イカロスの山

山と友情と愛情が複雑に絡み合う

イカロスの山 塀内夏子
hysysk
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誰もが人生のどこかで、諦めたり、自然に遠ざかってしまった夢や恋心というのはあると思う。すっかり忘れてしまっていたり、心の奥底に引っかかってはいるけども日々を過ごすのに精一杯だったり、ある程度現状に満足していたりするかも知れない。 そこにどうしようとなく惹かれるチャンスが巡ってきたらどうするだろうか?主人公の三上は医者として働き、好きだった女性と結婚して子供も産まれ、何不自由なく生きているように見える。しかし三上のかつての夢、クライマーにとってはその世間一般での幸せこそが、ある意味では不自由なしがらみとなってしまう。 物語はヒマラヤに未踏峰の山が見つかり、学生時代のパートナーであり、全てを山にささげた平岡と再会するところから動き出す。山に惹かれること、平岡との絆、そして妻の真の思い…。これらが8000m級の厳しい登山に挑戦する中で明らかになっていく。 自身もワンダーフォーゲル部出身で、スポーツマンガの名手と呼ばれ取材力にも定評がある作者ならではの迫力と細かな描写が素晴らしい。山で人が亡くなった場合の手続きなど、登山シーン以外でもこの世界の大変さが語られる。 マンガに影響されて登山に憧れるのはやばそうな気がするし、何故みんながここまで山に惹かれるのか分からないほどに厳しさが描かれているのだが、仄かにこういった極限状態に置かれてみたいような気持ちになるのは確か。

プロレス鬼

プロレスファンはいつだって信じている

プロレス鬼 コンタロウ
野愛
野愛

これほどまでにプロレスを確かに描いた漫画は他にない。プロレスファンがどういう視点でプロレスを見てプロレスを信じているか、ここに描かれていることが正解で真実だと思う。 予定調和の小競り合い的なものをプロレスと呼ぶ風潮。プロレスの試合をまともに見たことがない人が言う「プロレスはショー」「プロレスは八百長」という決めつけ。 そんなことはどうでもいい。プロレスを見続けるものにとって、そんな揶揄はどうでもいいのだ。 気迫がなければ八百長ですら勝てない、そんな世界をプロレスファンは信じている。 力が強ければ、技が決まれば、強いプロレスラーになれるわけではない。 ペドロがスカルマンになれたのは同じ技ができたからではい。ファンの声に、世間の目に、時代の流れに、自分自身に向き合ったからである。  家族揃ってお茶の間でプロレスを見る時代が終わり、数えきれないほどのインディー団体が生まれ、海外からやってくる謎のマスクマンの映像も簡単に手に入るようになった現代。 時代は変わってもプロレスファンがプロレスに対して求めるもの、信じるものは変わらない。 プロレスを信じるものに読んでほしい漫画です。

猫とシュガーポット

「人に言えない」生々しい百合 #1巻応援

猫とシュガーポット 雪子
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

『ふたりべや』雪子先生の短編集は、kadokawa、双葉社のアンソロジー掲載作品、同人作品に加え、書き下ろし。アンソロジー読者には既読の作品もあるのだが、一冊に纏まると共通点が見えてくるのが、面白いところ。 全体を貫いているのは「人に言えない」事。 人に言うのが憚られるような、変わった嗜好や感覚の生々しさ。性癖的にも精神的にも、遂に受け入れられる時の無常の喜び。秘密の関係に、密かに浸る背徳感……細やかで軽いタッチに中和されつつ、濃厚な感覚がクセになる。 ●『猫に離人』『猫と囀り』『猫に電話』…人が野菜にしか見えないキャバ嬢は、人の姿に見えた女性と付き合い始める。 ●『シュガーポットは壊れない』…かなり変わったM癖を持つ女性は、友人に連れられたSMイベントで意外な人と会う。 ●『つるつる』…恋人の毛を抜きたい子。 ●『私の幼なじみは…。』…幼馴染と離れたいギャルは、清楚系幼馴染に「アブノーマルに」ガンガン迫られる。 ●『午前1時のコインランドリー』…上京したてのOLは、コインランドリーで知り合った美人に部屋に誘われる。 ●『蝶々の暇つぶし』…やる気のないメイドがお嬢様に取り立てられて……? ●『鬼と山神』…人の世を追われた鬼の姫は、山の神に触れられる。