空をまとって

女体の美の追究 #1巻応援

空をまとって 古味慎也
兎来栄寿
兎来栄寿

女体を最上に美しいものであると思う高校三年生の主人公が、理想のヌード画を描こうとする物語。 かつて桂正和さんの下でアシスタントをされていた古味慎也さんが描く内容として、これ以上ない強い納得感があります。かつて『I”s<アイズ>』や『電影少女』などで描かれた柔らかい女体の美しさや布地の質感に魅了された人は数多いと思いますが、そのDNAが確かに受け継がれていることは1話だけでも読めば言葉でなく心で伝わってきます。 もとよりデッサン力が高く女の子のかわいさに定評のあった古味慎也さんですが、「人生を変えるほどの魔的な裸婦画」という本作のコアの部分にその画力がふんだんに生かされていて説得力を生んでいます。こんなものに幼くして出逢ってしまったら、魅了されてしまったら、それはもう呪いでしかありません。しかし、その呪いが人生を駆動させる純粋で強力なエネルギーの源ともなっていきます。 「美しい、最高のヌードを描きたい」 というシンプルで強固な動機が根元にあることは、物語に自然に乗っていける要因となっています。 そんな彼を狂わせた「魔女」も非常に魅力的で、彼女との関係性も見所です。その他の脇役にもキャラが立っている人物が複数いて楽しめます。豪快に応援してくれるお母さん、とても好き。 1巻の範囲で出てくるエピソードだと、ある女の子の絵を完成させるシーンや「自分の手」をどちらが面白く描けるかという勝負が好きです。私自身も昔、学校で図画工作や美術の先生に習った気がしますが、小さなキャンバスに切り取られた部分の外に広がる無限性を感じられる絵画の面白さや素晴らしさが詰まっています。答えのない世界で見つけなければならない答え。果たして主人公は、そこへ辿り着くことができるのか。 ヌードのことを「空をまとう」と表現するタイトルもまた趣深くて好きです。最近の美術系作品の中でも、また違った切り口で存在感を放つ一作で、注目です。

画家とAI

今なら全編無料で読めます #1巻応援

画家とAI 樺ユキ
兎来栄寿
兎来栄寿

以前に『モーニング・ツー』で「超長編読切」として発表された作品が、1冊の本となって電子でのみ発売となりました。 https://twitter.com/muukasa/status/1716108312281002167?s=46&t=S5wm4E-TmT39NBg4BgQsPA 電子単行本発売日に、作者が途中までの試し読みではなく全ページTwitterに公開というのはなかなか思い切ったことをされているなと。 最近、私は『サピエンス全史』から『ホモ・デウス』を経て『21 Lessons』とユヴァル・ノア・ハラリ氏の人類史にまつわる著作を読んでいるのですが、その中でも度々AIとその影響に関する記述が出てきます。 向こう20年ほどで、現存する多くの職業はAIに取って代わられていく。それと同時にまた新たな職業が誕生する。しかし、それは何も珍しいことではなく産業革命の前後などでも起こってきたこと。いわば「歴史は繰り返す」と。 特に私の観測範囲でも話題なのはイラストレーターや漫画家です。AIを使ったイラスト制作が飛躍的に簡便になり、まさにゲームチェンジャーと言えるでしょう。「私の絵をAIに学習させないで欲しい」という作家さんもいれば、AIを用いて背景やシナリオを作ることに挑戦する方もいます。さまざまな理由により新しい物事に挑戦するのが難しい人もおり、どうしたってそこには明暗が生じざるを得ません。変化に適応できる生き物が生存していくのが世の流れとはいえ、何十年も研鑽してきた技術が汎化し仕事が奪われてしまうのは個人としては厳しいものがあるでしょう。 本作は、そういった難しくデリケートな部分を漫画家である樺ユキさんが直々に描いているというところにまず構造的な面白さがあります。 自分の描画したものをそのまま模倣できるばかりか、更にその画風のまま応用的なものまで生み出せる小さなノームの出現により画家が仕事を失っていく世界。その中で、その新技術の台頭を素晴らしいことであると肯定していく画家・モーリスが主人公の物語です。 更に本作はAIに加えて戦争という現在の地球上で特に重大なテーマを扱いながら、芸術の意義や価値といった領域にも触れていきます。これだけ大きいテーマをひとつの作品の中で扱おうとすると普通は散逸してしまいそうなものですが、メインのストーリーラインにそのどれもが密接に関わってきており綺麗にまとまっています。 テーマも挑戦的で良いですが、何よりストーリーが、そしてそれを支える絵の良さが際立っています。議論の尽きないテーマですし、人によって各論に賛否はあるでしょうけれど、1冊という短い時間の中でありながら読めば何かを確実に残してくれる作品です。 無料で読めてしまうのがもったいないくらいの作品ですので、とりあえずこの芸術の秋の夜長に読んでみてはいかがでしょうか。