EU域内への難民流入が国際問題として認識され始めてもう5年近くが経とうとしています。もはや日常となってしまった光景の実像が閉じ込められているのが本書です。

ルポライターのアブリルとカメラマンのスポットルノは2014年、モロッコ国境に接したアフリカ大陸のスペイン領メリリャから取材を始めます。
そこから2年のあいだに、いかにして難民という存在がヨーロッパに「定着」していったのか、彼らと国境がせめぎあって生まれた「亀裂」を、全編写真による表現で克明に写し出していきます。

通常マンガを構成しているのは、突き詰めていけば作者ひとりのことばだと言えるでしょう。キャラクターというフィルタを通しこそすれ、絵によって描かれた存在である彼らはあくまで作者の分身です。

「亀裂」の事情が異なるのは、登場する難民や国境警備の兵士、フロンテクスの職員は写真で撮影された実在する「他者」だということです。
しかしながら、カメラに映る人物はフキダシでしゃべることはありません。彼らのことばは、すべてアブリルの目と耳を通して紡がれるナレーションの中に消化されていきます。
写真という他者の絵をそのままに使うようすはドキュメンタリー映画のようでもありますが、「作者」のことばで綴られた紛れもないマンガという形で結実しています。

難民の抱える事情は地域や個々人により千差万別です。
他者の像をそのまま映し出し、それを自らの言葉で解きほぐそうとするアブリルの姿勢は非常に真摯なものと言えます。

本書の刊行は2016年。この3年の間に「亀裂」はより広く、細かく、深いものになっていったことを読後に想像させるに充分な力を持った作品です。

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エロイーズ 本当のワタシを探して

物語の始まりのシーンが好き

エロイーズ 本当のワタシを探して
ANAGUMA
ANAGUMA

本作、ベンチに座っていたエロイーズがふと記憶喪失になっていたことに気付くシーンから始まるのですが、その自然さがなんだか巧みで、ピンク色のカラートーンとともに強く印象に残っています。 メインとなるストーリーラインはサブタイトルにもある「本当のワタシ」探し。 少ない手がかりを元に記憶を失う前の自分がどんな人間だったのかを調べていく…と書くと壮大なミステリーやサスペンスのようでもありますが、そうそう大変なことが起こるわけでもないのが人生というものかもしれません。 どこにでも居る女性だった(と思われる)エロイーズ・パンソンの身の回りも、世の人のご多分に漏れずありふれた出来事ばかりだったようで、一生懸命過去の自分の身辺調査を行うほどに些細でちっぽけなことばかりが判明していきます。そのようすは親近感やおかしみと同時に、どこか空虚さというか、切なさも感じさせたり…。 「記憶を失う前の自分ってどんな人間だった?」というのを入り口に「そもそも根本的に自分ってどんな人間なんだろう?」という二重の意味で「本当のワタシ」を探すことになるのが妙味です。 そんな深いテーマもありつつ、バンドデシネとしてはかなり読みやすい部類に入ると思います。エロイーズのちょっとした仕草がどれもかわいかったり、普段縁遠いフランスでの「フツーの」暮らしが垣間見えるだけでも面白いので、読む機会があれば気軽に手に取ってみてほしい一作です。

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