兎来栄寿
兎来栄寿
11ヶ月前
もしも男勝りで元気潑剌なスポーツ少女だったポニーテールの幼馴染が、地元に帰って久々に会ったらピンク髪ピアスゴリゴリのギャル風になり性格も一変していたら。 冬馬と響子。 元々はお互いに兄妹のような気心の知れた存在だった幼馴染同士。 しかし、久々の再会を遂げた響子は以前とはまったくの別人のようになってしまっており、一体何があったのか、何が彼女を変えてしまったのかという謎を湛えながらも改めて距離を縮めていくふたりの物語です。 元々はTwitterでバズっていた作品で、そちらが元になって描かれた作品です。元々「幼馴染を描く」という指針があってスタートしたそうですが、幼馴染という関係性の特別さたるや否や。歳月の積み重ねが生み出すもののあはれ。幼馴染にしか出せない味わいをたっぷりと醸し出しながら、一歩一歩ステップを踏んでいく彼ら姿に胸が一杯になります。その描写が各シーンでとても丁寧でリアルなのが良いです。 人生においては考えられないようなことも起こりますが、それでも最終的に心の底から溢れ出る幸せで自然と笑みが溢れるような時間が訪れれば最高ですよね。タイトルや表紙から感じられる不穏さもありますが、その過酷さが幸せの光をより鮮明に引き立たせています。 冬馬と響子に幸あれ、と心の底から祈ってしまうような作品です。 帯にもカバー下にもおまけたっぷりですので、お見逃しなく。
兎来栄寿
兎来栄寿
11ヶ月前
薬師寺家と毒山家。幼い子が生まれて間もないふたつの家族の話が、同時並行的に描かれていく物語です。 一流企業に勤めるエリートでイケメンの旦那・シュウがいる薬師寺家に対して、ギャンブルに明け暮れろくに仕事もしてないスジモノのような外見の旦那・ゴンがいる毒山家。 そんな対照的な両家ですが、妻の薬師寺ユイと毒山海(マリン)はお互いにこれまでいなかった初めてのママ友となり交流を深めていきます。 ただ、最初の3ページと8〜9ページを見た時ではかなり両家への印象が変わっていきます。 更に、この物語のキーパーソンとなるのが姑。シュウの母親の聡子はシングルマザーであったこともあり、親子共に絆が強くユイや子供に対しても過干渉してきます。子育て中に事前連絡なしに何度も家に突然来られるのは、妻の立場だときついですよね。 一方で、ゴンの母親である虎乃はスナックを経営しておりざっくばらんな性格で海とも非常に気質が合っています。パチスロで買った現生を直接渡してくるなど生々しさはありますが、豪気で優しく温かい性格を見せます。 一見、完璧な家庭に見える薬師寺家の内部の綻び。逆にメチャクチャに見えながら互いを思い遣る心に溢れている毒山家。幸せとは何か、本当に大事なものは何かということを考えさせられます。 シュウの母親はいわゆる毒姑ではありますが、番外編では彼女もまた酷い夫と姑によって苦しんだ経験があることが仄めかされ、最悪の負の連鎖を感じさせます。自分が受けた痛みを違う形で他人に与えるのではなく、痛みを知っているからこそ労わる心を持って負の連鎖を断ち切り子供たちが笑顔で暮らせる世界にしていきたいところです。 育児、モラハラ、詐欺、不倫などに加えてSNSで縦読みを使ったにおわせ投稿など「今」感のある要素もふんだんに取り入れられており、実写ドラマ化などもされていきそうです。 なお、 「もっと善意の押し付けがユイを追い詰める感じにした方がリアルでいい」 というアドバイスをした横山了一さんの奥様は本作の陰のMVPだと思います。
兎来栄寿
兎来栄寿
11ヶ月前
『ホーリーランド』『自殺島』『創世のタイガ』の森恒二さんが送る最新作。 世の中、法律では裁けない悪人というのがいます。人間の作るルールは完璧ではありませんし、それを遵守させることもまた難しい。従ってどうしてもその網目から抜け出す者はいます。ルールに従い、真面目に生活している大多数の人間にとってはたまったものではないのですが。 そうした理不尽が現実に存在するからこそ、フィクションの世界では社会のシステムだけでは裁けない悪を懲らしめるヒーローを描いた作品が古から人気を博してきています。 本作は、大学で法律を学ぶ青年・カグラが、他人の夢に入ってゆける能力を使って悪人たちを懲らしめていく物語です。 家事で家族を亡くしてしまったが故に炎を憎みながら、なぜか炎を愛おしく思うカグラ。彼がなぜそんな能力を身につけるに至ったのか、その理由も興味深いです。一見すると普通の好青年に見えるカグラの底にある危うい部分が物語を引き締めるスパイスになっており、森恒二さんらしい味わいも生み出しています。 夢の世界での出来事が現実にも影響していくことを利用して、カグラは夢の中でさまざまな犯罪者とやり合っていきます。犯罪者たちの思考や行動など、非人間的なディティールも流石です。 そして、他人の夢に潜るというファンタジー設定がありながらも、やり合う方法が物理的な格闘というのもまた森恒二さんらしいです。カグラが空手の経験者であるのも、どこか安心します。 『ホーリーランド』を読みながら回し蹴りなどの練習をした私は、本作も応援しています。