彼女と彼氏の明るい未来

好きだからこそ、揺さぶられる倫理観

彼女と彼氏の明るい未来 谷口菜津子
sogor25
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前作「彼女は宇宙一」の評判が私の周りでやたら良かったので、谷口菜津子さんの名前を見つけてあらすじも何も見ずに今作に手を伸ばしたんです。冴えない感じで超ネガティブ思考の彼氏・一郎とそんな彼のことが大好きな美人の彼女・ゆきか…読み始めは「地球のおわりは恋のはじまり」みたいな幸せなラブコメなのかと思ってました。 そしたら突然明らかになるゆきかの過去に関する噂。生来のネガティブさもあってその噂を異常なまでに気にし始める一郎。そして唐突に登場する噂の真偽を確かめることのできるふしぎ道具。疑惑とそれを検証する術を目の前にして激しく揺れ動く一郎のメンタル。予想以上に読者の倫理観を揺さぶってくる恐ろしい作品でした。谷口さんの絶妙にデフォルメされたキャラクター造形、ベースは整然と並んだ長方形なのに突然崩れたようになるコマなど、いろんな方法で作品のリアリティラインを曖昧にしてきているのもその揺さぶりを効果的に支えているように思います。 1巻の段階ではその噂が事実かどうかは分からないけど、少なくとも現在のゆきかの気持ちは一郎に対して一途であることが伺い知れます。一郎の視点のないゆきかだけしかいない空間の描写からもそれは分かります。それを鑑みると、この作品の肝はゆきかの過去に囚われてしまった一郎の心の移り変わりにあるのだと思います。一郎が現在のゆきかだけを見て過去の噂など気にしないという態度を取ることができたなら、もしくはその噂を検証する手段があったとしてそれを実行しなければ、この2人はこれまでと変わらず穏やかに過ごすことができた、でもそうすることができなかった一郎の咎と、それを一概に否定することのできない読者側の人間の性、を描いた怪作だという印象を受けました。 「hなhとA子の呪い」「青春のアフター」「それはただの先輩のチンコ」等、好きという感情とそれに付随して回る負の感情をファンタジー設定を交えて描く作品が好きな方と相性のいい作品ではないかと思います。 1巻まで読了。

有害無罪玩具

3刷りおめでとうございます!

有害無罪玩具 詩野うら
兎来栄寿
兎来栄寿

2月発売の単巻作品一押しです。 読み味として近いと感じたのは、星新一や筒井康隆のショートショートでした。 「見る人の五感を騙して周辺認識まで歪める万能デザイン人形」 「分岐し続ける多重世界を観測できるバッヂ」 「脳の全情報をコピーして醒めない夢を見続ける小箱」 など、表題作の「有害無罪玩具」の中には短いお話の中に短編を5個も6個も書けそうな奇想や思考実験的なものを盛り込んだアイテムが登場します。 また別のお話の「虚数時間の遊び」や「金魚の人魚は人魚の金魚」では、人が生きられる時間の限界を遥かに超えた遠大なスケールの物語が描かれます。 全体を通して、あまり他で見ないマンガという媒体で成し得る様々な実験的な表現手法が沢山登場するのも特色。それもまた、小説の既存の作法を大きく逸脱した筒井康隆の野心的な文体と演出を髣髴とさせました。 物語と演出が上手く相乗して、読む者の想像力や知的好奇心を激しく刺激してくれます。そして、それが不思議な快感をもたらしてくれる作品です。 尖った作品や少し変わったマンガを好む方、あるいは哲学的なものが好きな方にはぜひとも触れてみて欲しいと思います。