」て出来上がった″ (Wikipediaより) という成り立ちだったそうです。 翻って、本作はあとがきで書かれているように前作『ときめきのいけにえ』が少年誌での少女ラブコメホラーへの挑戦だったことを踏まえて、今回は「メジャー感ある少年マンガを描いて下さい」と担当編集からオーダーされたのが始まりなのだとか。 うぐいす祥子さんに………… メジャー感ある少年マンガを…………? 思わず、自分の背景に宇宙空間に佇む何とも言えない顔の猫が浮き上がってきた気がしました。名古屋の喫茶マウンテンに行ってブレンドコーヒーを注文するようなものですよ。 『ドラゴンボール』や『名探偵コナン』くらいしか少年マンガを読んだことがないといううぐいす祥子さんは色々と勉強をして、少年マンガの何たるかを自分なりに解釈して、そうして出来上がったのがこの『僕に殺されろ』だそうです。 …………なるほど。 それはそうです。 うぐいす祥子さんが少年マンガを描いたら、こうなるのは必然ですよね。うんうん、なるほどなー。 ……どうして、どうして…………。 範馬勇次郎も言っています。 「持ち味をイカせッッ」 と。その意味でいえば、うぐいす祥子さんの持ち味は少年マンガを目指したというこの作品でもたっぷりと堪能できます。ただ、やはりその味が顕現すると王道少年マンガとはちょっと、いやかなりベクトルにズレが生じます。そこを楽しめる人にはとても良い作品でしょう。 担当編集さん的には、最初のオーダーから弾道計算したらこの辺に着弾するだろうと見越していたのか、それとも何だか凄いの出てきたけどこれはこれで面白いから良いやなのか、どういう風に捉えているのか気になります。 でも、マウンテンのコーヒーも実は本格的な豆を使用していて飲むと普通に美味しいということは実際に飲んでみなければ分からない訳で。たまにはマウンテンでコーヒーを頼むのも良いと私は思います。 この作品自体もそうですし、この作品を経て更に幅が広がるであろううぐいす祥子さんのこれからがますます楽しみです。
兎来栄寿
兎来栄寿
2023/09/15
愛故に人は苦しまねばならぬ #1巻応援
タイトルからして、とても不穏な百合マンガ。 主人公のレイは、ずっと好きだった同姓のアミに思い切って告白したら意外にもすんなりOKをもらえてこの世の春が到来……したかと思いきや、恋人関係になっても周りの友達と扱いがほぼ変わらず「一人の時間を大事にしたい」と言われ、ますます悶々とさせられることに。 そして、何やら他の女の影も見え隠れしてますます不穏さは募っていきます。ただ、この作品のポイントとしては、レイの愛情の深さが挙げられます。何があっても、何をされたとしてもそれでも変わらない、変えられない思いの丈。 その果てに押し寄せてくるのは、まさにタイトル通りの絶望感。読んでいて、「一体どうなっちゃうの〜?」と頭の中の次回予告ヒロインが叫び倒します。 ちょっとしたことでも起こる10代少女の激しい浮沈や、そもそも何故レイはアミを好きになったのかというところのきっかけの些細であるが故のリアルさ、アミのフリーダムな性格がどこに起因しているのかなどのディティールが良いです。 それらを踏まえた上での、決定的なシーンでレイがアミに放つセリフは特に好きです。 1冊で過不足なく完結しており、私は連載で追っていましたが単行本で初めて読むとまた一段と満足感は高まりそうです。 富沢未知果さんの今後の活躍も楽しみです。
兎来栄寿
兎来栄寿
2023/09/14
親の威を借りまくる娘 #1巻応援
「権威への服従原理」は実体験として感じたことがある方も多いかもしれません。シンプルに言えば、人間は権威に対して弱い性質を持っているということです。 本作は、有名な芸術家・花屋敷千雄(ゆきお)の娘であるみもざが父親に似ずまったく技術も才能も無いのに自身を天才であると信じて疑わず、また周囲も明らかに下手なみもざの作品を礼賛する奇妙なシチュエーションを基軸としたコメディです。 守銭奴キュレーター主人公・福沢。 芸術家であることを盾に人間としてのまともな生活も難しいみもざ。 デザイン学科服飾専攻の関西人インフルエンサー山本瑠衣。 拗らせアラサー画廊経営者・旗小次郎。 「マンガはキャラクター」という言葉を体現したような作品で、生き生きとして癖の強いメインキャラクターたちだけで十二分に物語が回っていくのを感じられます。全員、もし現実にいたら友達になるのも厳しそうな面倒くさい性格の持ち主たちですが、マンガで読んでいる分にはそこが良いです。 松尾あきさんの特徴的なオノマトペも、美術がテーマになっているこの作品だと一際ハマっています。 そして、全体を通してネームがとてもスッキリしており、とても読みやすいです。多少長めのセリフがあるシーンでも全然疲れずにスルッと入ってきます。 全ルビなので子供でも読みやすい一方、冒頭のシーンで提示させられる「アートの本質」などのテーマは考えさせられます。 「花屋敷の娘」という、強力な権威をもっているが故に彼女に対して物を言える人が極端に少ない様、また「花屋敷の娘」であると知った瞬間にそれまでの自分の価値判断を忘れて何となく凄く見えてくる様は、コメディとして描かれていて実に滑稽ですが、実は非常に恐ろしいことでもあります。私たちも、意識せずに彼女のような存在を持て囃していないとも限りません。 美大が舞台の名作は近年増えていますが、また少し違った角度から絵がかれる注目作品です。
兎来栄寿
兎来栄寿
2023/09/12
化け物から習う「普通」の人間のあり方 #1巻応援
皆のように普通に生きたいのに、それが難しい。 人と同じようにできない。 そんな経験がある方には刺さるかもしれない作品です。 『百合の園にも蟲はいる』や『世界の終わりのオタクたち』の羽流木はないさんと、『幼女戦記』のイラストを担当していた篠月しのぶさんが組んで送る日常異端系ストーリーです。 クラスメイトから「距離感バグってる」と評される伊藤さんは、友達を求める女の子。ある日、同じクラスの高橋さんに成り代わっていた化け物が先生を丸呑みしている現場に遭遇します。殺されてしまうかと思いきや異形の化け物と友達になり、「フツー」の人間らしさを教わっていく奇妙な日々が始まります。 「プリクラを撮ろう」と自分から誘っておいてその場でプリクラを捨てるなど、あまりにフツーに生きることができない伊藤さん。彼女の奇行と、それでも友達が欲しいという切実な願いが哀切を誘います。他の人のように上手く生きられない人は共感したり共感性羞恥を催したりするでしょう。 そんな彼女ですが、初めてできた友人である高橋さんとフツーの女子高生が当たり前にしていることをする時間が訪れ、まるで爽やかな百合を読んでいるかのように錯覚するシーンもあります。ただ、この物語はそれでは終わらず毎回非常にサスペンスフルに進行していきます。連載で読んでいると、毎話毎話ヒキが強くて続きが気になるタイプの作品です。 本作のひとつのテーマである「普通」について、作中でも色々なシーンや言葉を通して語られますが、羽流木はないさんらしい作家性がそこかしこから出ています。ドラッグストアの件とか好きです。 また、黒髪ロングストレートの高橋さん、篠月しのぶさんの絵の魅力もあってすごく好きなんですが(3話や6話の白と黒のコントラストがバチッと利いた絵など特に好きです)、既に怪物に殺されてしまっているのは至極残念。ただ、スマホの操作はもちろんのこと盛れるアプリの使い方にも習熟している怪物は大分愛らしさもあります。ある種、『うしおととら』のような関係性も髣髴とさせる彼女たちの行方が気になります。 また、伊藤さんのおばあちゃんも特筆すべきキャラ立ちをしています。ど派手な服装と車に、抜群のスタイル。格好いいおばあちゃんキャラって良いですよね。おばあちゃんの作った明太子・じゃこ・牛の三種のコロッケ、台風の日に食べたいです。
兎来栄寿
兎来栄寿
2023/09/10
美しく描きこまれた西欧世界の魅力 #1巻応援
『騎士譚は城壁の中に花ひらく』に連なる、ゆづか正成さんの新作です。 『アンドロイドはごちそうの夢を見る』や『神食の値段』など食にまつわる過去作も複数ありましたので、中世と掛け合わさったことで筆者の趣味嗜好の集大成的な作品となっている印象です。 「美味を求めるなら紅花(カルタモ)に行け」と謳われる紅花の修道院で育った主人公・レノが、築城中の「樫の城(クエルクス)」で新たな生活を始めていく物語です。 『騎士譚は城壁の中に花ひらく』と同様に、華美な表紙から伝わる通りまず絵が素晴らしいです。中世ヨーロッパの雰囲気と非常に合っており、精緻に描かれる建造物や風景、服飾や料理や小物を眺めているだけでも世界観に浸れて楽しめます。 本作は、料理が上手なレノがその腕を振るうグルメマンガとしての一面が大きな見どころとなっています。裏表紙でも描かれているように、うさぎのパイやひよこ豆のスープなど実際に中世ヨーロッパの人々が作って食べていたであろうメニューが考証の末にシズル感たっぷりに描かれています。 何と、作中のレシピを公式が実際に作ってみたという動画も公開中です。 https://twitter.com/shonen_sirius/status/1700687664910045616?s=20 作品を描くにあたって実際に講談社のキッチンスタジオを使って試作し、現代のものと当時の材料でできるものを比較試食してみたそうですが、やはり現代人からすれば現代のものの方が美味しく感じるとか。でも、当時使える材料や器具だけで作ったものというのもロマンがあって良いですよね。マンガ飯を作るイベントやお店などをまたやる際には、作って食べてみたいと思わされます。 また、お城を建てるところから描いているというのがなかなか珍しいのですが、私は昔から古城に憧れがあり古城ホテルにいつか泊まるのを夢見ているので、丁寧に描かれた築城工程や完成予定図なども見ているだけで楽しいです。 幕間に差し挟まれるさまざまな注釈からも、綿密な下調べの上で愛を持って西欧世界を描いていることが伝わってくるのも心地よいです。そうしてひとつひとつの物を丁寧に描いていくことによって、そこで暮らす人々の温度や息遣い、生活感が感じられるような世界が生まれています。神は細部に宿る、のお手本のような作品です。 絵に惹かれた方は間違いないと思いますので、まず試し読みで数ページでも読んでみてください。