愛蔵版 雲出づるところ

今日生きることを考える名作

愛蔵版 雲出づるところ 土田世紀
六文銭
六文銭

個人的に、土田世紀作品の中でも、心えぐるものとして「同じ月を見ている」と同等かそれ以上の本作。 もはや紙書籍が流通していないので、電子書籍が頼みの綱でしたが、愛蔵版として再配信されたことを本当に嬉しく思います。 洋の東西、メディアを問わず「生きること」をテーマにした作品は数あれど、これほど濃度こく煮詰めた作品はないでしょう。 絵に描いたような幸せ夫婦に訪れる不幸の数々。 子供を求めては幾度も失い、あげく妻が癌に侵され「自分は何のために生きているのか?」を問う姿。 なりふりかまわず努力しても、命がけで祈っても、何一つ報われない無力感。 生々しい感情や絶望は、読んでいて悲しいとか苦しいなんて言葉では表せない、脳でも処理できない、魂レベルで慟哭します。 書き手も命削って書いているとしか思えないです。 「生きることに意味なんてない」と主治医から一つの答えがでます。 だから、1日1日を懸命に生きるべきなのだと。 当時、自分もこの考えに非常に共感しました。 泣いたり笑ったり色々あるけど、生きることが好きだから生きる。 そこに意味はないのです。あっても、後付けでしかないのです。 ただの悲劇に終わらせない底力がこの作品にはあります。 読んだ時代、年齢で違ったことを考えさせられるので、チープな言葉ですが「名作」とはこういう作品をいうのでしょう。

ザッドランナー

最高すぎる青春部活マンガ

ザッドランナー カサハラテツロー
nyae
nyae

アトム ザ・ビギニングでおなじみカサハラテツロー先生の超絶傑作青春ラブコメ部活マンガ。個人的にはカサハラ作品でダントツ面白いと思っています。 部活と言っても、架空のスポーツ“XAD”を題材にしてます。 メカニックデザインに定評があるカサハラ先生の、遊び心と高い説得力により表現されたXADのマシンのビジュアル。この素晴らしさは中身を読まなくてもわかる人にはわかる。 更に、XADが走る姿を見れば「この漫画はあれだ、最高だ」というのを瞬時に判断できるはず。 本当は会う人会う人全員におすすめしたいほどなんですが、残念ながらちょっと中途半端な終わり方をしてしまってるんです…終わってしまってこんなに悲しかった漫画は他にないかもしれない。 主人公は心優しきピュア少年、ポテチ(愛称)。ポテチが恋するのは並外れた身体能力を持つ少女、小梅(実家はヤクザ)。 ポテチの親友マッキーや、顧問の白鳥先生、小梅の双子の妹たちや、他校のライバルなど愛すべき魅力的なキャラクターの宝庫なのもこの漫画の魅力です。 ああ、できることなら人類すべてに読んでほしい。 アニメ化とか向いてると思いますよ。

こちらから入れましょうか?…アレを

夫婦の行き違いを描く実はセンシティブな物語

こちらから入れましょうか?…アレを 松田環
sogor25
sogor25

1話掲載の段階で結構話題になっていた作品。1話を読むとかなり突飛な設定のエロコメディに見えるけど、その実もっとセンシティブなテーマを扱ってる作品、のように見える。 夫・敦が「入れられなく」なった理由。それはひょんなことから妻の優の過去を知ってしまったことに起因する。夫婦だって当然今までの過去の全てを共有してるわけではないから優のほうに落ち度はなく、落ち度がないからこそ自身の現状に対して負い目を感じてしまっている。 一方の妻・優は「こちらから入れる」という方法でなんとか目的を達成しようとするのだが、以前よりは幾分かマシになったものの満たされたかと言われるとそんなことはない。そして自身の知られたくない過去をよく知る男の登場により、彼と夫との間で板挟みの状態になってしまう。 それぞれがやや特殊な秘密を抱えた夫婦だけど、この作品の1番のポイントはその秘密をお互いが相手に打ち明けることなく悩み続けているという点にあると思う。生きていれば誰にだってある"秘密"を極大まで強烈なものとして描いているけど、程度の差こそあれ相手のことを思うためにその秘密を打ち明けられず苦悩する様子には誰もが共感できるはず。むしろ、悩み自体にインパクトがあるからこそ、夫婦の両方に共感できる物語になってるような気がする。 夫婦2人の内面の描写も丁寧だし、内容的には少女マンガと言っても全然差し支えない。そう、アレさえなければね。 1話まで読了

理想と恋

地に足ついた最高の大人百合…!!!

理想と恋 日野雄飛
たか
たか

日野雄飛先生は、老若男女に好まれるであろうマンガらしい絵柄であらゆるシチュエーションの百合とBLを生み出す天才です。 その日野先生による初の百合短編集が本作「理想と恋」…! https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000078010000_68/ 収録作品は、元アイドル×配達員を描く「チャイムとアイドル」、アパレル店員×パン屋を描く「ピクニック」(はWEBでも読めますのでまずはぜひこちらをご覧ください)、そして劇団員×新入団員「れんげがさいたら」の3編。 大人百合がテーマで、自分の心に蹴りをつけた自立した女性たちがお仕事を通じて出会う、その地に足ついた恋のリアリティにギュンギュンします…。 3組ともカップルの片方が背が高くてどストライクで最高です…ありがとうございます。 そしていつも思うことですが、日野先生のコマ割りのセンスが最高すぎます…美しい。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「チャイムとアイドル」…元アイドル×配達員 推しが武道館いってくれたら死ぬを彷彿とさせるカップル。配達員っていう設定が良すぎる。2人とも再会をキッカケにそれぞれオシャレしたり、自分磨きに励むシーンがたまらなく可愛かったです。 https://i.imgur.com/Vop33ym.png 「つん」無理…好き…  (『理想と恋』日野雄飛「チャイムとアイドル」より) 「ピクニック」…アパレル店員×パン屋 ダメ人間との恋愛はNL・BL・GL問わずよく描かれ大抵は「掃除ができない/料理下手」程度に留められることが多いのですが、このお話はさらに掘り下げてリアリティを出していて、しかもそれが絵だけできちんと伝わるように描かれているところが最高でした。 「れんげがさいたら」…劇団員×新入団員 あとがきによると、「もともと舞台マンガを描きたいと思っていた」そうで、連載は怖いのでオムニバスの1つにしたとのこと。そのため劇中劇も演劇の世界の文化の描写もメチャクチャ読み応えがありました。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 絵が可愛い、女の子が可愛い、ストーリー・設定が上手い…!間違いなく面白い短編集なのでぜひお手にとってください。 https://twitter.com/youhe_o/status/1114371575967444992?s=20