東京貧困女子。

月に3万円足りなくて苦しみながら買われる女子医大生

東京貧困女子。 中村淳彦 小田原愛
兎来栄寿
兎来栄寿

『漫画ルポ 中年童貞』などでもお馴染みの中村淳彦さんが、東洋経済オンラインで「貧困に喘ぐ女性の現実」と題した2016年からのシリーズ連載で1.2億PVを突破した記事を書籍化した『東京貧困女子。―彼女たちはなぜ躓いたのか』をコミカライズした作品です。 その後、筆者の中村淳彦氏は『新型コロナと貧困女子』という本も上梓していますが、このコミカライズに当たってはコロナ禍も非常に意識されていてコロナ以前・以後が明確に描かれています。 連載時のように数話につき一人の人物にフィーチャーして語るという内容ですが、様々な現代の地獄絵図が描かれます。 一番最初の「広田優花」から、国立大学の医学部に進学しながらも親から金銭的援助が受けられないという状況で奨学金制度という名の多額の借金を背負い、普通のバイトでは稼ぎも時間も足りないのでそちらの道へ進み、客である中高年男性から「楽して稼ごうなんて良くない」と説教されるという吐き気を催すような構図が描かれます。買われる女性と買う男性は、視点を引いてみれば格差社会における強者と弱者という構図で、弱者はもっと強者に怒って良いはずなのになぜか強者が訳知り顔で弱者を糾弾し、あまつさえ自己責任だなどという歪んだ構造は是正されていかねばなりません。 別に、ブランド物を買い漁って贅沢したい訳でも何でもなく、成人もしていない女の子が、普通に大学に通い普通に勉強して普通に部活をしたいという極当たり前の欲求を叶えるために、望まぬ道に身を堕とす様は読んでいて酷く居た堪れない気持ちになります。小田原愛さんの描く女性がとてもかわいらしく、その一方で気持ち悪いおじさんも十全に描いていることもあって臨場感たっぷりです。自分の意思としては絶対にやりたくない行為を、お金のためにやらされる苦しみ、そしてやってしまった後の強い後悔と不快感が痛いほど伝わってきます。 とりわけ日本では奨学金制度は度々問題として取り沙汰されますが、高等教育を受けるために裕福な家庭に生まれなかった人は身も心も磨り減らさねばならない状況というのは絶対に間違っています。世界でも圧倒的な少子高齢社会なので全体的に見て衰退していくのは避けられないとしても、そうであるからこそ尚更教育には国の予算を割いて然るべきだと思います。 おそらく、こういう状況を想像もできない政治家や上の世代の人も多いことでしょう。お金に困ったことがない人、大学で全然勉強せず大学は遊ぶところだと思っている人……そういった人たちにこそ、この本を読んで現実を知って欲しいです。

クモノイト~蟲の怨返し~

「虫」というハードルはあるが先が気になる作品 #1巻応援

クモノイト~蟲の怨返し~ 荒巻美由希
なかやま
なかやま

作品のタイトル通り「虫」です! 全話余すところなく「虫」!苦手な人は生理的に受け付けないはず そこを無理に「虫は出てくるけど、いいですよ!」で読んでもらうのはちょっと違うと思うので、虫は嫌いだけどちょっと気になった人は、作者さんの過去作 時忘の捨姫 をどうぞ あらすじ 主人公の恩田は子供の頃から虫が好きだった ただ、誰しもが持っている子供時代の無邪気な無残さによって多くの虫を興味本位から殺してしまっている 大人になった恩田にその虫たちが【怨】を返しに来る・・・ 私の感想ですが「虫」が出るは出るのですが、イメージとして"グロい"というのは感じませんでした、どことなくギャクテイストです。 これが意図したものなのか?それとも読むハードルを落とすためのものなのか?が個人的に非常に気になっています。 この作者さんの作品を読むとなかなか知的な主人公たちが登場するので、現状「虫」たちにかき回されている恩田くんがバケる可能性も大いにあるかと思っています。 先の展開も気になる作品です。 そしていい感じに着地点が見えないのも個人的にポイント高いです。 完全に「怨」で終わるのか、それとも「恩」が出てくるのか? 完全にバッドエンドで終わることも、この主人公だったらみんな納得はできるけど、もう少し足掻く部分を見てみたい気もする! そしてタイトルの クモノイト ですが、1巻時点では蜘蛛は出てきていません・・・ 二巻が気になる注目作です

電波の城

テレビ局の表と裏の話だけではない

電波の城 細野不二彦
マンガトリツカレ男
マンガトリツカレ男

テレビ界で色々な駆け引きをしながら謎の女、天宮詩織が「電波の城」であるTV局の頂点を目材していく物語を天宮詩織の近いところにいた真摯なジャーナリストである谷口ハジメの回想録という形で進んでいく。 最初の方はTV局での女性同士の戦いがメインで天宮詩織が問題に対処しながら徐々にTV局での主導権を握っていくことになる少しづつ天宮詩織の過去が小出しになっていき謎は深まっていく。中盤からTV/ジャーナリストの未来と天宮詩織の過去が並行して進んでいくが途中から天宮詩織の過去にとって重要な宗教団体などが絡んでくる。この宗教団体は80年代後半から90年代を生きていた人に忘れられない某宗教や、ジム・ジョーンズの人民寺院を思い出させる内容だった。 天宮詩織の過去を知ろうとするジャーナリスト、関係者同士の意図していない繋がり、最愛の父の病状などが絡み合って伏線を回収しながら最終回に向かっていく。 最初からこういう最後を考えて進んでいたかどうかはわからないが、天宮詩織に起きる出来事の順番が少し違うだけでも全く違うラストが想像もできた。この終わり方はある意味納得できるから好きかな

ほろ宵セレナーデ

真面目系クズなヒモ男の絶妙なリアルさ

ほろ宵セレナーデ 玉置勉強
兎来栄寿
兎来栄寿

顔は良いのに社会生活を送るのに少し向いてない若い青年が、ダブルワークの女性に体目当てで養われる物語。 絶妙なのは、青年が基本的な気質は真面目であるにも関わらず、純粋に仕事ができないのとコミュニケーション能力にも長けていないことで、自分にもっとできることはないかと日々罪悪感を覚えながらヒモ生活を送るところです。女に稼がせて自分は悠々自適、というヒモとは一線を画します。 しかしながら、そんな中でもナチュラルなクズっぷりも各所で発揮していき、総体として表出する人間らしさのリアルな描写に感じ入ります。 単巻で綺麗にまとまっており、読後感はとてと良いです。夜の街に漂う世の中の酸い・甘いをしみじみ味わいたい方にお勧めです。 巻末で触れられている、ゴリラスロウ名義での『ツインズシング』も面白いのですが、玉置勉強さんはこういったテイストの作品で一際輝きを放むと感じます。 勤め先のバーで起こる、「ワリヤス」に頼み忘れてドリンクが足りなくなってしまうことや、少し空気の読めない客への対応など、バー的なお店をやっていた身として共感を覚えるシーンも多々ありました。

狂人関係

諸行無常の響きあり

狂人関係 上村一夫
野愛
野愛

天才浮世絵師・葛飾北斎という圧倒的な存在を軸に、弟子・捨八や娘・お栄らの生活を描いた作品。 捨八と彼を取り巻く女達の姿が艶っぽく、移ろいゆく四季と相まって心を掻き乱されるのです。 捨八への想いを内に秘めたまま彼を見守るお栄と、派手好きで大胆なお七、正反対のような女2人がなんとも魅力的。 どちらも激しくて悲しくて、どうしようもないくらいに「女」として描かれています。 個人的に一番感嘆したのはお栄の手の描写です。冬は北斎や捨八の世話を焼く手があかぎれだらけになり、だんだん暖かくなるにつれてもとの白い手に戻っていく。綺麗になった頃にはまた厳しい冬がやってくる。 季節の移り変わりとともに、お栄という女の強さと儚さがこの描写に凝縮されているように思います。 手が綺麗になっても、男と女が関係を持っても、浮世絵が完成しても、終わりに向かっているだけである。失われていくだけである。 激情に満ちていながらも、根底に流れる諦念のようなものが美しく儚い作品でした。純文学に出会えました。 決して理想的ではないけれど捨八に惹かれてしまうのは女の性だし女の業ですね。狂おしいほど好きです、捨八。