海外(BD・アメコミなど)マンガの感想・レビュー59件<<123>>「他者」によって物語られる世界の亀裂亀裂 欧州国境と難民 カルロス・スポットルノ ギジェルモ・アブリル 上野貴彦ANAGUMAEU域内への難民流入が国際問題として認識され始めてもう5年近くが経とうとしています。もはや日常となってしまった光景の実像が閉じ込められているのが本書です。 ルポライターのアブリルとカメラマンのスポットルノは2014年、モロッコ国境に接したアフリカ大陸のスペイン領メリリャから取材を始めます。 そこから2年のあいだに、いかにして難民という存在がヨーロッパに「定着」していったのか、彼らと国境がせめぎあって生まれた「亀裂」を、全編写真による表現で克明に写し出していきます。 通常マンガを構成しているのは、突き詰めていけば作者ひとりのことばだと言えるでしょう。キャラクターというフィルタを通しこそすれ、絵によって描かれた存在である彼らはあくまで作者の分身です。 「亀裂」の事情が異なるのは、登場する難民や国境警備の兵士、フロンテクスの職員は写真で撮影された実在する「他者」だということです。 しかしながら、カメラに映る人物はフキダシでしゃべることはありません。彼らのことばは、すべてアブリルの目と耳を通して紡がれるナレーションの中に消化されていきます。 写真という他者の絵をそのままに使うようすはドキュメンタリー映画のようでもありますが、「作者」のことばで綴られた紛れもないマンガという形で結実しています。 難民の抱える事情は地域や個々人により千差万別です。 他者の像をそのまま映し出し、それを自らの言葉で解きほぐそうとするアブリルの姿勢は非常に真摯なものと言えます。 本書の刊行は2016年。この3年の間に「亀裂」はより広く、細かく、深いものになっていったことを読後に想像させるに充分な力を持った作品です。バンドデシネの「イメージ」の根幹に関わる一作アンカル アレハンドロ・ホドロフスキー メビウスANAGUMA広大な宇宙の彷徨、発達した科学、自己精神世界への言及、哲学的な問い…。メビウス、ホドロフスキーの黄金コンビが手がけた本作はSFのジャンルでいうと「スペースオペラ」に当てはまります。 BD(バンドデシネ)でもよく見かける定番のジャンルです。 定番ではあるのですがやはり『アンカル』の絵と物語のクオリティは一線を画しています。 私立探偵ジョン・ディフールと謎を秘めた「アンカル」をめぐる冒険活劇がホドロフスキーの豊かなスペクタクルとメビウスの達者な筆致で描き出されていくと、途中で読むのをやめるのは難しいです。人間の想像力って無限なんだなと思い知らされます。 他にことばを絞り出すのが難しいくらい、端的に言って作品としての完成度が高すぎる。 よくもわるくもBDといえばSF・哲学的・アーティスティックというのが一種のステレオタイプとして今でも通用しています。 実際にはそれはBDの一側面に過ぎないのですが、この『アンカル』のような作品が存在しているために強固なイメージとして定着したのは間違いないように思います。 BDの世界に触れるとなったときに避けては通れない傑作のひとつであることは、これまでもこれからも変わらないでしょう。世界的名作(だけど日本では無名)カルヴィン&ホッブス かなもりしょうじ ビル・ワターソン(とりあえず)名無し※ネタバレを含むクチコミです。色んな人に手にとってほしい作品ナタンと呼んで 少女の身体で生まれた少年 原正人 カトリーヌ・カストロ カンタン・ズゥティオン名無し絵が可愛かったこともあり、知ったその日に購入し読みました。 僕自身もFtMなので主人公ナタンには感情移入が止まりませんでした。 僕はナタンと違って性別に違和感を覚えながらも、スポーツが嫌いで可愛いグッズが好きな男だったこともあり男性と自認をしたのは最近ですが、思春期になり女性の姿へと変化していくことに怯えるナタンの「子どものままでいたい」と零す悲痛な姿を見て、あの時のあの感情あの想いは自分だけじゃなかったのだと安心すると同時に当時の自分を思い出し胸が締め付けられました。 日本に限った話ではないですが、多くのメディアではトランス女性の話はよく聞くけれどトランス男性の話は少なく(ボーイッシュという言葉の存在による弊害も大きいのかもしれません)、FtMを大きく取り上げる事が少ないのでこういった作品が多くの人の目に触れられると良いなあと思います。 訳者の後書きでFtMを取り上げた作品を紹介しているところも良かったです。PR厳選!読んでほしいこのマンガ7SEEDS著者:田村由美完結全36巻作品情報はこちら!!1人の少年が身体を手に入れるまでの物語ナタンと呼んで 少女の身体で生まれた少年 原正人 カトリーヌ・カストロ カンタン・ズゥティオンたか 新刊発売を楽しみに待っていた作品。 小さいころは男でも女でもなく「子ども」でいられた主人公・リラが直面した、二次性徴という危機。それをどうやって乗り越えて、男性としての身体と人生を手に入れたのかを成長に合わせてじっくり丁寧に描かれていて素晴らしかったです。 またナタンが「自分は何者なのか」という葛藤や家族との摩擦の中でも、髪を短くしたり、弟のTシャツを着たり、彼女と付き合ったり、自分がやりたいことを貫いた姿がとても心に残りました。 わたし自身は、ナタンのように男の子とスポーツで遊ぶ方が好きな子どもで、当時は大人の女性にはなりたくないと思っていました。とはいえ身体と性自認が一致していたことで、ナタンのような大きな葛藤なくいつの間にか性別を受け入れて大人になることができました。 このマンガを通じて、『自分がたまたま経験しなかった苦しみ』の存在があることを知れて、本当によかったです。 作品の舞台設定に関して、主人公が部屋中にジャスティン・ビーバーのポスターを貼っているシーンやスマホから、舞台は現代(から少しだけ前)なのかなと想像しつつ読んでいましたが、あとがきによると主人公のモデルとなった人物は現在大学生だそうです。 友達とFacebookのメッセージ上で揉めたりクラブに行く描写は、彼が同じ時間を生きているのだととても身近に感じられました。 最後に、出版社である花伝社のnoteがとても素晴らしかったのでここでシェアします! FtMの方の『一人称のお話』や、原作者が副題に込めた『少女が少年に「なった」物語ではない』というエピソードなど…様々な方の想いを大切にして作られたことが伝わってくる素晴らしい記事なので、ぜひ「ナタン」を読んだ方はチェックしてみてください。 https://note.mu/kadensha/n/n77106bb5c3f9移民、青春、そして故郷マッドジャーマンズ ドイツ移民物語 ビルギット・ヴァイエ 山口侑紀たか1980年代、内戦の続くモザンビークから東ドイツへ渡った3人の若者たちが主人公。 東ドイツで青春時代を過ごした経験がそれぞれの「故郷」との関係を変えることになる。 党に理想を抱く真面目なジョゼ 未来がないことを理解し遊びを大切にするバジリオ 残された家族のために働くアナベラ 本文によると、この3人は作者がインタビューを行った実在のドイツ移民たちを「結晶」したものなのだそう。 彼らの東ドイツ生活は、先進社会主義国の雰囲気・先のない単純労働・移民差別で窮屈なんだけれど、決してそれだけではなかったというのがとても印象的だった。 女の子と遊んだり、恋人に出会ったり、勉強を頑張ったり、映画・小説・ファッションを楽しんだりしっかり青春もしていた。 (東ドイツで出会った絵本や映画、アイスクリームのラベルなどが、フォトコラージュのように描かれるページがとても素敵) 鬱屈した遠い異国の地で、彼らなりに日々に楽しみを見出し生きている姿は読んでいてとても眩しい。 だからこそ、移民であるために訪れた残酷な青春の終わりには強い喪失感を覚えた。 それぞれが迎えたその後の人生は、日本でずっと暮らしている自分の想像も及ばない深い怒りと悲しみに満ちていて、彼らの感じた激しい想いが、ページにぶつけられたインクの色と形とリンクして訴えかけてくるのが壮絶。 故郷を離れたことがある人も、ない人も。 この本は故郷とは何かを見つめ直すきっかけになる本だと思います。テロを生き延びたマンガ家が示す「描く」ことの意味わたしが「軽さ」を取り戻すまで “シャルリ・エブド”を生き残って 大西愛子 カトリーヌ・ムリスANAGUMAここ10年くらいのあいだに、自伝やエッセイぽいバンドデシネのスタイルが、フランス語圏を中心に広く市民権を得ています。 ヨーロッパのマンガといえばメビウスやエンキ・ビラルのような、ゴツめのSFのイメージがいまだ根強い気もしますが、もっと生活に身近なテーマで軽く読める作品が近年増えているんですね。 そのなかでもダントツに「重い」実話マンガが本作。 新聞社シャルリ・エブドで風刺マンガ家として仕事をしていたカトリーヌは、打ち合わせに遅刻したことで偶然ISのテロリストの襲撃から逃れ「生き延びる」ことに。 その日から彼女の苦しみが始まります。 昨日まで一緒に机を囲んでいた仲間のマンガ家たちがみな殺されてしまったというのに、これまで通り世の中を笑い飛ばす作品を描くという、それこそ冗談のような状況で仕事をしなければならないのです。 さらに当事者のカトリーヌの心は置き去りのままに、「JE SUIS CHARLIE(わたしはシャルリ)」の鬨の声が各国であがり、いち風刺新聞であったシャルリがテロとの戦いの急先鋒に祭り上げられ世界デビューする始末。(これも悪い冗談!) そしてカトリーヌは記憶を失ってしまいます。 シャルリ・エブドがなぜ差別行為とも取れるようなドギツイ風刺を行うのか、どんな存在なのか、なぜISがターゲットにしたのかなど日本ではなかなか想像しづらい部分がありますし、いい/悪い、被害者/加害者といった単純な構造で説明できる問題ではないと思います。 僕が心を打たれたのは、彼女が再びペンを取って本作に描いたのが、犠牲となった同僚のマンガ家たちが、生きて、誠実に表現をしていた姿だったことです。 シャルブやヴォランスキといったレジェンド作家たちが築き上げてきた、シャルリというマンガの牙城に自分も加わっていたという誇らしさが表明されているのです。 壮絶な境遇におかれた彼女にしか、この「描くこと」への誇りを「重さ」をもって、世の中に投げかけることは出来ないように思います。 手塚治虫先生は『マンガの描き方』のなかで差別を行うことの卑劣さと、創作することの尊さの両方を説いています。 カトリーヌはその混沌の渦中で命を拾い、創作の手綱と仲間を失いました。 彼女は今も立ち直れていないといいます。 それでも立ち上がるために「軽く」あろうと、描くことをやめず、「美なるもの」を求める彼女の精神は、この世界で間違いなく尊ばれるべきもののように思えるのです。ガマンするのは終わり!ミシェルの生き方に学ぼうねこのミシェル ミシェル&レスリー・プレ うのたかのり レスリー&ミシェル・プレたか表紙のネコ、めちゃんこ可愛くないですか? 日本人好みの丸顔とカラーリングが最高…! 付箋とかぬいぐるみが欲しくなるたまらない可愛さです。 実はこのマンガ、このぽっちゃりネコ「ミシェル」がネコたちのために執筆した本なんです! ミシェルが普段、幸せに生きるためにどんなことを考え実践しているかを描いているわけですが、 つまみ食い つまみ食い 部屋を壊す 布団にオシッコ 飼い主をひっかく 部屋を壊す 布団にオシッコ つまみ食い … (以下、無限ループ) ネコを飼ったことがない自分にはけっこう衝撃だったのですが、これこそがネコが幸せに生きるコツなんですね…! 人間はもう少しネコに学び、自由になっていいなと思いました。 ぜーーんぶ遺伝子のせい!(このセリフ大好き)アスペルガー症候群の女性の自伝的バンド・デシネ見えない違い 私はアスペルガー 原正人 ジュリー・ダシェ マドモワゼル・カロリーヌ鳥人間※ネタバレを含むクチコミです。奇妙かわいいお化けvsマフィア「プロレス狂想曲」プロレス狂想曲 ニコラ・ド・クレシー 原正人名無し電書で「さあ読もう!」として、ページがめくれなくて戸惑った。 そりゃそうだ!左開きなんだから (書影の右側にある黒い背表紙がトラップだった) 2014年頃、ウルジャンの巻末で『逆さに』連載していた作品。(左上から右下に読むスタイルのため、天地逆で掲載され巻末側からめくるようになっていた) 当時ジョジョリオンを読んでいた際に数話読んだ覚えがあり、「日本の雑誌でバンド・デシネが読めるなんてすごい!」と、編集部の意欲的な姿勢に感心した覚えがある。 雑誌で読んだときはなんとも思わなかったが、単行本で読んでみるとキャラクターのかわいらしさと不気味さのバランスが素晴らしかった。 またフランスの街の描写(エレベーターの0階や、地下鉄の折りたたみ椅子)が、自分にとって異国情緒が感じられていい。 正直言って最後のオチは「ええ〜〜〜ッ!?😫🤔🤭」(※読めばわかる)という感じだったが、映画のAKIRAのオチもあんな感じだし個人的にはありかなと思う。無邪気な小人達の残酷な物語かわいい闇 原正人 マリー・ポムピュイ ファビアン・ヴェルマン ケラスコエット片桐安十郎絵本のような可愛い絵柄の小人たちが残酷な自然によって淘汰されていく漫画 読んでいてすごくドス黒い気持ちになります。<<123>>