兎来栄寿
兎来栄寿
6ヶ月前
『ちいかわ』で出汁編が繰り広げられているいる今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。 出汁、良いですよね。 普段は昆布や鰹節から取るような手間暇はなかなかかけられないですが、たまに旨味たっぷりの出汁を取って美味しくいただく贅沢はたまりません。イノシン酸とグルタミン酸が生み出す旨味は脳と体に刻み込まれています。 『だもんで豊橋が好きって言っとるじゃん!』や『森田さんは無口』の佐野妙さんが描くこの作品は、営業2課の佐藤類(さとうるい)と経理部の山車香織(やまぐるまかおり)のふたりを中心にした、冒頭からハッピーエンドがカットバックして始まるほんわか社内ラブコメ×出汁グルメマンガです。 会社内でも出汁を引くほどさまざまな出汁に精通している山車さんから、奥深くありながらも以外と簡単に楽しむことができる出汁のいろはを伝導されていく類。 基本の鰹節や昆布から始まり、コハク酸たっぷりのアサリやグアニル酸がたっぷりながら類が苦手な干し椎茸などさまざまな種類の出汁の産地やそれらを用いた美味しいレシピなどの蘊蓄を読みながら楽しく類と一緒に学んでいけます。 出汁というと手間暇がかかるイメージが強いと思いますが、忙しい日常でも意外と手軽にできるもの(カップ麺にひとかけらの真昆布を入れるなど)も紹介されており、自分でも実践したくなります。ハンバーグにとろろ昆布を入れるのも美味しそうです。 そして、この作品はラブコメとしてもとても上質。会社ではクールで少し怖いイメージすらあった香織が、出汁のことになると饒舌になり柔らかく温かい雰囲気を出しながら美味しい料理を提供してくれるギャップ。四字熟語を多用する黒髪セミロングストレートヒロインを私が好きでないはずはありません。類も類で、素直で明るく真面目で少しヘタレな性格が好感を持てる主人公で、彼らをはよくっつかんかい! とばかりに煽り立てるサブキャラクターたちに同調しながら応援したくなるナイスカップルです。 優しく穏やかなふたりが、少しずつ少しずつ距離を縮めていくこの感じ。社会人の恋愛としては非常に純朴なやり取りが、まさに滋養に満ちた温かい出汁をいただいているときのようなほっと安心する満足感を得られます。たまにはこういう澄んだものをいただきたい……そんな気持ちが充足します。 出汁に詳しくなりたい方、穏やかな大人の恋愛物語を楽しみたい方におすすめです。
野愛
野愛
6ヶ月前
あくまでもこの作品はホラーとかミステリーの類で、クリーチャーやモンスターを見る感覚で楽しむのがいいと思います。 いいとは思うんですが、こういう人って実際にいるんだよなあ……という現実が余韻となって襲ってきます。 人気エッセイスト・中井ルミンのオンラインサロンには悩みを抱えた多くの人たちが集まります。 「みんなで幸せになろう」を合言葉に、おっとりとした口調とあたたかい言葉で人々を照らす彼女。 学生時代にクラスであったいじめや、執拗なファンに誹謗中傷されたことなど、自身の辛い経験を糧としながら人のために前を向く彼女。 たしかに魅力的だけどなんかもやもやする……と思って読み進めていくと、徐々にその違和感の正体が明かされていきます。 中井ルミンを暴く側の視点だけでなく、中井ルミン視点も描かれているのがこの作品の面白いところです。 誰も嘘をついているつもりがないから救いようがないし、まともな人間は心折れて立ち去るしかないのだなと思い知らされます。 相手は化け物なんだから逃げるしかないと思えればいいけれど、逃げるしかないと気づいた時にはもう遅い。 月並みな言葉だけど、お化けより何より人間がいちばん怖いと思い知らされる作品でした。