海はとおくに満ちて往く

綴られる繊麗な感情 #1巻応援

海はとおくに満ちて往く 日々の杏
兎来栄寿
兎来栄寿

遥か彼方まで続く海やそこから寄せては返す波は、それ自体に意味はありません。しかし、人はそこに何かを感じ取ります。ある人にとっては何でもない風景・何でもない言葉が、誰かにとっては特別で掛け替えのないものであることもあります。 『世界にさよならのキスをして』の日々の杏さんがこの短編「海はとおくに満ちて往く」は、波打ち際で粒立つひとつひとつの泡が砂に染み込んでいくように、誰かの心の深いところに繊細に浸透していくであろうシーンやセリフが満ちています。 知らず知らずの内に、誰かが誰かを救って回っているこの世界の営み。その構造の断片だけにでも触れられたとき、愛しみを覚えずにはいられません。 鍵となるアイテムが、メッセージボトルというのも象徴的です。手紙というのは本来誰か特定の相手に想いを届けるものですが、ボトルメールはそれが届くかどうかもわからないし、誰に届くかもわからないし、いつ届くかもわからない。それでも、そのときそこに込められた確かな想いは存在する。そのときにしか込められなかったものが。 「自分が幸せになることを許せない」という想いを抱いたことのある人には、特に響くであろう作品です。

鉄鍋のジャン

勝つための料理を追求した男ジャン

鉄鍋のジャン 西条真二 おやまけいこ
六文銭
六文銭

もう28年前?の漫画のようですが、めっちゃ面白かった。 タイトルに記載したとおり、当時のグルメ漫画って『美味しんぼ』や『中華一番!』など、より美味しいものを競ったりや食べる相手を満足させるための要素が強かったと思うのですが、本作はそれらとは一線を画す。 中華料理界において偉大だった祖父の教えを叩き込まれ、とにかく料理とは勝負で、彼が追求するのは勝つための料理。 美味しいとかではなく、勝つためなら何でもするということ。 ここが他の料理漫画とは違う。 最初のうちこそ、祖父のライバルだった男の店「五番町飯店」へ修行にいき、祖父から仕込まれた料理の腕を発揮して、他の料理人を圧倒したり、時に挫折したり、といったオーソドックスな少年漫画的な展開なのですが・・・・ 1巻からすでに、マジックマッシュルームを使って審査員を撹乱させるようなこともはじめていきます。 他にも上げればキリがないのですが、特に最高なのが、若手料理人選手権大会の予選課題「チャーハン」の回の時。 火力がほしいからとガス管潰して自分のところに集中させたり、あげくスプリンクラーをまわして他の料理人のチャーハンを水浸しにするんです。(自分はラップまいて、さっさとその場から逃げる) 基本的に上記であげた料理漫画で出てきたら 「絶対悪役だったろ!」 と言わんばかりの悪行がでてきます・ 料理マンガのダークヒーロー的な存在。 顔つきもドンドン悪くなっていく(気がする) 料理=幸福を与えるもの というのが、ある意味定説になっていただけに、勝つためなら何でもする、主人公の潔さが斬新な作品でした。

44歳の彼女

44歳同士のラブコメ #1巻応援

44歳の彼女 ホリユウスケ
兎来栄寿
兎来栄寿

『シャッフル学園』、『デリバリーオブザデッド』のホリユウスケさんが送る、現代アラフォーラブコメ。 動物フィギュアの原型師である主人公・王寺竜丸(おうじたつまる)が、ある日同じ未婚独身44歳の隣人の隣人である料理人・大庭希厘(おおばきり)と出逢いラブがコメり始める物語です。 何も起こらないと思っていた人生でも、ある日突然予想外の展開が起きることもあるんですよね。そこには年齢も関係ありません。 最初こそ王寺の方が一方的に好意を抱いているように感じられながらも、意外と希厘の方も満更でもない感じを言外に出してくるシーンには口元が緩んでしまいます。 しかし、そこに介入してくるのが32歳の黒髪ロングストレート美人の和白葵(わじろあおい)。彼女も含めた三角関係の様相を呈していきます。 普通に考えれば葵がお邪魔虫ポジションなのですが、 「私は男運のないメンヘラです  メンヘラ歴32年のプロと言ってもいい」 と語る葵をどうして嫌いになれましょうか。30歳を超えた瞬間に友人や家族や社会から受ける≪圧≫の描写も、共感を生むところでしょう。読んでいて、3人ともどうにか幸せになって欲しいと思うことしきりでした。 未婚率もますます高くなりつつある現代社会、独身アラフォーのこうした作品の需要もますます高まって行くことは間違いないでしょう。 全体的な会話のテンポなども小気味よく、1冊で気持ちよく読み終えられる作品です。